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第五十八話「最古のヒーロー」

 さいたま新都心で林太郎と桐華が壮絶な泥仕合を展開していたころ、神保町(じんぼうちょう)では誰しもが予想だにしない大事件が起きていた。


 ここは国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例(とくむじれい)対策本部(たいさくほんぶ)、またの名をヒーロー本部。

 長ったらしい正式名称の“局地的人的災害”とは端的にいうと怪人のことを指している。


 すなわちヒーロー本部とは、怪人案件専門の処理を担う行政機関である。

 そのヒーロー本部が、巨大な怪人たちによって今まさに処理されようとしていた。


「メガロドンキーーーックッス!」

百獣の王(ヒャクジューキング)ラリアットォォォ!!」

「フルパワードロップ蹴兎(シュート)ッッ!!」


 巨大ロボならともかく、ただの鉄筋構造物(ビル)が60メートル級の怪人による猛攻を耐えられるはずもない。

 ヒーロー本部庁舎は5分ともたずに瓦礫(がれき)の山と化した。


「ヒーローたちはどうした!? なぜ出動しない!?」

「あんたらが総動員をかけたんでしょうが!!」

「なんだよその言い草ァ! ぼぼぼ、僕は作戦参謀本部の次官だぞっ!!」

「だから作戦参謀本部(おまえ)のせいだって言ってるんだよ!!」


 職員たちは恐慌状態に(おちい)り、互いをののしりながら地下を通って避難した。

 もはやヒーロー本部の矜持(きょうじ)を守らんとする者は誰もいない。


「まだ、引退できんか……」


 その男(・・・)ただひとりを除いて。




「せっかくだから地下収容施設に捕まってる怪人たちも助けるッス。サメっちスコップ持ってきたッス」


 60メートル級のサメっちが取り出したスコップは、当然のことながら一緒に巨大化してはおらず、まるで爪楊枝(つまようじ)のようであった。


「おいサメっち、それ手で掘ったほうがはやくねえかあ? おいウサニー! お前掘るの得意だろ、やってやれ!」

「はっ! では不肖(ふしょう)ながら小官めにお任せください!」


 百獣軍団のナンバー(ツー)、ウサニー大佐ちゃんはベアリオン将軍に頼られたのがよほど嬉しいのか、目を輝かせながらビシッと敬礼した。


「よぉし目玉をひん剥け新兵ども! 私自ら手本を見せてやるからママのシチューみたいにありがたく思え!」



 地上でそんなやりとりがなされているころ、地下ではある男が精神統一をしていた。

 真っ赤なヒーロースーツに身を包み、その上から(えり)の立った大きなマントを羽織る。


 その頭の大半は年季を感じさせる白髪(しらが)が占め、眉間(みけん)には深い(しわ)が刻まれていた。

 しかし全身を覆う岩のような筋肉は、68歳という年齢をまるで感じさせない。


守國(もりくに)長官、マスクです」

「うむ、ご苦労」


 ヒーロー本部長官、守國(もりくに)一鉄(いってつ)は元補佐官の鮫島(さめじま)朝霞(あさか)から少し色あせた赤いマスクを受け取った。

 そしてゆうに20年ぶりとなるそれを頭に被る。


 初代ヒーロー、ジャスティスファイブにはビクトリー変身(チェンジ)ギアのように便利な変身ツールは存在しないのだ。


「守國長官、ご武運を」

「朝霞補佐官……いや、今は朝霞司令官か。お前のことは悪ガキの頃から知っているが、変わったな」

「変わった……と言いますと?」

「ようやく戦士の面構えになった」


 守國はそれだけ言うと、丸太のように太い脚で床を蹴った。


「トウッ!」


 天井を突き破りながら、一直線に地上を目指す。

 そしてちょうど地面を掘り進めている巨大ウサニー大佐ちゃんの眉間に、振り上げた真っ赤な拳が命中した。


「みぎゃーーーッッッ!!」


 もんどりうって長い耳をバタバタさせるウサニー大佐ちゃんを尻目に、その赤い戦士は廃墟と化したヒーロー本部を取り囲む怪人たちを(にら)みつけた。


 瓦礫の山の頂上に最古の戦士(ヒーロー)が降り立ち名乗りを上げる。



「アカジャスティス!!」



 真っ赤に燃える太陽のようなマスク。

 拳を(かたど)ったゴーグルの内側では、いまだ消え衰えぬ闘志が燃える。


 どシンプルな自己紹介と、両の拳を突き上げるだけのこれまたどシンプルなポージング。

 体長60メートルの怪人たちに囲まれてなお、180センチメートルのその老体は存在感を示していた。


「ひとりだけヒーローが残っていやがったか! しゃらくせえ!」


 百獣軍団でも最速の男、俊足(しゅんそく)怪人チータイガーの巨大な拳が小人(こびと)のような守國(もりくに)に向けられる。

 60メートル対、180センチ、圧倒的なサイズ差によりアカジャスティスの身体は一瞬にしてぺちゃんこになるかと思われた。


 ――しかし――。



「アカパンチ!!」



 アカジャスティスこと守國は、なんとその巨大な拳と正面から打ち合ったではないか。

 それだけに留まらず、続けて目を疑うような光景が繰り広げられる。


「な、なんだ!? うおおおおおおおおっっっ!?」


 吹っ飛ばされたのは、チータイガーの巨体のほうであった。

 物理法則さえ無視する圧倒的なパワーを前に、巨大怪人たちの間にも動揺がひろがる。



 守國はゴキゴキと肩を回すと、改めてファイティングポーズを取った。


「俺の時代には、ロボットなんて便利なものは無かったんだ。どうやってデカい敵と戦ったと思う?」


 その脚で地面を蹴り上げ、弾丸のように射出された守國は近場にいた牛のような怪人を殴り飛ばした。

