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第四十四話「最強の刺客あらわる」

 ヒーロー学校とは、その名の通りヒーローの養成機関である。

 正式名称は“国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例(とくむじれい)対策(たいさく)特殊技能(とくしゅぎのう)人員養成(じんいんようせい)学校(がっこう)”という2年制の職業訓練校であり、入学要件として義務教育課程相当の修学と、27歳以下であることが定められている。


 とくに東京本校は毎年優秀な人材を輩出する名門だ。

 第49期首席の栗山(くりやま)林太郎(りんたろう)、次席の暮内(くれない)烈人(れっと)をはじめ、全国のエリートと呼ばれるヒーローチームメンバーの約半数は東京本校出身である。


 その中にはビクトイエローこと黄王丸(きおうまる)や、数年前までヒーロー本部の絶対的エースであったシルバーゼロのように、生まれながら多くの才能に恵まれた者も少なくない。


 だが“彼女”はそんな優秀な人材が顔を連ねるヒーロー学校の歴史においてなお、他の天才たちをまるで寄せつけないほどにずば抜けた才器を(ゆう)していた。



 (まゆずみ)桐華(きりか)、17歳。


 ヒーロー関係者でその名と顔を知らぬ者はいない。

 彼女よりも才能の神に愛された者はいないと、誰しもがそう断言するであろう。


 桐華は栗山林太郎や暮内烈人のひとつ下の後輩にあたり、ヒーロー学校第50期首席の肩書を持つ若き英傑(えいけつ)である。

 50年の歴史を誇るヒーロー学校の歴代記録をことごとく塗り替えた、まさにヒーローになるべくして生まれた少女だ。


 世界学生ヒーロー選手権で2位から5位までのスコアを全部足した数字にダブルスコアをつけ、在学中に文化勲章(ぶんかくんしょう)紅綬褒章(こうじゅほうしょう)(たまわ)ったのも記憶に新しい。


