第二十八話「レッドVSグリーン」
陽炎が揺らめき、ビクトレッドの拳が真っ赤に燃える。
「一撃必殺、バーニングヒートグロォォォブッッッ!!! あ、こら避けるなっ!」
「避けるに決まってんだろ!」
赤い軌跡は空を切り裂き、枯れ木が炎に包まれ爆発四散した。
ビクトレッドの固有武器、バーニングヒートグローブは触れるものすべてを内部から焼き尽くす。
デスグリーンこと林太郎のビクトリースーツは魔改造されているとはいえ、中身は生身の人間だ。
すなわち一発でも食らえば内臓をホルモン焼きにされて即死である。
加えて“剣”をメイン武器とする林太郎の戦法は、烈人が得意とするインファイトスタイルと相性が良いとは言えなかった。
「逃げてばっかりだなデスグリーン! お前も攻撃してこい!」
「できるならやってるっつーの」
そう言うと林太郎は烈人に向かってペットボトルを投げつけた。
烈人がそれを反射的に拳で打ち落とすと、中に詰まった水がはじけ飛ぶ。
ほんの一瞬ではあるが、バーニングヒートグローブの炎が消える。
「なにっ!?」
「もらった! ニンジャポイズンソード!」
林太郎の手にはビクトグリーンの固有武器“ニンジャポイズンソード”が握られている。
これも名の通り、刀身には神経毒がたっぷりと塗られているという代物だ。
少しかすっただけで意識と痛覚を残し全身の自由を奪うという、もはや武器というよりも拷問用の道具に近い。
その性能のあまりの陰湿さゆえ仲間内からは大不評であり、陰では“ニンポ剣”と呼ばれていた。
ニンポ剣の先端が烈人の身体に触れ火花を散らす。
「ぐうっ、痛いぞっ! だが効かないなっ!」
「ちくしょう、やっぱり通らねえか」
怪人相手ならばともかく、ビクトレッドは刃も銃弾も通さないヒーロースーツを身にまとっている。
つまり神経毒を流し込むというニンポ剣の特性はまったく活かされない。
こうなるとニンポ剣はもはやただの硬い鉄の棒と同じであり、当たれば多少は痛いだろうがバーニングヒートグローブ相手に渡り合えるような武器ではなくなる。
「うおおおお! 再・点・火ッ!!!」
すぐさま烈人の拳に新たな炎が宿る。
確かに火には水が有効である、それは間違っていない。
しかしバーニングヒートグローブが持つ溶鉱炉なみの熱量を前に、500ミリリットル程度の水ではまさに焼け石に水であった。
「ははは! どうやらこの勝負、俺に分があるようだな! 俺がここでお前を倒し、みんなの仇をとる!」
「やっべ……こりゃ相性最悪どころの話じゃねえな」
林太郎は烈人の猛攻を避けつつ、広い代々木公園を縦横無尽に逃げ回る。
そのたびに炎が燃え広がり、いまや公園は焦土と化していた。
「どうした!? 逃げてばっかりか!?」
「くそがっ、俺だって無策ってわけじゃねえぞ!」
林太郎は苦々しく悪態をつくと、またしても同じ作戦に出た。
ふたつめのペットボトルを烈人に向かって投げつける。
「愚か者め! 同じ手が二度も通用すると思うな!」
バーニングヒートグローブが更に赤く大きく燃え上がり、烈人の拳がうなる。
水がはじけ飛ぶ前にすべてを蒸発させるほどの凄まじい火勢であった。
「せいやァッ!!」
ズバドォォォン!!!!!
