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第八十五話「栗山林太郎、散る」

 滝のように流れ出る汗と、鼻腔(びくう)をくすぐる石鹸(せっけん)の香り。

 動かない身体、止まらない動悸(どうき)、そして馬乗りになった半裸の後輩。

 深夜の私室にて、林太郎は今年始まって以来最大のピンチを迎えていた。


「いいか(まゆずみ)。いまセンパイはとてもじゃないが、ロマンチックに睦言(むつごと)(ささや)いてやれるような状態じゃない。指一本動かすだけでも、激痛が走る満身創痍だ」

「それは好都合ですね。念のためセンパイ御用達(ごようたし)の神経毒も用意したのですが、使わずに済みそうです」

「む、無抵抗の人間をいたぶるつもりかぁーーッ!」

「抵抗できない私を先に肉扱いしたのはあなたですよ、センパイ」


 白いひとさし指が、林太郎のおでこにそっと触れる。

 指はそのまま鼻筋を(すべ)って、唇から口内へと(もぐ)り込む。


 柔らかな指の腹が、林太郎の歯茎(はぐき)をなで回す。


「へぇ……ちゃんと歯磨きしてるんですね」

「ほほほ、ほれはそこまれやってないらろぉ!」

「“やり返すときは憎しみの連鎖を根から断つ勢いで徹底的にやれ”……本当にその通りだと思います、さすがセンパイ」


 それはかつて林太郎がお弁当の卵焼きを強奪された際に、反撃として桐華の弁当を完食して放った台詞である。

 もし過去に戻ることができるなら、林太郎は自分の口を縫い合わせてやりたいと思った。


 ちゅっぽんと、林太郎の唇から指が引き抜かれる。

 シルクのようになめらかな指先から、唾液が細い糸を引く。


「プハぁッ! そもそも黛、お前……俺のこと嫌ってたんじゃないのか!?」

「……? いったいなんのことです?」

「だって前に俺のこと『埋めますよ』とか言ってたじゃないか! あんなの殺害予告だろ!」

「ええ、だからそう言ったじゃないですか……」


 桐華は唾液で濡れそぼった指先を、ぺろりと舐めた。



産めますよ(・・・・・)、私は、センパイとなら」



 それはある意味、殺害予告よりもショッキングであった。


 桐華の赤い舌が真っ白な指をからめとり、ちゅくと湿(しめ)った音を立てる。

 彼女のギラついた目はまさに、獲物を前にした肉食動物そのものであった。


 このままでは本当になにか大切なものを失ってしまう!


 じつのところ営む(・・)こと自体はやぶさかではないが、“身動きひとつ取れない状況で一方的に攻められる”となると話がガラッと変わってくるのだ。

 このままでは(めす)ライオンによる、マグロの強制解体ショーがおこなわれてしまう!


(やばいやばいやばい……考えろ考えろ考えろ……)


 林太郎は己の邪悪な頭脳をフル回転させて、打開策を探し求める。

 そのとき林太郎の視界に、こんもりと盛り上がった掛け布団が目に入った。


 そう、林太郎のベッドには()えた雌獅子(めじし)も恐れぬ先住民がいるのだ!

 健全王国最後の砦、おこさま(サメっち)が!


「黛、お前の気持ちは嬉しいが、俺にだって男としてのプライドがある。悪いが禁じ手を使わせてもらうぞ」

「……ッ!? まさか……!」

「助けてェーーーッ!! サメっちぃぃぃぃぃーーーーーッッッ!!」


 林太郎は今にもつりそうな足の指先で布団を(つま)み上げると、渾身の力を込めて勢いよく剥ぎ取った。


 そこに寝転がっているのは、大きな口に並んだ鋭い牙!

 クリッとしたつぶらな瞳、そして触り心地がよさそうなサメ肌!



 ――立川のホームセンターで購入した、サメのぬいぐるみであったッ!



 サメっちが毎晩抱いて寝ているので、サメさんは林太郎のベッドに常駐していたのである。


「あっれえええええええええええええええッッッ!!!???」

「カワイイぬいぐるみですね。汚さないように気をつけないと」


 本物のサメっちは巨大化の影響で身体がバッキバキになったので、今夜は医務室である。


 つまりこの部屋には現在、林太郎の味方はひとりもいない。

 それどころか、いまになって林太郎はとんでもない爆弾の存在を思い出すに至った。


「……これ、私のバッグじゃないですか。やっぱりセンパイが持って帰っていたんですね」

「あっ、それダメっ! それ見つけちゃうのはダメェ!」


 その黒いバッグは在りし日、中野にて林太郎が桐華から没収した“器具”満載のバッグであった。


 荒縄ァ! ロウソクゥ! ムチィ! ギャグボールゥ! あとなんかよくわからない棒ッ!



