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第百五十九話「林太郎のあこがれ」

 彼の名は紫羽(しば)誘火(ゆうか)、通称SHIVA(シヴァ)

 世界中の人々を“騙し”で魅了する、地球上で最も有名な奇術師(マジシャン)である。


 SHIVAはすでに10年近く、世界各地でマジシャンとしての活動を続けている。

 しかしその年齢、性別から、その白いファントムマスクに隠された素顔まで、全てが謎のヴェールに包まれ未だ解明されていない。


 日本人名を名乗ってはいるが、仮面越しにもわかるおよそ日本人離れしたその驚異的な美貌から、おそらくは偽名だといわれている。



 間違いなく言えることはただ一つ。



 SHIVAのマジック……いや、“魔術”は本物だということだ。



 数年前、秘密を探ろうとした記者が強引にも、SHIVAが滞在中であるホテルの一室に踏み込んだことがあった。


 直後に消息を絶った記者が保護されたのは、それから1週間後のことである。

 彼いわく部屋に踏み込んだ瞬間、ドアや窓などの出入口はおろか、調度品から()まであらゆるものが消失したという。


 真偽のほどは定かではないが、それ以来SHIVAは世界中から畏敬の念を込めてこう呼ばれている。




 ――“最高位の魔術師(アーク・メイジ)”――。





 という話で。あとSHIVAのグッズがネット販売されてるんだけど、これがなかなかクオリティが高くて。500種類の他にシークレットが」

「センパイ、その話まだ続きます?」


 セダンのハンドルを握り上機嫌に話す林太郎を、後部座席の桐華が制した。

 同じく後部座席で興味深そうに話を聞いていた湊は、感嘆の声を漏らす。


「へぇ、すごい人なんだな。そのSHIVAって人は」

「すごいなんてもんじゃないぞ。去年サンフランシスコのマジックショーで消されたゴールデンゲートブリッジにいたっては、半年経った今でも消えたままなんだからな!」

「それはマジックなのか!? 本当に消えたなら、それはもはやマジシャンじゃなくて解体業者なんじゃないのか……!?」


 他にもSHIVAによって消されたまま(・・・・・・)の建造物は、世界中に多数存在する。

 シドニーのオペラハウス、ドバイのブルジュ・ハリファ、京都の金閣寺などなど……。


『本当に消せるものならば消してみろやい!』と豪語したテレビの司会者が、全世界同時生中継で公開土下座させられた事件は記憶にも新しい。



「そんな危険な人物と本当に会うんですか? センパイ消されますよ」

「消すつもりならとっくに消されてるさ。なにせ地下秘密基地の俺の部屋に、直接招待状を送り届けるぐらいなんだから」


 そう、SHIVAは怪人の、ひいてはアークドミニオンの存在を認知している可能性が極めて高い。

 しかしそれは林太郎にとって想定の範囲内であった。


「噂の域は出てなかったけど、SHIVAにはもともと怪人疑惑があるからな。けれどおかげさまで、こういう形でお近づきになれたわけだ」


 ヒーロー学校時代、検挙すべき疑惑の人物としてSHIVAのことを調べ始めた林太郎は、その驚くべきマジックの数々に一瞬で魅了された。



 マジックとはすなわち“他人を騙し驚愕させる技術”の集合体である。


 林太郎は常々相手を騙し、心理の裏をかき、敵の度肝を抜くことを信条としてきた。

 器用貧乏と称され常に誰かの後塵を拝してきた林太郎にとって、戦略戦術の根幹である“騙し”は武器であり心の拠り所であった。


 その林太郎が求め続けてやまないものが、SHIVAのマジックには全て詰まっていたのだ。


「言っておくが俺はミーハーじゃないぞ、あくまでもひとりの戦術家としてSHIVAの技術に惚れたんだ。けしてファンとかではなく、純粋な好奇心と探求心によってだな……」

「わかりましたから前を向いて運転してくださいセンパイ」

「本当だからな!」

「いいから前見てください」



 セダンは国道15号線を抜け、海沿いの埋め立て地に到着した。





 “横浜みなとみらい21”


