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第六十八話「乙女心はギザギザだもの」

「りぃぃぃんたろぉぉぉぉぉ!!」

「なんなのいきなり!? ぐえぇーーっ!!」


 アークドミニオン秘密基地に帰るやいなや、長身の黒髪美女ソードミナスこと、剣持(けんもち)(みなと)が腰のあたりに抱きついてきた。

 ほぼタックルのような形で、林太郎は背中を壁に叩きつけられる。


「たたた、大変なんだよぉ……! サメっちが……サメっちがぁ……!!」

「サメっちがどうかしたのか!?」


 林太郎は湊の肩をがっしり掴むと、冗談じゃないとばかりに走り出した。

 そしてすべり込むように、大慌てで自分の部屋の扉を開く。


「サメっちぃーーーーーッッッ!!」


 サメっちの姿を目にした瞬間、林太郎はハッと息を呑んだ。

 そこにはあまりにも凄惨(せいさん)な光景が広がっていた。


 湊から剥ぎ取ったロングコートを(ちょう)ランに見立て。

 目にはサングラスを、そして頭にはフランスパンをくくりつけ。

 うんこ座りで林太郎を威嚇(いかく)するサメっちがそこにいた。


 ドーーーーーーンッ!!!!



(え……影響を……受けている……ッ!!)



