表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/231

第百七十五話「英雄」

 予想外である“同格”の出現に、神田神保神胸部に位置する操縦室内はちょっとしたパニックになっていた。

 振動制御装置が働いているにもかかわらず、タガラバトリオンの一撃を受けるたびに操縦室内が激しく揺れる。


「損傷大! 腰部装甲で亀裂が拡がっています!」

「Gブロックにて回線がショート、第6から第8機関室の電力がダウンしました!」

「脚部関節スタビライザーに異常! 姿勢制御を自動から手動モードに切り替えます!」


 次々とあがってくる報告は、けして(かんば)しいものではない。

 しかし、いやだからこそ、風見はつとめて冷静に職員を奮い立たせた。


「諸君、落ち着いて対応してくれたまえ。このペースならば計算上は敵の方が先に崩壊する。攻撃を続行するんだ」

「「「了解しました!」」」


 まさにここが正念場、正義と悪の勝負どころである。

 無論、奮闘するのは何も風見やオペレーター職員たちばかりではない。


 “ビクトレンジャー仮設司令部”と書かれたプレートがかかったオペレーションデスクでは、朝霞が眉間に(しわ)を寄せながら戦況を見つめていた。


 そのとき、無線機のコールランプが点滅する。


『もしもしッ! あさっ……朝霞さぁん!!』

「暮内さん。早く操縦室まで上がってきてください。そこで次の作戦指示を……」

『俺ッ……お、俺まだ、外にいますッ……!!』

「なんですって!?」


 あまりにも予想外な言葉に、朝霞は己の耳を疑った。

 そしてモニターを凝視するなり、今度は自分の目を疑うことになる。


 神田神保神と殴り合いを続ける超巨大合体ロボ、タガラバトリオンの背中に赤い豆粒のようなものが見えるではないか。


「暮内さん、どうしてそんなところに……!」

『ごめんなさい朝霞さん、乗り遅れちゃって……!』


 そう、ギリギリまで怪人ロボ軍団を引きつける“囮役”を押し付けられた烈人は、神田神保神の起動に間に合わず締め出しを食らってしまったのだ。


 復興が進んでいるとはいえ、一度更地となった神保町には身を隠せる建物がほとんどない。


 頼りのビクトリースター号も破壊され、踏み潰されるのは時間の問題であった。

 そこで烈人は苦肉の策として敵ロボットの背中にしがみついていたのだが、それが裏目に出てしまった。


「危険です、即刻退避してください。そこからは降りられそうですか?」

『うぐぐぐぐ……ちょ、ちょっと無理そうです!』


 ビクトレッドの固有武器、バーニングヒートグローブを使えば短時間であれば飛行も可能だ。

 しかしこの暴れ狂うロボから不用意に手を放してしまうと、それこそ弾き飛ばされてグローブを装着する暇もなく固い地面に叩きつけられてしまうことだろう。


 朝霞は数秒頭を抱えると、背後の操縦席に座る風見に向かって呼びかけた。



「風見長官、暮内さ……ビクトレッドの収容が完了していません。いかがいたしましょう」


 今から起動状態の神田神保神に乗り込むことなど、当然不可能だろう。

 しかし暮内烈人を“英雄”として、メディアを通じて(まつ)り上げていた風見ならば彼を捨て置くはずはない。


 そういった判断から、朝霞は風見に指示を仰いだ。



 ところが返ってきた風見の言葉に、朝霞は再び耳を疑うことになる。




「ああ、暮内烈人の回収はしないよ」




 まるで朝の散歩中、知り合いに挨拶をするかのように。

 焦る様子など微塵もなく、ただ事も無げに風見はそう言い切った。


 あれだけ烈人のことを持ち上げ、頼っていた男の言葉とは思えない。


