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第六十二話「君にまた逢えたら」

挿絵(By みてみん)

 初夢に富士、鷹、なすびを見ると縁起がいいそうな。

 じつはこれには続きがあって、扇、煙草、座頭(ざとう)と続く。


 なにが言いたいかというと、ひとたび終わったと思っていたものでも続きがあるということで。


 ()き火の消し忘れであったり、ガスの元栓のしめ忘れであったり。

 ホラー映画なんかだと殺人鬼から逃げ切って一息ついた瞬間であったり。


 それらは往々にしてロクな結果を招かないものである。




 正月一日(ついたち)の夜、林太郎はふわふわとした夢の中で遠い過去の記憶を思い出していた。


 それはちょうど1年前。

 勝利戦隊ビクトレンジャーへの内定が決まり、ヒーロー学校規定の実地研修に(おもむ)こうとしていた矢先の出来事である。


 いつものように(から)んでくる後輩を適当にあしらっていたときのことだ。

 そこそこ歳が離れていることもあり(うわ)ついた話をするような仲ではなかったのだが、一度だけ好みの異性の話題になったことがある。


「センパイ、私は強い人が好きです」

「へえ、ひょっとして俺のこと口説いてる?」

()めますよ」

「そんな雑な返しかたある?」


 それ以来、ふたりの間で恋愛話(コイバナ)禁忌(タブー)となった。

 懐かしき在りし日の思い出である。



 だが夢はそこで終わらなかった。


 いつの間にかグルグル巻きに縛られた林太郎の目に入ったのは、遠くに見える富士山であった。

 ぴーひょろろと鷹が飛び、口には乱暴になすびが突っ込まれる。


「むぐっ、むぐぐーーーっ!!」


 そのまま深さ3メートルほどの穴に乱暴に放り込まれた。

 見上げると白銀の髪の少女が、そのスカイブルーの瞳で冷たく林太郎の顔を覗き込んでいるではないか。


「……()めてやる、デスグリーン……人類の敵……!!」


 (まゆずみ)桐華(きりか)は呪いの言葉を呟くと、手に持った雪かき用スコップで林太郎の身体の上にわっせわっせと土をかけ始める。


「もごもごーっ! やめてーーっ! 後生(ごしょう)だから埋めないでーーーッ!!」


 必死の嘆願(たんがん)もむなしく顔にまで土をかけられ次第に呼吸ができなくなる。

 林太郎はついに頭の先まで埋められ、青木ヶ原(あおきがはら)樹海の土とひとつになったのだった。



 ああ、土って意外といいにおいがするんだなあ……。




 ………………。


 …………。


 ……。




「ふぐっ……! ふぐぐぐぅーーーーーッッ!!」


 林太郎があまりの息苦しさに目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。

 ふかふかのキングサイズベッドの上で、林太郎は己の顔にべったりとへばりついた少女を引き剥がす。


「あっプハァァァァァーーーーーッッッ!!!!」


 肩で荒く呼吸をし、血中のヘモグロビンにこれでもかと酸素を送り込む。

 冷え切った末端にじんわりと血がめぐり、酸欠でくらくらする頭が徐々に覚醒する。


「ほにゃむ……あ、アニキおはよッス……」

「おはようサメっち。お願いだからアニキの顔面を抱き枕にするのはやめようね。ほんとに死んじゃうから」

「ッスぅ? いい初夢見れたッスか?」

「ああ、最高だね。あやうくこのまま夢の住人になるところだったよ」


 はたして富士山からなすびまでコンプリートして、ここまでありがたくないものだろうか。

 もう少しご利益(りやく)というものがあってもいいものである。


 林太郎はシャワーを浴びて髪を乾かし、再びベッドにダイブする。

 怪人に正月休みというものがあるかどうかは知らないが、今日は一日のんびりしていたい、そんな気分であった。



「アァーーニィーーキィーー!!」


 そんな休日のパパみたいにグダついている林太郎の背中で、構ってほしい娘のようにサメっちがバインボヨンと飛び跳ねる。


「ぐぇっ! ぐぇっ! 待ってサメっち、アニキの腰が壊れちゃう」

「アニキ今日は買い物に連れて行ってくれるって約束したッス!」


 サメっちは昨日集めに集めたお年玉のポチ袋を、トランプのように拡げてみせた。

 そしてどうだと言わんばかりに鼻息をフンスフンスと荒くする。


「買い物……? あ、今日行くって言ってたっけ……?」

「言ってたッスゥ!!」


 昨夜新年会でもみくちゃにされて後半の記憶が曖昧(あいまい)なのだが、思い返してみるとそんな約束をしたような気がする。

 林太郎は馬乗りになったサメっちに急かされ、のんびりと出かける準備を整えた。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうそのころ、阿佐ヶ谷(あさがや)のヒーロー仮設本部では急ピッチで再編成の作業が進められていた。

