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第百八十話「怪人たちのララバイ」

第百八十話「怪人たちのララバイ」


【本文】

「俺たちのAVが出ましたオラウィッ!」

「……はぁ?」


 林太郎はズレた眼鏡をかけ直すと、いい笑顔を見せる狼男の肩を正面から両手で掴んだ。

 聞き間違いに違いないと自分に言い聞かせ、深呼吸をしてからバンチョルフに尋ねる。


「何が出るって?」

「AVですオラウィ!」

「なんでそんなことになってるんだ!!」


 極悪軍団の財政状況は引き続き逼迫(ひっぱく)している。

 そんな中ザコ戦闘員たちも、何とかお金を稼げないものかと考え裏で行動していたのだ。


 狼男ことバンチョルフは、尻尾を振りながらグッと親指を立てる。


「人間化が苦手な俺たちも、デスグリーンさんのために少しでも力になりたいと思ったんですオラウィ!」

「だからってよりにもよって……いや、それはいい。どこに需要があるんだそれは」

「世の中にはマニアがいますからねオラウィ! 今ちょうど上映会をやってますオラウィ!」


 上映会という言葉に、林太郎の思考が停止する。

 そういえば先ほどからサメっちの姿が見えない。


「え? それなに? みんなで観るようなものなの?」

「もうデスグリーンさん以外はみんな集まっていますよオラウィ!」

「サメっちも?」

「一番前の席に座ってましたねオラウィ」



 林太郎は走った、それはもう光の矢のように。



 どこでやってるんだなどと尋ねるまでもない。

 半開きの暗黒聖堂の扉から妙に艶めかしい声が漏れて聞こえている。


『ウォォォン! これ以上入れさせてなるものかオラウィーッ!』

『それが入るんだなあ!!』

『ウォォォン! あっさり入れられちゃったオラウィーーーッ!!』


 林太郎は暗黒聖堂の扉をぶち破る勢いで蹴り飛ばした。

 衝撃音が聖堂に響き、数十名の怪人たちがなにごとかと振り向く。


 その中には当然、目を丸くしたサメっちもいる。


「くぅおルルルァ!!! なんちゅうもん子供に観せてんだァァァッ!!」

「あっ、アニキ! 今いいところッスよ!」

「サメっちダメです! 観ちゃいけませんッ!!」


 叫びながらも、林太郎の目はプロジェクターから映し出された画面に釘付けになる。


 画面の中ではむくつけきケダモノたちが――。



『それっ! シュートだァ!』

『グワーッ! よもやハットトリックを決められるとはオラウィーッ!』



 ――楽しそうにボールを蹴っていた。



「なにこれ……サッカー?」

「フットサルッスよ!」



 しかしただひとつ、普通のフットサルではないところがある。


 それは全員が“怪人化”しているという点であった。



 キーパーを務めるも爪でボールを破裂させてしまう狼男。

 長い首で反則じみたヘディングを決めるキリン。

 短い脚でよちよちと可愛らしくボールを蹴るカバ。


「AVって、AV(アニマルビデオ)かよ!!」

「こういうの、マニアには需要があるんですよねオラウィ。今度デスグリーンさんも一緒にどうですかオラウィ?」


 AV(アニマルビデオ)男優ことバンチョルフが、慟哭する林太郎の肩を叩く。

 悪意のない笑みに、林太郎は頬を引きつらせた。


「楽しそうッスねえ、サメっちもAV出たいッス!」

「うんそうだね、絶対に出演させないからね」


 ザコ戦闘員たちも極悪軍団のためを思ってやってくれたことである。

 林太郎はそれ以上怒りをあらわにすることもなく、ただどこに需要があるのかわからない映像をぼんやり眺めていた。




 …………。




『超巨大ロボ超撃破超おめでとう超祝賀会』は盛大に。

 ……ということもなく、いつになくしめやかに行われた。


 立食会場に並ぶのはいつもの豪華な料理ではない。


 スーパーの半額シールが貼られたカピカピのお寿司が並び。

 申し訳程度のドリンクサーバーの隣には、麦茶のパックが乱雑に放置され。

 厨房ではウサニー大佐ちゃんがひとりで業務用のミートボールを湯煎していた。


「お寿司がカッパ巻きしかないッス」

「ビールかと思たったら、これ……もしかしてこれ全部麦茶か?」

「デザートのコーナーもすごかったですよ。さっき見たらスルメとコーンフレークだけ置いてありました」



 無論、そんなことになっている原因はただひとつ。



 林太郎は大部屋の隅で、総統以下幹部陣というそうそうたる顔ぶれの一団に合流した。


「遅かったではないか林太郎」

「……どうですか様子は?」

「どうもこうもねえよお兄弟。アレに声かけられるかあ?」


 いつになく苦い顔のベアリオンが、クイと親指で柱の向こうをさす。


 林太郎がそっと顔を覗かせると、金髪幼女が柱の陰であぐらをかきながらプラモデルを作っていた。


「わしのか~わいい~これぇ~くしょん……だいじ~なだいじな~た~から~もの~……うっ、うっ……」


 見るに堪えない光景に、林太郎は音もなく柱の陰に戻った。


「なんなんですか、あの聴いてるこっちが不安になってくる歌は」

「うむ。我輩が思うに、全損したロボたちの鎮魂歌なのである」

「かつて神々は永劫たる美をその身に宿し人々にあまねく叡智を授けたり。されど神聖なる美を模すは人の身に過ぎたる深淵なれば、時の使徒来たりて笛を吹く。悠久を信ずる民は、月を砂で覆いパルミュラを秘さんと欲す」

