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第百六十八話「ヒーロー本部潜入作戦再び」

 狭く細長いダクトの中を、3人は一列になって這うように進んでいた。


『えーっとサメっち、次の角を西の方角に進んでくれ』

「了解ッス、西ッスね。えっとおはしを持つ方が東ッスから……」


 先導役のサメっちは湊の指示を受け、コンパスを片手に悪戦苦闘している。

 そんな様子を後ろから見て、司令塔の林太郎は少し心配になった。


「任せた俺が言うのもなんだけど、サメっち大丈夫か?」

「だいじょぶッス! サメっちは逆境に強いタイプッス」

「ああ、俺たちもうすでに逆境に置かれているんだね」


 しかし狭いダクト内、代わりたくても代われる状況ではない。

 林太郎にできることは、なるべく息を殺してサメっちの判断を待つことのみである。


 その林太郎のふくらはぎを、冷たい手がすりすりと撫で上げた。


「ヒャオオオオッッ!?」

「アニキ! 静かにしてないとバレちゃうッスよ!」

「……ご、ごめん。おい黛、なんだよいきなり! びっくりするだろ!」


 林太郎は身をよじり、自分の足もとを見る。

 隊列のしんがりを任された桐華が、真剣な目で林太郎のふくらはぎを撫で回していた。


「どうぞお気になさらず」

「いや、気にするだろ……俺の足だぞ。なにやってんだよお前」

「タイツの肌触りが私のやつと違うのは、色が違うからなんですかね」


 すすす……と伸びた冷たい指先が、林太郎の薄いタイツに包まれた脚を這い上がった。

 そしてその無防備にさらされた膝の裏を、優しく愛撫する。


「ヒャオアッ! あとで脱いでからいくらでも触らせてやるから、ちょっと大人しくしてろ!」

「なんでこんなに肌触りがいいのか、私とても気になります。センパイ、人類の文明の開化は好奇心によってもたらされてきたんですよ」

「お前はこんなところでいったい何を開化させようとしているんだ!?」

「ほう……この感触は……ほほう……」


 ついに桐華の手が、林太郎の太腿の内側にまで伸びる。

 いつになく真剣にタイツを撫でる桐華の目は、まさに職人そのものであった。


「……ふぅむ、いい仕事してますね……」

「サメっち急いでくれ! アニキの足もとからとんでもない危機が迫ってる!」

「はわわッス! ちょっと待ってほしいッスぅ!」


 正面はサメっちによって遮られているため、林太郎に逃げ道はない。


 不意に、林太郎は己のふくらはぎに、桐華の“肩”が触れるのを感じた。

 狭いダクトの中で、ヤツはもうすぐそこまで迫ってきているのだ。


「はっす! やめっ、黛! そこはらめえええええええええ!!」




 …………。




 ヒーロー本部新庁舎には、各部署の他に大きめの医療機関が設けられている。

 職業柄いつも生傷が絶えないことに加え、メディカルチェック、メンタルケアなどを兼ねた福利厚生の一環だ。


 その一室で烈人は眠れぬ夜を過ごしていた。


 別に不安で眠れないわけではない、昼間ずっと寝ていたからというだけだ。


「付き合わせちゃってごめんなさい朝霞さん。ひとりで帰ってくれてもよかったのに」

「車に轢かれて25メートル弾き飛ばされた部下を置いては帰れません」

「朝霞さんもお医者さんも心配しすぎですよ! 俺もうピンピンしてるんですから!」


 そう言うなり烈人は、ベッドの上で腹筋を始める。

 信じられないことであるが、その肉体はほぼ無傷であった。


「落ち着いてください暮内さん。お見舞いと言ってはなんですが、リンゴを買ってきました」

「えっ? リンゴ剥いてくれるの? 朝霞さんいつもは料理なんて全然まったくこれっぽっちもしないのに?」

「いえ、ちゃんと皮を剥く必要がないものを買ってきました」


 朝霞はそう言ってバッグの中から缶詰を取り出した。

 缶のラベルには、カットされたリンゴのイラストが描かれている。


 確かに缶詰ならば不慣れな皮剥きで指を怪我する心配もない。


「私にぬかりはありません」

「朝霞さん、缶切りは?」

「……………………」


 朝霞は何も言わずに缶詰をバッグに戻した。


「朝霞さん? ねえ、リンゴは?」

「お見舞いなどありません。錯覚です」

「その嘘は無理あるよ朝霞さん」


 頭上はるか最上階への侵入者に、ふたりはまだ気づいていない。




 …………。




 明かりの消えた無人の長官室で、換気口の蓋がパカッと開く。

 少女はそこから顔を出すと、人の気配がないことを何度も確認してから床に降り立った。


「おっけーッス、誰もいないッスよ。侵入成功ッス」


 先陣を切ったサメっちに続いて、顔を覆った男がドチャッと床に落ちた。

