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第三十四話「“平和”を愛する緑の光」

 国家公安委員会局地的人的災害特務事例対策本部。

 通称ヒーロー本部では異例の人事会議が行われていた。


 発端はもちろん、極悪怪人デスグリーンによる地下怪人収容施設襲撃事件である。


「被害状況を報告する。区画の3割が全焼。騒動に乗じて逃走を(はか)った局地的(きょくちてき)人的災害(じんてきさいがい)37体のうち、11体は現在も逃走中。人的損害については死者無し、重軽傷者は38名……」


 報告を読み上げるのは補佐官ではなく、守國(もりくに)長官本人である。

 今回の事件に深くかかわった鮫島(さめじま)朝霞(あさか)補佐官は、身柄を拘束され沙汰(さた)を待っている。


「管理責任者を罷免(ひめん)すべきだ! 外部から怪人の侵入を許したのは大問題ですぞ!」

「そうだ、それにまた襲撃があるかもしれん。今すぐに怪人たちを近隣の収容施設に移送すべきだ。物資や資料類の輸送費だってバカにならんのだぞ。管理部が負担したまえ!」

「それを言ったらそもそも侵入を許したほうが問題だ! 今すぐここに警備責任者を連れて来い!」


 会議室はもはや群衆デモの様相(ようそう)をていしている。

 各々(おのおの)が好き勝手にものを言い、責任をなすりつけあう場と化していた。


 じつのところこのまま紛糾(ふんきゅう)してくれればまだマシなほうである。

 守國にはひとつ、不安要素があった。


「聞けばビクトレッドは大貫(おおぬき)くんや仲間を攻撃したというじゃないか! ヤツが怪人のスパイだったのではないか!?」

「そうだ! 今回の事件だって、大貫くんは鮫島補佐官に指示されてやったことだと言っているんだろう?」

「ならばビクトレットと鮫島補佐官を今すぐ更迭(こうてつ)すべきだ。その他の者たちについては状況を(かんが)みて不問に処すべきだと思うのだが、いかがかね?」

「それがいい、そうするべきだ!」


 会議室に居座る面々から拍手が起こる。

 守國が懸念していたのはまさにこれであった。


 大貫(おおぬき)誠道(せいどう)、東京所属のエリート・勝利戦隊ビクトレンジャーの司令官を務める男。

 たいして有能でもないこの男がこれほどの地位にいるのにはわけがある。


 彼は根回しの(たく)みさと、コネ作りの上手さにかけてはヒーロー本部でも随一(ずいいち)であった。


 ビクトグリーンを左遷した件についても、そもそも彼に人事権などない。

 しかしそれを可能にするほど上層部に顔が利くのだ。

 だからこそ上層部に対する体面(たいめん)にあれほどこだわったのである。


「では決定ということで、よろしいな?」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

「異議あり」


 ヒーロー本部役員たちの視線が、異議を発した男に向けられる。

 その男、守國長官は重々(おもおも)しく口を開いた。


此度(こたび)の一件は極秘施設でのこと、(おおやけ)に沙汰は下せん。ゆえに処分も内々で済ませる他ない。もし責任があるとするならば、それはすべてこの守國にある」


 守國は静かに(おのれ)徽章(きしょう)に手を伸ばす。

 そしてヒーロー本部長官の(あかし)であるそれを力任せに引きちぎった。


「部下の失態は上司の失態。ならばまず、この俺に任命責任を問うのが筋だろう。誰ぞ今すぐ俺の首を()れぃッ!!」


 会議室はその一言で、水を打ったように静まり返った。

 守國はもとより長官の地位に未練はない。

 初代ヒーロー正義(せいぎ)戦隊ジャスティスファイブのリーダー・アカジャスティスとして30年ものあいだ怪人たちと渡り合った結果、彼以外の適任者がいなくなってしまっただけだ。

 ただのイチ官僚でしかない連中では代わりが務まるはずもない。


(これは大きな借りを作ることになるな……)


