第三十六話「その巨体は湖を割る」
クリスマス・イヴを明日にひかえた12月23日。
師走とはよく言ったもので、12月は誰もがせわしなく駆け回る。
秘密結社アークドミニオンに属する“彼”もまた、そのひとりであった。
澱んだ目をしたその男は、白い息を吐きながら無線機に向かって話しかけた。
「俺だ。指定された野良怪人を保護した。回収班をこちらに回してくれ」
『了解した。お疲れさま、林太郎』
彼の名は栗山林太郎。
その卓越した手腕から関東一円の怪人たちを恐慌せしめたヒーロー、人呼んで緑の断罪人。
1年足らずで7つの怪人組織を壊滅させたヒーロー本部の超大型ルーキー。
正義戦隊ビクトレンジャー五人目の戦士、ビクトグリーンとは彼のことだ。
もっとも、林太郎がそう呼ばれていたのは、ほんの2週間ほど前までの話である。
『いつもながら凄まじい手際の良さだな。いったいどこで修行したんだ?』
「アンデス山脈でアルパカ相手にシャトルランして鍛えたんだよ」
『なるほど、さすがは“極悪怪人”だな。』
そう、いまの彼の名は、極悪怪人デスグリーン。
悪の組織で今まさにめきめきと頭角を現しつつある、将来有望な悪の怪人である。
とまあ、表向きにはそうなっていた。
…………。
「たぁーこたこたこ、わしは軟体怪人タコランチュ! スミバズーカを食らえい!」
「発破!」
「ほっほっほ、我が名は時計怪人オクロークン。我が時を止める能力は」
「発破!」
「ブンブーン! 俺の名前は爆速怪人ドドアクセル! 俺とスピードで」
「発破!」
次々と爆破され回収、もとい保護される怪人たち。
「アニキ、発破ばっかりッス!」
かわいい顔にはあまり似つかわしくないダイナマイトを運びながら、青いパーカー姿の少女が隣を歩く林太郎の顔を見上げる。
どうあがいても小学生ぐらいにしか見えないが、彼女もまた悪の怪人であった。
その証拠に少女の薄い唇からは、いかにも人間らしからぬ鋭くとがった牙が覗いている。
「いいかいサメっち。問答無用の爆破も立派な戦術だよ」
「ふむむ? そうなんッスか?」
秘密結社アークドミニオンの中でも最年少の彼女は、まわりの怪人たちからサメっちと呼ばれている。
サメっちは林太郎のことをアニキと慕ってどこにでもついて回っていた。
「デブに大食いを挑むのはバカのやることだからね。わざわざ相手の得意なフィールドでやりあう必要なんてないんだよ。戦う前に勝つのがコツさ」
「おお、ソォンシーの言葉ッスね!」
「そんな中国妖怪みたいな名前の人だったっけ?」
そんな軽口を叩きながら、ふたりは怪人が目撃された次の地点へと向かう。
なにを隠そうこれこそが栗山林太郎の、悪の怪人としての“仕事”であった。
林太郎とサメっちは先の収容施設襲撃の一件で逃げ出した怪人たちを保護するため、ここ数日休みなく働いていた。
アークドミニオンに野良怪人を迎え入れるのは、組織から彼らに与えられた任務だ。
と言っても強制されたわけではなく、自ら申し出たものである。
林太郎がアークドミニオンに迎えられたのはつい先日の話であり、組織に属する怪人としてのキャリアは浅い。
だがいつまでも客分扱いでタダ飯を貪るのは、林太郎の性に合わなかったのだ。
「あたしは頑丈怪人アルマジコ!」
「発破!」
またしても怪人を“無事に保護”した林太郎は、無線機で秘密基地の仲間に連絡を送る。
「6体目を確保した。湊、悪いがまた医務室で面倒をみてやってくれ」
『了解した。……林太郎、さっきから送られてくる怪人がみんな瀕死なんだけど。もう少しこう、なんというか、手心というか……』
「怖い怪人さん相手に手を抜けるほどの余裕はないもんでね」
無論、実力行使ばかりではないが、怪人というのはとにかく血の気が多い。
特に地下収容施設で長年非人道的な扱いを受けてきた者たちであれば、その傾向は顕著である。
まともにやりあっていては、こちらの身がもたないのだ。
「次の目撃情報は狭山湖ッス」
「うーん、湖か……。近くに剥き出しの高圧電線とかない?」
「ないっぽいッスねえ」
「じゃあ今回も発破しとくか、楽だし」
身がもたないというのは建前で、手っ取り早いからというのが本音であった。
