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【コミカライズ】極悪怪人デスグリーン  作者: 今井三太郎
第三章「極悪怪人と暗黒怪人」
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第七十一話「翼は南の島へ飛ぶ」

 夜半から降り始めた雪は街並みを薄っすらと染め上げ、朝日に照らされた東京は白く輝いていた。

 そんな中、阿佐ヶ谷(あさがや)のヒーロー仮設本部はまたしても蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。


局地的(きょくちてき)人的災害(じんてきさいがい)警報発令! 現在奥多摩(おくたま)にて林業(りんぎょう)戦隊キコルンジャーが交戦中!」

「マスコミに箝口令(かんこうれい)を敷くんだ! 絶対に情報を漏らすな!」

「そんなの無理に決まってるだろ! 高尾山(たかおさん)が吹っ飛んだんだぞ!?」


 最強ヒーロー・(まゆずみ)桐華(きりか)の怪人覚醒という情報は、いち早くヒーロー本部に届けられた。

 すでに動けるヒーローたちが対処にあたっているが、(こう)(そう)しているとは言えない状況である。


 モニターには、立ち入り禁止の規制線が張られた高尾山の様子が映し出されている。

 高尾山はまるで子供が砂山を崩したかのようにゴッソリと削り取られ、山そのものの輪郭が変わってしまっていた。


 場所が場所だけに死傷者の情報は入っていないものの、黛桐華の怪人覚醒に(ともな)う被害は甚大である。

 だがそれ以上に“あの黛桐華”が怪人と化したという事実が、ヒーロー職員たちの面持(おもも)ちを暗くさせていた。


 黛桐華の後見役(こうけんやく)となっていた研究開発室の丹波(たんば)室長にいたっては、ストレスでついに泡を吹いて倒れたという。


朝霞(あさか)司令官、黛桐華は君の部下だろう!? これは君の失態だぞ!」

「意図的に怪人覚醒を阻止できるのであれば、ヒーロー本部の存在そのものに疑義(ぎぎ)をていさざるを得ないかと存じます」

「ぐぬーっ! ……いつかその厚い面の皮を剥いでやるからな!」


 作戦参謀本部の幹部職員たちは、頭に血を上らせながら責任のなすりつけ先を探していた。

 なにせヒーロー学校歴代記録をすべて塗り替えるほどの人材が逸失(いっしつ)したのだ、それも殉職ではなく最悪の形で。

 ヒーロー本部が(こうむ)る損害は計り知れない。



 そんな中、現状動かせる駒を持たない朝霞は、桐華の動向を追うことしかできないでいた。


「林業戦隊キコルンジャー壊滅! 目標、移動を開始しました! 高速で南下中!」

静岡(しずおか)支部の親分(おやぶん)戦隊ジロチョウジャーに出動要請! 火器ならびに巨大人型兵器の無制限使用を許可する!」

「今までにないほどのエネルギー反応だ……まるで核融合炉(かくゆうごうろ)じゃないか」

「またいつ爆発するかわからん! 二十三区への侵入はなんとしても阻止するのだ!」


 山を変形させるほどの力は、ただそれだけで人間社会にとっては大きな脅威だ。


 いまや関東圏のみならず、東日本のヒーローたちは総動員体制で黛桐華の命を狙っていた。

 人の少ない山岳部だろうが海上の無人島だろうが、日本国内である以上、怪人と化した桐華に安息の地はない。


「黛さん……」


 朝霞のPC(ピーシー)モニターには、市街地を()けて飛び回る桐華の軌跡(きせき)がはっきりと示されていた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうそのころ、アークドミニオン地下秘密基地。

