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第百六十二話「偽りの英雄」

 千代田区神保町、ようやく再建された新しいヒーロー本部庁舎が東京の夜にそびえ立つ。

 正式名称“国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的(きょくちてき)人的災害(じんてきさいがい)特務事例(とくむじれい)対策本部(たいさくほんぶ)新庁舎(しんちょうしゃ)”の一室にはまだ明かりが灯っていた。


「…………」


 “ビクトレンジャー秘密基地”と書かれたペラペラのプレートが掲げられた部屋で、男は椅子の上に足を乗せ膝を抱えていた。

 3月とはいえ未だ厳しい寒さが残る中でありながら、その部屋にはエアコンすらついていない。


 昨年末に旧ヒーロー本部庁舎が完全破壊されてからというもの、ヒーロー本部の名声は右肩下がりの一途を辿っている。

 その威信を回復するべく、外側だけを急いで作った新庁舎では屋内のインフラが後回しにされていた。


 冷え切ったその部屋で驚くべきことに、男が着ているのは半袖のシャツであった。


「…………はぁ」


 その男、ビクトレンジャーのリーダー・ビクトレッドこと暮内烈人は、テーブルの上に置かれた一枚の紙を見て大きなため息をつく。


 いつも人懐っこい笑顔を浮かべるその顔は、まるでお通夜のようなセンチメンタル色に染まっていた。


「はぁぁぁぁーーーッ、本来ならば俺も出撃しなければならないというのに……なんて情けないんだ俺はァーーーッ!!」


 烈人は突如叫んだかと思うと、その薄いたった一枚の半袖シャツを脱ぎすてたではないか。

 そしてセンチメンタルな顔のまま、椅子の上で器用にヒンズースクワットをはじめる。


「1ッ! 腑甲斐(ふがい)ないぞ俺め! 2ッ! この意気地(いくじ)なしめェ!」


 ようやく現場復帰した仲間たちが、怪人警報を受けて出動しているというさなか。

 リーダーである烈人がこのような奇行に走るのには理由があった。


 テーブルの上に置かれた紙、蛍光灯の白い光に照らされたそれは“表彰状”であった。


 それは暮内烈人の、ヒーローとしての華々しい功績を示すものである。

 昼間に執り行われた表彰式で、烈人自身が一度受け取りを拒否(・・)したものだ。



 しかし結局、受け取らざるをえなかった。

 烈人にとっては、それが耐えがたい苦痛であったにもかかわらず。



「6ッ! 俺は取るに足らない男だ! 7ッ! まごうことなき敗北者だ!」



 別に初めて表彰を受けたというわけでもない。

 勝利戦隊ビクトレンジャーとしては、この1年間で幾度か表彰を受けている。


 その大半はビクトグリーン、栗山林太郎の活躍によるものである。

 彼がデスグリーンによって命を奪われた今となっては、壁を飾るそれらはもはや形見のようなものだが。



 今回の表彰は“煉獄怪人ヒノスメラの撃退”を讃えてのものだった。



「21ッ! 俺はまだ何も! 22ッ! 何ひとつ成し遂げていない!」



 霞が関と銀座を壊滅させた煉獄怪人ヒノスメラは、レインボーブリッジの崩壊と共に姿を消した。

 公安の上層部では、怪人同士の抗争が原因だったと伝えられている。


 もちろんヒノスメラにとどめを刺したのは、烈人ではない。

 烈人はデスグリーンによって呆気なく倒され、地下道でのびていただけだ。



 本人がそう言うように、烈人自身は何もしていない。




 その烈人に風見(かざみ)長官以下、上層部の一存で表彰状が送られたのが今日の昼の話である。

 当然これは、ヒーロー本部が威信を回復するためのプロパガンダであることは明白だ。


『受け取ってもらわないと困るよ暮内くん。君は東京を救った英雄なんだから』



 烈人の脳裏に、表彰式での風見長官の言葉が蘇る。


 風見は元・情報分析室の室長を務めていた男だ。

 こういった偽のプロパガンダによるヒーロー本部の立て直しは、すべて風見の主導によるものだった。


 風見長官やヒーロー本部が求めているのは、暮内烈人という男ではない。

 国家公安委員会の信頼と威信を回復させるための、旗印となる“英雄”だ。



「99ッ! 今の無様な俺には! 100ッ! 英雄になる資格なんかない!」



 その空虚な正義を象徴する赤いスーツは、現在ヒーロー本部新庁舎の1階ロビーでガラスケースに入れられて飾られている。

 新しいスーツが届くまでの数日間ではあるが、烈人には待機命令が出されているのだ。


 すべては風見長官が仕掛けたイメージ戦略の一環である。


