第二百三十一話「天国と地獄の食事会」
ハルたちの救出に成功した翌日。
衰弱の激しかったヴィレッジの怪人たちも、アークドミニオンの美味しいご飯を食べて少しずつ健康を取り戻していた。
研究者たちにずいぶん痛めつけられていたとはいえ、そこは怪人の体。
適切な処置をおこなえば、人間とは比べものにならないスピードで再生するのは変わらない。
そして彼らのほとんどは元・百獣大同盟の構成員であり、百獣軍団には旧知の者が多いこともあって、よく打ち解けていた。
「おかげさまでこうしてまた、みなさんとお会いすることができましたわ」
「ハルぅ! よく戻ってきたニャン! ずっと心配してたニャンぞーっ!」
「おかえりだワン……無事でなによりだワン……嬉しいワン……」
「あらあら、猫犬コンビは昔より泣き虫さんになりましたか?」
ヴィレッジの怪人たちからは怖れられていたハルであったが、その温厚な人柄もあって問題なく受け入れられていた。
もともと美女にめっぽう弱いザコ戦闘員たちにいたっては、はやくもファンクラブを形成しつつある。
「新しいお友達のみなさんのために、肉じゃがを作ってみましたの。お口に合えばよいのですが……」
「うめっ! うめウィー! おふくろの味だウィー!」
「美人の手料理ならいくらでも食えるウィー! おかわりだウィー!」
「あらあら、うふふ。すぐになくなってしまいそうですわ」
長い栗色の髪から優しい香りを漂わせ、聖母のように穏やかな微笑みをたたえるハルは、荒くれ者の多いアークドミニオン地下秘密基地を照らす温かな太陽のようだ。
修道女を彷彿させる黒くてふんわりとしたチュニックも、ザコ戦闘員たちの心のツボをガッチリと捕らえている。
「さあ、おかわりが欲しい子は一列に並んでください」
「「「はーーーーいウィー!!」」」
「うふふ、とってもいい子さんですね」
もちろん、ベアリオン将軍の身内であることも、受け入れられている大きな要因ではあるが。
なによりハル本人がこうして積極的に怪人たちとの交流を深めようとしていることもあり、ハルは早速アークドミニオンの“お母さんポジション”を確立していた。
「大盛況だな。うちの団員がどこにもいないと思ったら……みんなこんなところにいたのか」
「あら、デスグリーン様、ようこそいらっしゃいました! 懇親も兼ねてお食事会を催しておりましたの。デスグリーン様もどうぞ遠慮なく、召し上がって行ってくださいませ」
林太郎に声をかけられたハルは、パァッと明るい顔を見せる。
「じゃあついでで悪いけど、俺もちょっとだけ食っていくか。けどこんなに大挙して押し寄せて、迷惑じゃないか?」
「迷惑だなんてとんでもありませんの。みなさんこんな私と仲良くしていただけて……感謝の言葉が足りなくて困ってしまいそうですわ」
ハルはそう言うと、怪人とは思えないほど朗らかに微笑む。
極悪軍団のザコ戦闘員たちが篭絡されるのも頷けるというものだ。
林太郎はそんなことを考えながら、ハルの肉じゃがを口に運ぶ。
「……! うまいな!」
「まあ、お口に合ったようで嬉しいですわ! あの……もしデスグリーン様さえよろしければ……今度ほかの手料理もご馳走させていただきましょうか?」
「ああそうだな。落ち着いたころにぜひ頼むよ。サメっちもきっと喜ぶ」
「はい、喜んで!」
林太郎は肉じゃがを食べ終えると、食器を片付けて食堂を後にした。
命の恩人でもあるその背中を、ハルは熱のこもったまなざしで見送る。
「はあ……なんて素敵な紳士なのでしょう、デスグリーン様……!」
…………。
といった感じの、ハルから送られる熱~い視線を、林太郎はとっくに気づいていた。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。ベアリオン将軍の恋人か、なんかそういう人だろあの子!」
食堂を出たあと、林太郎は廊下の隅で壁に向かって独り言を呟いた。