 神戸ポートアイランドや幕張新都心と肩を並べる、日本有数のウォーターフロントである。

 海から臨む夜景の美しさもさることながら、薄暮の頃には西の夕焼け空に富士が影を落とす関東有数の近代人工景勝地だ。


 立ち並ぶオフィス群のみならず、遊園地や博物館、ライブハウスから重要文化財まで。

 人類の叡智と技術、そして近代化という名の業がこの街を形作っているのだろう。



 その一角にそびえ立つホテルの前に、1台のセダンが停まる。

 降り立ったのは4人の男女、言わずもがな極悪軍団の面々である。



 彼らを待っていたのは、ダークスーツに身を包んだ背の高い男であった。


「お待ちしておりました、デスグリーン様。ならびにお嬢様方」

「招待状を受け取りました。ずいぶん洒落たことをなさるようで」

「お気に召していただけたようでなによりでございます。ワタクシ皆様の案内を務めさせていただきます、神木(かみき)礼司(れいじ)と申します。どうぞこちらへ」


 神木と名乗ったその男は、包み隠すことなく林太郎のことをデスグリーンと呼んだ。

 やはりSHIVAは怪人なのだと、林太郎は確信する。


 その一言もさることながら一目見ただけでこの男も怪人であり、そしてSHIVAの側近であることがわかる。


 SHIVAとはまた違った趣ではあるが、神木もまた日本人離れした顔立ちをしていた。

 後ろに流した少し長めの髪、不潔に感じない程度に整えられた髭、まるで成熟期のハリウッドスターのようだ。


 ともすれば、彼自身がVIPと紹介されてもなんら違和感はない。

 新宿あたりでナンパでもしようものなら、大名行列ができるだろう。


「誘火様は最上階のスイートでお待ちです」

「しっ、ししっ、SHIVAに直接会えるんですか!?」

「ええもちろんですとも。招待状の中はご覧になったでしょう?」


 林太郎は神木に見えないよう、グッと拳を握って心の中でガッツポーズを取った。

 しかしその仕草は、後ろを歩く3人にはばっちりと見えていた。


「こんなアニキはじめて見たッス……」

「ああ、なんというか、すごい熱の上げようだな」

「センパイはあまり他人に入れ込むタイプじゃないですからね……これはこれで、少年みたいで私は俄然アリですが」

「むむむッスぅ……」


 浮足立つ林太郎は不意に袖を引っ張られ、その足を止める。

 振り向くと、サメっちが林太郎の袖を掴んでいた。


 いつものパーカーではなく、今日はばっちりとめかしこんだサメっちが、じっと林太郎の顔を見つめている。


「むぅぅぅッス」

「なんだいサメっち。アニキの袖をもぎり取るのは、お仕事が終わってからにしてくれよ?」

「……ほんとッスか? ほんとにただのお仕事ッスか?」

「あああ当たり前じゃないかァ! これも極悪軍団としてお金を稼ぐためで……! だけどその結果として人脈が広がるなら、それはやぶさかじゃないというかなんというか」


 しどろもどろに弁解する林太郎に、サメっちはじっとりとした目を向けながらほっぺたを膨らませていた。

 困った林太郎は、頑として袖を放さないサメっちの顔を覗き込む。



「むぅぅぅぅぅぅッス。ただのお仕事じゃないッス! アニキうきうきしてるッス!」



 そのまっすぐで大きな目に映る色は、嫉妬でも不安でもない。


「……そうか、もうサメっちの目は誤魔化せないんだったな……」


 林太郎はひとり納得し足を止めると、腰を落としてサメっちと同じ高さで目を合わせた。

 そして小さな唇を尖らせるサメっちに、優しく語りかける。


「悪かったよ、サメっちにも自分にも嘘ついて。正直俺は、SHIVAに会うのがめちゃくちゃ楽しみだ」

「嬉しいときは、ちゃんと嬉しいっていわなきゃダメッス! アニキが嬉しいときは、サメっちも一緒に喜びたいッス!」

「そうだな、サメっちの言うとおりだ。自分の気持ちを誤魔化して悪かった」



 どちらからともなく、腕がお互いの背中に回される。



「アニキ、今どんな気持ちッスか?」

「ああ、そりゃもう、めちゃくちゃ嬉しいに決まってるだろ!」

「じゃあサメっちも嬉しいッスゥ!」


 サメっちと林太郎は人目もはばからず、がっしりと強いハグをした。


「まったく、嫉妬でもしてるのかと思ったぞ」

「サメっちはいい女だから、嫉妬なんかしないッスぅ」


 そんな様子を眺めながら、神木はそのダンディズムを煮詰めたような顔をほころばせる。

 一言も口を挟まずにいてくれたこの神木という男も、なんだかんだで良い人なのだろう。


「すみませんね神木さん、待ってもらっちゃって」

「ほほほ、ご兄妹の仲が睦まじいことはとても素晴らしいことでございます。きっとザゾ……誘火様も同じことを仰るでしょう」

「そう言っていただけると助かります。……ザゾ?」

「ささ、参りましょう」


 何かを言いかけた神木であったが、林太郎は上手くはぐらかされてしまった。

 林太郎はそのまま神木に促され、最上階行きのエレベータに乗ろうとする。



 ……しかしそこでグイと、今度は両方の袖を引っ張られた。



「……あ、いや、これは違うんだ林太郎、その」

「センパイは不公平という言葉がわからない殿方ではないと、私は信じていますよ」

「……………………」



 林太郎はひとりずつ順番にハグをしてからエレベータに乗り込んだ。


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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] ザゾ… いやほんと誰なんだろう僕全然分かんないなぁ
[一言] 夢や理想が人間不信になるレベルで 打ち砕かれるんですね… 林「アレ全部、力技かよ!」
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