 部屋は主である男の姿を隠すように、暗黒で満たされていた。


 真っ暗な室内を、大きなモニターの明かりだけが煌々(こうこう)と照らし出す。


 画面に映し出されているのは、ボコボコにのされたヒーローたち。

 そして黒い翼を広げる怪人の少女であった。


「ついに覚醒しおったか……桐華」


 画面を見上げるのは真っ白な髪に、(やいば)のような鋭い目をしたひとりの老翁(ろうおう)である。

 彼の目はどこか寂しげで、背中はいつもよりずいぶん丸まっていた。


「おぬしやはり知っておったか。どうりで支部が攻められている間も出張(でば)ってこんかったわけじゃ」


 闇の中から、いかにも可愛らしい女の子の声がする。

 アークドミニオン結成当初から籍を置く最古参の重鎮、絡繰(からくり)将軍タガラックはしわがれた盟友を見て溜め息をついた。


「悪の総統でも孫はかわゆうて仕方ないっちゅーことかのう」

「桐華には己の人生を歩んでもらいたい。我輩はそう願っているだけである」

「その道は断たれたようじゃがな。いずれにせよわしらの覇道の(さまた)げになるようならば、遅いか早いかだけの違いではあるがのう」

「クックック、“怪人生(じんせい)”とは、なかなか思ったようにはいかぬものであるな……フハハハハ!」


 真っ暗闇に老紳士の笑い声がこだまする。

 ひとしきり笑うと、ドラギウス三世はその右腕たる幼女に尋ねた。


「タガラック、林太郎ならば今の桐華を救えると思うか?」

「まー、贔屓目(ひいきめ)に見ても無理じゃな。救えたとしてもその後がどうにもならん。ヒーロー本部が本気で狩りにきておるからのう」

「まったく、言いにくいことをズバッと言い切りおるわ」

「“例のモノ”が間に合えば、ようやく五分五分といったところかの」


 ドラギウスとタガラックは、(まばゆ)い光を放つモニターを見上げた。

 画面の中では、黒い翼が海上を飛んでいた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 林太郎は医務室で(みなと)から応急手当を受けていた。


 高尾山で生き埋めにされてからというもの、死にものぐるいでデスグリーン変身ギアを探し出し。

 なんとか自力で帰還を果たしたころには、とっくに日が暮れていた。


「林太郎は怪人なのに、ずいぶん傷の治りが遅いな」

「そりゃきっと血が薄いってことなんだろうね。ああ、しみる……っ!」

「よし、よく我慢したな」


 湊は消毒を済ますと、慣れた手つきで林太郎の腕に包帯をくるくると巻いていく。

 打ち身や裂傷はひどかったものの、幸いにも骨は折れていないようで林太郎はひと安心した。


「……しかし、あのビクトブラックが怪人覚醒とはな」


 湊の何気(なにげ)ない言葉に、林太郎はらしくもなく目を伏せた。

 目の前で後輩が怪人覚醒したというショックはもちろん、桐華の悲しそうな笑顔が頭から離れないのだ。


 とかく情報が早いアークドミニオンのことである。

 すでにヒーロー本部が桐華に対し、かつてない規模で討伐作戦を展開しているという情報は掴んでいた。


 一刻を争うかもしれない、そう思うと林太郎はいても立ってもいられなくなった。


「ありがとう湊、また頼むことになるかもしれない」

「おい林太郎、まさか行くつもりじゃないだろうな?」

「まったく勘の鋭いことで」


 アークドミニオンの主な目的のひとつには、怪人の保護というものがある。

 ならば世間様(せけんさま)を騒がせる野良怪人をしょっぴくのは、極悪怪人デスグリーンの責務である。


 さも当然のように言い放つ林太郎だったが、湊は懇願するようにその(そで)を引いた。


 覚醒した桐華は“野良怪人”と呼ぶにはあまりにも強大すぎる。

 なにせ山を半分消し飛ばすほどのパワーを有した化け物だ。

 とてもではないが、林太郎を行かせるわけにはいかなかった。


「……あまりにも無茶だ。小手先(こてさき)でどうこうできるヤツじゃないのはわかっているだろう?」

「勘違いしちゃあいけない。俺は仕事をこなすだけさ、相手が誰であろうとな」

「林太郎……お前……」

「アイツが嫌だって言っても、無理やり連れてきてやるさ」


 林太郎のドブのように(にご)り切った目は、それでもまっすぐ前を見据(みす)えていた。

 自分もこうやって林太郎に救われたのだと思うと、湊はそれ以上なにも言えなくなる。


「うぅ……覚悟はできているんだな?」

「もちろん。地の果てまで追いかけて、とっ捕まえてやろうじゃないの」


 そのとき、医務室の扉にもたれかかるようにして小さな人影が姿を現した。

 フードを深く被ったその少女は、ニッと笑ってグッと親指を立てる。


「話は聞かせてもらったッス! このサメっち、一番舎弟として全力でアニキのサポートをさせていただくッスよ!」


 それはモコモコしたコートに身を包み、大きな“ボール”を抱えたサメっちであった。

 初雪が降ったということもあって、まるっきり今さっきまで外ではしゃいでましたという()()ちである。


「おお、サメっち! 心強いぞ!!」

「むふふん、お迎えの仕事はサメっちのほうが先輩ッス! 実はもうビクトブラックの居場所も突き止めてあるッスよ!」

「すごいぞ! てっきり遊んでいたかと思いきや、なんて優秀なんだサメっち!」

「えへへー、アニキに褒められたッスぅー」


 サメっちは顔を赤らめると、屈託のない笑顔で牙を見せて笑う。

 林太郎はそのモコモコフードを被った頭を、わっしゃわっしゃとなで回した。


「んじゃアニキ、さっそく出発の準備をするッスよ!」

「ああ、どこへだって行ってやるさ。それで、黛……ビクトブラックは今どこにいるんだ? 網走(あばしり)か? それとも波照間島(はてるまじま)か?」


 サメっちは手にしたボールを林太郎に突きつけると、元気いっぱいの笑顔で言った。



南極(なんきょく)ッス!」



 サメっちが手にしていたのは、ボールではなく地球儀(ちきゅうぎ)であった。

 小さな指がさす先には、真っ白な大陸が描かれていた。




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