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第二百二十七話「王の覚悟、忠臣の覚悟」

 いっぽうそのころ。

 洋上プラットフォームの基部にあたる区画では。


「はぁ……はぁ……無理ぃ。も、もう入らないってばぁ……」


 剣山怪人ソードミナスこと、留守居を預かる剣持(けんもち)(みなと)は涙目になりながら訴えていた。


「もうちょっと奥のほうまで押し込んでみるニャンな」

「ひぃぃ……! 中がパンパンで苦しいよぉ……! 死んじゃうぅ……!」

「そんなことないニャン! がんばったら先っちょぐらいは入るニャン!」


 猫又怪人ニャンゾは無情にも湊の訴えを退け、それ(・・)をギュッと押し込んだ。

 ただでさえ狭い()に、()がみちみちと詰め込まれていく。


「らめえええええっ!! こ、壊れちゃううううううっ!!」


 ニャンゾが体重をかけると同時に、悲壮な叫び声が海上にこだまする。


「だから定員オーバーなんだってぇ! そんなに押し込んだら潜水艦が壊れちゃうって言ってるだろ!」

「そうは言っても、ここに置いていくわけにもいかないニャンな。限界まで詰め込むニャン」


 たい焼き型の潜水艦は、アリが入れる隙間もないほどの超過密状態であった。

 ヴィレッジ収容区画から助け出された虜囚(りょしゅう)たち、およそ50人が隙間なく空間を埋め尽くすさまは通勤ラッシュの埼京線を彷彿とさせる。


 最奥部に押し込まれた湊は、当然のことながら身動きひとつ取れない有様であった。


「ひぇぇぇ! 本当に壊れるぅぅ! 沈んじゃうよぉぉぉぅ!!」

「……はぁはぁ……連れてきたワン……もう脚が動かないワン……苦しいワン……」

「それで最後のひとりニャンな。根性で押し込むニャンぞ」


 猫又怪人ニャンゾと負犬怪人ネガドッグの猫犬コンビは、ほとんどふたりきりで区画に監禁されていたほぼ(・・)すべての怪人たちを運びきったのであった。


「……あとひとり、残ってるワン……」

アレ(・・)は無理だニャンな。オジキもそう言ってたニャン」

「……悔しいワン……口惜しいワン……」

「仕方ないニャンよ。ああなったらもう怪()じゃないニャンな」


 ふたりはどう言うと、頭上にそびえ立つ無機質な洋上プラットフォームを見上げた。


 そして区画内でまだにらみ合っているであろう、彼らに思いをはせる。




 ………………。


 …………。


 ……。




 百獣軍団の怪人たちが目にしたのは、探し人『ハル』の変わり果てた姿であった。

 しかし怪人体(じんたい)実験を繰り返して作られた体長18メートルにも及ぶ巨体は、もはや怪人とは呼べないしろものである。


 もちろん巨大な恐竜と化したハルを連れ出す(すべ)などありはしない。

 かつての家族のなれの果てを目の当たりにしてからの、ベアリオンの行動は早かった。


 いっそこの手で葬り去ることこそ、ハルを救う唯一の方法だと。

 百獣将軍ベアリオンはその可能性も覚悟の上で、この奪還作戦に臨んでいたのであった。



 だがしかし、ベアリオンにとって思いもよらない障害が立ちふさがった。



「私は断固として反対します!」



 そう言ってベアリオンを止めたのは、百獣軍団のナンバー2・ウサニー大佐ちゃんであった。

 ウサニー大佐ちゃんは覚悟を決めたベアリオンを前にして、一歩も退くことなく両手を広げて立ちはだかる。


