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第二百三十話「再会、抱擁」

 品川タガデンタワーの地下深く、アークドミニオンの海底ドック。

 岩壁むき出しの洞窟の中心に、コンクリで固められたプールのようなものが(しつら)えてある。


 ここから実験潜水艦“たいやきくん(あらため)8号(はちごう)”が出航して、そろそろ5時間が経過しようかとしていた。


「みんな帰ってこないウィねぇー……」


 留守番を任されていたザコ戦闘員たちも最初はただ心配して帰りを待つだけであったが、いつの間にかみんなで並んで釣り糸を垂らしていた。


「実はここ釣りの穴場スポットだウィ。チヌも釣れるウィ」

「ええー、さすがに嘘だウィー。東京湾に繋がってるだけだウィ」

「そうこう言ってるうちにかかったウィ! うおお、強い引きだウィ これは大物だウィーーッ!」


 釣り竿がグンとしなり、ザコ戦闘員は鼻息荒くリールを巻く。


 次の瞬間。


「サアアアアアアアアアアアアメエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああーーーーーーッッッ!!!!」


 海底ドックの水面を割り、体長60メートルの巨大ザメが姿を現した。

 ザコ戦闘員たちは蜘蛛の子を散らすように釣り竿を捨てて逃げ出す。


「たぁぁぁだいまぁぁぁッスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「うぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーッッッッ!!!!」


 巨大サメ怪人が引き起こした大波で、海底ドック内のあらゆるものが押し流されていった。



 ………………。


 …………。


 ……。



 それからしばらく後。


 アークドミニオン地下秘密基地でもっとも広い空間。

 東京ドーム数個分の広さを誇る教導軍団の練兵場には、秘密基地内のほぼすべての怪人が集められていた。


 その中央に横たわっているのは、巨大なティラノサウルス型の怪人・ハルだ。


「キュルルルルルルルルルルルルルゥ……」

「なんだかぐったりしてるッス」

「そりゃあこいつだけは海の中を生身で運ばれてたからな」


 とはいえとっさの判断で巨大化したサメっちがいなければ、ハルだけでなくみんなヴィレッジとともに海の藻屑と化していただろう。

 しょんぼりしていたサメっちの頭を、林太郎は労うように優しくなでた。


 本当は抱きあげてよくやったと褒めちぎりたいところであったが、今はそれよりも優先しなければならない問題がある。



「ハル……」



 ベアリオンは一言そうつぶやくと、“家族”の大きな頬に手を添えた。


「すまねえなあハル……、オレサマがもっと早く迎えに行ってやれればあ……」

「キュルルルゥ……」

「うおおおおおおおおん!! 必ず元のハルに戻してやるからなああああああッッ!!」


 男泣きするベアリオンに一部の怪人たちがもらい泣きを始め、一同は重い空気に包まれる。


 そんな中、まるでいつもと変わらない様子で歩み出る一人の怪人がいた。

 必然的にベアリオンを含む全員の視線がその男に注がれる。



「大海より掬い出したる一滴の雫は、暗き夜を埋める影の一握(いちあく)に過ぎず。さりとて無尽の潮騒を彩るは絶えぬ白波の揺らぎあらばこそ。かの星の輝きから目を背ける愚者に、星海を満たす神話の語り部たる資格なし」

「ザゾーマ様は『熊が泣いている姿は見るに堪えない』と仰っています」


 百獣軍団を率いるベアリオンとは犬猿の仲として知らぬ者のいない痩躯の麗人。

 このアークドミニオンで最も薬毒に精通した男、奇蟲将軍ザゾーマである。


 思わぬ横槍に、ベアリオンが激昂する。


「なんだあてめえ! この期に及んでちょっかい出してきてんじゃあねえぞお!」

「生命の根源より出でて、灼熱の滅びを乗り越えたる者よ。神の摂理に抗いて誓いの丘にて再び相まみえん。邪なる闇に侵されしその身なれど、未だ魂は白く輝き世界に咆哮を轟かせんとす。誘惑の蛇は林檎を携え、無垢なる魂に悪しき知恵の恩寵を授け給う」

「ザゾーマ様は『泣き声があまりにも耳障りなので、大変に不本意だが手を貸してやろう』と仰っています」


 そう言うとザゾーマは、赤黒い液体で満たされた小瓶をベアリオンに差し出した。

 それはかつてベアリオンのみならず、アークドミニオンの窮地を幾度となく救ったザゾーマの“秘薬”である。


(あれは……人の生き血か……!)