彼の荒っぽいやりかたはあまり褒められたものではないが、正面からやりあっていては一日に何体も怪人を捕縛することなど不可能だろう。
これは林太郎がヒーロー時代に培った、スコアを伸ばすためのノウハウである。
そしてその技術いま、悪の秘密結社のためにいかんなく振るわれていた。
「今日は次で最後だな。さっさと終わらせて帰って寝たいよ」
「サメっちもアニキと一緒に寝たいッスぅ」
「誤解を招くから他の人の前では絶対言わないでねそれ」
爆破した怪人の回収はザコ戦闘員に任せ、ふたりは車に乗り込むと次の目的地へと向かった。
………………。
…………。
……。
“狭山湖”
山口貯水池という正式名称からわかる通り、ここは人工的に作られたダム湖である。
自然公園に隣接し、景勝地としても知られる西東京の水がめだ。
視界いっぱいに広がる静かな湖面には、怪人の姿などどこにも見当たらない。
「誰もいないッスねえ」
「どこか別の場所に移動したのかもな。とりあえず爆弾仕掛けるか……」
そのとき、湖面が大きく波立ったかと思うと林太郎たちの前に大柄な怪人が現れた。
全身が硬い鱗で覆われ、大きくひらいた口には槍の穂先のような牙が並んでいる。
「グシャシャーッ! 俺は大顎怪人パニックダイルさんだ! 俺の縄張りに入ったが最後、この大顎でお前らを噛み砕いてやる!!」
「発破!」
「まだ仕掛けてないッス」
「そうだった、じゃあ実力行使するしかないな」
そう言いながら、林太郎はコートの上着から手のひらサイズの機械を取り出す。
Vのエンブレムが光り輝くそれは、“人間”である林太郎を悪の怪人たらしめる変身装置“デスグリーン変身ギア”であった。
「悪いがちょっとおねんねしてもらおうかパニックダイルさんとやら。ビクトリーチェンジ!」
林太郎がデスグリーン変身ギアを構えようとした瞬間――。
ザバアアアアアアアアア!!!!!
「グシャッ!?」
「なにっ!?」
突如として湖面が割れた。
湖から水しぶきをあげながら巨大な“手”が出現したかと思うと、パニックダイルさんの尻尾をむんずと掴み空中へと放り投げた。
「グシャシャーーーッ!? なんだとーーーーーッ!?」
潜水艦の浮上のように、湖の中心から巨大な剣がそそり立つ。
その剣がブウンと振られると、直撃を受けたワニ怪人の体はさらに空の彼方へと弾き飛ばされた。
「ワニィィィィーーーーーーーッッッ!!!」
「「パニックダイルさあああああん!!!」」
パニックダイルさんはとくに見せ場もなく花火のように爆発四散した。
「こいつは……やべえぞ……」
「はわわわわッスぅ……」
林太郎の眼前で、狭山湖を割って現れた鋼鉄の巨人。
太くて安定感のあるボディ、身の丈ほどもある巨大な剣。
そして胸部装甲に輝く巨大な“V”のエンブレム。
『『『『見たか、勝利のVサイン!!』』』』
林太郎にとっては聞き覚えのありすぎる勝どき。
それはかつて林太郎も幾度となく乗り込んだ勝利戦隊ビクトレンジャーの最終兵器――。
全長60メートルの超巨大ロボ『爆勝王キングビクトリー』であった。
『はーっはっはっは! ここで張っていれば必ず現れると思っていたぞ極悪怪人デスグリーン! 一日中湖の底でタニシみたいにひっそり過ごした甲斐があったというものだ!』
キングビクトリーの目が明滅し、聞き覚えのある声が天から響く。
そのコックピットには、かつて林太郎と背中を預けあった四人の戦士が座っていた。
全身60箇所を骨折し医者の診断では全治6ヶ月!
ギプスと包帯まみれでもはや青よりも白い面積のほうが多いビクトブルー!!
このところストレスによる睡眠不足でお肌ガサガサ!
ゾンビと聞くとゲロを吐くのでエチケット袋持参のビクトピンク!!
ダイエットサプリの過剰摂取で85キロもの減量に成功!
平均体重を遥かに下回りスーツはブカブカで餓死寸前のビクトイエロー!!
つい先日無茶しすぎて両腕を大火傷!
さらに減給処分で今週はパンの耳しか口にしていないビクトレッド!!
五体と精神のすべてて満身創痍を表現する彼らこそ、東京本部所属のエリートヒーロー。
勝利戦隊ビクトレンジャーである!!!