林太郎は自分に向けられる好意的な、あるいはそれ以上の感情に気づけないほど鈍感野郎ではない。
しかし相手があのベアリオン将軍の伴侶ともなれば話は別だ。
「そりゃあ悪い気はしないけど……軍団同士の問題になるだろそれはぁ……!」
そう、アークドミニオンを支える四幹部内で三角関係でもこさえようものなら、それこそ組織全体が崩壊しかねない大問題に発展する可能性もある。
しかし美女に熱視線を向けられて、ちょっと嬉しくなっちゃっている自分がいるのもまた事実である。
「うーむ、こりゃあ一回ベアリオン将軍に相談したほうがよさそうだな……。だけどこう、スレンダーな修道服ってのは……こう……ふふ……」
壁に向かってニヤケ面をさらしていた林太郎であったが。
その両目がとつぜん冷たい手に覆われる。
「だーーーれだ?」
「わっ!? その声は……黛か?」
聞き返すまでもなく、それは林太郎を慕ってやまない後輩の声だった。
「つい先日イロボケに走って軍団壊滅の危機を招いたにもかかわらず、またしても懲りずに鼻の下を伸ばしているのは、だーーーれだ?」
「いだだだだだだだだだ!! 顔面が!! 顔面が陥没するゥ!!!!」
めりめりと眼窩を圧し潰す勢いで締め上げてくる手からかろうじて逃れると、林太郎は涙目になりながら凶行に及んだ犯人を睨みつける。
「危うく両目がおしゃかになるところだったぞ……」
「もしセンパイがそうなったら、私の目玉をひとつ差し上げますよ」
危険すぎる悪戯を仕掛けた後輩、黛桐華はそう言うと林太郎に向かってバチンとウインクをしてみせた。
冗談めかしているように聞こえるが、桐華に限っては本当にやりかねない。
「気配を消して背後に立つなよ、心臓に悪いだろ」
「すみません、センパイの驚く顔が好きなので、つい」
「真顔で言うなよ。なんていうか、反応に困る」
「じつはもうひとつ、とても困りそうなご報告があります」
林太郎は“だーれだ”のせいで大きくズレた眼鏡をかけ直すと、苦々しい顔で聞き返す。
「……それ聞かなきゃダメなやつ?」
………………。
…………。
……。
アークドミニオン秘密基地、大宴会場。
いつもパーティー会場として和気あいあいとした空気をかもし出す空間が、いまは地雷原のような緊張感に包まれていた。
その中心にいるのは、ウサミミ軍服眼帯女子ことウサニー大佐ちゃんである。
「さあ、たっぷり食べて体力をつけるんだ。お前たちが大好きな唐揚げだぞ」
「ウサニー大佐ちゃん……! たしかに唐揚げは大好物だけど、これは食いモノじゃないウィー!」
「なんだ貴様、私の手料理が食べられないとでも言うつもりか」
「ウィッ! ありがたく頂戴します! ウィッ!」
椅子に縛りつけられたザコ戦闘員たちの目の前には、大量の唐揚げが盛られていた。
鞭をしならせる鬼教官が、ニッコリと笑いながらザコ戦闘員たちに食事を促す。
「いただきますウィ……。こ、これは……なんだウィ……? 輪ゴムの唐揚げ……?」
「……こっちのやつは形からしてダンベルだウィ。こんなの食べたら死ぬウィ」
ヒソヒソ話をしていたザコ戦闘員に電流をまとった鞭が飛ぶ。
「おのこしは許さんぞ軟弱者め!! 電撃ビリビリ鞭!!」
「あっぎゃああああああああああああッッッ!!!!」
「ヒィィィィ……食べますウィ、食べますから命ばかりはお助けをウィー!」
ハルの“食事会”に対抗でもしようとしているのだろうか。
しかしその様子はまるで猛毒入りのロシアンルーレットを強いられるデスゲームのようだ。
狂気的な笑みを浮かべるウサニー大佐ちゃんは明らかに正気を失っていた。
ベッタリと張りついた笑顔の奥で、赤い目がギンギンに血走っているではないか。
そんな地獄の様相を、林太郎と桐華は宴会場の入り口に隠れながら双眼鏡でうかがっていた。
「こりゃあ……たしかに困った報告だ……」
「でしょう?」
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