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第百八十三話「家族の抱擁」

 ここはアークドミニオン地下秘密基地のトレーニングルーム。

 百獣軍団のメンバー以外はあまり利用しないため、ほとんど彼らの専用空間と化している。


 そこではむくつけき獣たちが、さわやかに汗を流していた。


「オラァアア腹筋1000回よく頑張ったあ!! あと100回だあ!!!」

「も……ぎ、ギブ、ニャン……さっきも、あと100回って……」

「つらい、ワン……腹筋、とれちゃう、ワン……」

「ガハハハハ! まだまだ余裕でおしゃべりってかあ!? そら1001ぃい!!」


 百獣将軍ベアリオンの掛け声に合わせ、獣たちは悲鳴をあげながら必死に上体を起こす。

 倒れた者にはベアリオンの檄が飛び、苛酷なトレーニングから解放されることはない。


 だが檄が飛ぶだけならば、百獣軍団のトレーニングとしてはまだ生温い部類だ。



「腹筋チームにおくれを取るな! 腕立て1000回もう1セット始めぇ!!」

「ひぃぃ、もう勘弁してくれよぉ、ウサニーの姐御ぉ……」

「大佐とちゃんを忘れるなこのマヌケッ!!」



 ビシイイイイイイン!!



「アッギャアアアアアア!!」



 ウサニー大佐ちゃん率いる腕立てチームで飛び交うのは檄ではなく、電撃流れるムチである。


 全身に電流を浴びたチーター風の優男は、白目を剥いてぐったりと横になった。

 そしてネコミミを生やした戦闘員が、黒焦げになった男を担架で運んでいく。


 鬼軍曹ウサニー大佐ちゃんのもとでは、生半可なリタイアは許されない。

やり遂げる(生きる)』か、『電撃ビリビリムチ(死ぬ)』かである。


「貴様らは一人前の百獣軍団員か! それともタダ飯食らいの豚か! そらどうした! 爺さんのラジオ体操のほうがまだキレがあるぞ!!」


 自身も腕立て伏せをしながら叫ぶウサニー大佐ちゃんの視界に、青くて小さな影が入った。

 サメパーカーを着た少女は目が合うやいなや、ぶんぶんと両手を振る。


「ウサニー大佐ちゃーん!」

「むっ? おお、サメっち二等兵ではないか。総員、小休止!」


 その言葉と同時に、他の団員たちはドサッと床に倒れ伏した。


 小さな来訪者はトテトテと鬼軍曹に駆け寄る。


「おジャマだったッスか?」

「いや、構わない。まだ始めたところだ」


 ウサニー大佐ちゃん自身も1000回の腕立て伏せを終えた直後であったが、ぐるんと肩を回すと事も無げに言う。

 しかしいつものなんちゃって軍服には、少しばかり汗が滲んでいた。


 その様子を見て、ベアリオンの腹筋チームもトレーニングを切り上げる。


「おうサメっちい、ちょっと待ってろよお! ようしお前ら休んでいいぞお!!」

「た、助かったニャンな……! サメっちありがとニャン、腹筋バグるかと思ったニャンな……!」

「苦しいワン……息できないワン……感謝ワン……」


 タオルで豪快に汗を拭くベアリオンをよそに、団員たちがゾンビのように這いながらサメっちに群がってくる。

 その彼らに、サメっちはいい笑顔を向けて親指を立てる。


「お疲れッス。差し入れに食堂で甘いものをもらってきたッスよ。サメっちは気の利くいい女ッス」

「「「やったーっ!」」」


 サメっちが団員たちに差し出したのは、大きなバウムクーヘンであった。


「いっぱいもらってきたから、エンリョなく食べていいッスよ」

「ありがとニャンな……ンッフ、ンガッフ……口の中がパッサパサニャン……」

「食べにく……ンエッフ……口惜しいワン……」


 口内の水分を奪われながらも、団員たちは笑顔でサメっちを歓迎した。


 それもそのはず、百獣軍団はサメっちの古巣である。


 サメっちが独り立ちするまで面倒を見ていたのは彼ら百獣軍団だ。

 彼らにとってサメっちは、可愛い娘や妹のようなものである。


「ガハハハハ! 美味えじゃねえかあ! 食った分トレーニングを増やさねえとなあ!」

「オジキぃ、実はサメっち聞きたいことがあって来たッス」

「ああ、なんだあ? なんでも言ってみろお。ガハハハハ!」


 ベアリオンはそう言って豪快に笑いながら、3つめのバウムクーヘンを口に運んだ。


「“気持ち”って何ッスかね?」

「ンガッ?!」


 思いがけない質問に、ベアリオンはバウムクーヘンを喉に詰まらせた。

 ベアリオンだけでなく、ウサニー大佐ちゃんや周りの団員たちもハッと息を呑む。


 それもそのはず、これまでサメっちから受けてきた質問といったら――。


『空はどうして青いッスか?』とか。

『地球はどうして丸いッスか?』とか。

『新築の庭にはどうしてタケノコ植えちゃいけないッスか?』といった、良くも悪くも子供らしい疑問がほとんどだ。


 それが突然“気持ち”ときたものだ。


 ひょっとすると思春期というやつなのかもしれない。