 戸惑いながらも朝霞は風見を問いただす。


「まさか風見長官は、この状況を想定されていたということですか」

「もちろんだよ。そうでなければ彼のような愚か者(・・・)を英雄に仕立て上げたりはしない」

「それでは……このまま彼を見捨てるということですか」

「言葉を慎みたまえ鮫島くん。僕のプロモーションによって、暮内烈人は真の英雄となるのだよ」


 直後大きな揺れと共に、神田神保神の巨大な拳がタガラバトリオンの左腕部を粉砕した。

 モニターの中で体勢を崩すタガラバトリオンに、2、3発と追撃の拳が入り、オペレーターたちからも歓声が上がる。


 超巨大ロボ怪人のいびつな左腕が、ついにその接続を失って大地に落ちた。


 戦いの趨勢(すうせい)が決しつつある今、風見の顔には笑みが戻りつつある。

 だがそれはかつてのような仮面じみた不気味な笑顔ではなく、もっと恐ろしい嫌悪感をもよおす邪悪な笑みであった。


「鮫島くん、人が正義を心に抱き、英雄となる瞬間とはどんなときだと思う?」

「……仰っている言葉の意味がわかりません」


 軽蔑の目で睨みつける朝霞をよそに、風見は尋ねてもいないのに言葉を続ける。


「試練を乗り越えたとき? 真実の愛を知ったとき? ……ばかばかしい。古来より人が剣を取り戦う理由は2つしかないんだ。“奪う”か、“奪い返すか”だ。暮内烈人を見て君は何も気づかなかったのかい?」


 風見が操縦桿を押し込むのと同時に、神田神保神の拳がタガラバトリオンの装甲を少しずつ破壊していく。

 まるで積年の恨みつらみをぶつけるように、風見は力強く操縦桿を握る。


「“死”だ。仲間(くりやまりんたろう)の死が遺された彼(くれないれっと)を覚醒させた。それが英雄……そして我々がいだく正義の真実だ。(とむら)い、遺志を継ぎ、復讐に燃える魂こそが正義なのだよ」


 仲間の死に報いようとする心、それにより暮内烈人がヒーローとしてワンランク上に達したことは間違いない。


 そして今、風見は暮内烈人という男を英雄として担ぎ上げた。


 烈人を人柱とすることで、英雄(なかま)の死に報いる狂気的な正義の英雄(ヒーロー)を量産するために。


「正義というものはね、悪の存在をけして許さない心そのものなんだ。この世にはびこる全ての悪をけして許容せず、微塵も残さず滅ぼし尽くす。正義に殉じる覚悟こそが矮小なる人の身を“英雄”たらしめるのさ」


 もはや虫の息となりつつあるタガラバトリオンに、風見は容赦なく追撃を加えていく。

 悪を討ち倒すという使命、それ以上の思いが彼を突き動かしていた。



 朝霞は操縦室内に目を配るが、オペレーターたちはみな押し黙ってモニターと向かい合っている。

 おそらく彼女たちは、烈人を殉職させる計画のことを事前に知らされていたのだろう。



 何も知らなかったのは朝霞と、暮内烈人本人だけだ。

 自分なりに正義を貫いてきた朝霞は、強く下唇を噛んだ。


「私はビクトレンジャー司令官として、本作戦には賛同しかねます。やむにやまれぬ事情ならばともかく、意図して味方に犠牲を強いるのは倫理に反します」

「そんな(ぬる)いことばかり言っているから、怪人(ゴミ)どもを増長させてしまったのだよ。保身に走り自ら血を流す覚悟を怠った、ヒーロー本部の体質そのものが正義の苦境を招いたんだ」


 神田神保神の豪快なフックが決まり、タガラバトリオンの脚部が弾け飛んだ。


「僕はね、怪人どもを絶対に許したりはしない。アカジャスティス……守國前長官が引退して、僕に長官の席が回ってきたときに誓ったんだ。必ず大先輩の仇を討つ、そのためにヒーロー本部を強く生まれ変わらせるとね。転生の儀式には生贄がつきものだろう?」



