第五十五話「復活のデスグリーン」
ここは平和な東京都立川市。
「ごちそうさまでしたー」
「まいどありーっ!!」
大将がこの立川にラーメン屋の暖簾を出してから、今年でちょうど10年目になる。
頑固一徹、製法を守り続けた名物“黒醤油ラーメン”も、いまやすっかり立川の味である。
10年もやっているといろんな客がくるもので、店内には芸能人のサイン色紙がところ狭しと掲げられていた。
お昼時のラッシュを過ぎ、大将が夜の仕込みに入ろうとしたそのときであった。
ガララララッ。
「いらっしゃ……いま……せ……?」
その男は真っ黒なロングコートを羽織り、頭には真っ黒なフェドーラ帽、顔にはこれまた真っ黒なサングラスをかけていた。
ようするに全身上から下まで真っ黒という、異様な出で立ちであった。
「な、何名様で……?」
「10人っていけます?」
ラーメンを食べたいと言うのであれば断る理由はない。
大将はおそるおそる頷き、そして後悔した。
全身黒づくめの男と、まったく同じ格好をした男女がぞろぞろと入ってくる。
小学生ぐらいにしか見えない子供。
見上げるほどの背丈を誇る長い黒髪の女。
筋肉がつきすぎてコートがはち切れそうな大男。
フェドーラ帽の横からウサミミを生やした女など。
その全員が最初に入ってきた男とまったく同じ、サングラスに黒づくめという異様きわまる装いであった。
(きょ、今日なんかの取材だったっけ……?)
大将はなるべく目を合わせないよう、無心でラーメンを作った。
「お待たせしました……黒醤油ラーメンです……」
ズルルルルルッ、ハフハフッ! ハフッ!
黒づくめの集団は結局いただきます、ごちそうさま以外一言も発することなくラーメンを完食した。
「ありがとう、美味かったよ」
「ま、まいどあり……あの、よろしかったら、コレ……」
「……へぇ、大将なかなか物好きだね」
黒づくめの集団が帰ったあと、大将は店内を彩る芸能人のサイン色紙の隣に、新しい一枚を掲げた。
色紙には『極悪怪人デスグリーン』と、大きく書かれている。
その中で“人”という文字だけが、カタカナの“ハ”の字みたいに、まるっきり支え合っていなかった。
人という字を知らないのか、あるいはよほど心が汚れているのかもしれない。
「怪人……? ははは……いやまさか……ははっ……。よし、見なかったことにしよう」
大将はそれを見上げながら、やっぱりなにかの撮影だったんだなと思いこむことですべてを忘れることにした。
そして“麺・イン・ブラック”という店名は変えようと、固く決意した。
…………。
黒づくめの集団の目的はラーメンではない。
立川の大型ホームセンターである。
道行く人々がその集団を見てギョッとする。
「お、おい林太郎。この格好はやっぱり目立ちすぎるんじゃないのか……?」
先頭をずんずん歩く林太郎に、長身の黒づくめ・剣山怪人ソードミナスこと剣持湊がビクビクしながら声をかける。
「大丈夫だって、これも作戦のうちなんだから。目立つことに意味があるんだよ」
「えええ、ほんとにぃ……?」
湊には悪目立ちに過ぎるこの仮装が、なにかの作戦であるとは到底思えなかった。
しかしこの男は、かのヒーロー本部に壊滅的打撃を与えた極悪怪人デスグリーンである。
きっと想像もつかない深謀遠慮が秘められているのだろうと、自分を納得させた。
そして周囲から奇異の視線を向けられる恥ずかしさに、頑張って耐えることにした。
集団は人々の視線などどこ吹く風といった様子で、大型ホームセンターで買い出しを行った。
接着剤、ベニヤ板、スプレー、釘、ゴムマット、ワイヤー、大量の花火に防犯用のカラーボールなど。
全ては次の作戦のための準備である。
「サメっち、お小遣いでこのぬいぐるみ買うッス!」
「ちょうどプロテイン用に泡立て器がほしかったんだぜえ! オレサマにはシェイカーじゃ小さすぎるからなあ!」
「ふむ……次のビンゴ大会の景品は銀の食器セットにするか……。いや、吸引力が変わらない掃除機も捨てがたい……」
「はいはーい、みなさんねえ、今日の目的完全に忘れてませんかー?」
一行は両手にたくさんの荷物を抱えてホームセンターを後にする。
他の客たちが怪訝な視線を送る中、真っ黒な車に乗り込むとそのままどこかへと走り去ってしまった。
………………。
…………。
……。
その夜、中山道を猛スピードで北上する赤と黒、2台のバイクの姿があった。
向かう先は、さいたま新都心である。
「むっ? なんだ……?」
先頭を走る赤いバイクが道路になにかが敷かれているのを発見した。
端から端まで、道を封鎖するように敷設されたそれは、空に向かって無数の棘を生やしているように見えた。
急ブレーキをかけ回避を試みるが、とても間に合うようなスピードではない。
バンッ!
