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【コミカライズ】極悪怪人デスグリーン  作者: 今井三太郎
第三章「極悪怪人と暗黒怪人」
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第六十七話「追いつめられちゃって」

 ビヨッ…………ビヨヨッ…………。


 白銀の髪に青い目をした異様に目立つ少女・(まゆずみ)桐華(きりか)は、大きなため息をついた。

 このところ“怪人センサー”の調子が悪い。


 機械とにらめっこをする桐華の前に、目的の人物が現れる。

 桐華は慌てて“怪人センサー”のスイッチをOFFにして、上着のポケットにしまい込んだ。


「ごめんね! 待たせたかなっ!」

「お待ちしていました、森次郎(しんじろう)さん」


 その人物・栗山(くりやま)森次郎(しんじろう)は、誰かとよく似たぎこちない笑顔を顔面に張りつけていた。


 対する桐華は相変わらずの黒づくめに、キャップを深く(かぶ)っている。

 場所も先日と同じ、中野(なかの)タイムズスクエアの喫茶店であった。

 変わっているところといえば、桐華が大きなバッグを担いでいることぐらいだ。


「とっ、とりあえずなにか頼もうかっ!」

「では私はアイスコーヒーを」

「じゃあ僕もそれでっ!」


 森次郎、もとい林太郎の声は(うわ)ずりに(うわ)ずっていた。

 急なお呼び出しを食らった林太郎は、まるで校内放送で職員室に呼び出された小学生キッズのように戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。


 林太郎の弟であるという嘘をついている手前、サメっちや(みなと)といった事情を知らない仲間を(ひか)えさせておくことはできない。

 つまり林太郎はたったひとりで、桐華という強敵を相手にしなければならないのであった。


「アイスコーヒーでございまーす」

「ありがとござまっ!」


 ガチガチに緊張した林太郎がちらりと視線を向けると、桐華の鋭い眼光とばっちり目が合った。

 自身が過去桐華に対して(おこな)った数々の悪行を糾弾(きゅうだん)されているようで、林太郎は思わず目を逸らす。


 ヒーロー学校時代の学年別体育祭で、あらゆる汚い手を使って号泣させたこともありました。

 料理は修行だと力説し、毎日お弁当を作らせていたこともありました。

 味覚の特訓と称して、縛り上げ目隠しをした状態でハバネロと練乳を交互に食べさせたこともありました。


 どうしても修行がしたいという桐華本人の強い希望もあったので、一概(いちがい)に林太郎だけが悪者というわけでもないのだが。

 それにしたって林太郎がこれまで桐華にしてきたことは、先輩後輩の(わく)を少しばかり超えていたように思える。


 加えてつい先日、油性ペンでおでこに“(にく)”と書いたわけだが、その恥ずかしい刻印はまだ消えていないようだった。



(正体がバレたら間違いなく刺身にされる……だけで済めばいいけど。こりゃなんとしても森次郎で通さないとな……許せ我が弟よ……!!)


 林太郎は動揺を悟られまいと、コーヒーを口に運んだ。


 もし自分が栗山林太郎(・・・)であることがバレようものなら、どれほど悲惨な復讐劇の標的にされるかわかったものではない。




 いっぽうの桐華はそんな林太郎の心配とは裏腹に、完全に森次郎(・・・)を信じ切っていた。


 先日の一件のあと、念のためヒーロー本部データベースで照合したところ、栗山林太郎の弟・森次郎という人物は確かに存在したからだ。


 林太郎よりもひとつ年下の二十五歳、数年前まで林太郎と一緒に暮らしていたらしい。

 残念ながらそれ以外のデータはなかったが、先日の森次郎の(だん)では最近まで連絡を取り合っていたというのだから兄弟仲は良いのだろう。


 そうして調べていくうちに、殉職(じゅんしょく)の判を押された林太郎の資料に行きついた。

 桐華はそれらの資料から、“とある仮説”を打ち立てたのであった。



 コーヒーをグッと流し込むと、桐華は正面に座る男を見据(みす)えて己の推理を語る。



「森次郎さん、これは私個人の見解なのですが。おそらくセンパイ……あなたのお兄さんは極悪怪人デスグリーン本人です」

「ンッフ!」



 林太郎は思わず鼻からコーヒーを吹き出した。

 もちろん林太郎自身は、栗山林太郎がデスグリーンであることをよく知っている。


 だが今までヒーロー関係者は、みな口をそろえて林太郎死亡説を(がん)として押し通してきた。

 ネットニュースやテレビでも、ビクトグリーン死亡のニュースは衆知の事実として語られている。


 そのため桐華の口からそのような言葉が出てくるとは、思いもしなかったのだ。


(ままま、まさか、全部わかった上でカマをかけようというのか……?)