直後、轟音とともに烈人の体が、そのスーツよりも真っ赤な爆炎に包まれた。
「ウボアアアアーーーッ!!!!」
「誰が水だつったよ」
ふたつめのペットボトルを満たしていた液体。
それは水ではなく、ガソリンであった。
烈人は自らの炎で引火したガソリンの爆発をもろに食らい、糸が切れた凧のように空へとはじき飛ばされた。
ヒーロースーツは防刃性・防弾性に加えて、ある程度の耐熱性・耐衝撃性も備えてはいる。
しかしゼロ距離&ノーガードでガソリン爆発を耐えるようにはできていない。
空中に弧を描いた烈人の体は受け身もままならず枯れ葉の上を転がり、地面に炎のわだちを残した。
「くっ、くそう……卑怯だぞデスグリーン!」
「一撃必殺チート武器振り回してるやつに言われたくないんだよ」
しかしこの程度でくたばるようでは、ビクトレンジャーのリーダーは務まらない。
烈人の瞳に再び熱い炎が宿る。
「俺はまだ……負けるわけにはいかないんだーッ!!!」
天に轟く大音声。
烈人の雄たけびは燃える木々を揺らし、枯れ葉が紅蓮に染まって舞い上がる。
大地を蹴り上げ、赤い軌跡は爆風のごとき迅さで林太郎との距離を一気に詰める。
「もらったぞっ! 真っ赤に燃え爆ぜろデスグリーンっ!」
赤くたぎる拳が林太郎に触れようとしたその瞬間。
ぬちゅるんっ!!!
烈人の足が枯れ葉に覆われた地面に沈み込んだ。
「なにぃーーッ!?」
足を取られた烈人はそのまま地面に倒れ込む。
すると今度は地面についた手のひらが、ぬるりと飲み込まれた。
ねばねばが烈人の全身にからみつき、もがけばもがくほど太い糸を引く。
一瞬にして機動力を完全に奪われた烈人は、そこでようやく枯れ葉に覆われた地面の下に粘性の高い液体の水たまりができていることに気づいた。
「うおお身動きが!? ってか、くさッ! なんだこれはァ!?」
「よう、近隣の工場からありったけかき集めた“トリモチ風呂”の湯加減はどうだ?」
クモの巣のごとく烈人を捕らえた粘液の正体は、大量のトリモチであった。
「くそぉ卑怯だぞ! 正々堂々たたかえぇぇッ!!」
「おいおいこれでも結構苦労したんだぞ。お前をこのキルゾーンへ誘導するために、俺がどれだけ正々堂々頑張ったと思ってるんだ?」
林太郎の狙いは最初から、剣と拳による決着などではない。
代々木公園内を縦横無尽に走り回っていたのも、すべてはこの卑劣な罠に烈人をおびき寄せるための布石に過ぎなかったのだ。
「ぐおおおお! ま、まだだ……まだ俺は立ち上がれる!」
「ほう、その状態でまだ立つのか」
「俺はひとりじゃない! 死んだ仲間たちのぶんまで、俺は戦う!! うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
誰ひとり死んではいないがなんらかのエネルギーを受け取った烈人は、トリモチの沼の中心で吼えた。
たとえ全身ねばねばになろうとも、沼に足をとられようとも、じりじりと確実に憎き仇のもとへと歩を進める。
類稀なる不屈の根性と、仲間への熱い思いがなせる業であった。
その仲間のひとりが目の前にいる男であるということはさておき。
「たとえ動きを封じられようとも、お前の剣は俺には通用しない! どれほど斬られようとも、俺は耐えてみせる! まだ勝負はこれからだ!!」
ねっちょねちょになりながらも再び拳を握りしめる烈人に、林太郎は冷たく言いはなつ。
「お熱いのは結構だ。だがまだ立ち向かってくるというなら、その鬱陶しい暑苦しさでサメっちを泣かせた報いぐらいは受けてもらうとしようか」
「報いを受けるのはお前のほうだ、デスグリーン! トリモチごときで俺が止められるものか!」
「おや、聞いてなかったのか? 俺ちゃんと言ったよな、ここはキルゾーンだってさ」
林太郎はゆっくりと、剣を天に掲げる。
そして静かに振り下ろしながら叫んだ。
「はなてぇーーーーっ!!!」
ドパパパパパパパパパパパパ!!!!!!