「アニキおかえりなさいオッラァーンッス」

「うん、ただいまサメっち。どうしたのその格好?」

「なんか変ッスか? サメっち元からこんな感じッス。あっ、こんな感じオッラァーンッス!」

「言い直したね?」


 サメっちはグリッグリッと、林太郎の腹に頭のフランスパンを押し当ててくる。

 そんな様子を林太郎の背後に隠れて見ていた湊が、おそるおそるサメっちに声をかける。


「ほらサメっち、林太郎が困ってるだろう? それに食べ物で遊ぶのはよくないぞ」

「オッラァーンッス!」

「ああっ、やめてっ! グリグリしないでっっっ!!」


 湊はあっけなくフランスパンの餌食になってしまった。

 太いフランスパンを口いっぱいに突っ込まれて涙目になっている。


「オッラァーンッス!」

「んぶぅっ! ひゃめへふれーっ! ひょんなのひゃいらないはらぁーっ!」


 おそらく林太郎が帰ってくるまで、ずっとこんな感じで責め苦を受けていたのであろう。


「あむっ……はむぅぅ……」

「よぉしそこらへんにしておこうね!」


 林太郎は湊にまたがるサメっちをひょいと抱き上げると、ベッドに腰かけさせた。

 そしてサメっちの隣に座ると、保護者(アニキ)として語り掛ける。


「それで、なんで急にコスプレ始めちゃったのか聞かせてもらってもいいかい?」

「…………オッラァーンッス……」


 サメっちはうつむいたまま、林太郎の胸にフランスパンを押し当てた。

 林太郎は黙って頭にくくりつけられたフランスパンを外してやると、優しく頭をなでて乱れた髪を直してやった。


 しばらく黙っていたサメっちだったが、やがてゆっくりとその口を開いた。


「…………アニキ最近サメっちに構ってくれないッス……」


 サメっちはもじもじしながらそう言った。

 口をとがらせ、小さな唇の下で牙がカチンと音を鳴らす。


「そんなことないだろう? デートだって行ったばかりだし」

「置いてけぼりにされたッス……」

「ウッ……!」


 思えばこのところ林太郎のサメっちに対する扱いは、あまり良いとは言えなかった。


 今日だって林太郎はサメっちに何も伝えず桐華に会いに行ったのだ。

 といっても、そもそも伝えられるわけもないのだが。


 だがサメっちがどれほど気を揉んだかは、想像に難くない。


「アニキ、サメっちはもういらない子ッスか!? サメっちじゃもう満足できないッスか!? サメっちはもう昔の女ッスか!?」

「おっと、すごく語弊(ごへい)があるよサメっち。一応(みなと)も聞いてるんだからね」


 林太郎は湊のほうにチラリと目をやる。

 湊は静かに首を左右に振ると、林太郎の肩に手を置いた。


「林太郎、やることやったなら男として責任は取ってやったほうがいいと思うぞ」

「断じてやってないんだよ。お前さんは俺をなんだと思ってるんだ」


 なおもサメっちは、林太郎に詰め寄る。


「サメっち良い子にも悪い子にもなるッス! だからアニキはもっとサメっちに構ってほしいッス!」


 サメっちは大きな目に、涙をいっぱい溜めていた。

 林太郎は理解する、つまりサメっちは寂しかったのだ。


 いたたまれない気持ちを抱え、林太郎はサメっちの肩に腕を回すとその小さな背中をポンポンと叩いた。


「ごめんよサメっち。心配かけたね、もう大丈夫だよ」

「ほんとッスか? アニキほんとッスかぁ?」


 林太郎は優しい眼差(まなざ)しを向け、黙って(うなず)く。

 他の女、しかもヒーローと会っていたなどとは、口が裂けても言えないのだ。


「ああ、ほんとだよ。アニキは嘘つかないからね」

「アニキ実は隠れて他の女と会ってたりしないッスか?」

「ンンンッ! よおし今日はたくさん遊ぼう! そうだゲームをしようサメっち!!」

「やったーッス! アニキ大好きッス!」


 急所に直撃を受けた林太郎は、サメっちの鋭い質問を力技ではぐらかす。

 そんなふたりを見て、湊はちょっと複雑な気分であった。


「あはは……よかったなサメっち」

「えへへーッス! ミナトも一緒に遊ぶッス!」

「いいのか? ありがとう……ん?」


 サメっちに腕を引かれてソファに座った湊の視界に、見慣れない大きな黒いバッグが入った。

 はて? よくこの部屋を掃除しているが、林太郎の荷物の中にあんなものあっただろうか?


 湊は荷物に近寄り、そっとバッグの口を開いてみた。



 荒縄ァ! ロウソクゥ! ムチィ! ギャグボールゥ! あとなんかよくわからない棒ッ!



「はひゅっ!? ひょわわわわわわわわ……!!」


 一瞬で頭の先まで真っ赤に染まった湊は、袖口(そでぐち)からカッターナイフの()をジャララララと撒き散らした。


 背後でそんなちょっとした事件が起こっているなどいざ知らず。

 サメっちは林太郎の膝にチョコンと座ると、クリスマスプレゼントでもらったゲーム機の電源を入れた。


「なにやるッスか? 格ゲーッスか? ミナトめちゃ強いッスよ?」

「うーん悩むなあ。アニキはあんまりゲームやらないからなあ」


 林太郎の得意なゲームは、もっぱら戦略シミュレーションである。

 それに対してサメっちと湊は、年末年始ずっとゲームで遊んでいた。


 いわば林太郎は初心者で、あとのふたりは経験者である。


「なあ湊。“縛り”入れていいか? そのほうが盛り上がると思うんだけど」

「りりり林太郎、ななななにを言ってるんだ!? 誰を縛るっていうんだ!?」

「そりゃサメっちと湊は縛らないと、俺が楽しくないだろう?」

「きっ、鬼畜めぇ!! 私たちを縛ってどうしようっていうんだ!」


 思いもよらない強情な反応に、林太郎は首をかしげた。

 このところ扱いが悪かったのは、なにもサメっちだけではない。


 ようするに“湊にもフォローを入れたほうがいい”ということだろうと、林太郎は得心(とくしん)した。


 林太郎は下手な笑顔でニテャァッ……と、まるで奴隷商人のような笑みを浮かべる。


「なにって、一緒に“遊ぶ”んだよぉ……ひひひっ……。楽しいぞぉ……(くせ)になってやめられなくなるぞぉ……」

「アニキィ! サメっちハードモードがいいッスゥ!」

「サメっちは激しいの好きだなぁ……湊もこっちに来いよぉ、激しく燃え上がろうぜぇ……なぁに、そのうち自分からやりたいって求めるようになるさぁ……」

「サメっち湊の弱点知ってるッス! 今日はいっぱいヒィヒィいわせるッスよ!」


 なんということか!

 サメっちはすでに林太郎の魔の手に堕ちていた!