「さあセンパイ、早く始めましょう。今夜中にこれを全部試してみたいので」

「ヒイヤアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」


 満面の笑みを浮かべる桐華の手の中で、荒縄がパッシィンと音を立てた。

 絹を裂くような林太郎の悲鳴が、アークドミニオンの地下秘密基地に響き渡った。




 ………………。


 …………。


 ……。




 翌日、アークドミニオン地下秘密基地では盛大なパーティーが(もよお)されていた。


 “超絶最強の敵・アカジャスティス大撃破記念&暗黒怪人ドラキリカちゃん熱烈歓迎会”には幹部から戦闘員まで、アークドミニオンの全怪人が参加しており会場は大賑わいであった。


 色とりどりの盛り上がりを見せる会場の一角で、真っ白に燃え尽きた男がぼんやりと宙を眺めている。

 ただでさえハイライトの少ない目からは、いまや光が完全に消え失せ焦点も合っていなかった。


「アニキ、なんか()せたッスか?」

「そんなことないよ……ちょっと疲れているだけさ……」

「元気ないッスね、あんまり寝れなかったッスか? エビフライ食べるッスか?」


 エビフライを頬張(ほおば)った林太郎は、ほとんど噛まずに飲み込んだ。

 林太郎はエビの尻尾を口の端にぶら下げながら、心配そうな顔のサメっちを抱きしめた。


「サメっち、今日から毎日俺と一緒に寝てくれ……」

「ど、ドキーッ! アニキ、今日は大胆ッス!」

「俺はサメっちと一緒に寝ないと死んじゃうんだよぉぉ!!」

「はわわわわ、恥ずかしいッス! みんな見てるッス!」


 どよめく怪人たちをよそに、壇上(だんじょう)では妙にツヤツヤした桐華が笑いながら手を振っていた。


 “超絶最強の敵・アカジャスティス大撃破記念&暗黒怪人ドラキリカ熱烈歓迎会”は深夜まで続いた。


 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で骨盤(こつばん)矯正(きょうせい)機能付きマッサージチェアをもらった。

 部屋に帰った林太郎は、ふかふかのダブルベッドで朝まで泣いた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 その薄暗い部屋にはふたりの老人……(いな)、ひとりの老人とひとりの幼女がいた。

 窓もなければ扉もない、閉ざされた部屋に幼女の笑い声が響く。


「だひゃひゃひゃひゃ! いい気味じゃな林太郎めぇ! わしの大事なキングビクトリーをおしゃかにしたバチが当たったんじゃ!」

「タガラックよ、やっぱり言っちゃダメであるかのう?」

「まー、おぬしが黛桐華の祖父(そふ)であることは、黙っておいたほうがええじゃろうな。なまじ実力があるだけに、今後なにかと動きづらくなるのが目に見えておるわい」


 アークドミニオン総統・ドラギウス三世こと“黛竜三”は歯がゆさに顔をしかめた。

 今回の羽田決戦についても、参戦できなかったことを()やんでのことだ。


 煌々(こうこう)と光るモニターには、廃墟と化した羽田空港周辺の様子が映し出されている。


「ぐむむむむ、我輩が出張(でば)れば一発であったものを……」

「引退間近のジジイが出しゃばりすぎては、下が育たんと言うたのはおぬしじゃろうが。しかし腹は決まったということかのう」


 不遜な金髪幼女の問いに、ドラギウスは重々しく(うなず)く。


 モニターでは続けて、守國一鉄長官引退のニュースが流れていた。

 ひとつの時代は終わりを告げ、新しい時代の始まりを予感させる。


 タガラックが指をパチンと鳴らすと、モニターが切り替わってひとりの男の顔が映し出される。

 新しい時代の中心となる男、死んだ目をした眼鏡の青年である。


「ではそろそろ計画を、次の段階に進めるのである」


 老紳士は黒いマントをひるがえし、天を仰いで高笑いを轟かせた。

 なにもないはずの暗闇が、それに呼応するようにざわざわと色めき立つ。


 まるでオーディエンスにでも語り掛けるかのように、悪の総統は高らかに宣言した。



「アークドミニオンの旗のもとに“極悪軍団”を設立するのである!!」


挿絵(By みてみん)


桐華完結編こと第三章これにて完!


物語は再び一旦幕を閉じます。

しかし彼らの物語はむぁだむぁだ続きます。


1話だけ番外編を挟み第四章に突入します。


第四章は皆さんお待ちかねソードミナスこと剣持湊編です。

もちろん林太郎やサメっち、桐華たちの活躍にもご期待ください。


熱いご声援、宣伝拡散のご協力、身に余る評価の数々、まことにありがとうございます。

これまで頂戴しましたご感想、ファンアートの数々は全て大事に保管しております。


これからも末永くお付き合いくださいませ。


感想とかいろいろくれ! 全部くれ! 全部だ! アニメ化させてくれ!

そしていつも応援してくれる人は特にありがとう! ありがとう言うの大好き! もっとみんなにも言わせてくれ! 応援してくれ!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後までヤッタの?
2021/02/14 22:48 名無しの変態
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