第百七十三話「目覚めし神」
「うおあああああああああッ!! 疾走れビクトリースター号! 流れ星のように!!」
烈人は奴らに追い付かれまいと必死にアクセルを捻った。
背後から迫るのは、悪に染まった鹵獲巨大ロボ軍団である。
単体でも巨大化怪人を叩き潰すほどのパワーを誇るヒーローの巨大ロボ。
それがまるで市民マラソンの後方集団のように、ドッタラドッタラとぎこちない動きで追いかけてくるのだ。
「逃げんじゃねえ! くそっ! なかなか思った通りに動かねえなあこのポンコツはよお!」
「オジキぃ! ダッシュはBボタンッスよ!」
「そりゃあわかってんだけどよお! コントローラーが小さすぎるんだぜえ!!」
総数26体にも及ぶロボたちは、それぞれ仕様も形態も異なる。
これを操るのは、アークドミニオン内で選抜された怪人たちである。
しかし規格統一されていない操縦系統のマニュアルを、ひとつひとつ読み解いている時間などありはしない。
そのためタガラックの魔改造によって、コンソールに直接ゲーム用コントローラーを接続するという荒業がとられていた。
「ウサニー大佐ちゃんの姐御ォ! なんだかフラついてやすぜ!」
「ぐぬっ、ピコピコは苦手だ……! 私に構うなチータイガー軍曹、すぐに慣れてみせる!」
普段ゲームをプレイしない怪人たちはこぞって大苦戦していた。
ひとりにつき1体を任されたものの、その精度にバラつきがあるのも致し方ない話である。
そんな中、明らかに他とは一線を画す巨大ロボがいた。
「私に任せろ! トリャーッ!」
そのロボは背面と足の裏に備え付けられたブースターを巧みに使い、市街地をまるで縫うように駆け抜ける。
そして空中でムーンサルトをキメながら烈人を跳び越すと、華麗なヒーロー着地でビクトリースター号の進路をふさいだ。
「わーーっ! かっこいいッスぅぅぅ!!」
「あれだけ妙に動きがいいな。誰が乗ってるんだ?」
「あのロボはミナトが動かしてるッスよ」
「おお、すごいじゃないか。湊にこんな才能があったのか」
サメっちのロボに回収された林太郎は、操縦室のモニターに映る赤い機体の機動力に感心していた。
あそこまで自在に巨大ロボを操れる者は、ヒーロー本部でも片手で数えるほどしかいない。
コントローラーで操作を簡略化させたとはいえ、初見でここまで動かせるならたいしたものだ。
いやむしろ、コントローラーにしたことで湊のゲーマー魂に火が付いたのかもしれない。
以前夜通しで対戦ゲームをしてボコボコにされたことを思い出しながら、林太郎は湊の機体に通信を繋ぐ。
「湊、でかした! そのままひと思いにレッドを葬ってやれ!」
『………………りんたろっ……うっ』
「湊? おーい、どうしたー?」
『オロロロロロロロロロロロロロロ!!』
直後、ブツッと乱暴に通信が切られた。
完全に沈黙する赤い機体の脇を、烈人のビクトリースター号が何事もなかったかのように通過する。
ヒーロー学校時代の地獄の訓練を思い出しながら、林太郎は額を押さえた。
「……まあ、普通はそうなるよな」
いくら操作が上手くても、あれだけ激しく動けば操縦室の振動は相当なものだ。
巨大ロボの操縦には、三半規管の強さも求められるのである。
「ミナトさんしっかりしてください! 気を確かにもって!」
「すまないキリカ……うぅ……ぐすん……」
黒い機体を操る桐華は、湊の赤い機体を器用に助け起こすと二人三脚で逃げる烈人を追った。
他の巨大ロボたちもそれに続く。
烈人を追う巨大ロボ軍団は、神保町ヒーロー本部新庁舎のすぐ眼前にまで迫っていた。
その様子を長官室から眺めていた風見は、その柔和な顔を崩すことなく静かに呟いた。
「飛んで火にいる夏の虫……いや、三方ヶ原に誘い出された徳川軍ってところかな。いやー、彼は本当にいい仕事をしてくれるね」
眼下に迫る巨大ロボ軍団によって、新庁舎が蹂躙されるのも時間の問題だ。
職員たちはみな数ヶ月前の悲劇を思い出し、中には恐慌状態に陥る者もいた。
「いかがなさるおつもりですか風見長官? “あの兵器”を動かすにはまだエネルギーが足りないはずです」
「鮫島くん。英雄というものは時に、次代の英雄を生むものだよ。アカジャスティスがそうであったように」
「……? 仰っている意味がわかりません」
「まあ見ていたまえ、こうするんだよ」
風見は長官机に備え付けられたマイクを手に取ると、庁舎内の全職員に向かって呼びかけた。
『ヒーロー本部内全ての職員に通達、こちら長官の風見だ。知っての通り現在、この新庁舎に怪人たちが大挙して押し寄せている。だが何も恐れることはない。むしろ中にいる方が安全だ』
我先に逃げ出そうとしていた一部の職員たちも、その放送を耳にして動きを止める。
風見の言う通り、外に出ても無事でいられる保証はない。