「ザゾーマ様は『もう手の施しようがありません』と仰っています」


 先の戦いが終わってからというもの、タガラックの落ち込みようは常軌を逸していた。


 これまでコツコツ数十年かけて集めた巨大ロボコレクションは鉄くずと化し。

 代わりに手に入れてやろうとした超巨大ロボ神田神保神は、タガラバトリオンと刺し違えた挙句に爆発四散した。


 怪人たちからしてみればいささかの平和と安寧の他には、何ひとつ得ることができなかったのが今回の戦いだ。

 それどころか後生大事にしてきたコレクションを、たった一日で全て失ったタガラックの落胆たるや想像に難くない。


「なるほど、それで俺が呼ばれたってわけですか」

「フハハハハ! さすがは林太郎、話が早くて助かるのである」


 今のタガラックは大事にしていたおもちゃを捨てられた子供と同じだ。

 ニトログリセリンよりもデリケートに扱わなければならない。


 そうなると空気の読めないベアリオンと、空気を読まないザゾーマはハナから論外ということになる。

 それに作戦を最終的に承認したドラギウスよりも、タガラックとともに作戦を立案した林太郎が彼女を慰めるのが筋というものだろう。


「仕方ない……まあ、軽く声かけてくる程度なら」

「ちなみに10年前、タガラックがちょっと落ち込んだ時期があったのであるが。その際は1ヶ月もの間、秘密基地中の電源が復旧しなかったのである」


 林太郎の予想を遥かに超えて責任重大な任務であった。



 ドラギウスたちに送り出され、林太郎はゆっくりとその小さな背中に近づく。

 林太郎たちが手をこまねいているうちに、タガラックは3つめのプラモデルに取り掛かっていた。


「りょ~さんき~、りょ~うさぁ~んきぃ~、ふんふふ~ん、ふふ~」


 タガラックは鼻歌混じりにパチパチとニッパーを走らせている。


 林太郎は声をかけるべきか否か悩んだ。

 果たして情緒不安定で刃物を有する今のタガラックに、迂闊に声をかけていいものだろうか。


『ここは慎重に慎重を期して静かに声をかけるべきだ!』

『いや、むしろ陽気に鼻歌なんぞを奏でている今だからこそ明るく吶喊(とっかん)すべきでは』

『待ちたまえ、これは敵を誘い込むための罠かもしれない』

『ここは年長者としての貫禄を見せつつ、包容力でだな……』

『いやどっちが年長者かわかったもんじゃねえだろこれ』

『どの道ろくなことにはなりゃしねえんだ、腹ァくくれ栗山林太郎!』


 邪悪な脳内でゼロコンマ1秒にも満たない会議が催されるも、結論など出うようはずもない。

 下手な手を打とうものならタガラックの逆鱗に触れて、事態を更に悪化させてしまう可能性もある。


『では優しいお兄さんが血のつながっていない年の離れた妹を慰めるシチュで異論はないか!』

『『『『『異議なし!!!』』』』』



 林太郎は意を決し、ぎこちない笑顔を浮かべながらその小さな肩を叩いた。



「やァ、くららちゃァん。何をそんなに落ち込んでいるんだァい?」

「じゃかあしいわこのボケエエエエエ!!!!」


 振り向きざま、砲弾のようなパンチが林太郎の肝臓(レバー)を穿ち抜いた。

 林太郎は「ンフッ」と小さな呻き声をあげ、冷たい床に倒れ伏した。


 ふしゅーーーッと口から蒸気を吐きながら、タガラックが柱の方に目を向ける。


「おぬしらもコソコソせずに出てこんかーっ!!」


 柱の陰から肩をすぼめながら、3人の大怪人プラスおまけが姿を現す。


「クックック……見つかっちゃったのである」

「笑いごとじゃあねえぜえドラギウスの爺さまよお……」

「絢爛たる宮殿も崇高なるフラスコ画も、すべては砂塵にまみれた一夜の夢が如し。紡がれたるは解かれ、積み上げられたるは崩され、注がれたるは漏れゆくものなり。人の与えたもうた歴史に、いったいなにを涙するものぞ」