 秘薬の正体を知っているのは、林太郎を含むごく一部の怪人だけである。


 純粋な人間の血液には、怪人細胞の暴走を抑える効能がある。

 世界中の怪物話・妖怪譚において、化け物たちがまるで示し合わせたかのように人の生き血を求める答えがこれだ。


 しかし幾度もの実験を経て体長18メートルもの怪獣と化してしまった者にも、果たして効くのであろうか。


 そんなことを考えながら状況を見守っていた林太郎に、ザゾーマが手を差し伸べる。



「世界の完全たるは天のみの偉業にあらず、さりとて地のみの御業にあらず。天と地交わり昼と夜の輪廻が巡りしとき、我らが青き星の瞬きは真の姿を取り戻す。悪しき我が同胞よ、今こそ銀幕に立ちて燦々たる光のもとで物語を紡がん。緞帳(どんちょう)を上げよ、いざ開演のとき」

「ザゾーマ様は『私の秘薬とデスグリーン様の力が合わされば、必ずかの者を救えます』と仰っています」


 そう語るザゾーマの視線は、林太郎が持つ“黒い剣”に注がれていた。



 怪人細胞を意図的に暴走させる黒い剣。

 そして暴走した怪人細胞を正常化させるザゾーマの秘薬。


 そのふたつが揃えば、ハルを元に戻すことができるのだと。


 このアークドミニオンにおいて、誰よりも謎多き奇人が。

 誰よりも怪人細胞に深い造詣を持つ男がそう言っているのだ。



「そう言われちゃあ、手伝わないわけにはいかないでしょうよ」

「ほ、本当に大丈夫なのかあ? さっきみたいに真っ黒になって暴走したりするんじゃあねえのかあ?」

「ベアリオン将軍、俺も半信半疑ですが……他に頼れるアテもないでしょう。ここはザゾーマ将軍の見立てに賭けてみませんか」

「うっ、それもそうだけどよお……」


 宿敵とも呼べるザゾーマの提案とあって渋っていたベアリオンだが、実際のところ他に打つ手がないのも事実だ。

 林太郎の説得もあってか、ベアリオンはぎゅっと目を瞑って小さく頭を下げた。



「ハルを……オレサマの家族を……頼んだぜえ」



 いつもの大親分からは想像できないほどに小さく消え入りそうな声を聞き届け、林太郎は力強く頷いた。


 林太郎が構える“黒い剣”に、ザゾーマの秘薬が垂らされる。



「どうなっても責任は取れませんが……いきますよ」

「ああ、頼んだぜえ兄弟……ひと思いにやってくれえ!!」



 期待と不安が入り混じったベアリオンの視線を背中に受け、林太郎は黒い剣を振りおろす。

 剣の切っ先が、巨大な恐竜・ハルの鼻先を斬り裂いた。



 ――次の瞬間――。



「キュルルルルルルルルルルルルルルオオオオオオオッッッッ!!!!」



 空間を震わせる咆哮とともに、ハルの巨体から黒いオーラが噴き出した。


 オーラはヘドロのように恐竜の全身を覆うと、渦を巻きながら収縮していく。



 そして小さな塊と化すやいなや、ヘドロの隙間から白い肌が覗いた。



「ハル! ハルうううううううう!!」



 ベアリオンが慌てて駆け寄り、脱ぎ捨てた自らのマントでその人物(・・・・)を抱きくるむ。



(いわお)……くん……」



 栗色の髪に、美しい顔立ち。

 写真で見たままの美女は、細い腕でベアリオンの首に手を回す。


「ああ、オレサマだあ! お前の家族(・・)、熊田巌だあ!!」



 ベアリオンは大粒の涙を流しながら、家族(ハル)を強く抱きしめた。




 誰もがつられて涙を流す中。


 ただひとり呆然とした表情で、遠巻きにその抱擁を眺めている人影があった。



「ベア……ベアリオンさま……ああ……ベアリオンさまぁ……!」



 ウサミミを生やしたその少女は、誰にも見られないよう軍帽を深くかぶり直す。


 その場にいた者たちの中で、彼女だけが唯一違う意味で泣いていた。



 ウサニー大佐ちゃん。

 けして他人に涙を見せまいとする強き女怪人は、誰にも見られないよう静かにその場を立ち去った。


大変お待たせしました、連載再開しました。


この3年間待ってくれていたファンの皆さん。

ならびに再開の後押しをしてくれた友人に感謝を。


ちなみにコミプレさんにてコミカライズも絶賛連載中です。

(ほんとはだいぶ前に始まってたけど!!)

読んでください。


この3年間まったく更新できなかった経緯が知りたいそこのあなた。

活動報告、必ず読んでください。


引き続き極悪怪人デスグリーンをよろしくお願いします。

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表紙
― 新着の感想 ―
待ちくたびれたぜ!!! 連載ありがとう!!!
ずっと待ってた。
おかえりなさい。
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