 風見は口角を吊り上げながら、正義という名の狂気に染まった顔を朝霞に向けた。



 モニターの中でバランスを崩す怪人たちの超巨大ロボ、もうもうと立ち込める土煙のせいで烈人の安否はわからない。


 朝霞はオペレーションデスクから自分の荷物を担ぎ上げた。

 そして通信機に向かって一方的に話しかける。


「暮内さん、少しだけ耐えてください。これは司令官命令です」


 一方的な通話の後、朝霞はいつも冷静沈着な彼女とは打って変わって乱暴に通信を切った。

 今まさに作戦行動中であるにもかかわらず、オペレーションデスクを離れようとする朝霞を風見が呼び止める。


「鮫島くん、自分の持ち場に戻りたまえ。こんなところでキャリアを捨てるのは君の本意ではないだろう。元エースともあろう君が」

「本部直轄地であろうと、ヒーローチームには担当管轄内での独自裁量権が与えられています。ご理解いただけますようお願いいたします。それに……」



 朝霞は眼鏡をかけなおすと、司令官の帽子と上着を脱ぎ捨てて言った。



「よこしまな儀式には、生贄を救い出すヒーローがつきものでしょう」






 …………。






 一方、時間は少し戻ってタガラバトリオンの背中。


 暮内烈人は装甲の端っこに、必死にしがみついていた。



「ぐおおおおおお!! どうすればいいんだあああああ!! 助けて朝霞さああああああん!!!!」


 タガラバトリオンが殴るたび、殴られるたび、烈人の体は右に左に上に下にと振り回される。


 いびつな形状のタガラバトリオンとはいえ、超巨大ロボを構成するパーツのひとつひとつは60メートル級の巨大ロボである。

 掴まるべき突起は少なく、烈人は指先の力だけでぶら下がっているような状態であった。


 しかしいくらヒーロースーツをまとっているとはいえ、人間の握力には限界というものがある。

 もはやビクトレッド、暮内烈人の命運は尽きようとしていた。



「ぐぬぬぬぬぬぬ……げ、限界を超えろ俺!! 頑張れ俺えええええ!!」



 指先がもう無理だと訴え始めたそのとき、烈人の目の前でコックピットのハッチが開いた。

 そこから顔を出した男の顔、正確には顔を覆う緑のマスクを見て、烈人は思わず声を上げた。


「「あっ」」


 ふたりの男の声がシンクロする。


 直接対峙した有明埠頭(ありあけふとう)以来、烈人がその顔を忘れたことはない。



「貴様は!! 極悪怪人デスグ」

「落ちろこの野郎!!!!」


 ズンッ!!


 烈人が言い切る前に、緑色のブーツが烈人の指先を一切の躊躇なく力いっぱい踏みつけた。


「うぎゃああーーーッ!! いでででででででで!!!!」

「ただでさえ命がけのクライミングだってのに、また俺の邪魔をするつもりか! さっさと落ちろ!!」

「落ちてたまるかーッ! 地面まで何メートルあると思ってるんだ!」

「お前なら死にゃあしないだろ! このっ! このっ!」


 史上最大規模、まさに神話レベルの戦いを繰り広げる神田神保神とタガラバトリオン。

 その背中で、あまりにもみみっちすぎる正義と悪の骨肉の争いが繰り広げられる。


 開け放たれたままのハッチから、外の騒ぎを聞きつけたサメっちが顔を出す。


「アニキだいじょぶッスかーーー? うひょあッ、たたた高いッスぅ」

「サメっち出てきちゃダメだ! 危ないから中に戻ってなさい!」



 ――しかし次の瞬間――。



 ズズン!!



 ひときわ大きな衝撃とともに、タガラバトリオンの左腕が砕け散った。

 神田神保神との殴り合いを続けた結果、腕部装甲が音を上げたのだ。



「はわッス!」



 大きな揺れにバランスを崩した林太郎と烈人の頭上で、少女の短い悲鳴があがる。


 根性でしがみついている烈人や、命綱のある林太郎と違い、サメっちには体を固定するものが何もない。



「はっ! サメっち!?」



 林太郎が慌てて見上げたとき、すでにサメっちの小さな体は高さ200メートルの空中に放り出されていた。



「あわっ、アニキぃぃぃーーーッ!」

「サメっち掴まれーーーッ!!」



 林太郎は千切れんばかりに腕を伸ばした。


 しかしその指先から、小さなてのひらがするりと抜け落ちる。



「ッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」



 一瞬出遅れた林太郎の目の前で、サメっちの体が重力に吸い込まれていく。

 林太郎は装甲を蹴り上げ身体を投げ出したが、その手はほんのわずかに届かない。



 邪悪な脳裏に、最悪の事態がよぎる。



「サメっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」






「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!」



 そのとき――赤い閃光がきらめいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤用 冷静に職員に檄を飛ばした。 檄を飛ばす 集会で演説している人のことを指す。 例、選挙カーに乗っている政治家。 たぶん、激励と勘違いしているでは?
2020/02/07 12:10 アクタージュ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