林太郎の号令とともに、焼野原と化した公園に響き渡る銃声。
烈人の拳に灯った炎が暗く見えるほどの激しいマズルフラッシュ。
あらゆる場所・角度から、烈人の無防備な身体に向かって鉛弾が撃ち込まれた。
「ぐっはぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」
烈人の全身から、もはやその姿が見えなくなるほどの火花が散る。
「あばばばばばばば!!!! いだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!」
銃声の大合奏がやんだころ、木の陰や燃え残った茂みから黒いタイツのようなものに身を包んだ怪しい連中が次々と顔を出した。
彼らは在りし日、デスグリーンによって徹底的に鍛え上げられた“ザコ戦闘員”たちである。
そして彼らは、全身タイツ姿にはまるで似合わない“アサルトライフル”を構えていた。
無論おもちゃなどではなく、人に向けて撃ってはいけないが人に向かって撃つ以外には使い道のないモノホンのシロモノである。
「が、がふっ……そんなの……ありかよ……」
「最初からひとりで来いとは言われてないからな。だったら使えるものはなんでも使うべきだろ?」
「いやだからって……お前……それはひどくな、い……?」
デスグリーンをおびき寄せるための火柱を見ていたのは、林太郎だけではない。
ドラギウス総統も、日本経済の一割を握る経済王タガラックも、当然その光景は目にしていた。
その上でデスグリーンたったひとりに対応を任せるようでは、上司失格もいいところだろう。
派遣されたのは林太郎こと極悪怪人デスグリーン、サメっち、そして“ザコ戦闘員30名”である。
「やりましたウィ! デスグリーンさーん!」
「さすがは不死身のデスグリーンさんだウィ!」
初手から戦闘員たちを無策にけしかけるような馬鹿な怪人であるならばともかく、この栗山林太郎は“平和のためならば平和さえも殺す手段を選ばない男”である。
相手がたったひとりだからといって手を抜くような甘い男ならば、1年で怪人組織を7つも潰せたりはしない。
「数の暴力はヒーローの特権じゃないんだよ。勉強になったねえ」
「お、俺は……正義の……」
たとえヒーロースーツといえども、銃で撃たれれば針で刺される程度には痛い。
それを全身に300発近く食らってまだ意識を保っていられるのは、さすがと言う他なかった。
しかし林太郎に“トドメのデコピン”を食らい、ついに赤いスーツをまとった最強の戦士・暮内烈人は膝から崩れ落ちる。
「他人の正義に振り回されてるだけのお前じゃあ、一生かかっても俺には勝てねえよ」
「……おのれ……デス……グリーン……」
意識を失った烈人は、トリモチの沼にベチャッと倒れ込んだ。
正義を体現する赤いスーツが、ずぶずぶと沈んでいく。
見事勝利を収めた極悪怪人デスグリーンは、踵を返すと手を叩いて戦闘員たちに呼びかけた。
「さあ撤収だみんな! この炎なら消防も出張ってるだろう。誰か救急隊員にこのバカの居場所を教えてやってくれ」
「すごいですウィ、デスグリーンさん! 俺、殴られなかったの初めてですウィ!」
「パネェウィ、デスグリーンさん! 毎回これぐらい楽ならいいんですけどウィ!」
そんな中、ひとりの戦闘員がおずおずと進み出る。
「あのー……デスグリーンさん……すごく言いにくいんですがウィ……」
「んー? どうしたの? ひょっとしてガチンコ勝負したかった?」
「いや……そういうわけじゃないんですがウィ……実は……」
戦闘員は、申し訳なさそうにゆっくりと口を開いた。
「サメっちさんが……誘拐されましたウィ」
「……………………は?」
その瞬間、林太郎の邪悪な脳に電流が走った。
なぜ烈人があんなにも目立つ挑発を仕掛けてきたのか、それだけが疑問だったのだ。
「……ちくしょう、レッドは捨て石か!」
林太郎は烈人がデスグリーンとの決着に固執していると考えていた。
しかし烈人との決着にとらわれていたのは、林太郎のほうだったのだ。
つまり呼び出されたのはデスグリーンではない。
ヒーロー本部の真の狙いは、最初から“デスグリーンの部下”だったのである。