第七話「青いアイツを爆破せよ」
大量に積み上げられた爆弾を前にして、栗山林太郎は途方に暮れていた。
しかもどうやら林太郎はこの爆弾を使ってヒーロー本部を爆破することになっているらしい。
「サメっちは気の利くいい女ッス。作戦のフォローはバッチリッスよ!」
どこにも存在しない真意を汲み取り、サメ怪人の少女がお膳立てを整えてくれたというわけだ。
このままでは、林太郎はヒーロー本部に戻るどころか、お上に向かって弓を引いた反逆者にされてしまいかねない。
(ヒーロー本部を吹っ飛ばすだって? いくらなんでもそんなこと……いや待てよ? 肝心の爆弾がここにあるってことは……)
当然のことながら、このアークドミニオン地下秘密基地にこもっていては、神保町のヒーロー本部庁舎に爆弾など仕掛けられようはずもない。
そのことに気づいた林太郎は、せっせと台車に爆弾を乗せているサメっちに視線を向むけた。
「……出られるのか? この地下から?」
「んッスゥ? もちろんッスよ。あれ? やっぱりやめとくッスか?」
「いや、行こう。いますぐ出発だ!」
それは林太郎にとって願ってもない話であった。
怪人ひしめく地下基地からの脱出となると命がいくつあっても足りはしない。
しかしひとたび地上に出てしまえば、逃げおおせる可能性はグッと高まるというものだ。
(こいつは絶好の機会だぞ。監視役ぐらいなら俺ひとりでも対処できる。地上に出たら隙を見計らって縛り上げてやればいいわけで……)
林太郎は降って湧いた完璧な計画に、思わずニヤリとほくそ笑んだ。
ヒーロー本部への帰還がはやくも現実味を帯びてきたではないか。
自由の身になりさえすれば、そのあとで改めてアークドミニオンを壊滅させる策をじっくり練ればいいのだ。
どのみち“緑の断罪人”にかかれば、秘密基地の場所を知られた怪人たちなど一網打尽である。
煮てもよし、焼いてもよし、物理的に火を放ってもよし。
いっそのことサメっちを人質にしてしまってもいいだろう。
「クックック……思ったよりも簡単にいきそうだな。よし、これでいこう」
「おおー、なんだかやる気まんまんッスね」
「ああそうとも。目にもの見せてやるさ」
「さっすがアニキ! 頼もしいッス!」
林太郎のよこしまな企てなどつゆ知らず、サメっちは大きな目をらんらんと輝かせる。
一番舎弟の憧れを一身に浴びたアニキの目は、泥沼の底に溜まったぬめりのように澱んでいた。
…………。
林太郎が爆弾でヒーローを吹っ飛ばしますと申し出たところ、思いのほかすんなりと車を借りることができた。
怪人たちはサメっちのことを「悪い子だなぁ~」と褒めていたが、どうやら怪人には怪人なりの価値観というものがあるらしい。
そしてこれまた好都合なことに“監視役”として林太郎に随伴しているのは、サメっちただひとりであった。
…………。
ところかわって東京郊外にそびえる廃工場。
かつては化学薬品工場として戦後の地域経済を担っていたのであろう。
しかしそれも今や荒れに荒れて形骸を残すのみである。
立ち入り禁止の看板さえもツタに厚く覆われ、サビだらけの鉄柱が今にも崩落しそうな天井を支えている。
わざわざこのような廃墟を訪れる理由というのはそう多くない。
仲間内での度胸試しか、マフィアの闇取引か、カルト教団の黒ミサか。
少なくともまともな人間が寄りつくことはない。
爆弾を“棄てる”にはもってこいの場所であった。
「慎重に運んでくれよ、落としたらドカンだぞ」
「だーいじょぶッス。サメっちは力仕事も得意ッス」
「なるほどそいつは頼もしい。じゃあまずスキップしながら運ぶのをやめようか」
林太郎の脱出計画における唯一の懸念、それがこの大量に積み上げられた爆弾であった。
監視役であるサメっちを捕縛するにあたり、抵抗のすえに自爆でもされてはたまったものではない。
もちろんこれが人口密集地で爆発しようものなら、ヒーロー本部への復帰どころか左遷すら生ぬるい処罰が待っている。
そこで林太郎はわざわざ車を人気のない郊外まで走らせたというわけだ。
ここなら万が一暴発が起こったとしても、人的被害が出ることはないだろう。
「はえー、こんなところで爆発させるんッスか? ヒーロー本部からだいぶ離れてるッスよ」
「いいかいサメっち、これは一時的に保管しているだけだよ。なくなったりすると大変だからね」
「なるほどッス!」
「ああ、これだけ離れていれば大丈夫かな……」
林太郎は爆弾から十分に距離を取ったことを確認すると、練りに練った計画を行動に移した。
「おりゃッ!!」
「はわッスゥ!?」
なにも知らず背を向けたサメっちの小さな体を、林太郎は両腕で抱え込んだ。
…………。
林太郎がサメっちに襲い掛かったちょうど同時刻。
彼らがいる廃工場の前に、ひとつの青い影が忍び寄っていた。
「こちらブルー。反応があったのはこの建物に間違いねえぜ」
彼こそは林太郎の“元”同僚・ビクトブルーこと藍川ジョニーである。
グリーンの“ビクトリー変身ギア”の反応を追って、ブルーは東京郊外にそびえる廃工場への潜入を試みていた。
今回どうしてブルーが単独かというと、なぜかビクトレンジャー全員のロッカーが木工用ボンドでガチガチに封印されていたからである。
かろうじて武器一式を取り出せたのはブルーただひとりであった。
『こちら司令部。でかしたぞブルー。だが無理はするなよ』
「おいおい、冗談キツいぜ。俺は日本で一番の偵察屋なんだぜ?」
そう言うや否や、ブルーは廃工場内にまるで隙間風のように音もなく滑り込んだ。
廃工場の内部は彼の予想通りもぬけの殻である。
だがたとえ怪人で溢れていようとも、ブルーの侵入に気づけた者はごくわずかだろう。
ここで説明しておこう!