玄関ホールではすでに巨大ロボ軍団の足音が聞こえ、振動を直に感じられるほどだ。
藁にもすがる思いで、職員たちは風見の言葉を待つ。
『諸君、どうか安心してほしい。我らには“英雄”暮内烈人と、最強の新兵器“神”がついている。全職員はただちに機関室に集まってくれたまえ。これより“御戸開き”を行う』
…………。
新庁舎に迫っていたロボ軍団、その先頭に立ちそれを目にしたタガラックは、後続に告げる。
「みなの者、とまるのじゃーーッ!」
「ぬおおお! どうやったら止まるんだよこれえええ!!」
「ぐえええええーーーーーッ!!」
操作に不慣れな者たちが次々とタガラック機に追突し、全長60メートルの巨体が将棋倒しになった。
あわれ群衆事故の犠牲となったタガラック、そして情けない姿をさらす巨大ロボ軍団の前で新庁舎ビルがゴゴゴと唸りをあげる。
揺れとともにゆっくりとビルが2つに割れ、その間からは眩い光が漏れる。
陽光を浴びたボディが黄金に光り輝き、千代田区神田神保町に黄金色の光が降り注ぐ。
「グシャシャーーーッ!! ここはこの俺! 地獄の底から蘇った大顎怪人リベンジダイルさんRに任せな!!」
「待つのじゃ! 迂闊に近づいてはいかーん!」
タガラックの制止を振り切り、巨大ロボの1体が単騎で突っ込んだ。
しかし巨体の胴が、より巨大な手のひらによってムンズと掴まれる。
「わ、ワニィィィィーーーーーーーッッッ!!!?」
そのまま巨大ロボは空の彼方へと放り投げられ、放物線を描いて東京大学敷地内へと落下する。
重さ数十トンにもなる巨大ロボを距離にしておよそ1キロ、山手線3駅分放り投げた“巨神”が、怪人ロボ軍団の前に姿を現した。
ズズンッ!
たった一歩で、周囲の巨大ロボたちがバランスを崩すほどの揺れが大地を這う。
太陽の如く黄金に輝くメタルボディ。
まるで直立したゴリラのように巨大な腕部。
そして胸と両肩にそれぞれ意匠された“神”という太文字のエンブレム。
全長200メートルの巨神がその目をグリーンに光らせ、怪人の操るロボ軍団を見下ろす。
「平伏したまえ怪人諸君、これが我がヒーロー本部の新兵器にして最終兵器。神の中の神、神オブ神!!! その名も“神田神保神GOD”だ!! あはははははは!!」
作戦参謀室と一体化した操縦席に座る風見の声が、遥か上空から降り注ぐ。
その巨体はまさに神と呼ぶに相応しい……否、神と呼ぶほかないものであった。
「ロボットの操縦は20年ぶりだが、僕もまだまだいけるもんだね。守國さんみたいに現役復帰しようかな、ははは」
柔和な風見の声とは裏腹に、その圧倒的な威圧感は絶望感となって怪人たちを圧し潰す。
「なんつーデカさだ……これとやりあおうってのかあ? 冗談きついぜえ……!」
情報では知っていても、いざ対峙してみるとその差はあまりにも圧倒的だ。
巨大ロボですら腰もとにも及ばないどころか、特にその拳を含めた上腕部の巨大さたるや質量だけでもロボの倍はあるだろう。
しかしこの巨神を討ち果たさねば、アークドミニオン、ひいては怪人たちに未来はない。
だからこそ完全に起動する前に破壊するべく、アークドミニオンは今回の襲撃作戦を敢行したのだから。
だがさすがの林太郎も、操縦席のモニターに映り切らないスケール外の大きさに冷や汗をかいていた。
「こりゃあ、想像以上かもしれないな……」
「アニキ、アニキ!」
「どうしたんだいサメっち?」
「サメっち、あのロボの弱点わかっちゃったッス!」
「なんだって? いったいどこだ!?」
驚く林太郎に、サメっちは満面の笑みで答えた。
「名前がダサいッス!」
「サメっち、それは確かに弱点だけど今そこ突いて勝てると思う?」
あろうことかその会話は、オープンチャンネルで神田神保神GODを操る風見にも聞こえていた。
神田神保神GODはその巨大な拳をガツンと打ち合わせ、サメっちと林太郎の乗るロボへと向き直る。
「ふ、ふふふ……そうか、ダサいかあ。ははは、子供にはこのセンスは少し早かったかもしれないねえ」
「やべっ……!」
林太郎は慌ててサメっちの背中から腕を回し、コントローラを操作した。
巨大ロボが華麗なバックステップを繰り出すと同時に、巨大な拳が先ほどまでロボのいた位置に振り下ろされた。
まるで隕石の落下のような衝撃とともに、地面に大きなクレーターがひらく。
「次の供物が決まったよ」
「生贄取るのかよ、とんだ邪神様だな」
「ははは、所詮は怪人だねえ。正義の化身たる神に対していささか不敬だよ」
「こっちは生憎と、神様にすがらなきゃいけないほど安い正義は持ち合わせていないんでね」
サメっち機の周りに、続々と他のロボが集まってくる。
総勢25体のロボ軍団と超巨大ロボが、復興真っ只中の都心で対峙した。