 受け身も取らずに投げ出されたその全身は、特に下半身が重点的に嫌な汗でじっとりと湿り気を帯びている。


「しくしくしく……」

「アニキ泣いてるッスか?」

「ないてない……だいじょうぶ」


 最後に顔を出したのは、最後尾を進んでいた黛桐華である。

 換気口の縁を掴んでくるりと身体を反転させると、床の上に音もなく着地した。


 目出し帽から覗くスカイブルーの瞳は何故か爛々(らんらん)と輝いており、肌は心なしかツヤツヤしている。


「さて、仕事に取り掛かりましょう」


 桐華は手袋を嵌めると、さっそく室内の物色に取り掛かった。

 目当ての開発計画資料は、必ずしも金庫等に保管されているとは限らないからだ。


「しかしセンパイ、神保町の再開発計画がそんなに重要なんですか?」

「……ただの都市開発計画ならたいして重要ってこともないんだがな。タガラック将軍の話では、どうも研究開発室が関わってるらしい」

「ヒーローの兵器開発を担当する部署がですか? それは穏やかじゃないですね」

「まあ何もなければそれに越したことはない。サメっち、黛。本棚と机は任せるぞ」


 林太郎はふらふらとした足取りで、ピッキングツールを手に部屋の壁と一体化した大きな金庫と向かい合う。


 重厚かつ厳重な金庫には、当然のように鍵がかかっている。

 この手ごわい門番の相手は林太郎の仕事だ。


 しかし見たところ、指紋認証などといった厄介なシステムはない。

 ヒーロー本部とはいえ国家組織、そこまで予算は割けなかったということだろう。


「ま、3分ってところだな」


 異様に慣れた手つきで、林太郎は金庫の開錠に取り掛かった。


 栗山林太郎は“器用貧乏の権化”とまで呼ばれた、元ヒーロー学校首席卒の秀才である。

 所持する資格は256種類にも及び、その中には当然“鍵師”の資格も含まれているのだ。


「アニキ、アニキ」

「……ん?」


 目つきが変わった林太郎の袖を、サメっちが引っ張る。

 その姿はまるで、おもちゃ売り場でゲームをねだる子供のようであった。


「どうしたんだいサメっち?」

「……サメっち、こんなの作ってきたッス」


 そう言ってサメっちは、満面の笑みで一枚のカードを差し出した。

 カードにはサメのシルエットを象った紋様とともに、こう書かれている。



 “こんやあなたの大じなものをいただきにさん上します。SAME’S EYE”



「……………………」

「…………えへッス」



 林太郎が信じられないものを見る目で、サメっちとカードを交互に見比べる。

 そんなアニキの様子に、サメっちは照れ臭そうに笑い返した。


 もちろん林太郎は『よく作ったね!』みたいな感想を抱いて驚いているわけではない。



「……サメっち。今回は侵入の痕跡を残しちゃいけないから、これはまた今度に取っておこうね」

「ハッ、言われてみればそうッス!」


 林太郎はサメっちの頭をぽんぽんと手のひらで叩くと、サメッツカードを自分の懐に入れた。

 おそらくこのカードを使う機会は、二度とやってこないだろう。




 数分後、3人の侵入者はそれぞれ分かれて長官室の捜索にあたっていた。


 鍵のかかった金庫は林太郎が、物量の多い本棚は桐華が、そして長官の机を担当するのは目ざとさに定評のあるサメっちである。


 サメっちはさっそく、机の上に置かれたおまんじゅうの箱に目を奪われた。


「これは怪しいッス。調べる必要がありそうッスね!」


 慎重かつ大胆に、サメっちは箱のふたをパカッと開く。

 中から出てきたのはあんこたっぷりのおまんじゅう……ではなかった。


「むむむッス? なんッスかね?」


 そこには黄色と黒で縁取りがされた、真っ赤なボタンが取り付けられていた。

 見るからに怪しい、危険な香りがするボタンである。



「サメっちの名推理によると、これはきっと引き出しを開くためのボタンッスね。それポチっとなッス」



 サメっちがなんの躊躇いもなくボタンを押すのと、林太郎が金庫の開錠に成功したのはちょうど同時であった。


「よおーし……開いたぞ。さあて中身は……」



 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!



 耳をつんざく警報音が、建物全体を揺るがすように鳴り響いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや……サメっちがいた時点でそうなるって分かってるからなあ。
[一言] なんでサメっち連れてきたんや…… 愚策にもほどがあるぞ
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