 また容姿も端麗(たんれい)で、その流れるような白銀(はくぎん)の髪と氷のように冷たく影のある眼差(まなざ)しは男女問わず人気を(はく)している。

 ヒーロー学校に送りつけられてくる大量の恋文(ラブレター)のために専用の書斎が設けられ、市場では闇グッズが高値で取引されているほどだ。

 いまだ在学中にもかかわらず、すでにヒーロー学校の卒業アルバムにサウジアラビアの石油王が自家用ジャンボジェットと同額の値をつけたという噂もある。


 実力、才能、実績、容姿、その他すべてにおいて神に愛されすぎた少女。

 それがビクトレンジャー6人目の戦士・ビクトブラックこと、(まゆずみ)桐華(きりか)である。



「ようこそ勝利戦隊ビクトレンジャーへ! 久しぶりだな黛!」

「……どうも」


 ヒーロー本部、ビクトレンジャー秘密基地ではささやかな親睦会が(もよお)されていた。

 といってもクリスマスの売れ残ったケーキを半額で買ってきただけ、といういたってシンプルなものだ。

 メンバーもリーダーの暮内烈人以下、鮫島朝霞新司令官と黛桐華の3人だけである。


「しかし引く手数多(あまた)のお前がうちに来てくれるとはな! よくビクトレンジャーを選んでくれた!」

「それについては本人の強い希望があり、10月には内定していましたので」


 朝霞がフォローを入れる。

 事実、桐華のもとには全国で300を超えるヒーローチームからのみならず、国際的なヒーロー機関からも熱烈なラブコールが殺到していた。


 桐華はそのすべてを断ってビクトレンジャー入りを熱望したのだ。


 10月といえば、まだビクトレンジャーが5人そろって活動をしていた頃である。

 殉職者(じゅんしょくしゃ)1名、怪我人病人あわせて3名を出した今となっては遠い過去のことのようだ。


 望めば世界にだって容易に羽ばたけた彼女が、どうしてもビクトレンジャーの一員となることにこだわっていた理由、それは――。


「そうかそうか、やはり持つべきものは良い後輩だな! 感謝するぞ!」

「……はい」


 桐華は小さく(つぶや)くように応えると、緑色のプレートがかかったロッカーに触れた。

 プレートにはビクトグリーン『栗山(くりやま)林太郎(りんたろう)』の名が刻まれている。


 (うつ)ろな目で見慣れたその名を追い、細く白い指先で呼び慣れたその名をなぞる。


 桐華と林太郎は、ヒーロー学校でたった1年、一緒に過ごしただけの間柄(あいだがら)である。

 しかしその1年は、桐華にとってかけがえのないものであった。


 ヒーロー学校での林太郎との思い出が鮮明によみがえる。



『センパイ、私と手合(てあ)わせをしてください!』

『よしわかった、フッ」

『ウッ! ……か、身体(からだ)が……これは、毒の吹き矢……?』

『いいか(まゆずみ)、一瞬だって気を抜くな。心でやると決めた時から戦いは始まっているんだぞ』

『……はい、センパイ……!』



 林太郎はけして“良い先輩”ではなかった。

 むしろ出会った当初、桐華は林太郎を()(かたき)にしていたほどだ。


 手合わせに負けて片道30キロの道のりをパシらされたこともある。

 寮で賭けポーカーをしていたことが教員にバレて大目玉を食らったこともある。

 雪中訓練でお互いに意地を張りすぎた結果、雪山を一週間以上さまよったこともある。


 しかし他の者たちと違い、才能に恵まれない身でありながらも、陰で必死に努力し首席の座を勝ち取った林太郎を、桐華は心から敬愛していた。

 桐華が自身の類稀(たぐいまれ)なる才能にあぐらをかくことなく、たゆまぬ努力を続けてこられたのは林太郎という“(てき)”がいてくれたおかげなのだ。


 もし桐華に師匠と呼べる者がいるとすれば、それは栗山林太郎を置いて他にない。



「黛さん、知っての通り現在ヒーロー本部は危機的状況にあり備品の配備もままなりません。当面はグリーン……栗山さんのロッカーを使っていただくことになります。あなたの固有武器“クロアゲハ”も緊急時以外はその中に」

「いやです」

「その主張は服務規定に反しますので認められません」

「センパイは、まだ死んでない!」


 桐華は語気を荒げ、(こぶし)をロッカーに叩きつけると、肩を落としてくずおれた。

 空のように澄んだブルーの瞳から、大粒の涙がこぼれる。


 勝利戦隊ビクトレンジャーに内定が決まったとき、桐華は心の底から喜んだ。

 こんなにも春が待ち遠しいのは、自身にとって生まれて初めてのことであった。


 ほとんど感情を表に出してこなかった自分にも、ちゃんと笑うという機能が備わっていたのだと歓喜したほどだ。


 わずか2ヶ月後、その無上の喜びは、奈落(ならく)よりも深い哀しみへと変わった。



『ビクトグリーン・栗山林太郎、極悪怪人デスグリーンとの交戦の末、殉職』



 その一報がもたらされて以来、桐華はまた笑うことができなくなった。

 もともと多くはなかった口数も極端に減った。



 桐華はまだ、敵であり師匠でもあった林太郎の死という現実を受け入れられないでいる。




「立て、黛……! 悲しみに暮れたところで林太郎は帰ってこない……俺たちが(かたき)を取るんだ!」

「いまこのヒーロー本部で、アークドミニオンに対抗できるのはあなたたちしかいません。厳しいようですが、泣くのはデスグリーンを倒した後です」


 桐華は涙をぬぐうと、その冷たい瞳に黒い闘志を宿してゆっくりと立ち上がった。



「極悪怪人デスグリーンは……私の手で始末(しまつ)します……たとえどんな手を使ってでも、必ず……」




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうそのころ。

 当事者たるデスグリーンこと栗山林太郎本人は、キングサイズベッドに寝そべりながらぼんやりとテレビを見ていた。


『前代未聞の大失態!? 西東京でヒーロー同士討ち事故!』

『若手ヒーローによる暴走! 外部委託契約見直すべきか?』

『ロボの操作誤り……兵器暴発で負傷者多数!』


 どのチャンネルも先日の狭山湖での一件に関するニュースばかりである。

 とはいえ一連の原因は煌輝(きらめき)戦隊ロミオファイブの判断ミスによる“事故”だと報道されていた。


 間違っても“怪人にロボ8体ぶっ壊されました”など言えるはずもないのだろう。

 そこは腐っても公安ヒーロー本部、情報操作はお手の物といったところだ。


「はぁー、年末年始ぐらい休みたいなぁー」

「このところずっと働きっぱなしッスからねえ」

「三幹部のみなさんに張り切ってもらえばいいじゃないの。俺たちもう十分(じゅうぶん)頑張ったって」

「のんびりしたいッスけど、いまがチャンスッスよアニキ! いま頑張れば極悪軍団結成も夢じゃないッス。サメっちナンバー(ツー)になったらこの秘密基地にコーラが出る蛇口(じゃぐち)つくるッス!」


