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第七十九話「東京湾岸ラグナロク」

 ヒーローと怪人が入り乱れる羽田空港に降り立った全長60メートルの白き巨人。

 もしミケランジェロが21世紀に生まれていたならば、終末の天使をこのような姿で描いたかもしれない。


 しかしてその正体は、純白の巨大ロボと化したアークドミニオン三幹部・絡繰(からくり)将軍タガラックであった。


「タガラック将軍! どうしたんですか、そんなに大きくなっちゃってまあ」

『うはははーッ! どうじゃこのフォルム! ちょーべりべりグッドでマジエモさマックスピーポーみがあるじゃろ!?』

「無理して若者言葉を使わないでください、タガラック将軍!」

『なんじゃい。わしはピッチピチの10歳児じゃぞ。現役の若者じゃろがい』


 林太郎とタガラックの不毛な言い争いをよそに、ヒーローたちはその巨大ロボを唖然とした表情で見上げていた。

 突如として現れた悪の巨大ロボに、密集していた彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「くそっ! こうなったら俺たちもロボを出すしかない!」

「でも本部が絶対に使うなって……ええい、ここで死んだら元も子もない! やってやるぞーっ!」

『はははーッ! 最近の若いヒーローどもにしてはなかなか気骨のある連中じゃな! ならばこちらも全力でいこうかい! おーい(みな)(しゅう)! 目にもの見せてやれい!』


