第六十一話「新年会in悪の秘密結社」
激戦から数日後、大勝利を収めた悪の秘密結社アークドミニオンの地下秘密基地では、新年会を兼ねた盛大な祝賀会が催されていた。
会場には異様に長い垂れ幕がかかっており、そこにはこう書かれている。
“超天敵ビクトブラック大撃破&東京ヒーロー本部大壊滅大記念大祝賀会ならびに忘年会ができなかったからまとめてやっちゃおうアークドミニオン大大大新年会今年もよろしくね”
もはや最後のほうに至っては書ききれなくて、バランスを失敗した習字みたいにめちゃくちゃ小さくなっている。
林太郎はいつもながら、いったいこの頭の悪いタイトルは毎回誰が考案しているのだろうかと、垂れ幕を見上げてゲンナリした。
その傍らではサメっちが悪の総統に新年の挨拶をしていた。
「あけましておめでとうッス!」
「おおサメっち、おめでとうである。ほうれ、悪い子にはお年玉をくれてやろう」
「わぁい竜ちゃんありがとうッス! ひー、ふー、みー……そこそこッスね」
「サメっち、本人の前でお年玉を数えるのはやめようね」
江戸幕府の新年参賀のように厳かな雰囲気で新年の挨拶でもやるのかと思いきや、これではまるでお爺ちゃんと孫である。
さしずめ林太郎は旦那の実家を訪れ、義父母に孫の顔を見せにきた嫁といったところか。
アークドミニオンには子供が少ないこともあり、サメっちは大量のポチ袋をゲットしていた。
かく言う林太郎も、ついついサメっちにお年玉をあげてしまったのだが。
そういえばもうひとり金髪幼女がいたような気もするが、林太郎はあえて思い出さないことにした。
ただ本人が忘れようとしたところで、捕まってしまえば意味をなさない。
「ほれ林太郎、カワイイわしにもお年玉を寄越さんか」
「はっはっは、あなたは完全にあげる側ですよタガラック将軍」
「なぁにを言うか! わしはピチピチの小学4年生じゃぞ! 最年少じゃぞ!」
「あんた最古参メンバーでしょうが! 下手したら最年長ですよ!?」
「ええじゃろうがい! 最年長がお年玉もらったらいかんのか!!」
なぜべらぼうに金を持っているくせにタカりにくるのだろう。
お年玉というものはただの金銭ではなく、子供たちにとってのステイタスのようなものなのだろうか。
林太郎は仕方なくポケットから“ブツ”を取り出した。
「おおお! それはっ!」
「遅くなりましたが、約束の成功報酬です」
黒いエンブレムに光り輝くVマーク。
それはビクトブラック・黛桐華の“ビクトリー変身ギア”であった。
決着がついた後、ちゃっかり回収しておいたものだ。
「むひょひょひょ! これじゃこれじゃあ!」
「取り扱いにはくれぐれもご注意を」
「わかっとるわい。えへっ、えふぇふぇふぇふぇ……」
タガラックは変な笑い声をあげながら上機嫌に去っていった。
肝心のヒーロースーツはトウガラシスプレーと防犯用カラーボールの塗料まみれになったままだが、サイボーグのタガラック将軍ならおそらく大丈夫だろう。
「アニキさすがッス! サメっちもアニキの雄姿をこの目で見たかったッス……!」
「そりゃ残念だったね。俺が完勝するところをサメっちにも見せてあげたかったよ。あっはっはっはっは……」
「アニキがビクトブラックを散々にいたぶり倒して全身をもてあそんだ上、すっぽんぽんにひん剥いてはちゃめちゃに辱めたって噂になってるッス!」
「ねえ誰から聞いたのそれ? 怒らないからアニキに教えて?」
祝賀会場はもっぱらデスグリーンの話題で持ちきりであった。
会場のあちこちから、楽しそうな歓談の声が聞こえてくる。
「聞いたか? デスグリーンさん、ビクトブラックのスーツを脱がして散々に痛めつけて穢したらしい……」
「エゲツねえよな……挙句の果てには身体の自由を奪って“肉”扱いしたらしいぞ……」