 守國がそんなことを考えていたそのとき、ひとりの職員が会議室に駆け込んできた。


「ししし、失礼いたしますっ! 守國長官、お耳に入れたいことが……!」


 その職員は焦った様子で自分の端末を守國に見せた。

 端末に映し出されたものを見て、今年で(よわい)68を数える守國はまだ退任できそうにないなと大きな溜め息をついた。




 …………。




 ヒーロー本部、ビクトレンジャー秘密基地。


「やってしまったあああああああァァァッッッ!!!!!!」


 ビクトレッドこと暮内(くれない)烈人(れっと)の魂の叫びがこだました。

 部屋にはもはや烈人しかいないため、いくら叫んだところで誰にたしなめられるわけでもないのだが。


「勢いで上司と同僚を丸焼きにしてしまったッッ!! 俺のヒーロー人生はもうおしまいだあああああァァァッッッ!!!!!!」


 頭を抱えてもんどりを打つ烈人は、誰かが部屋に入ってきた気配を感じ、ブリッジしたままの姿勢で挨拶(あいさつ)をした。


「おはようございます朝霞(あさか)さん!」

「どうしたんですかその格好」


 朝霞はふたり(ぶん)のコーヒーを()れると、おもむろに語り出した。


「大貫司令官が波照間島(はてるまじま)支部へ異動になるそうです」

「はてる……なんですって?」

波照間島(はてるまじま)です。日本最南端の有人島です」


 ちなみにヒーロー本部のある千代田区(ちよだく)神保町(じんぼうちょう)から沖縄県波照間島までの直線距離はおよそ2,000キロメートル。

 網走(あばしり)までの距離と比べてほぼ倍である。


「いったいなんだってそんなところに!?」

「こちらをご覧いただければ、ご理解いただけるかと」


 そう言うと朝霞は自分の携帯端末で動画を再生した。


『バカだねえ最近の怪人ってのはさあー!』


 画面にはいたいけな少女を人質に取り、邪悪な笑みを浮かべる大貫の姿が映し出されていた。

 そのあまりに卑劣(ひれつ)()居振(いふ)()いは、10人が見れば10人とも大貫が悪人だと断言するだろう。


「ソースは不明ですが、すでにSNSで300万回ほど再生されているようです。怪人保護を(うった)える国内外の人権派団体から抗議の電話が鳴りやまないとか」

「いったいいつの間にこんな映像が……!?」

「上層部は大貫を切り捨てる方針だそうです。守國長官が(おっしゃ)るには、それに(ともな)って大貫が主張した私たちへの処分は大幅に減免(げんめん)されるとのことです。聞いていますか?」


