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第四十五話「無双の天才・黛桐華」

 悪のカリスマ、ドラギウス三世。

 ベアリオン、ザゾーマ、タガラックという強大な力を持った三幹部。

 そして数多(あまた)の怪人たちを(よう)する秘密結社アークドミニオンを相手に、積極的に喧嘩を売ろうという組織はそう多くないだろう。


 しかしその日、関東大制圧作戦の橋頭保(きょうとうほ)として設けられたアークドミニオン系列の支部が、立て続けにすべて破壊された。


 幸いなことに怪人たちはほとんど出払っていたため死者こそ出なかったものの、事務所は跡形もなくビルごと爆破解体され、数名が重傷を負った。


 直接対峙するでもなく、相手の一番痛いところを的確に突く。

 それはまるで“緑の断罪人”と呼ばれたかの悪名高いヒーロー、ビクトグリーンの手口そのものであった。


「そんなばかな話があるか」


 林太郎は挑戦状とも取れる各地からの報告に目を通すと、頭を抱えてそう(つぶや)いた。


「だけどサメっちも、このやり口はビクトグリーンに似てると思うッス」

「……いいかいサメっち。ビクトグリーンが生きているなんてことは、絶対にありえないんだよ」


 そう、緑の断罪人・ビクトグリーンは、すでにデスグリーンの手によってあの世に送られている。

 というか極悪怪人デスグリーンこと栗山林太郎こそ、(くだん)のビクトグリーン本人である。


 もし件の犯人がビクトグリーンだというならば、それはドッペルゲンガーの仕業(しわざ)に他ならない。



 林太郎とサメっちは事件当時事務所にいた怪人に話を聞くため、埼玉県大宮(おおみや)郊外にある闇診療所を訪れていた。


 怪人たちは当然のことながら、通常の医療機関での治療などは受けられない。

 ゆえにこうして全国各地に独自の闇医者ネットワークを持っているのだ。


 診療所には大宮支部から運びこまれた、手負いの怪人たちの姿があった。


「いようデスグリーンの旦那……みっともねえとこ見せちまって悪いね」


 体中に包帯を巻いた細身の男。

 人間態だからすぐには気づけなかったが、彼は先の戦いにおいてベアリオンとともに林太郎を助けてくれたチーター風の優男(やさおとこ)であった。


 こうして見ると人間と見分けがつくはずもなく、たとえヒーロー本部の情報網をもってしても怪人組織の実態というのは易々(やすやす)(あば)けるものではない。


 それを考えると、アークドミニオンの事務所がこうも早く、ピンポイントで立て続けに狙われたというのも不思議な話である。


 たしかにサメっちの牙やウサニー大佐ちゃんのウサミミのように、人間態でも怪人の特徴が現れてしまうこともあるのだが。

 目の前にいるこのチータイガーという男は、いまはどこからどう見ても人間そのものであった。


「旦那……オレはこの目で犯人を見たんでさ……!」

「ゆっくりでいい、見たことを話すんだ」

「今朝はやくのことでさあ……」


 チータイガーは青い顔で肩を震わせながら、襲撃者のことを語り始めた。


 百獣軍団は橋頭保(きょうとうほ)確保のため朝から大忙しだったらしく、事務所に食料品や寝袋といった当面の生活用品の運び込みを行っていたそうだ。

 車で買い出しに出ていたチータイガーは、事務所に戻ったところ、留守番をしていた連中からの返事がなく最初は不思議に思ったらしい。


 ところが事務所の中からは、たしかに人の動く気配がするではないか。


 不審に思いながら奥の扉を開くと、そこにはひとりの若い女が立っていたという。

 その女と目が合ったと思ったときには、すでに全身の30箇所を斬り刻まれており、気を失っているうちに事務所ごと爆破されいまに至ったという次第だ。


 話を聞きながら林太郎は、相変(あいか)わらず怪人って頑丈なんだなと感心していた。

 それと同時に、“若い女”というところが引っかかった。


「その女について詳しく聞かせてもらえるか」

「ええ、いままでに見たことないぐらいの美人でした……なんつーか、女神様って感じで」

「あんた個人の感想はいい、外見の特徴を教えてくれ」

「キレイな白髪(はくはつ)……いや銀髪(ぎんぱつ)かなあれは……、それと瞳はスカイブルーで目はちょっと鋭い感じの……」

「待て、それ以上言わなくていい。よくわかった」


 林太郎は(おのれ)の口を手で押さえ、ある人物のことを思い出していた。

 白銀の髪と、スカイブルーの瞳を持つ女。


 その外見的特徴と合致するヒーロー関係者など、後にも先にもアイツ(・・・)しかいない。

 いまだヒーロー学校の生徒であるはずの彼女がなぜ。


 (いな)、そんな些末(さまつ)な疑問などどうでもいい。