「さすがは俺たちのデスグリーンさんだぜ!」
なにかよからぬ噂話が尾ヒレをつけて拡がっているような気もするが、林太郎は聞かなかったことにした。
すべて事実だがきっとそのうち誤解も解けるだろう。
「クリスマスの話、聞いたか……? 朝まで一睡もせずぶっ通しだったんだってな……」
「ソードミナスさんまだお尻が痛いって言ってましたね……いっぱい慰められたって……」
「さすがは俺たちのデスグリーンさんだぜ!」
林太郎は聞こえないふりをした。
不思議なもので、なにも聞こえていないはずなのに涙が出てきた。
「アニキ泣いてるッスか?」
「ちょっと目にね……オレオレジン・カプシカムガスがね……」
「オレオ……なんッスかそれ?」
「おい林太郎……泣いてるのか? ローストビーフおいしいぞ? 食べるか?」
林太郎がめそめそしていると、当の噂の本人ソードミナスこと湊が声をかけてきた。
湊は林太郎を慰めるように、お皿に盛られたローストビーフを差し出す。
「うぅ……ありがとう、いただくよ湊……」
「いっぱい食べるんだぞ。私が焼いたんだ、まだいくらでもあるからな」
「うぅ……うっ、うっ……」
「よしよし……なんか知らんがよく頑張った。つらかったな、うんうん」
湊は優しく接してくれるが、林太郎としてはまた新たな誤解が広まらないか不安でいっぱいである。
ただ絶妙な味付けが施されたローストビーフは本当に美味しかった。
「うっうっ……うまいよぉ……」
「そっ、そうか!? うまいか!? よし食べろ! どんどん食べろ!」
味を褒められたのが相当嬉しかったのか、湊は林太郎の口に次々とローストビーフを突っ込んだ。
それはまるで口に石を詰め込む中世の拷問のようであった。
「うっ……うぐっ……死……」
「うわあああ! 林太郎しっかりしろ! 林太郎!!」
「アニキ! アニキィィィィィィ!!」
デスグリーンが泣きながらソードミナスの“お肉”を野獣のようにたらふく貪って死にかけた、という噂が流れたのはそれから2日後のことであった。
“超天敵ビクトブラック大撃破&東京ヒーロー本部大壊滅大記念大祝賀会ならびに忘年会ができなかったからまとめてやっちゃおうアークドミニオン大大大新年会今年もよろしくね”は深夜遅くまで続いた。
林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で榧の高級将棋盤をもらった。
…………。
「酷い目にあった……」
林太郎はフカフカのダブルベッドに静かに倒れ伏した。
あの後またしてもベアリオン将軍とザゾーマ将軍のいさかいに巻き込まれた。
ふたりとも昨日までベッドの上でうなされていたというのに、やはり怪人の回復力というのは異常である。
そうかと思うと、矢継ぎ早に百獣軍団と奇蟲軍団による壮絶な“デスグリーン争奪戦”が繰り広げられた。
前が見えなくなるほど花輪をかけられ、背骨が軋むほどのハグの応酬とキスの嵐を潜り抜け、ようやく部屋に戻ったころには正月一日が終わっていた。
隣で寝息を立てていたサメッちが、目をこすりながらのそのそとうごめく。
「……んゅぅ……アニキ……?」
「ごめんよ、起こしちゃったかい?」
「ううん……サメっちは悪い子だから、寝ないで待ってたッス……」
「思いっきり寝息聞こえてたけどね」
林太郎がそう言うとサメっちは恥ずかしそうに、ホームセンターで買ったサメのぬいぐるみに顔を埋めた。
そして海苔巻きのように掛布団を身体に巻いて奪い取る。
「アニキ……」
「なんだいサメっち?」
「今年もよろ……しく……おにゃッス……ッスー……ッスー……」
まるで芋虫のように布団にくるまったまま、サメっちは再び寝息を立て始めた。
「俺の布団どうするんだよ……」
林太郎は新年早々、毛布一枚で寝る羽目になった。