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第二十四話「それでも俺はやってない」

 昼は夜かもわからない地下深く、アークドミニオン地下秘密基地。

 林太郎の部屋の時計は、すでに夜中の2時を回っている。


 にもかかわらず、林太郎はふかふかのベッドの上で眠れぬ夜を過ごしていた。

 まるで遠足前の子供か、あるいは恋する女子中学生のよう……ではない。


『フハハハハ! 安心せよ林太郎、おぬしが人間であることを知っているのは、我輩と“絡繰(からくり)将軍タガラック”だけである。てへぺろである』


 林太郎にとって隠すべき絶対の秘密は、すっかり漏れていた。


(ドラギウス総統はああ言ってたけど、きっと他にも俺の正体を知ってるやつがいるんだ……! 寝たら殺される! 間違いなく寝込みを襲われる!)


 林太郎の心は暗殺に怯える斜陽(しゃよう)の独裁者そのものであった。


 ここは怪人の巣窟、関東一円にはびこる悪の総本山アークドミニオンの中枢だ。

 そこには人間、とくにビクトグリーンを殺したいほど憎んでいる怪人が、これでもかとひしめいている。


 林太郎にとって彼らに自分の正体がバレるということは、すわなち死を意味していた。


『デスグリーンさん、お疲れ様ですウィ!』

『ようデスグリーン! 最近すげえ活躍だなあ!』

『おお……デスグリーンさま……ありがたや、ありがたや……』


 廊下でそんな声をかけられるたびに、心臓が縮み上がる思いであった。


 もはや誰もかれもが凶悪な殺し屋に見えてならない。

 いやむしろ本当は全員林太郎の正体を知っていて、みんなで口裏を合わせて復讐の機会を(うかが)っているのではないかとさえ思えてくる。


(寝たら死ぬ! 寝たら……、寝たら……)