 林太郎にとっては“あの(まゆずみ)桐華(きりか)”が敵として立ちはだかる、その事実こそが大問題なのだ。


「アニキ顔色悪いッス。ひょっとして心当たりあるッスか?」

「ああ、まあ、うん、ちょっとね」


 心当たりがある、などという次元ではない。

 彼女は……黛桐華は栗山林太郎の“天敵”である。




 ………………。


 …………。


 ……。




 ことの発端(ほったん)は、林太郎がまだヒーロー学校の訓練生であったおよそ2年前にさかのぼる。

 林太郎にとって2年目の春、その年の新入生にとんでもないヤツがいるという噂から始まった。


 その女は入学早々(そうそう)ヒーロー学校の歴代記録を次々と塗り替え、天才の名を欲しいがままにし、そのうえ若くてとびきりの美少女ときたものだ。


 黛桐華は一瞬にして下級生たちのみならず、ヒーロー学校東京本校の中心人物となった。

 下級生たちが桐華を神のごとくまつり上げるのは、時間の問題だったのである。


「お荷物お持ちします桐華様!」

「今日もお美しいですわ桐華様!」

「おい上級生ども、桐華様に対して頭が高いぞ!」

「掃除? 上級生がやれよそんなこと! こっちには桐華様がいるんだぞ!」


 2年制で年齢や素性(すじょう)もバラバラであることから、ヒーロー学校には伝統的に上級生と下級生の対立が生じやすいという土壌(どじょう)があった。

 そこにあって下級生の絶対的カリスマ・黛桐華は、両者の均衡(きんこう)を崩すには余りある圧倒的な存在感を(はな)っていた。


「上級生たちにでかい顔させるもんか! 桐華様がいればあんなやつら敵じゃねえよ!」

「ねえ桐華様ぁ、口ばっかりで実績も実力もない上級生なんか黙らせちゃいましょうよ」

「なあみんな知ってるか、上級生を束ねているのはクリリンとかいうドブみたいな目をした男らしいぞ。可哀想だよなあ上級生どもはさあ」

「ああ、あの笑いかたが気色悪い幽霊みたいな人でしょ。桐華様と比べたら地味でパッとしないモブよねえ。下級生と違って上級生には(はな)がないのよ、華が」


 下級生たちは黛桐華を旗印(はたじるし)に掲げ、日に日に増長していった。

 そしてついに毎年5月に行われる学年別体育祭において、上級生に対して無茶な要求を突きつけたのだ。


『下級生が上級生に勝ったら、なんでも言うことをきくこと』



 暮内(くれない)烈人(れっと)をはじめとする上級生たちは、下級生たちの不遜(ふそん)な態度に怒り狂った。


「最近の下級生の増長は目に余るッ! ここはビシッと勝って、上級生として厳しく指導してやらねばならないッ!」

「そうだそうだ!」

「けど負けたらどうする? むしろ勝てる気がしないんだけど」

「やるったってあの黛桐華が相手じゃなあ……」

「だからって売られた喧嘩を買わずに逃げたら、それこそ上級生の威信(いしん)にかかわるだろ!」


 たしかに、ここで勝負を()けようものなら、下級生はさらにつけあがることだろう。

 理不尽に吹っ掛けられた勝負ではあるが、上級生たちには受けて立つ以外に道はない。


 だが黛桐華という圧倒的存在を前に、上級生たちの勝利は絶望的かと思われた。



「買おうか、その喧嘩」



 そこで暗躍(あんやく)したのが、当時上級生を取りまとめていたひとりの男。

 のちに訓練生のみならず、訓練教官たちからも“毒蛇(どくへび)”と恐れられた若き日の栗山林太郎である。




 ――そして迎えた学年別体育祭当日――。



 林太郎は水分補給は大事だからと全員分のスポーツドリンクを用意し、下級生のボトルにだけたっぷりと(しび)(ぐすり)を盛った。

 親切を装い、下級生たちにクロロホルムをたっぷりしみ込ませたタオルを手渡した。

 審判を務める訓練教官を買収し、桐華に続く有力な下級生は片っ端から脅迫した。


 競技で使われる機材にはのきなみ細工(さいく)(ほどこ)し、グラウンドには前日のうちに落とし穴を掘った。

 SNSの裏アカウントを特定して印刷したデータを張り出すことで下級生たちの友情を徹底的に破壊しつくし、不幸の手紙も千通書いた。



 結果として、下級生陣営のテントは草の一本も生えない荒れ果てた焦土(しょうど)と化したのであった。



 林太郎がありとあらゆる汚い手を打てる限り打ち続けた結果、桐華はたったひとりで上級生のフルメンバーを相手にする羽目(はめ)になったのだ。

 さすがの天才・黛桐華も衆寡敵(しゅうかてき)せず、結果として下級生チームは上級生チームにトリプルスコアでの完敗を(きっ)した。


「くっそーっ! 俺たちが上級生に負けるなんて……!」

「あーっはっはっはァ! よおしザコ下級生の諸君には渋谷(しぶや)のスクランブル交差点で集団裸踊(はだかおど)りでもしてもらおうか。それともこれから毎日廊下は必ず()つんばいでワンワン鳴きながら歩くってのはどうだ?」