 守國(もりくに)長官自ら陣頭指揮を執り、職員たちは大晦日(おおみそか)も正月もなく働きづめである。


 勝利戦隊ビクトレンジャーの鮫島(さめじま)朝霞(あさか)司令官も、自ら志願して肉体労働に(はげ)んでいた。

 今朝がた関西の支部から届いたばかりの機材を仕分けていると、白銀の髪が目に入った。


(まゆずみ)さん、もう動いて大丈夫なのですか?」

「…………はい」


 (まゆずみ)桐華(きりか)は目を伏せながら、短くそう応えた。

 弱々しい返事からは、彼女が現役最強のヒーローであるなどとは想像もつかない。


 先日、極悪怪人デスグリーンに完全敗北を(きっ)したことが相当こたえているようだ。

 幸いにも外傷は軽微なものであったが、彼女にとっては心の傷のほうが問題だろう。


「そのふらついた足取りで、どこへ行こうというのですか?」

「少し、外の空気を吸いに……」


 桐華の青い目が泳ぐのを、朝霞は見逃さなかった。


「ビクトリー変身ギアを紛失したいま、あなたに怪人との交戦は認められていません」

「…………ッ!!」

「特に黛さんは有名人ですから、怪人側から接触してくる可能性も大いに考えられます。上官という立場から申し上げさせていただければ、現段階におけるあなたの外出は看過できかねます」


 朝霞は冷たく言い放った。


 別に桐華をいじめたくて言っているわけではない。

 桐華の身の安全を考えれば当然の判断である。


 ――だが――。



「しかしながら私には職務上、黛さん一個人(いちこじん)の行動を制限する権限は与えられていません。ただどうしても外に出たいというのであれば、これを肌身離さず持っていてください」

「……これは?」


 朝霞司令官は桐華に手のひら(だい)の機械を手渡した。

 スピーカーとランプのついた簡素なものだが、なんに使う装置なのかさっぱりわからない。


京都(きょうと)支部で大学と共同開発していたものです。名付けて無線式(むせんしき)小型携行(こがたけいこう)後天性(こうてんせい)局地的(きょくちてき)人的災害(じんてきさいがい)特異転遷(とくいてんせん)受容因子(じゅよういんし)空間情報(くうかんじょうほう)検知器(けんちき)です」

「むせ……え? ごめんなさい、まったくわかりません」


 名付けるにしたってもう少しあっただろうに。

 なぜヒーロー本部の連中はこうも長ったらしい名前を付けたがるのか。


 そのなんたらとかいう装置がビヨッと鳴る。


「名前が長いので私は“怪人センサー”と呼んでいます。半径10メートル以内に怪人細胞の反応を検知すると音が鳴ります。といっても試作機なので今のように誤作動も多いようですが」

「……怪人センサー、ですか」

「将来的には全公安職員の標準装備となる予定です。せっかくなので実地性能試験にご協力をお願いします。それと帽子を(かぶ)っていくことをおすすめします」


 朝霞はそう言うと黒いキャップを桐華の頭に被せた。


「額の“(にく)”は隠しておくべきでしょう」

「……わかりました」


 油性ペンで書かれたせいで、桐華の額にはいまだに“肉”の文字が(にしき)御旗(みはた)よろしく燦然(さんぜん)と輝いていた。

 桐華には額に肉と書かれる意味がまるでわからなかったが、どうやら恥ずかしいことらしい。


 怪人センサーを上着のポケットにしまうと、桐華は阿佐ヶ谷仮設本部を出た。


 とくにどこへ行こうというわけではなかったのだが、ふらふらと人の多いほうへ足の(おもむ)くまま、気づけば中野(なかの)まで来てしまっていた。

 大型商業施設の自動ドアを(くぐ)り抜けると、暖房がよく効いており少し汗ばむほどだ。


 桐華はそこでペットショップのショーウィンドウ越しに犬を眺めて怯えられたり、自動販売機で缶コーヒーを買って飲んでみたりした。


 しかしなにをしたところで桐華の心が晴れることはない。


「ねえキミかわいいじゃーん、モデルとか興味ない系? ちょうど隣のビルで撮影会やってる系なんだよねえ」

「…………」

「あれあれあれー? もしかして聞こえてない系? 俺ひょっとして無視されちゃってる系ー? いやほんとちょっと動画撮るだけ系だからさあ。いいお小遣い稼ぎ系だと思って……」


 桐華は黙って手に持ったコーヒーのスチール缶を“(たて)”に握りつぶす。

 ナンパ男はヒェーーーッと悲鳴をあげながら逃げ去っていった。


 いっそ応じてやってもよかったかもしれないと、桐華は(うつ)ろな目で雑踏(ざっとう)に目をやる。



 ビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨ!



 そのとき、桐華の上着のポケットから気の抜けたビープ音が鳴り響いた。

 桐華が周囲を見回すまでもなく、目の前を歳の離れた兄妹(きょうだい)らしきふたりが通り過ぎる。


「アニキぃ、サメっちおトイレ行きたいッスぅ」

「あんなにがぶがぶジュース飲むからだよ、もう仕方ないなあ」


 すれ違いざまその男の横顔を見た瞬間、桐華は己の目を(うたが)った。


「デス……グリーン……!?」


 それはまぎれもなく、桐華が無意識のうちに探し求めていた男であった。


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表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] 内容も面白いですが、イラストも好きです!! コミカライズ頑張ってください!!!笑
[良い点] 面白い事です のりが良い事です [一言] 悪とは、社会、常識、法律、空気読めよ、等 既存の誰もが守る物より、自分の意志を貫く事 悪、誉められるものではありません、定義等も 人それぞれです…
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