 烈人は朝霞の説明が耳に入らないほど、画面に見入っていた。


「監視カメラにしては位置が低いと思ったけど……まさかこの画角は……」




 ………………。


 …………。


 ……。




 ところかわってアークドミニオン地下秘密基地……の上にそびえるタガデンタワーの最上階。

 金髪碧眼(きんぱつへきがん)の幼女、絡繰(からくり)将軍タガラックは跳ね上がる再生カウンターを見てはしゃいでいた。


「うしゃしゃしゃしゃ! これであのバカ司令官も終わりじゃのう!」

「バカのままでいてくれたほうが倒しやすかったんじゃないですか?」

「なんじゃい協力してやったのにぃー、相変わらず林太郎はヒネくれとるのー」

「人の眼鏡にカメラと盗聴器を仕込むのは、協力したとは言わないんですよ」


 そう言って林太郎は自分の眼鏡を外して机の上に置いた。

 イエローのハリテで破壊された後、タガラックの部下である執事(しつじ)給仕(きゅうじ)怪人によって新たに用意されたものだ。


 メガネのフレームには、注意して見なければわからないほど小さなレンズが組み込まれていた。


 林太郎がタガラックの盗撮に気づいたのはつい昨日のことである。

 ヒーロー本部潜入作戦に際しめちゃくちゃなナビゲートをした湊を問い詰めたところ、眼鏡に仕込まれたカメラを頼りにナビゲートを行っていたことが発覚したのだ。


「じゃからって、乗り込んできて開口一番『盗撮の録画データはあるか!?』じゃもん。わし怒られるかと思ったぞ」

「いや怒ってますよ? ただ大貫には個人的な恨みもありましてね。剣でブッ刺したのはサメっちのぶん。この炎上動画は俺のぶんです」

「クリリンのぶんじゃな」

「それ二度と言わないでくださいね」


 一瞬真顔(まがお)になった林太郎は、やれやれと肩の力を抜くと大きな溜め息を吐き出した。


「ま、やられたことはキッチリ50億倍(おくばい)にして返すのが俺の流儀ですから」

「ほほーっ、ならば恩にも報いてもらわんとのう! 動画データのぶんとしておぬしの右手をドリルに換装するというのはどうじゃ? なあ、いいじゃろ? 先っちょだけじゃから」

「盗撮の件をチャラにしてやると言ってるだけ菩薩(ぼさつ)のように優しいと思いますがね俺は!」


 林太郎が大貫に痛い目を見せたかったのは事実である。

 だがそれが結果的に烈人(れっと)朝霞(あさか)を助けたことについてはまだ知らないのであった。


 このふたりが極悪怪人デスグリーンにとって、強大な障壁(しょうへき)となることも。




 ………………。


 …………。


 ……。




 夜でも絶賛営業中、24時間楽しめる、それがこの池袋ムーンシャイン水族館の魅力である。

 月明(つきあ)かりに照らされ泳ぐペンギンの姿は、まるで夜空を飛ぶピーターパンのようであった。


「アニキ! トナカイさんも泳いでるッスよ! おいしそうッスねえ」

「いいかいサメっち、あれはスタッフのトナカイさんだから食べちゃダメだよ」


 まるで兄妹(きょうだい)のようなふたりが、手を繋いで歩いていた。

 周囲を行き交う人々(ひとびと)は、彼らが社会の平和を脅かす悪の怪人だとは夢にも思わないだろう。


「そういやサンタさんって、なんで煙突がなくても家に入ってこれるんッスかね?」

「知ってるかいサメっち? サンタクロースは、じつは怪人なんだよ」

「そうなんッスか!? じゃあきっと良い怪人なんッスね!」

「いいや、世界中の子供たちを良い子にしてしまう、悪い悪い怪人さんだよ」



 彼の名は栗山林太郎、26歳。

 ヒーロー学校第49期首席卒の“(もと)”ヒーロー。



 彼の平和を乱す者には、凄惨(せいさん)なる毒の(やいば)返礼(へんれい)を。


 彼の正義を侵す者には、甘き死よりも苛酷(かこく)な罰を。



 その眼鏡の奥に隠されたる真の姿は――。


 ――“平和”を愛する緑の光、極悪怪人(ごくあくかいじん)デスグリーン。


 怪人(かいじん)でもなく、人間(にんげん)でもない、平和主義者の極悪人(ごくあくにん)



 彼は下手くそな笑みを浮かべながら、少女の頭を優しくなでた。



 ニカッと笑った少女の口には、鋭い牙が並んでいた。




挿絵(By みてみん)


そんなわけで第一章完!

ここで物語は一旦幕引きです。

林太郎とサメっちの物語はまだまだ続きます。


第二章ではド定番! 巨大ロボと追加戦士が登場いたしますよ! 乞うご期待!


温かなご声援、ご支援、過分な評価の数々、まことにありがとうございます。

SNSなどでも多くのご感想、ファンアートを賜り感謝の念にたえません。


よろしければ是非、第二章以降もお付き合いくださいませ。

よろしくなくても付き合ってください。


そして感想とかいろいろくれ! 全部くれ! 全部だ!

私から読んでくれた君にありがとうと言わせてくれ!

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表紙
― 新着の感想 ―
初めて読み進めています。ちゃんと王道主人公なレッドと怪人にはなったものの芯を見つけたデスグリーンの対比が鮮やかな第1幕でした。最新まで読み進めます!
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