 ならば真剣に向き合ってやるのが、大人の務めというものだ。



「いいかあ、よく聞けよおサメっちい」


 ベアリオンは改めてサメっちの大きな目を見た。

 そして岩のような拳で、ドンと自身の分厚い毛むくじゃらの胸板を叩く。


「“気持ち”ってえのはつまり心……ハートってやつだぜえ! ハートが強えヤツが生き残る、それが弱肉強食ってもんだあ!」


 百獣の王はどや顔で牙を剥き、ニッと笑ってみせた。



 しかし――。



「ハートもちょっとサメっち困るッス!」

「えっ、困るってなんだぜえ? オレサマなんか変なこと言ったかあ?」

「もっと具体的に教えてほしいッスぅ!」

「ンググ……そう言われてもなあ」


 サメっちに迫られ言葉に詰まるベアリオンであった。

 しかし将軍のピンチに、団員たちがすかさず助け舟を出す。


「そりゃハートといったらもちろん、“愛”ニャンよ。……ゴホッ、ウェッホ!」

「愛がほしいワン……切ないワン……ンフッ、ゲホッ!」


 猫又怪人ニャンゾ、そして負犬怪人ネガドッグ。

 主にシノギで軍団の経済面を支える古参の団員だ。


 ふたりはパッサパサになった喉に水を流し込みながら、どや顔でニッと笑ってみせた。



 しかし――。



「ぜんぜんわかんないッス! 愛はお店で買えないからダメッスぅ!」

「ンニャッ! ニャンですと!?」

「愛を……買う……ワン……?」


 それを聞いて団員たちは言葉を詰まらせる。


 そして皆一様に、幼くして怪人覚醒という宿命を背負った少女に目を(うる)ませる。


「さ、サメっちい、お前え……」


 いつもは豪放磊落(ごうほうらいらく)なベアリオンでさえも、その衝撃に口元をおさえた。


 サメっちが怪人覚醒し、アークドミニオンに拾われたのはちょうど3年前。

 当時まだ8歳という若さで背負うには、あまりにも重すぎる十字架であった。


 家族と離れ離れになった少女は誰よりも家族の“愛”を欲していた。

 それこそ金で愛を求めるほどに。


 十分(じゅうぶん)に理解していたつもりであったが、改めてその事実を突きつけられ百獣軍団の誰もが涙する。


 もちろん彼女も例外ではない。



「……サメっち二等兵……いや、サメっち……!」

「はわわッス! ウサニー大佐ちゃん!?」


 サメっちの小さな体が、優しく抱きしめられる。



 眼帯の隙間から涙を流すウサミミ軍服女子。

 蹴兎怪人ウサニー大佐ちゃんは、百獣軍団時代のサメっちのおもり役であった。


 ことあるごとに自分の後ろをついて回ってきた幼女が、いま“愛”を金で買おうとしている。

 それを思うと、ウサニー大佐ちゃんは胸が張り裂けるような思いがした。


 ウサニー大佐ちゃんはサメっちを抱く腕にぎゅっと力を込める。


「どどど、どうしたッスか急に!?」

「……サメっち、わかるか。これが“愛”だ。愛は店で買えるようなものじゃない」


 困惑するサメっちに、ウサニー大佐ちゃんは優しく、それでいて力強く語り掛ける。


「立場は変われど、私たちはいつまでもサメっちの家族だ。それをけして忘れるな」

「ウサニー大佐ちゃん……!」


 強く抱きしめ、思いの丈をぶつける。

 それは鬼軍曹が不意に垣間見せた、不器用な愛情表現であった。


「ウオオオン! サメっちいいい!!」

「サメっちは家族ニャアン!!」

「ワン……!」


 感極まったベアリオンや団員たちもそれに続く。

 サメっちは、ひとつとなった百獣軍団の中心にいた。


「いつでも百獣軍団を訪ねてこい! どんなときでも、私たちが全力で抱きしめてやる!」

「ムギュゥゥゥ……苦しいッス……」




 サメっちが百獣軍団から解放され林太郎の部屋に戻ったのは、およそ2時間後のことであった。



「ただいまッス」

「おかえりサメっち、ずいぶん遅かったな。それで、湊が欲しがっているもののことは聞いてきてくれたか?」

「万事おっけーッス。サメっちはちゃんとリサーチしてきたッスよ」


 ――湊が欲しがっているものを調べる――。

 それが林太郎がサメっちに課した任務である。


 サメっちはどや顔でニッと笑ってみせると、ミッションコンプリートと言わんばかりに親指を立てた。



「抱いてほしいらしいッス!」

「……マぁジでぇ?」


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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] この伝言ゲームすげ~
[一言] この作品にはツッコミを入れたら負けだと思っていたんだけど、もうだめ。耐えられない。 どうしてそうなるのサメっちwwwwwww
[良い点] 流石にこのオチは笑う
2020/04/01 03:42 サクリファイス
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