「あんまり揺らさないでほしいぜ……骨に響くぜ……」
「私は人間私は人間私は神がつくりたもうたまごうことなき人間……」
「……ご……ごわ……しゅ……」
「みんなすまない! だがデスグリーンを倒す絶好の機会だ! お前たちの勝利パワーを貸してくれ!」
すでに搾りカスのような彼らから、これ以上なんのパワーを擦り取ろうというのか。
凶作にあえぐ農民から容赦なく年貢を取り立てる悪徳領主もまっさおである。
半日噛み続けたガムでももう少し味が出そうなものだ。
だがしかし、そこは最強のヒーロービクトレンジャーである。
並のヒーローでは挫けてしまうような深手を負っても、根性で立ち上がることができるのだ。
……厳密には根性と鎮痛剤と抗鬱剤と点滴で立ち上がるのだ!
グオオオオオンというモーター音を響かせ、刃渡り40メートルの巨大剣が林太郎たちに迫る。
「逃げるぞサメっちぃぃぃぃぃッ!!」
「あんなの反則ッスぅぅぅぅぅッ!!」
念のためアイドリングしていた車に転がり込むと、林太郎は一気にアクセルを踏み込んだ。
その刹那、さきほどまで自分たちがいた駐車スペースを巨大剣がえぐり取る。
林太郎は脱兎のごとく逃げ出したが、車なんてせいぜい時速100キロがいいところである。
このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。
「くそっ、なぜだ!? あんな状態でキングビクトリーがまともに動くはずないのに!」
「アニキ! 巨大化ッス! こっちも巨大化して対抗するッス!」
一般的な怪人であれば、ここで巨大化して応戦するのであろうが。
もとより人間である林太郎にそんな能力はない。
というより、そもそも巨大化のメカニズムがわからない。
「アニキ、これッス! この薬で巨大化するッス!」
そう言ってサメっちはリュックからやたらとデカい錠剤を取り出した。
あからさまに怪しげな錠剤の表面には、ご丁寧にドクロのマークが大きく描かれている。
一見してヤバい薬だ、むしろ薬かどうかも怪しい。
「エグい色してるけど、それは飲んで大丈夫なやつなの?」
「大丈夫ッス! 効果が切れたとき全身がバッキバキに痛むらしいッスけど!」
「らしいってどういうこと?」
「これを飲んで生きて帰った怪人はいないからッス!」
「それさ、大丈夫って言わなくない? 俺の基準がおかしいのかな?」
フル回転するエンジン音に混じって、ドシン、ドシンという音が近づいてくる。
バックミラーを見ると60メートルの巨大ロボが走りながら追いかけてきていた。
ヒーロー時代は何気なく乗り回していたが、敵にするとこれほどまでに恐ろしいものかと林太郎は背筋を凍らせる。
そのとき鋼鉄の巨人が手にする巨大剣『アルティメットビクトリーソード』が光を帯びた。
あれは数多の怪人を葬り去ってきた超必殺技『アルティメットV斬』である。
この距離ならば直撃を免れたとて、その衝撃波で車はおしゃかになるだろう。
不意打ちのように現れた巨大ロボにより、いきなりの絶対絶命である。
ここまでかと思われたそのとき、助手席のサメっちが叫んだ。
「サメっちは覚悟を決めたッスよ。アニキ、ちょっと目を閉じててほしいッス」
「見てわかるかもしれないけど、アニキはいま時速100キロで走る車のハンドルを握っているよ」
林太郎がツッコむや否や、サメっちの体が闇色の光を放った。
「ちょっと待って……あの薬、飲んじゃったの?」
「いやんッス! 恥ずかしいからあんまり見ないでほしいッス! アニキのえっちッス!」
「そうじゃなくて、いま飲んだら……」
突如、助手席のサメっちがニュニュンッとひと回り大きくなった。
重量の増加に伴い、走行中の車がガクンと左に傾く。
フロントガラスが内圧で粉々に砕け散り、ドアが鈍い音を立てて脱落する。
そしてメリメリという生木を裂くような音とともに、車の天井が剥がれ落ちた。
「サァァァァメェェェェェ!」
サメっちもとい牙鮫怪人サーメガロがニョキニョキ巨大化するのに合わせ、林太郎の乗る車はオープンカーと化し、盛大な火花を散らしながらガードレールに衝突した。
「びっ、ビクトリーチェンジぃ!!」
とっさにデスグリーン変身ギアを構えた林太郎の身体を緑の光が包む。
林太郎は声にならない叫び声をあげながら車外に放り出され、硬いアスファルトの上を転がり全身を強く打った。
変身が一瞬でも遅れていたら、人間である林太郎は惨たらしい屍と化していたであろう。
「サメっち……巨大化するなら外でやろうね、アニキ死んじゃうから」
「ごぉめんなさぁいッスゥゥゥゥ」
巨大サメ怪人は申し訳なさそうに謝りながら、巨大ロボと対峙した。
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