第三話「潜入、秘密結社アークドミニオン」
ビクトグリーンこと栗山林太郎は熱い正義を心に宿すヒーローである。
ヒーローは悪の怪人を前にして、見て見ぬふりなどできはしないのだ!
「ようこそ! 秘密結社アークドミニオンへ!」
「……あっはい」
正義のヒーローといえども悪を黙殺せざるをえないときだってある。
たとえば、間違って悪の組織の中枢にたったひとり丸腰で乗り込んで、あまつさえ歓迎されてしまったときだ。
「これから仲良くやっていこうぜギャギャッ!」
「一緒に世界征服を目指すザンス」
「カワイイぼうや……食べちゃいたい、アハァン」
「ところで栗山さんはなんの怪人ッスか? サメっちは……ふふふ、秘密ッス」
東京の地下数百メートルに作られた巨大な闇の聖堂。
そこにひしめく何十人もの怪人たち。
人間に近いものもいれば一目で明らかに怪人であるとわかるものもいる。
全身をイグアナのような鱗に覆われた男。
首から下で歯車がガチャガチャと音を立てている老人。
林太郎を頭から丸のみできそうなほど巨大な口を持つ女。
そして牙を生やした少女。
林太郎はその和気あいあいとした輪の中心にいた。
いったいどういう手違いか、正義のヒーロー栗山林太郎は悪の怪人地下組織にご案内されてしまったのである。
しかし怪人たちが林太郎に好意的な目を向けているのは、彼のことを新入り“怪人”であると勘違いしているからに他ならない。
「で、兄弟。お前はナニができるんだあ? 信号機を食うぐらいのことはできるんだろうなあ?」
「いや、どうですかね……食べたことないんで……」
「ガハハハハ! オレサマも食ったことねえ!」
フランクに林太郎の肩を抱くのは、クマの顔をした身長2メートルを軽く超える大男だ。
ここで『平和を愛する緑の光、ビクトグリーン!』なんてやろうものなら、原型がなくなるまで叩きこねられてハンバーグの材料にされかねない。
(マズいことになったな、どうにか隙を見つけて脱出しないと……)
いくら林太郎が東京本部所属のエリートヒーローとはいえ、ここで正面切って戦うとなると生きて帰れる保証はなかった。
林太郎は下手くそな愛想笑いを浮かべながら、邪悪な脳をフル回転させる。
ここは地下深くの密閉空間だ。
殺虫剤を焚いて毒霧を充満させるか。
あるいは貯水タンクに痺れ薬を流し込むか。
はたまた東京湾から坑道を掘って丸ごと冠水させるか。
林太郎は怪人たちに悟られないよう、心の中でありとあらゆる策を練った。
とはいえ、いまの林太郎は猛獣の檻に閉じ込められたウサギである。
まずは身の安全を確保しないことには始まらない。
(ヒーロー本部にさえ戻ることができれば、いくらでもやりようはあるんだよ。いまに見ていやがれ怪人どもめ、ここにいる全員、一網打尽にしてやる……)
そんなことを考えながら押し黙って機をうかがう林太郎に、怪人たちを統べる総統・ドラギウス三世が優しく声をかけた。
「林太郎といったな。我輩はアークドミニオンの統括者としておぬしを歓迎するのである。怪人ならば誰しもが我が同胞であり、庇護すべき子供たちなのである」
ドラギウスの言葉に、周囲の怪人たちは万歳三唱し、地下空間を邪悪な大歓声が埋め尽くす。
悪のカリスマ。
そんな言葉がこれほどしっくりくる老人もそうそういないだろう。
それもそのはず、ドラギウス三世と言えばヒーロー本部で絶賛全国指名手配中の超大物怪人である。
数ある怪人の中でも彼の悪名はすさまじく、噂によるとその怒りが頂点に達した際には地形が変わるほどの大地震が起こると言われている。
10年前、突如として富士山が爆発し富士五湖が富士一湖になってしまったのは彼の仕業だと主張する関係者もいる。
そんな危険度SSSランクの大怪人を前にすれば、たったひとりアウェーの林太郎に張れる虚勢などありはしない。
「む? おぬし、緊張しておるのか?」
「ええ、まあその、はい……恐縮です……」
「なあに、みんな最初はそうなのである。このところおぬしのように路頭に迷う怪人が増えてな。すべてはあやつ……ヒーローの風上にも置けぬ憎き外道、ビクトグリーンのせいなのである」
なにを隠そうドラギウスの目の前にいる栗山林太郎こそ、ビクトグリーンその人である。
「オレの母ちゃん、ビクトグリーンに高い布団を買わされてそのまま捕まっちまった……」
「ワタシのカレもビクトグリーンに睡眠薬を盛られてそのまま牢屋の中に……」
「わしと死んだばあさんの思い出の駄菓子屋、ビクトグリーンが両隣にコンビニを誘致したせいで経営破綻させられちまって……」
今度は周囲から悲嘆と怨嗟の声があがる。
これはもうハンバーグでは済まないかもしれない。
「断じて許すまじビクトグリーン。もし奴めがこの場にいようものならば、我輩がこの手で魂の一片も残さず闇に葬ってやるところを。のう、林太郎?」
あふれんばかりの殺気をみなぎらせ、ドラギウスは妖刀のような鋭い眼を林太郎に向ける。
まるで正体を知っているのではないかと疑いたくなるほどの冷たい視線に、林太郎の背筋がガチガチと音を立てながら凍りつく。
「お……おぶ……おぶふ……」
さすがの林太郎とて、胃の中のものが逆流してこないよう耐えるのに精一杯であった。
言葉を詰まらせる林太郎に、ドラギウスが真っ黒なオーラを振りまきながら歩み寄る。
「うむ、その怯えよう。おぬしもこれまで辛い思いをしてきたのであろうな。安心するがよい、今はゆっくりと休むのである」
そう言ってドラギウスは優しく林太郎の手を握った。
林太郎が怪人だったならば感激のあまり泣いて崩れ落ちたかもしれない。
だが今の林太郎は別の理由で涙がこぼれ落ちそうだった。
「サメっち、部屋を案内してやるのである」
「かしこまりッス。お荷物お運びするッス」
「いや、だだだ大丈夫! 自分で持つから!」
「エンリョしちゃダメッスぅ!」
サメっちが林太郎のキャリーバッグを無理やり持ち上げようとしたそのとき。
生活用品をぎゅうぎゅうに詰め込み、あきらかに過積載だったキャリーバッグのロックがはじけ飛んだ。
飛び出すお気に入りのTシャツ、愛用のマグカップ、イタリア製のシャンプーハット。
そして勝利戦隊ビクトレンジャーの必携アイテム。
――“ビクトリー変身ギア”――。