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第百六十三話「蟻の巣」

 やけに広い洞窟の中に、ふたりの女が立っていた。


 かたや長身を縮こまらせた、赤いロングコートの女。

 かたや白銀の髪についた泥を払う、黒いジャケットの少女。


 多少薄汚れてはいるものの、代官山にいても何ら違和感のない地下空間とは無縁と思しき風体であった。

 しかし彼女たちはまごうことなき地下の者、闇の住人である。


「な、なな、なんだここは……? どこなんだーっ!?」

「得体の知れない場所で私を盾にしないでください」


 湊は桐華の陰に隠れるようにして、おっかなびっくり周囲を見回した。

 闇の中に浮かび上がった剥き出しの岩肌が、なんだか顔のようにも見える。


 泣きそうな顔の湊の頭上を、小さな黒い影が羽音を立てて通り過ぎた。


「ぴゃーーーーーッ!! なんかいるぅーーーッ!!」

「しがみつくのは結構ですが、勢い余って破らないでくださいよ。このジャケット非売品なんですから」


 湊の頭の上からシュポンと飛び出した医療用メスが、影のすぐ脇を(かす)めて地面に落ちた。

 それに驚いたのか、天井付近を舞っていたソイツが湊たちの目の前まで降りてくる。


「ほら見てください、ただのコウモリですよ」

「血を吸う生き物はダメなんだよぉ! 感染症にかかったらどうするんだ!」

「じゃあ駆除しますか」

「それはダメぇーっ!!」


 桐華の殺気を察してか、コウモリは洞窟の奥へと一目散に飛び去って行った。


「ああ、よかった、いやよくはないんだけど」

「……コウモリがいるということは、少なくとも外へは通じているみたいですね」


 桐華は突然しゃがみこむなり、手で地面をなぞった。

 薄暗い洞窟内を照らすのは、桐華が持つペンライトの明かりだけである。


「均等な幅で掘り進められた空洞、しっかりと踏み固められた硬い地面。何か大きなもの(・・・・・)を運ぶために掘られたトンネルですね。となると端っこの方に……」

「こんなところで、いったい何を探してるんだ?」

「ありました、送電線です」


 ひとりでテキパキと調べを進める桐華を、湊は感心しながら見つめていた。


「送電線の継ぎ目がメス端子になっている方を辿っていけば、電源設備に辿り着きます。出口があるとすればそこですね」

「すごいな、そこまでわかるのか」

「“考えることを諦めるな、(たゆ)まぬ思考の先に活路は(ひら)かれる”……私が誰よりも尊敬するセンパイの言葉です」


 ほーすごいなー、と唸ってはみるものの、湊は林太郎がそんな格言を口にする姿を一度も見たことがない。

 林太郎も桐華も過去のことはまったく話さないが、きっと湊の知らない強い師弟の絆があるのだろう。


「あれっ、そういえば桐華は元ヒーローだったような……」

「さあ行きましょう、離れずについてきてください」

「あわわっ、待て待て! 林太郎たちは探さなくてもいいのか?」

「センパイならば私よりも早く、同じ考えに行きつくはずです。この先で必ず会えますよ」


 そう言うと桐華は先にずんずんと歩いていってしまう。

 湊は慌てて暗闇の中、揺れるペンライトの明かりを追った。



「……………………」

「……………………」



 かれこれ30分は歩いただろうか、しかし進めども進めどもトンネルはただ冷たく続くばかりである。


「……………………」

「…………ぅ……ぁ」


 見知らぬ謎の空間だ、湊とて彷徨い歩くことになるのは覚悟していた。

 しかし如何せんふたりきりだというのに、桐華との会話が一切ないのはいたたまれなさを感じてしまう。


 黛桐華という女は、無言や孤独を苦痛に思わないタイプなのだろう。

 そもそもアークドミニオン地下秘密基地においても、桐華が林太郎やサメっち以外と話しているところはほとんど見かけない。


 元ヒーローという肩書きのせいもあるだろうが、それ以上に桐華自身のスペックが高すぎてみんなから少し距離を置かれているのだ。

 かくいう湊も、未だに桐華のことを少し怖く感じることがたまにある。


 しかし――。