 湊はガクガクと腰を抜かしてへたりこむ。


「はわっ……はわわわわわわわわ……ダメだ林太郎、そういうのはもっと段階を経てだな……!」

「言ってくれるじゃないか、俺が下手くそだっていうのか? よぉし絶対泣かせてやるからな!」

「なっ、()かされてたまるかっ!! それに下手とか上手(じょうず)とか以前に、私たちにはその、まだ早いというか……もにょもにょ」


 指をくるくるしながら、湊は頭から湯気を出していた。


「どどど、どうしてもやりたいっていうならその……ふ、普通のがいい……」

「ノーマルモードかあ、俺はいいけどサメっちはどうだい?」

「サメっちもノーマルでいいッスよ!」


 湊はちらっと林太郎の顔を見た。


 林太郎は相当手慣れているのか、まるで緊張することもなく実にあっけらかんとしていた。

 まさにリードは俺に任せろ、といった感じだ。


 だが最初からいきなりサメっちも含めて特殊なことをやろうというのは、湊としてはちょっとハードルが高いと感じてしまう。


「林太郎、お前を信じていいんだな……?」


 なんだかんだで、林太郎は優しい男だということを湊は知っている。


 湊は目を(つむ)り、指を組んでギュッと身体を固くした。

 深呼吸し、覚悟を決め、あとはこの身を委ねるだけだ。


「サメっち、これ2人プレイしかないの?」

「交代しながらでもいいッスけど、3人同時プレイもできるッスよ!」

「んじゃ3人でやるか。どうする? 俺が真ん中でいいかな?」

「バランス的にはミナトが真ん中のほうがいいッスね……サメっちとアニキが前と後ろから(はさ)む感じで……」


「いきなり前と後ろ同時なんてらめええええええええええええッッッ!!!!」


 湊の魂の絶叫がアークドミニオン地下秘密基地に響き渡った。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうそのころ、阿佐ヶ谷(あさがや)のヒーロー仮設本部では、職員たちがせわしなく働いていた。


「ふう、これであらかた運び終わったでござるな」

「アカニンジャン殿、お疲れさまでござる」

「かたじけないでござるモモニンジャン殿」


 風魔(ふうま)戦隊ニンジャジャンもその一員であった。

 彼らは神保町(じんぼうちょう)ヒーロー本部跡地の瓦礫(がれき)の下に埋もれた、機密資料の回収を任されていた。

 おおかた作業は終了し、あとは回収したこれらを仮設資料室に運び込むだけだ。


「さあ、あとひと踏ん張りでござるよ!」

「うぅっ、しかしデスグリーンにやられた傷がまだ痛むでござるぅ……」

「無理してはいけないでござるよキニンジャン殿!」


 紙媒体(かみばいたい)とはいえ、これだけかさばれば病み上がりのニンジャジャンたちにはつらい重さである。

 そんな資料の(たば)を、ひょいと持ち上げる人影があった。


「手伝いますよ、どこに運べばいいですか?」

「おお、(まゆずみ)殿ではござらぬか! かたじけないでござるぅ!」

「ご助力(じょりょく)痛み入るでござる。資料室にお願いできるでござるか?」

「わかりました」


 ヒーロー活動停止期間中に外で問題行動を起こした桐華(きりか)は、ついに謹慎処分を受け、時間を持て余していた。


 頭をよぎるのは栗山林太郎、桐華の見立てでは極悪怪人デスグリーンのことばかり。

 そのことを朝霞(あさか)司令官に話したところ、この件にはもう首を突っ込むなと釘を刺された。


 ヒーロー本部の判断に口を挟むべきではない、ということであろう。

 到底納得のいくものではないが、今は考えないようにするほかない。

 こうしてなにか働いていたほうが、いろいろ考えずに済むというものだ。


 ビヨッ、ビヨビヨビヨッ……。


「む? (まゆずみ)殿、これはなんの音にござるか?」

「“怪人センサー”ですよ。でも試作品で、壊れちゃったみたいです」

「ふむ、面妖(めんよう)な……」


 資料を運び込むと、ニンジャジャンたちは桐華に礼の言葉を述べて去っていった。

 仮説資料室には、桐華がひとりぽつんと残された。


 そこには瓦礫から掘り起こされ、土で汚れたヒーロー本部の機密資料が積み上げられている。


 桐華はその中のひとつに手を伸ばした。



 ビヨビヨビヨビヨビヨビヨ……。



 怪人センサーは、もはや鳴りやむ気配すらなかった。


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