 しかし心が抱く恐怖とは裏腹に、傷ついた戦士の体は休息を求める。

 林太郎の意識はゆっくりと、深い闇の底に沈んでいった。




 …………。




 夢の中で林太郎は、百鬼夜行と化した怪人たちに追いかけ回された。

 鬼の形相(ぎょうそう)をした怪人たちが逃げ惑う哀れな林太郎に襲い掛かる。


「おーのーれー! ビクトグリーン許すまじー!」

「この恨み晴らさでおくべきかー! 全身の皮を剥いでやるー!」

「うけけけけーっ、晩飯は人間のカラアゲだウィーッ!」


「いやだーっ! 誰か助けてくれーっ!」


 ついに追い詰められた林太郎に最期のときが訪れようとしていた。


 まさに、その瞬間である。

 林太郎めがけて殺到する怪人たちの前に、ひとりのヒーローが立ちはだかった。


「あ、あなたは……!?」

「愛と勇気と瀬戸内海の使者、フカヒレマスク見参ッス! メガロドンキーック!!」

「「「うぎゃーっ! 口惜しいーっ!」」」


 恐ろしい怪人たちは、突如として現れたヒーローのキックを食らって爆発四散する。

 謎のヒーロー・フカヒレマスクの活躍により、林太郎は窮地を脱したのであった。


「ありがとうフカヒレマスク! 好きっ!」

「はっはっは、弱い者を助けるのがヒーローの役目なのだッス」

「なにかお礼をさせてくれ、フカヒレマスク!」

「じゃあ遠慮なく……お前の頭をいただくッス! ガブウウウウウ!!!」




「ひいやああああああアアアアアアアッッッ!!!!」


 林太郎の目覚めは最悪であった。


「はあ……はあ……、夢か……」


 もう12月もなかばを過ぎたというのに、全身にじっとりと嫌な汗がにじんでいる。

 あまりの恐怖と心細さに、気づけば抱き枕を潰れるほど抱きしめていた。


 はて、林太郎のベッドに抱き枕などあっただろうか。


「むぎゅう! アニキ、苦しいッス!」

「おわあああああっ!!!」


 なんと、林太郎が抱きしめていたのは、抱き枕ではなくサメっちであった。

 性懲(しょうこ)りもなくまたベッドに潜り込んできていたらしい。


「なんでサメっちがここに!? 絶対安静じゃなかったのか!?」

「いやー、全治一日の大怪我だったッス。さすがのサメっちも今回ばかりは死んだと思ったッスよ」


 怪人の異様なまでの頑丈さは林太郎もよく知っているが、中でもサメっちのタフさと再生能力は群を抜いているようであった。

 感極まって抱き上げ『よく頑張ったな、あとは任せろ』とか言っていた自分が、いまとなっては恥ずかしい。


 林太郎は荒れた呼吸を整え、強く抱きしめていたサメっちを解放しようとした。

 まさにそのとき。


「なんだ今の悲鳴は! 林太郎、無事か!?」

「どうしたんだあデスグリーン! なにがあったあ!?」

「まさか事件ですか!? いかがなさいましたかデスグリーンさん!」


 さきほどの林太郎の悲鳴を聞きつけて、怪人たちが部屋に踏み込んでくる。


 だがそこで怪人たちが見たものは、ぎゅっと抱き合っている林太郎とサメっちであった。

 それもベッドの上で、汗まみれで、はあはあと肩で息をしながら。


「なんだ……その、すまねえデスグリーン、邪魔しちまったみたいでよお……」

「いやはや、ふふ、英雄色を好むといいますからね……お邪魔いたしました……」

「待ってくれみんな、違うんだよ。これは誤解だ」


 怪人たちはそそくさと部屋を後にしようとする。

 林太郎としても現場をおさえられては、もはや言い逃れのしようがないように思えた。


「り、林太郎、おまおま、お前……サメっちと、どどど、同衾(どうきん)、していたのか……?」


 一番ショックを受けているのは剣山怪人ソードミナスこと、剣持(けんもち)(みなと)である。

 自分を救ってくれたふたりがまさか“そういう関係”にあるとは、夢にも思っていなかったらしい。


「そうか、なるほどな、年端(としは)もいかぬ子供と(ねや)をともにしていたんだな林太郎……」

「よし一回待とうか湊。俺たちの間にはあらぬ誤解が生じている」


 湊は耳まで真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 それに事故とはいえ、湊は林太郎に押し倒されたことがあるのだ。


「あんなに太くて大きくていっぱい出した林太郎がそんなことをするなんて!!!」

「剣とかナイフの話だよねそれ。ねえほら見てごらん、周りのみんなが凄い顔をしているよ湊さん」

「私のむ、むむむ、胸に……かかか、顔をうずめてハチャメチャに揉みしだいたじゃないかァ!」

「それは事実だけど事故だ! 俺にそういう意図はなかったんだよ!」


 林太郎に向けられた周囲の目が、急激に温度を下げる。

 これは女と見れば誰彼構わず手を出すクズ野郎を見る目だ。

 さんざん手ごめにした挙句、その気はなかったと自白したのだから当然だろう。


「みんな違うんだ、サメっちからもなんとか言ってくれ!」

「サメっちはもう子供じゃないッス! 大人のレディーッス!」


 林太郎は両手でサメっちの顔をガシッと掴んだ。


「おおっと、違うよサメっち、そいつは逆効果だ。このままじゃ大事なアニキがHENTAI(ヘンタイ)にされちゃうよ。わかるだろう? 俺はフォローしてくれって言ってるんだ」

「はわ、わかったッス……!」


 サメっちはほっぺたを掴まれたまま、ぶんぶんと頭を縦に振った。


「よおしサメっち! アニキは女の敵じゃないってことを、みんなに教えてやれ!」

「あの夜はサメっちすごく痛かったけど、アニキは優しく抱いてくれたッス!」

「サメっち足りないよ、君には説明力がまるで足りていない」


 衝撃発言にざわつく怪人たち。

 なまじ事実であるだけに、林太郎も否定しづらい。


 もはや林太郎が人間であるとかどうか以前に、別の意味で居づらくなる噂がアークドミニオン中に知れ渡ったのであった。

 


 翌日、“大敵(たいてき)ビクトイエロー大撃破おめでとう大祝賀会”は盛大に行われた。

 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会でマウンテンバイクをもらった。


「へえ、デスグリーンさんにはそういうご趣味もあったんですねえ」

「毎晩とっかえひっかえで乾く暇もないんだとか」

「寂しいならアタシが相手してあげるのに、グフッ、グフフ」

「あ、あの、ボク体は男の子ですけどデスグリーンさんのためなら……!」


 もはや気遣いさえも追い打ちにしかならない。

 心に大きな傷を負った林太郎は、ふかふかのベッドで朝まで泣いた。


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