「…………きりっ、キリカっ!」


 長い長い沈黙に耐え兼ね、湊は意を決して桐華に声をかけた。


 ふたりきりというシチュエーションは、互いの壁を取り払うチャンスだ。

 なによりもこれ以上無言を続けたくはない。


「なんです?」

「……えっと、その、今日はいい天気だな!」

「地下ですが」

「……そうだね、うん」


 ふたりの間に再び沈黙が訪れた。

 声をかけたはいいものの、話題は何も考えていなかった湊の失態である。


「………………」

「さ、最近どうだ? 悩んでることとかないか?」

「どうと言われましても。特に悩みごともないですが」

「……そっかぁ」


 噛み合わない、まるで仕事一筋な父親と思春期の娘の会話である。

『うぅ』とか『ぐっ』とか言いながら、湊は共通の話題を探した。


「そうだ、林太郎の……」

「しっ……静かに。明かりが見えます」


 桐華に制止され、湊はトンネルの先に目を凝らす。

 薄く立ち込める紫色の霧の向こうで、光のようなものがわずかに動いていた。


「近づいてみましょう」

「お、おいっ! 危ないぞ」

「“探求を怠る者に好機は訪れない”ですよ」


 広いトンネル内には、身を隠せるようなものがない。

 桐華と湊はホフク前進の要領で、闇に蠢くものたちに気づかれぬようゆっくりと接近した。



「いやー、今日も豊作アリ。もうちょっとアリ、頑張って運ぶアリぃー」

「このロボ、ひぃひぃ、重いアリぃ、ひぃひぃ……」

「奇蟲軍団の大事な資金源アリ、もっと慎重に運ぶアリ!」



 ざっと見たところ十数人はいるだろうか。

 そこにいたのは、触覚を生やした全身黒タイツの男たちであった。


 アリアリ言いながら運んでいるのは、半ばスクラップと化したビクトレンジャーの搭乗機である。


 消された(・・・・)建物の残骸らしきものも、ちらほらと見受けられる。


 まるで蟻が餌を巣穴に運ぶように、ザコ戦闘員たちはそれらをわっせわっせと運んでいるではないか。


「あとをつけますよ。姿勢を低くしてください」


 ふたりはザコ戦闘員たちからつかず離れず、地を這いながらその後を追う。

 途中気づかれそうになるたびに、湊の袖からポロポロとナイフがこぼれ落ち、トンネルには刃物の道標が点々と残されていた。


「やっと着いたアリぃー」

「遅かったアリ、お疲れさまアリー」


 程なくして、一行は“終着点”へと辿り着いた。



「なんだここ……こんなところが、横浜の地下に……!?」



 そこは高さ広さともにドーム球場数個分はあろうかという、巨大な地下空間であった。

 ザコ戦闘員たちはその一角に、鹵獲したビクトリーマンタを並べる。


 空間内には他に、消されたゴールデンゲートブリッジのものと思しき赤い鉄骨や、建物の資材が山積みにされていた。


「あっ、金閣寺だ! こっちは……うわっ、名古屋城のしゃちほこじゃないか」

「なるほど、これがザゾ……SHIVAの魔術の正体ですか。センパイにはとても見せられない光景ですね」

「もうザゾーマ将軍でいいんじゃないか。あれで気づかない方もどうかと思うけど」



 そう、まさにこれこそが奇蟲軍団の、資金調達のカラクリなのであった。



 SHIVAこと奇蟲将軍ザゾーマが率いる奇蟲軍団は、サービスエリアにドーム型の植物園を造るなど派手な奇行が目立つ軍団だ。


 その無尽蔵の資材や活動資金は、“大魔術”の名のもとに白昼堂々と地下トンネルを介して集められていたのだった。



「さしずめ蟻の巣でいうところの、女王の間といったところですかね」

「なあキリカ、あれ……あそこ……」

「どうしたんです? あっ……!」


 広い空間の端の方に向かって、湊がおそるおそる指をさす。


 その指が示す先では緑色の上着を羽織った男が、ポカンと口を開けてザコ戦闘員たちの様子を眺めていた。


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[一言] 『ハートブレイク林太郎~俺の心はガラス製~』このあとすぐ!!
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