「かっ、勘弁してくださいクリリ……栗山先輩!」


 こうして上級生たちは、あまりにも情けない方法で威厳を取り戻したのであった。

 林太郎の陰湿(いんしつ)きわまる権謀術数(けんぼうじゅっすう)を前に、下級生のほとんどはまともに競うことすらなく敗れ去ったわけだが。


 ただひとり、その結果に納得しない者がいた。

 誰あろう、黛桐華本人である。


「待ってください栗山先輩。こんなのインチキじゃないですか」


 ただひとり敢然(かんぜん)と上級生たちに立ち向かった桐華は、そう言って林太郎を(にら)みつけた。


「インチキ? おいおい人聞(ひとぎ)きの悪いことを言うんじゃないよ」

「だってそうじゃないですか。お互いに万全な状態であればまだしも、こうも汚い手ばかり使って。こんなの無効です」

「ほほう……?」


 林太郎は下衆(げす)じみた態度で、桐華に近づく。


「下級生どもに担がれているだけの置物かと思ったら。人間らしい顔もできるんじゃないか」

「馬鹿にしないでください。これだけ舐められたら(くや)しくもなります」

「相手を舐めてかかったのはどっちだ」


 ふっ、と。

 それまでへらへらしていた林太郎の顔から笑みが消えた。


(まゆずみ)、お前の身体能力は驚異的だ。俺はおろか上級生の誰も、お前の足元にだって及びやしねえ。まともにやったら最初(はな)から勝敗なんてわかりきってるじゃねえか」

「だからって……」

だから(・・・)こそ。こっちは全力で打てる手を打った。すべては黛桐華に勝つためだ。俺はお前を()いつくばらせるために、一切手を抜くことなく出し尽くした」


 眼鏡の奥の(よど)んだ瞳が、桐華の青い目をまっすぐ見据(みす)える。


「俺の100パーセントに、お前は(なん)パーセントで応えてくれたんだ? なあ、もう一度聞かせてくれよ、(まゆずみ)。誰が、誰を、舐めたって?」

「う……それは……っ……」

「いい顔するじゃねえか。そっちのほうが好きだぞセンパイは」


 最初から(おのれ)の勝利を決めつけていた黛桐華と。

 全身全霊で貪欲に勝利を(うば)わんとした栗山林太郎。


 両者の勝敗は必然であった。


 無双の天才、黛桐華はこのとき“生まれて初めて”の敗北を(きっ)し。

 ついには衆人環視(しゅうじんかんし)の中、悔し涙を流すに至ったのであった。


 結局その後、烈人(れっと)の『友情! 仲間! みんな1等賞!』をテーマにした熱い演説などもありすべては丸く収まったのだが。

 あまりにも容赦なく、大人げなく、スポーツマンシップに反する栗山林太郎の振る舞いに、各方面から山のようにクレームが届いたことは言うまでもない。


 だが一番(くや)しかったのはやはり桐華本人であったらしく。

 それからというもの、なにかと林太郎に対して勝負を挑んでくるようになったのだ。


「センパイ、私と手合わせをしてください」

「よしわかった、ならばこの竹刀を使え」

「ウグッ! センパイ、この竹刀ビリッてきたんですけど! 電気流れてるじゃないですか!」

「いいか黛、敵から手渡されたものを無警戒に受け取ったら痛い目を見るに決まっているだろう? 実戦では警戒を(おこた)った者から死ぬということを覚えておくんだ」

「……はい、センパイ……!」


 林太郎はそれから1年もの間、ありとあらゆる口に出すのもはばかられるような手段でもって桐華を撃退し続けたのであった。


 果たして桐華が林太郎に対しいったいどれほどの恨みを募らせているか、今となってはそれを知るのも恐ろしい話だ。




 ………………。


 …………。


 ……。




 そして現在。

 栗山林太郎の前に、黛桐華は再び立ちはだかった。


「ひぃぃぃぃぃ。えらいこっちゃぁぁぁぁぁ……」


 一年ものあいだ林太郎による卑怯(ひきょう)卑劣(ひれつ)訓辞(くんじ)を受け続けた黛桐華がいま、極悪怪人デスグリーンが所属するアークドミニオンに喧嘩を売っている。


「アニキ、顔が緑色ッスよ! ほんとに具合悪いッスか!?」

「悪いのは具合というより、旗色かな……? ははは……」


 それはまさに。

 林太郎にとっては天敵であり、ある意味弟子ともとれるヒーローとの邂逅(かいこう)を意味していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] そら、外道で有名なビクトグリーンが自身の戦い方を天才に伝えたらエライコッチャよね。 しかも努力型の天才だし。
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