 60メートルの巨体がビルをなぎ倒しながらズシーンと崩れ落ちる。



(ちから)いっぱい、ぶん殴ったのさ」



 最前線で戦い続けて30年、引退してからも長官として国家の平和のために20年。

 あわせて半世紀もの間、日本国(にほんこく)を怪人という災害から守り続ける大ベテラン。


 最古のヒーロー・アカジャスティスが10体を超える巨大怪人たちの前に立ちはだかった。




 ………………。


 …………。


 ……。




 時刻は少し戻って、さいたまスーパーアリーナ。


 ひとり待ちぼうけを食らっていた剣山(けんざん)怪人ソードミナスこと剣持(けんもち)(みなと)は、数百メートル離れた位置からその爆発音を耳にした。


「うわ、もうはじまった!」


 立て続けに夜空が明るく輝き、無数の銃声が響き、爆発音も徐々に規模の大きなものになっていった。


 “林太郎の眼鏡をかけて待つ”以外になんの指令も受けていない(みなと)は、一瞬迷いはしたものの、気づけば音のするほうへと駆け出していた。


 刃物を無限に生み出すという凶悪な能力に反し、怪人としては弱い部類に入る自分でもなにか役に立てることはあるはずだと。


「はあっ……はあっ……走るのしんどい……死ぬぅ……ささ、寒い……」


 つい2週間ほど前まで地下で監禁生活を()いられていた湊にとって、はやる気持ちとは裏腹に数百メートルのダッシュは体にこたえた。


 そんな湊の視線の(はし)に、ちらりと赤い半袖(はんそで)が入る。


「ひぃっ! し、死体!」

「うぅ……」


 赤い半袖の男・暮内(くれない)烈人(れっと)は全身に火傷を負い、白目を剥いて気を失っていた。

 しかし湊が近づくと人の気配を感じたのか、わずかなうめき声を上げた。


「よかった生きてる! しかしマズいな、一般人が残っていたのか。人払いは済ませたと思っていたのに」


 湊は持ち歩いていたバッグから軟膏(なんこう)とガーゼを取り出すと、半袖の男を手際よく治療していった。


 このところずっとアークドミニオンの医務室に詰めていることからわかる通り、湊には医療の心得(こころえ)がある。

 怪人として覚醒する前は外科医を(こころざ)す医大生であった。


「まるでバイクで転んだ上に高圧電流を浴びて、おまけに爆発で吹き飛ばされたかのような重傷だな……。半袖(はんそで)なのは脱がす手間が(はぶ)けて助かるけど」


 驚くなかれ、これは脱げたわけではなく、最初から半袖だったのだ。

 烈人はこの12月真冬の深夜に、半袖でバイクに(またが)って東京から走ってきたのだった。


「あれ? なんかあったかい……」


 烈人の周囲はなぜか気温が10度ほど上昇するのだが、気絶していてもその体質は健在であった。

 湊が烈人に包帯を巻きながら(だん)を取っていると、とつぜん電子音が鳴り響く。



 ピピピポポポピ!



 驚いた湊が音の出どころを探ると、男のポケットからひとつの小さな機械が出てきた。


 それは(まぎ)れもない“ビクトリー変身(チェンジ)ギア”であった。


「ひえーーっ! ちちち、変身(チェンジ)ギア!? この人、一般人じゃなかった!!」


 湊は飛び上がって頭を抱えた。

 そして運の悪いことにその拍子でビクトリー変身ギアを落としてしまい、通話が繋がってしまった。


 ビクトリー変身ギアからは持ち主の名を呼ぶ声が響く。


『あっ、やっと繋がった! こちら待機班。ビクトレッド、応答せよ。司令部と連絡が取れない、そちらの状況はどうなっている。爆発があったようだが無事か』


 それはさいたま新都心郊外に動員されたヒーローたちからの安否確認であった。


『応答がないな……ビクトレッドの身になにかあったに違いない! 総員、出動準備だ!』

「おおお!? それはマズいぞ……援軍はマズいっ!」


 湊は慌ててビクトリー変身ギアを拾い上げた。

 しかし拾ってはみたものの、どう対処すればいいかまるでわからない。


 だがこのまま放置すれば、待機しているヒーローたちがこの場に向けて殺到してくることは()けられないように思われた。

 林太郎(デスグリーン)桐華(ビクトブラック)の戦闘にいまだ決着がついていない今、敵の増援を呼び込む事態はなんとしても回避すべきである。


「ほおおお……! どどど、どうしたら……! そうだ、この男のふりをして応答するんだ!」


 迷いに迷った結果、湊は烈人を(よそお)って別動隊の連中を足止めする作戦を思いついた。


 しかし湊には暮内烈人なる人物がどのような声で、どのような(しゃべ)りかたをするのか見当もつかない。

 わかっているのは、焼いているのか元々か、肌が浅黒く半袖(はんそで)であることぐらいだ。



(色黒で半袖……夏……海……ナンパ系?)



 これらの情報から湊のイメージする、ビクトレッド・暮内烈人の人物像とは。


『ビクトレッド、応答せよ!』

「あ、もっしー。オレオレ、ビクトレッドっしゅ。デスグリーンとか、マジよゆーのワンパン? みたいな? だから応援とかマジいらないってか、もうさっさと帰れば的な? わんちゃんバイブスあげてく系のやばたにえんみたいな?」

『総員出撃ィィィィィッッッ!!!!』

「ななな、なんでだーーーっ!?」


 郊外に(ひか)えていたヒーローたちが、林太郎たちが戦う市街地目掛けて一斉に出動した。

 湊は林太郎に援軍が迫っていることを伝えるべく、激しい剣戟(けんげき)が聞こえるほうへと走った。


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