 いまや区画に残されているのは彼女とベアリオン、そしてただ一匹残された恐竜の“ハル”、あとは気絶した職員たちだけである。



「必ずやハルさんを救う方法が、あ、あるはずで……」

「いいかあウサニー。そいつはもう“ハル”じゃあねえ。元に戻す方法も()え。わかるかあ?」



 もちろんここまで変わり果ててしまった怪人を救う方法など、ウサニー大佐ちゃんには皆目見当もつかない。

 このヴィレッジに長く留まることができるほど、時間的な猶予がないことも理解している。


「で、でも……」


 ベアリオンの言っていることはもっともだ。

 頭では、それが正しいことだとわかっているのだ。


 ウサニー大佐ちゃんが言葉に詰まったそのとき。

 ベアリオンの体毛が一斉に逆立ち、一瞬にして空気が張り詰めた。



「おいウサニー、いい加減にしろよお」



 聞き分けのない子供に言い聞かせる父親のような、先ほどまでの空気とはまるで違う。

 いま彼女が対峙しているのは、いつもの優しい親分ではなく、腹をくくった一匹の野獣であった。


 まかりなりにも、百獣将軍ベアリオンはかつて関東最大の怪人武闘派組織を率いた豪傑だ。

 その声と眼光には、怪人のみならずあらゆる生物を平伏させるほどの迫力がある。


 ベアリオンの本気の威圧を間近で浴びようものなら、よくて失禁、運が悪ければ心臓が止まりかねない。

 ウサニー大佐ちゃんとて例外ではなく、その脚はがくがくと震え、呼吸はおろかまばたきさえも忘れるほどであった。



「あ……あっ……!」



 本能的な恐怖が全身を支配し、声を出すことを拒絶する。

 たとえナンバー2とて、百獣の王の前では一匹の小兎(こうさぎ)に過ぎないと思い知らされる。



「これが最後だあ、邪魔しねえでくれえウサニー。オレサマはよお、家族をふたり(・・・)も傷つけたくはねえんだよお」



 ウサニー大佐ちゃんは気づいた。


 ほんのかすかに、誰も気づかないほどに。

 ベアリオンの声は震えていた。


 誰だって愛する者を自らの手にかけたくはない。

 他の誰よりも“家族”を愛してやまないベアリオンならばなおさらだ。


 彼は背負おうというのだ、この(とが)を。

 ほかの誰でもない、家族を愛する自分自身の大きな背に。



 でも、だからこそ。


 彼はきっと後悔する。

 大切な家族を自らの手で殺めたことを、一生(くや)み続けるだろう。



「おそれながら……おそれながら申し上げます」



 ウサニー大佐ちゃんは大きくひろげた両手を降ろし、小さく息を吸うとキッと目を見開いた。



「不肖ながらこの私めが、この大役を仰せつかります!」



 ブーツを鳴らし、勢いよく回れ右をすると。

 ウサニー大佐ちゃんは(かかと)を二度鳴らした。


 赤い目が見据えるのは、横たわる恐竜と化した“ハル”である。


「な、なに言ってんだあウサニー、お前よお」

「ベアリオン様、私は貴方に。百獣軍団(かぞく)に謝らなければならないことがあります」


 ベアリオンからは、背を向けたウサニー大佐ちゃんの顔をうかがい知ることはできない。

 だがその小さな背中からは、先ほどまでのわがままとは違う、確かな覚悟が見てとれた。


「ハルさんを、ベアリオン様の思い人(・・・)を前にして。恥ずかしながら、私は安堵(あんど)いたしました。『これでまた貴方の隣にいられる』と。『邪魔者はいなくなる』と」