 サメっちがはやし立てる通り、現在アークドミニオンは多忙をきわめていた。


 ベアリオン将軍の百獣軍団は北部、埼玉および群馬(ぐんま)栃木(とちぎ)方面へ。

 ザゾーマ将軍の奇蟲(きちゅう)軍団は南西部、西東京ならびに神奈川(かながわ)方面へ。

 そしてタガラック将軍の絡繰(からくり)軍団は東部、千葉(ちば)茨城(いばらき)へと侵攻の準備を着々と進めている。


 各軍団が橋頭保(きょうとうほ)となる支部を確保次第、本格攻勢へと転じる構えだ。

 遊撃隊である林太郎の仕事は、その後に(ひか)える全軍団のバックアップである。


 言うなれば身ひとつですっ飛んでいく(すけ)()なのだ。

 頑張りどころではあるものの、いざトラブルが起こるまでは存外ヒマを持て余しているのであった。


「敵つっても、せいぜい関東の(はし)っこのほうのザコヒーローが相手でしょ?」

「ヒーローだけじゃないッスよ。怪人組織も一枚岩じゃないッスから、縄張りを拡げたら抗争になるかもッス」

「怪人同士でやりあうってこと?」

「そうッス。たとえば群馬あたりまで行くと北関東怪人連合っていうグループが仕切ってるッス」

「ほー、そりゃ怖いねえ。怖いから俺はもうちょっと寝てようかな」


 そのときテレビの画面が急に切り替わると、ニューススタジオが映し出された。

 ニュースキャスターが緊張した面持(おもも)ちで原稿を読み上げる。


『番組の途中ですが、ただいま臨時のニュースが入って参りました。国家公安委員会の発表によりますと今朝未明(みめい)、北関東怪人連合に所属する局地的(きょくちてき)人的災害(じんてきさいがい)108体が一斉に検挙されたとの……』


 ニュースでは空撮映像が流れており、真っ黒なスクラップと化したたくさんのバイクが山道(さんどう)を埋め尽くしていた。


「潰されてんじゃん、北関東怪人連合」

「あれれッス? ヒーロー本部って、今ヒーローいないはずッスよねえ?」

「おおかた、あいつらもヒーローの不在をいいことにひと暴れしようとして返り討ちにあった、ってところか。けどヒーロー本部の連中、そんな余力どこにあったんだ?」

「おかしいッスねえ?」


 林太郎とサメっちは不思議そうに顔を見合わせる。

 それと同時に部屋の扉がバンッと乱暴に開かれると、青い顔の(みなと)がナイフをバラまきながら飛び込んできた。


「たたた、大変だ林太郎! 関東大制圧作戦のために用意していた支部が、ヒーローの攻撃で破壊された!」


 林太郎は驚いた様子もなくベッドから立ち上がった。

 いくら戦力の半数以上を失ったとはいえ、東京埼玉以外のヒーローは健在である。

 多少の抵抗があることは、林太郎にとって予想の範囲内であった。


「それで、やられたのはどこ? ザゾーマ将軍の川崎(かわさき)支部? それともタガラック将軍の船橋(ふなばし)支部?」


 よもや空白地帯と化した埼玉にいるベアリオン将軍の大宮(おおみや)支部、なんてことはないだろうと林太郎は考えた。

 そもそもあの凶悪な森のクマさんがたやすく支部を落とされる姿なんて想像できない。


 いつもの調子で飄々(ひょうひょう)と尋ねる林太郎に、湊は(くちびる)を震わせながら答えた。


みっつ(・・・)だ! みっつ全部やられた(・・・・・・・・・)んだよ!」

「あっはっは……冗談だよねえ? ……マジで言ってるのそれ?」


 林太郎の顔から余裕の色が消え失せた。


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