 烈人が今夜出撃を留められたのも、全ては“作られた偽りの英雄”としての役割を果たすためだ。



 ――正義のヒーローとして、この上ない屈辱であった――。



 己の無能を噛みしめながら、幻の功績を誇らねばならない悔しさが、暮内烈人を蝕んだ。


「211ッ! みんなすまない! 212ッ! 俺はヒーロー失格だ!」


 心にかかったモヤモヤを振り払うかのように、烈人はヒンズースクワットを続けた。

 滝のように流れる汗と一緒に、弱い自分を洗い流すかのごとく、一心不乱に。



 ……しばらく後、時計の針が21時を回ろうかという頃、不意に秘密基地の扉が開かれた。



「998ッ! 俺は雨に濡れた野良犬だ! 999ッ! あっ、朝霞さんこんばんは!」

「どうしたんですかその格好」


 消灯時間がとっくに過ぎた寒い部屋、椅子の上でスクワットをする半裸の部下を目にした朝霞は露骨に眉をひそめた。


「んんん1000ッ! ふぅ……朝霞さんも一緒にやります?」

「遠慮しておきます、それよりもお伝えしたいことが」


 朝霞は淡々とした様子で、烈人にハンドタオルを手渡した。

 タオルで顔の汗を拭いながら、烈人は朝霞に尋ね返す。


「伝えたいこと? なんです?」

「ブルー、イエロー、ピンクの3名が消息を絶ちました」

「マぁジでぇ?」




 …………。




『なぁんということでしょう! 暴れていた怪人たちはSHIVAの魔術によって消されてしまったぁーーーッ!』

「キャーーーッ! SHIVA様すてきーーーッ!」

「SHIVA様ァーーーッ! ッンァーーーーーッ!!」


 みなとみらいの特設会場では黄色い歓声がこだましていた。


 会場付近に突如として現れた、恐ろしく残虐な怪人たち。

 しかしSHIVAがパチンと指を鳴らすのと同時に、彼らは跡形もなく姿を消してしまったのだ。


「……………………」

『SHIVA様は「皆様がご無事でなによりです」と仰っています』


 怪人たちを文字通り消した(・・・)男は、仰々しく一礼をしてみせる。


 消したものは怪人のみにあらず、対峙していたヒーローたちやその乗機の残骸。

 赤レンガ倉庫やランドマークタワーなんかもまとめて消えてしまっていたが、命の危機には比ぶべくもない。


 ファンのみならずマスコミも含め、誰も彼もがSHIVAの魔術を口々に讃えていた。


「ああ、SHIVA様……怪人かもしれないなどと疑って、なんと私たちは愚かだったのだ……!」

「彼は本物の魔術師だ……そして本物の英雄だ……世界中の政府は彼に謝罪せねばならない……!」

「「「「SHIVA! SHIVA! SHIVA!」」」」


 湧き上がるSHIVAコールに、当の最高位の魔術師(アーク・メイジ)は黙して微笑むばかりであった。




 …………。




「……キ。 ……ニキ!」

「……うーん……」


 背中から伝わる、冷たく濡れた土の感触。

 お腹の上に何かが乗っているような重さで、林太郎は目を覚ました。


「やっと目を覚ましたッス! アニキ生きてたッスゥ!」

「ンギャアアアアアア!!」


 覚醒するや否や、ガバッと抱きつかれた衝撃でヒビが入っている肋骨に衝撃が走る。

 あまりの痛みに林太郎は再び意識を失いかけたが、なんとか踏みとどまった。


「はっす……はっす……!」

「アニキごめんッス」

「ああ、もう大丈夫だ、これからは気をつけようね。それよりここは……?」


 林太郎が見回すと、そこは一見して大きな洞窟のようであった。


 天井の高さは10メートル以上あるだろうか。

 土壁を剥き出しにした広い地下空間は、その広さを維持したまま左右に長く続いている。


 天然の洞窟というよりは、人工的に掘られたトンネルのようにも見えた。


「……湊と黛はどこだ?」

「わかんないッス。サメっちもさっき目を覚ましたところッス」

「さっきまでビクトレンジャーどもと戦ってたはずなのに……何がどうなってるんだ……?」


 どうにも意識が朦朧とするのは、洞窟内に満ちている薄紫色の霧のせいだろうか。

 林太郎はくらくらする頭を抱えながら、ゆっくりと立ち上がった。



 深い闇が、目の前にどこまでも伸びていた。


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表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] うおおおお!SHIVA!SHIVA!!
2020/01/16 00:48 退会済み
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