 力強く握りしめられたウサニー大佐ちゃんの手袋に、血がにじむ。


 ウサニー大佐ちゃんは赤く染まった己の拳を震わせると。



「フンッッッッ!!!!」



 自分の顔(・・・・)めがけて、思い切り殴りつけた。

 ためらいなく殴ったせいか、つんとした小さな鼻からぼたぼたと大量の鼻血が流れ落ちる。


 これにはさすがのベアリオンも驚いてウサニー大佐ちゃんの肩をつかむ。


「おいおいなにやってんだよおウサニー!」

「止めないでいただきたい! これは我欲(がよく)(ふけ)り、信を(たが)え、忠義のなんたるかを見失った奸臣(かんしん)への誅罰(ちゅうばつ)であります!」


 ウサニー大佐ちゃんは流れる鼻血をぬぐいもせず、静かに腰を落とす。

 これまで数々のヒーローを(ほふ)った必殺キック“フルパワードロップ蹴兎(シュート)”の構えだ。



(いや)しい心を抱えた今の私は恨まれこそすれ、ベアリオン様の隣に立つ資格などありません。なればこそ、この場で改めて忠を尽くさせていただく所存であります」


 両脚に力を込めるのと同時に、ごついブーツがはじけとぶ。

 狙うは無防備にさらされた恐竜・ハルの頸椎(けいつい)である。


 たとえベアリオンに万年恨まれようとも。

 百獣軍団(かぞく)から仇敵の汚名(おめい)をこうむろうとも。


 失意のさなかにあるベアリオンを、どろどろとした欲望を抱えたまま支え続ける不忠に比べれば。

 主に咎を背負わせることなく、自分ひとりが悪に堕ちればよい。



「よしやがれウサニー、こいつはお前が手を汚すようなことじゃねえ! どうしてそこまでやるってんだよお!!」


 臨界点から放たれるフルパワードロップ蹴兎(シュート)は瞬発的な火力だけならばベアリオンのパワーをも凌駕する。

 それでもなんとか止めようとするベアリオンに、ウサニー大佐ちゃんは答えた。




「私が貴方を、ベアリオン様を、愛しているからであります!!!!」




 限界まで溜めた力を解き放ち。

 ウサニー大佐ちゃんの豪脚が矢のように放たれようとした、まさにそのとき。




 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!



 “村”区画全体が轟音とともに、まるで活火山が噴火するかのごとく大きく揺れた。


 フルパワードロップ蹴兎(シュート)の基点となる地面(・・)に巨大な亀裂が走り、ウサニー大佐ちゃんは大きくバランスを崩す。


「うぐゥッ!!」

「な、なんだあああああ!?」


 慌てて周囲を見渡したベアリオンの視界の隅で、職員のひとりがへらへらと笑っていた。

 彼の背後の壁に備え付けられているのは、“緊急”と書かれた大きなレバーである。



「ひ、ひひ……このヴィレッジの存在を知られるわけにはいかないんだ……我が国の怪人細胞研究のためにも……ひひっ……」



 厚さ3メートルにも及ぶコンクリートの外壁が、ゴゴゴゴゴと大きくいななく。


 洋上プラットフォーム“ヴィレッジ”が崩れ去ろうとしていることは、誰の目にも明らかであった。


「てめえこの野郎お!! 男らしくねえぞゴラアアアア!!!!」


 さんざん怪人を弄び、非人道的な実験をおこなった挙句、施設もろと証拠隠滅をはかろうとは。

 研究職員たちの卑劣なおこないに怒りをあらわにするベアリオンであったが、憤ったところで爆発を止められるわけでもない。


 ついには頑丈な区画そのものが崩壊をはじめ、次々と巨大な瓦礫が降り注ぐ。


 それもただの瓦礫ではない。


 厚さ3メートルのコンクリートに加えて、洋上プラットフォームの上部構造物までもがベアリオンたちの頭上から襲い掛かろうとしていた。

 それはもはや、頑丈な怪人の肉体をもってしても、耐えられるものではない。


「ウサニー、ずらかるぞお!」

「ベアリオン様! ぐっ……!?」


 立ち上がろうとしたウサニー大佐ちゃんは、強烈な痛みに顔をゆがめる。

 フルパワードロップ蹴兎(シュート)が不意の不発に終わった反動からか、ウサニー大佐ちゃんの脚はあらぬ方向に折れ曲がっていた。


「くあっ……!? わ、私のことは構わず! ベアリオン様だけでも退避を!」


 そう叫んだウサニー大佐ちゃんの頭上に、重さ数トンはあろうかという巨大な瓦礫が迫る。

 天井に走った大きな亀裂に、ウサニー大佐ちゃんは目を見開いた。


 あと数秒もすれば、ウサニー大佐ちゃんの体は“ハル”もろとも圧し潰されることだろう。



 これが卑しい愛を心に抱き、忠義に背いた罰なのか。


 もはやこれまでと、ウサニー大佐ちゃんは目を閉じた。




 だがしかし。


 瓦礫が降り注ぐ轟音をかきけすほどの大音声(だいおんじょう)が、彼女のウサミミをつんざいた。




「ウウウサアアアアアアニイイイイイイイイイイッッッ!!!!!!」




 死をもたらす巨大な瓦礫が迫る中。


 ウサニー大佐ちゃんの体に毛むくじゃらの巨体が覆いかぶさった。


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― 新着の感想 ―
[一言] oioiミスおいおいこの小説に涙は似合わねぇんじゃねぇですかい?(先走り涙)
[一言] まぁ、「悪の秘密研究所」に自爆装置が無い訳ないか
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