「ザゾーマ様は『気にしちゃいけないよ、ドンマイ!』と仰っています。……ザゾーマ様、ワタクシどうにも先ほどからおなかの調子が……」


 小さくなる彼らの前に、大きな一升瓶がドンと置かれる。



「今夜は呑むぞ、付き合え若僧ども」



 一升瓶のラベルにはゴシック体で“工業用エタノール”と書かれていた。





 …………。





 林太郎が医務室に運び込まれたのはそれから12時間後のことだった。


「それでお前も飲んだのか、呆れたやつだな」

「断れる空気じゃなかったんだよ……うぅ、頭いてえ……」


 レバーのダメージから復帰した林太郎は、タガラックにぶっ通しでお酌をさせられたのであった。


 アルハラを受けながら延々と愚痴を聞かされ続け、続々と倒れていく幹部たちにも()いで注いで注ぎまくった。

 少しでも自分の飲まされるぶんを減らそうという涙ぐましい努力であった。


 しかしもちろん、林太郎自身一滴も飲まずにというわけにはいられない。

 一升瓶5本が空になったところで林太郎の記憶は途絶え、目が覚めたときにはベッドの上で点滴を打たれていたという次第である。


 いつもは優しい白衣の湊も、今回ばかりは溜め息まじりだ。


「……それで、タガラック将軍の機嫌は直ったのか?」

「あれでまだゴキゲン斜めだっていうなら、今度は水平器と金槌を持っていくしかないだろうね……」

「物理的に直るものなのか? ……おっと、そろそろ時間だな、変えるぞ」


 そういうと、湊は少しもたつきながら点滴を入れ替える。


「……どうした、湊も調子悪いのか?」

「ななななな、なぁにがぁ?」

「……いや、今日はなんだかいつもより手元がぶれてるみたいだからさ」


 驚いて点滴のパックを取り落とした湊の顔が、みるみるうちに紅潮していく。

 湊は林太郎からプイと目をそらしたが、すでに耳まで赤く染まっていた。


「やっぱり熱でもあるんじゃないのか……?」

「昨夜は私も、すこっ、少し飲んだからな! お互いほどほどにしないとなっ!」

「そうか……もし体調が優れないなら放っておいてくれてもいいんだぞ」

「そっ、そんなわけにいくかっ! いいから身体を起こすな点滴の針が抜ける!」


 起き上がろうとする林太郎の身体を、湊は両手でベッドに寝かしつけた。

 フカフカの枕がボッフンと音を立てる。

 急に頭を揺さぶられた林太郎は、強烈な二日酔いの痛みに悶絶した。


「はぐぅぅぅぉぉぉ……」

「ねねっ、念のため血液検査もしてくるけど、無理せず安静にしておくんだぞ!」

「うぅ、ごめんなさい湊先生……」

「謝るのはいいから、ちゃんと水もいっぱい飲むこと!」


 ぐったりした林太郎を置いて、湊は足早に医務室を出る。

 そして辺りを見回しながらすぐ隣の部屋の扉を開いた。



 そこは薬品などを保管する倉庫であったが、ここに立ち入る者は湊以外まずいない。

 なにせ棚を埋め尽くす薬品の名前と効能を理解できるのは、アークドミニオンでも湊ぐらいしかいないのだ。


 狭い薬品保管庫は、ほとんど湊の秘密の研究室と化していた。


「はーっ、はーっ……どきどきした……」


 どうにか平静を装えたと、湊は自身の熱くなった頬を撫でる。

 いつもの目ざとい林太郎であれば、見抜かれていたかもしれない。


 いや気づいてはいたかもしれないが、病にかこつけてなんとか誤魔化せたと言ったほうが正しい。




 湊の目の前には、“林太郎の血液サンプル”があった。




「つ、つつつ、ついでに確かめるだけだ。急性アルコール中毒において血液検査を行うのは普通のとこだからな。何もおかしいことはない、何も……」


 誰もいない部屋で、湊は声に出しながら自分に言い聞かせる。

 その傍らには、穴の空いた赤いファイルが開いた状態で置かれていた。


 ヒーロー本部の長官室に忍び込んだ際、サメっちが口に咥えて持ち帰ったものだ。



 そこにはこう記されていた。



『極悪怪人デスグリーンと栗山林太郎の関係性についての調査報告書』



挿絵(By みてみん)


第六章、これにて終幕!

気になるところで第七章に続きます!


ご感想、評価pt、ブクマ、ファンアートなどなど、ありがとうございます!

引き続き極悪怪人デスグリーンをよろしくお願いします!!


コミカライズしているので、コミプレさんでぜひ読んでね。

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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] かくして正体のバレる プラグもととのった! 次回「極悪怪人デスグリーン」 特別図解デスグリーン大百科に乞うご期待 栗林「たいした事無いから…」 楓「股間に女殺しの武器があります」 サメっち「…
[良い点] ついにバレるのかな? なんだかんだ誤魔化されるかも? 湊ちゃんチョロいしなぁ…… [一言] ヒーローロスは次のヒーローで、 ライダーロスは次のライダーで、 魔法少女ロスは次の魔法少女で、 …
[一言] とうとう怪人じゃないとバレる時が来たのか… そもそも今までバレなかったのがおかしいのだがw
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