 ヒーローたちの呼びかけに応じ、正義の巨大ロボが滑走路を割り、ターミナルを崩し、管制塔をへし折りながら次々と現れる。

 それに呼応するかのように橋を破壊し、大田区を更地にしながら悪の巨大な怪人たちが姿を現す。


 両勢力あわせて50体を超える大乱闘が開始された。


 しかしここは河川敷でもなければ、彼らは川を挟んで対立する不良高校生たちでもない。

 ここは日本の玄関口・羽田空港であり、彼らは60メートル級の巨大ロボと巨大怪人だ。


 そんな連中がお互いに取っ組み合い、くんずほぐれつの大喧嘩である。

 空港施設はあっという間に、文字通り“荒野”へと姿を変えていく。


 あまりの凄惨な光景に、責任の一端を担う林太郎でさえも思わず叫び声をあげるほどであった。


「あああァーーーーッ! は、羽田空港がーーーーッ!」

「わァーーースゴイッス! 特撮映画でしか見たことない光景ッスよアニキ!」

『うひゃひゃひゃひゃ! タガデン建設がまた(もう)かってしまうのーーーッ!』

「……なんてひどいマッチポンプなんだ……」


 ちなみに先の戦いで焦土と化した神保町やさいたま新都心の復興は、タガラック将軍の絡繰(からくり)軍団もといタガデン建設の働きによって着々と進んでいる。


 まるでロボットのように24時間体制で休みも取らずに働く日本の技術者たちに、世界中から多くの賛辞と寄付が集まっているそうだ。

 タイムラプス動画はネット上で1,000万再生され、コメント欄はアメイジングの言葉で溢れかえっているとか。


 近いうちに彼らは再び、驚異的なアメイジングを目にすることになるであろう。


 その原因を作っているのもまたアークドミニオンの怪人たちであるのだが。



百獣の王(ヒャクジューキング)ラリアットォ!!」

「なんのッ! 海鮮カツオブレード・リアス斬り!」


 戦況は一見して、ただの泥沼レスリングと化していた。

 だが双方が60メートル級ともなれば、仔猫が餌を奪い合って取っ組み合うのとはわけが違う。


 巨大ロボと巨大怪人が、モノレールの車両で殴り合う。

 多摩川沿いの工業地帯は、まるで公園の砂場のように形を変えていく。

 あちらこちらで爆発が起こり、“首都高速”がフリスビーのように宙を舞った。


『うひゃひゃひゃひゃーーーッ! 食らえロミオドリルーーーーーッ!!』


 タガラック将軍の目には、万札の束が舞っているように見えているのだろう。

 巨大ロボにリアル受肉した絡繰将軍は、いつも以上にハイテンションであった。



 暴れ狂う巨人たちの足元では、まるでアリンコのようなヒーローたちが踏まれまいと走り回っていた。


 完全に恐慌状態に陥った彼らにまぎれて、林太郎もサメっちを背負って必死に逃げ回る。

 それはまさに神々の戦争を目の当たりにし、世界の終末から逃がれようともがくか弱き人間の姿そのものであった。


「うおおおおおっ! 待て待て待て死ぬ死ぬ死ぬ! 踏み潰されて死ぬーーーーッ!!」

「サメっちもやるッス! むーーーん!!」

「ちょっと待って今ここではやめて重っ死っ……!」


 林太郎は己の背中で、急激な質量の増加を感じ取った。

 少女の身体は、あっという間に巨大なサメ怪人へと変貌していく。

 巨体に押しつぶされまいと、林太郎は転がりながら必死に逃げた。


「サアアアアアメエエエエエエ!!!!」

「サメっち! サメぇぇぇっち!! 今度からアニキの背中で巨大化するの禁止だからね! あやうくアニキの背骨がバッキバキに折り畳まれちゃうところだったよ!」

「ごぉめんなさぁいッスぅぅぅぅ!!」


 巨大サメっちも戦列に加わり、戦況はいよいよもって東日本ヒーロー本部とアークドミニオンの全軍衝突の様相をていしてきた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうその頃、阿佐ヶ谷のヒーロー本部仮設基地でも阿鼻叫喚(あびきょうかん)が巻き起こっていた。

 焦土と化す羽田空港周辺の様子をモニタリングしていた作戦参謀本部の職員たちが、次々と卒倒する。


「あのバカどもーッ! なんてことをーーーッ!! ガクッ」

「ああそんな……羽田空港が……日本の玄関口が……! ガクッ」

「これ作戦参謀本部の責任なの……? あ、うん、そうだよね…… ガクッ」

「黛桐華ひとりを捕まえるために……どうしてこんなことに…… ガクッ」


 日本経済の大動脈は、もはやその機能を完全に失ったと言っても過言ではない大惨事に見舞われていた。

 羽田空港はもちろんアクアトンネルも分断され、川崎の工業地帯は火の海と化している。


「うふふ……いっぽぉん……にほぉん……さんぼぉん……」


 来月定年を迎える予定であった参謀本部長に至っては、なにもかもを諦めて自分の抜け毛の本数を数えていた。



 そんな中、語気を荒げるひとりの()せた老人がいた。

 本作戦を作戦参謀本部にゴリ押しした張本人、研究開発室長の丹波(たんば)星二(せいじ)である。


「羽田が沈もうが霞ヶ関(かすみがせき)が灰になろうが構いやしねえ! なんとしても黛桐華をひっ捕らえやがれい!」


 丹波は杖をぶんぶんと振り回しながら、気絶した者に水をかけて回る。

 しかし失敗続きですっかり弱り切った参謀本部職員たちは、完全にトドメを刺されたがごとく意気消沈していた。


「もうこれ以上は無理ですよ丹波さん……」

「無理じゃねえ! 桐華さえこの手に戻りゃあ、怪人どもを一匹残らず蹴散らしてやれるんだ!」

「その黛桐華に固執(こしゅう)したせいでこうなってるんでしょうが!」

「なんだあてめぇ……誰に向かって口聞いてやがる! もういい、オレが行ってやらぁ!」


 丹波は杖をつきながらモニタリングルームを後にしようとする。

 だが誰がどう考えても前線に立ちようがない。


 気概(きがい)とは裏腹にもう息が上がっている丹波を、白い司令官服に身を包んだ朝霞が引き留めた。


「お待ちください丹波室長」

「止めるんじゃねえやい鮫島ァ!」

「心臓病の薬を服用されているような方を、最前線に(おもむ)かせるわけには参りません」

「ごちゃごちゃうるせぇってんだ! オレの無月(むげつ)一刀流(いっとうりゅう)がありゃ怪人どもなんざ……おろろろろっ!?」


 (いきどお)りに身を任せて杖を振り上げた丹波だったが、支えを失ったことでドテーンと床に転がった。

 転んだ拍子に強く腰を打ったのか、立ち上がれないままただ杖の先だけが(くう)を切る。


「丹波室長、ご無理はなさらないでください」

「コンチキショウ……! 桐華ぁ……! 桐華ァーーッ!!」


 煌々(こうこう)と輝くモニターの中では最古のヒーロー・アカジャスティスと、暗黒怪人と化した黛桐華が死闘を演じていた。

 丹波は床を這いずりながら、いまだ最前線に立ち続けるかつての戦友に怒号を飛ばす。



守國(もりくに)ィ……テメェしくじったら承知しねぇからなぁーーーッ!!」


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