直後、その上を走り抜けた赤いバイクの前後輪がまとめてはじけ飛ぶ。
バイクが踏みつけたそれは、アメリカの警察が暴走車両を止めるのによく使う装置。
ゴムマットと釘で手作りされた“スパイクストリップ”であった。
「――ッ!?」
「うおおおおおおおおっ!?」
黒いバイクはすんでのところでスパイクをかわしたが、赤いヘルメットのライダーは勢い余って放り出され車道をゴロゴロと転がった。
転倒したバイクがアスファルトの上を滑り、真っ赤なカウルが火花を散らす。
「暮内先輩、大丈夫ですか!?」
黒いバイクのライダーはすぐさま引き返し、倒れた仲間に駆け寄る。
その瞬間を狙ったかのように、深夜の市街地に号令が響き渡った。
「いまだ! やれーーーーーっ!!」
ビルの上から投擲されたそれは、ワイヤーで編まれた“投網”であった。
それが倒れた烈人と、驚愕する桐華に覆いかぶさる。
身体に絡まるワイヤーネットを見て、桐華はとっさにビクトリー変身ギアを構えた。
「流せーーーーーっ!!」
「ビクトリーチェンジッ!」
超高圧電流が鋼糸を伝わり、ふたりのビクトレンジャーに襲いかかる。
「あばばばばばばぶるるるるるるるぁッ!!!!????」
赤いほうの男、暮内烈人は変身が間に合わず一瞬にして黒焦げになった。
あまりの強烈な放電に付近一帯が停電し、さいたま新都心の市街地は真っ暗闇に包まれた。
ワイヤーを斬り裂き、黒いビクトリースーツを身にまとった戦士が闇に包まれた道の先を睨みつける。
そこには夜だというのにまだサングラスをかけている黒づくめの男が立っていた。
「さすがに一筋縄ではいかないか」
「そんなまさか!? なぜここにいるんですか……デスグリーン!!」
「ほう、まるで俺の居場所を完璧に把握しているみたいな口ぶりじゃないか」
「…………ッ!?」
「ストーカーちゃんには厳しい“おしおき”が必要だな」
そのころビクトレンジャー秘密基地の司令室では、鮫島朝霞司令官が爪を噛んでいた。
『エンカウント! 朝霞司令官、やつらハッキングに気づいています!』
「落ち着いてください。まだ想定の範囲内です」
朝霞のパソコンのモニターには、桐華たちが襲撃を受けた地点よりも数百メートル先に位置する“さいたまスーパーアリーナ”の様子が映し出されていた。
そのさいたまスーパーアリーナには、眼鏡をかけた長身美女、湊がぽつんとひとりで待機していた。
「へっくしゅ! ここで眼鏡をかけて待っているだけでいいって言われたけど……いつまで待っていればいいんだろう……? しかし、さささ、寒いな……!」
湊がかけている眼鏡のフレームには、肉眼ではほとんど見分けがつかないほど小さなレンズが仕込まれていた。