 林太郎はコーヒーまみれになった口元をぬぐうと、慎重に言葉を選んだ。


「俺……じゃなくて、兄貴が極悪怪人デスグリーンだというのは……そりゃまたどうして?」

「公的な資料では、センパイは極悪怪人デスグリーンによって殺害されたことになっています。その証拠として十二月初頭に起こった栗山林太郎の失踪(しっそう)、そしてデスグリーンによる犯行声明が挙げられます。ここまではご存知ですよね?」

「ええまあ、そのぐらいは」


 よく知っているもなにも、すべて林太郎本人がやらかしたことである。

 ニュースなどでも小さく取り上げられていたので、知っていてもおかしくはない情報だ。


「けれどセンパイが失踪する以前のデータを見ると、“極悪怪人デスグリーン”なんて名前はどこにも無いんですよ。ヒーロー本部のデータベースにも、過去に起こった事件の記録にも、どこにも」


 デスグリーンに過去の記録が一切存在しないのは当然のことである。

 なぜならば極悪怪人デスグリーンが誕生したのは、栗山林太郎が失踪した後だからだ。


 桐華はズイッと林太郎に顔を近づけた。


「不思議だと思いませんか?」


 前髪が触れるほどの距離、甘いコーヒーの香りが林太郎の鼻をくすぐる。

 目の前に本人がいるとも知らずに力説する桐華は、さらに言葉を続けた。


「センパイ……栗山林太郎は“怪人覚醒(かいじんかくせい)”して極悪怪人デスグリーンとなった。ヒーロー本部は身内の不祥事(ふしょうじ)を隠すため、意図的にこの事実を隠蔽(いんぺい)したというのが私の結論です」


 林太郎は思わず口元を押さえた。

 ひょっとするとこの少女は、たったそれだけの情報で真実にたどり着いたというのか。


 まるで決定的な証拠を突きつけられたサスペンスドラマの犯人の気分である。

 林太郎は震える手でコーヒーを口に運ぶも、ほとんど味がしなかった。


「こここここ、根拠としては弱いんじゃないですかねねねねねえ……?」

「証拠はあります! これを見てください!」


 桐華はキャップを取って見せる。

 そこには“(にく)”の文字がまだ消えずに残っていた。

 つい先日、まさに林太郎が自らの手で書き(しる)したマーキングである。


「そそそそそ、それがなにか?」

「これは先日私がデスグリーンに書かれたものです。この肉という字をよく見てください。肉の中にある“(ひと)”という文字を!」


 人と人は支え合っているから人という文字になる、というのは有名な話だ。


 だがその肉の中の人はまるで支え合っておらず、あたかも他人のように距離を置いていた。

 どちらかというとカタカナの“()”に近い形である。


「達筆なのに“(ひと)”という文字だけは、なにがあっても絶対に支え合わせない(・・・・・・・)。それはセンパイ……栗山林太郎の筆癖(ふでくせ)と完全に一致するんですよ!」

「ななな、なんとーーーッッッ!?」


 よもやそんなところからボロが出ようとは!