ビクトブルーこと藍川ジョニーは元警察官である。
それも有事の際に建物へ潜入・鎮圧するプロフェッショナル。
千葉県警突入救助班、通称ARTで数年前までエースを務めていたのだ。
彼の速さと判断力、そして射撃の腕前はビクトレンジャーにおいても遺憾なく発揮されている。
「こちらブルー、連中がここで何をしているのか突き止めてやるぜ」
『了解した。十分に注意しろ』
「ああ、言われなくてもわかって……ちょっと待つぜ。こいつはなんだか妙だぜ」
廃工場内は倒れた棚やひっくり返った机など、あらゆるものが分厚い埃に覆われていた。
しかしいまブルーの傍らに積み上げられている箱の山には、まるで埃が積もっていないではないか。
まるでついさっき、ここに運び込まれてきたかのようだ。
「これは怪しいぜ……」
ブルーが箱の山に手を伸ばそうとしたそのときである。
「うきゃーーーーーッスゥゥゥ!!!」
さびれた広い廃工場内に、聞こえるはずのない少女の悲鳴が響きわたった。
ヒーローとしての本能が、ブルーの脳に警告ランプを灯す。
「こちらブルー! どうやら緊急事態っぽいぜ!」
ブルーが颯爽と箱の山を乗り越えると、そこには。
「ひゃーーーーーッス!!」
「うへへ、動くんじゃないぞ……痛い思いはしたくないだろう?」
「いきなり抱きつくなんて大胆ッス!! アニキのえっちッス!!」
「あっ、こら暴れるんじゃない! このっ!」
人も寄りつかない廃工場で、男が幼女を無理やり抱きかかえていた。
ヒーローに限らず、誰がどう見ても明らかな事案である。
「現行犯逮捕だぜェーーーッ!!」
「なんだお前!? ジョニー!?」
ブルーが思わず叫んだその瞬間、林太郎とブルーの視線が交わった。
しかし邂逅もつかの間、ブルーが叫んだ拍子に、足場にしていた箱の山がぐらりとバランスを崩す。
頂上に積まれていた緑のキャリーバッグが、ブルーの目の前にごろりんと転がり落ちて口を開く。
そこにはご丁寧に、大きくひらがなで“ばくだん”と書かれてあった。
「……冗談キツいぜ!」
次の瞬間ブルーの体は炎と衝撃に包まれた。
林太郎とサメっちの眼前で、50メートル近い火柱が上がる。
轟音が響き渡り、爆風がふたりを襲った。
あまりの衝撃に、林太郎はサメっちを抱えたまま廃工場の外まで吹っ飛ばされる。
そのままゴロゴロと土煙を浴びながら転がり続け、木にぶつかってようやく止まった。
全身に擦り傷と打撲を負った林太郎がおそるおそる顔を上げると。
先ほどまでいた廃工場は、跡形もなく瓦礫の山と化していた。
「……そんなばかな……」
目の前で起こったことが信じられないとばかりに、林太郎の口からそんな言葉が漏れた。
眼鏡は鼻の下までずれ、見開かれた目元に前髪がはらりと落ちる。
呆然とする林太郎の胸元で、抱かれたままのサメっちがもぞもぞと動く。
「アニキ、身をていしてサメっちを庇ってくれたんッスね……!」
「………………へっ……?」
「やっぱりアニキは大怪人の器ッス、サメっち感激ッスよ! あとえっちとか言ってごめんなさいッス」
林太郎に両腕で抱え込まれていたサメっちは、なんと無傷であった。
目をキラキラさせるサメっちに対し、林太郎はなにかを言い返すわけでもなく。
ただ頬を引きつらせて下手くそな笑顔を取り繕うしかないわけで。
遠くで緊急車両のサイレンが鳴り響いていた。
その音に合わせて林太郎の脳裏にセンセーショナルなニュースの見出しが駆け巡る。
『エリートヒーロー、同僚を爆殺。左遷の腹いせか?』
『あまりにも残忍な手口、検察は死刑を求刑』
『幼女が爆弾を……犯人の意味不明な供述』
『元同級生は語る“いつかやると思っていました”』
「あわ……あわわわわ……」
「アニキ、はやく逃げるッス! ヒーローきちゃうッスよ!」
この期に及んでヒーロー本部にのこのこと顔を出せるはずもなし。
ブルーを仕留めた林太郎は、アークドミニオン地下秘密基地に逃げ帰るほかなかった。