 人という文字には林太郎のゲノム構造ばりにねじくれた性格が、ありありとにじみ出していた。


 支え合い、愛と(きずな)、不滅の友情、地域社会、共済、団結、同調圧力。

 林太郎自身が抱くそういったものへの強烈な拒否感を、コトコト煮詰めて凝縮(ぎょうしゅく)した醜い残骸(ざんがい)がそこにあった。


 ちなみに余談だが林太郎は二十四時間チャリティー番組を二十四秒でリタイアしたことがある。


 ともあれ、その証拠はなにひとつ言い逃れできないほどに桐華の理論を裏づけていた。

 人間としての根本的な(きたな)さが、林太郎の足元をすくいあげてひっくり返す。


「どうですか森次郎さん、私の推理は!」

「はうぅっ! はひゅるるるーーーーーっ!!!」


 桐華が指をさすのに合わせて、ズビシィッというSE(サウンドエフェクト)が聞こえてくるようである。

 どうだとばかりに胸を張る桐華に対して、林太郎は目を回し、もはや気が気ではなかった。


 このままでは森次郎(イコール)林太郎という核心的な追及を受けるのも時間の問題だ。

 そうなれば、まさに一巻の終わりである


 だが林太郎の心配をよそに、桐華は大きなバッグをテーブルの上に置いた。


「そこでセンパイ、もといデスグリーンをおびき寄せるいい作戦を思いつきました」


 桐華がヂヂヂとバッグの口を開いていく。

 林太郎はおそるおそるバッグを覗き込むやいなや、一気に血の気が引くのを感じた。


 バッグには荒縄(あらなわ)やロウソク、ムチにギャグボールといった物々(ものもの)しいグッズがみっちり詰め込まれているではないか。



「ふふ……いつかセンパイのためにとコツコツ集めていたものですが、まさかこうして役に立つとは思いませんでした。ああ、使いかたはお気になさらず。森次郎さんはなるべく大きな声で()いていただければ結構ですので」


 そう言って桐華は荒縄を取り出し、パッシィンと張ってみせた。


「いくらセンパイが腐った眼をした鬼畜とはいえ、肉親である森次郎さんの危機とあらば必ずや私たちの前に姿を現すことでしょう。……もちろん、やっていただけますよね?」


 桐華の顔は赤く上気(じょうき)し、薄い(くちびる)からは熱を(はら)んだ吐息が漏れる。

 恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、長い睫毛(まつげ)は少し水気(みずけ)を帯びているようにさえ見えた。


 こいつはいけないと、林太郎の背筋(せすじ)から尻にかけて悪寒が走る。


「さあ森次郎さん、センパイと私のために(とうと)生贄(いけにえ)となってください」

「冗談だよねえ? 冗談って言ってよ、瞳孔(どうこう)開いてるんだけど」


 桐華は弟の森次郎を縄でギッチギチに縛って“()(りん)”に仕立て上げようというのだ。

 まるで小熊を捕らえて親熊を(おび)きだす狩猟罠である。


 もし問題があるとすれば、どれだけ小熊が泣き叫ぼうとも親熊は確実に助けには来ないということだ。


「大丈夫です森次郎さん。私やるのは初めてですが“やられる”のには慣れてますから。使いかたはセンパイに色々と教わったので安心してやられちゃってください」

「いやぁーーッ! 誰か男の人呼んでぇぇーーーッ!!!」


 因果応報、己の過去の悪行が巡り巡って返ってくるというのはかくも恐ろしきものか。

 桐華はハァハァと息を荒げながら、林太郎の上着を脱がしにかかった。

 それは()しくも、先日(みなと)に襲い掛かった林太郎の姿そのものであった。


「大丈夫ですよ。これも修行だと思えばつらいのは最初だけです。天井のシミを数えているうちに終わりますから!」

「ごめんなさい謝るから! 謝るから許してほんとに! 助けてぇーーーーーッ!!!」


 林太郎の首に縄がかけられたのと同時に、複数の警備員が桐華を取り押さえた。


「確保ッ! 確保ーーーッ!」

「はっ、放しなさい! 私は公安職員ですよ!!!」

「またあんたか! 最近のヒーロー本部はいったいどうなってるんだ!」

「これはデスグリーンを捕らえるために必要な……ちょっ待っ……アァーーーッ!!」


 桐華は屈強な警備員たちによって連れて行かれてしまった。

 あとに残された林太郎は、半泣きになりながら乱れに乱れた着衣を整えた。


 千切れたシャツのボタンを拾い集める林太郎を見かね、店員が心配そうに声をかける。


「あの……お客様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫に見えますか……?」



 守衛室でお説教を食らっているであろう桐華を待つ義理もないため、林太郎は一目散(いちもくさん)中野(なかの)タイムズスクエアから逃げ出した。


 グッズのいっぱい詰まったバッグは、残しておいたらまたロクでもない目に逢うので回収しておくことにした。




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