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第百五十八話「フカヒレマスク」

 牙の模様をあしらった青いマスク!

 まるでニンジャのような軽い身のこなし!


 そう彼女こそが、正体不明のフカヒレマスクである!!


『白いマットの大海に、ふわり漂う軟骨魚――我らが超最強日本プロレスが誇る秘密兵器! “青い豆鉄砲”フカヒレマスクの乱入だぁーーーッ!!』

「わーわーっ! がんばれフカヒレマスクぅー!」

「チータくんのカタキをとってぇー!」


 フカヒレマスクは再びコーナーポストによじよじと登ると、林太郎を見下ろしてバーンと腕を組んでみせた。


「覚悟するッス、グリーンデストロイヤー!」

「さ、サメっち……?」

「サメっち? 誰のことッスか? サメっちはフカヒレマスクッス! ……あ、今のはナシッス」


 ここにきてのサメっちの投入は、林太郎にとって予想の範囲外であった。

 おそらくここでグリーンデストロイヤーが敗れるという展開が、ベアリオンの描いたシナリオなのだろう。


「ガチマッチとか言っておきながら、百獣軍団もちゃんと“興行”してるじゃないか」

「ちなみにファイトマネーは2試合分出るッスよ!」

「さあフカヒレマスクよ! 全力でかかってくるがいいグハハハハハァ!!」


 恐怖の大魔王グリーンデストロイヤー栗山は、お金にとても正直であった。

 そのいやらしい演技もなかなか堂に入ったものである、まるで本物のゲスのようだ。



「水陸両用拳の神髄、受けてみよッス! とォーーーうッス!」



 ノリノリの林太郎に向かって、フカヒレマスクはコーナーポストの上から跳躍する。

 その小さな身体がくるくる回ったかと思うと、高い角度からのキックが林太郎を強襲する。



「必殺! (スーパー)(アルティメット)(ミラクル)(エクストリーム)キィーーーック、ッス!!」

「サメっち! アルティメットの頭文字はUだ!」

「はわぁッスぅ! SUMEキックになっちゃったッス!」



 思わぬ失態に空中でバランスを崩したサメっちは頭から落下する、その下は硬いマットだ。

 林太郎は猛ダッシュで距離を詰めると、サメっちの身体がマットに叩きつけられる前にかろうじてキャッチした。


 しかしいくら軽い子供の体とはいえ、落下してくるのは重さにして30キロほどのサメっちである。

 あろうことか己から当たりに行った(・・・・・・・)林太郎の、ヒビの入った脇腹に激痛が走る。


「オギャパアアアアアアアアッッッ!!!!」

「アニキィィィ!?」


 グリーンデストロイヤー栗山は悶絶しながら、マットの上をゴロゴロと転がった。


「やった! 必殺のSUMEキックが命中したんだ!」

「なんて威力だ、すごいぞSUMEキック!」

「「SUMEキック! SUMEキック!」」


 カンカンカン!!


 観客たちから巻き起こるSUMEキックコール。

 そして鳴り響く試合終了を告げるゴング。


「やってくれたぜフカヒレマスク! SUMEキックの名は永遠に語り継がれるぞ!」

「わあああん、SUMEじゃないッスぅぅぅ」


 すぐさまセコンドの湊が駆け寄り、痙攣する林太郎の上体を抱き起こす。


「すごかったぞ林太郎! まるで演技じゃないみたいだ!」

「演技じゃない……演技じゃない……」

「ああっ、気をしっかりもて! はやく担架を……うっ、重い……!」


 うわごとを呟く林太郎の身体は、だらんと弛緩しきっていた。

 成人男性一人ぶんの重量は、非力な湊が引っ張ったところでびくともしない。



 しかし次の瞬間――。


 林太郎の体がグイッと引き起こされたかと思うと、ふわりと宙に浮かんだ。

 背中と足を抱えられ、その姿はまさにお姫様抱っこである。


「誰だ……?」


 霞む林太郎の視界に、ぼんやりと輝く白銀の影が揺れる。

 そして目元だけ覆うタイプのマスクから、妙に上気したスカイブルーの瞳が覗く。


「ま、ままま、黛……?」

「後のことはお任せください。このダークネスジェノサイダー黛が命に代えてもフカヒレマスクを討ち果たします。そして……ふふっ……その後はたっぷりとご褒美(・・・)を……ふふふっ……」


 よく通る綺麗な声は、よこしまな心に満ちていた。




 その後、ダークネスジェノサイダー黛はフカヒレマスクをはじめ、超最強日本プロレスの精鋭たちをバッタバッタとなぎ倒した。

 白星を積み上げに積み上げたり、ゆうに18人抜きという伝説的な記録を打ち立てたのだった。




 …………。




「ガハハハハ!! 儲けた儲けたあ!! こんなに盛り上がった興行は久しぶりだぜえ!」

「……ええ、はい」

「ほらよお! 活動資金の足しにしてくれやあ! またよろしく頼むぜえ兄弟!!」


 ベアリオンにバンバンと背中を叩かれながら、林太郎は前橋の百獣軍団事務所を後にした。

 その手には上機嫌のベアリオンから手渡された、ファイトマネー入りの封筒が握られている。


 林太郎、サメっち、桐華の3人あわせて計22試合分、大入り袋も含めて140万円という大金であった。


 一晩の稼ぎとしては十分(じゅうぶん)にすぎる額だ。

 ……そのほとんどは桐華が稼いだものであるのだが。


「ははっ……あれだけやってもまだ足りないか……」


 大金に比して、林太郎の表情は明るいとは言えないものであった。

 労働の対価とはいえこの金は実質、百獣軍団からの“貸し”である。


 それに当面は食いつなぐことができるかもしれないが、食い扶持が44人ともなるとあっという間に溶けてなくなってしまうだろう。

 おまけに継続的に稼げるような商売ではない、聞けば次の興行は来月だという。


 今後も大所帯を養うとなると、これだけあってもまだまだ到底足りないのだ。



「はあ……道のりは長いな……」



 深い溜め息は冷たい星空へと消えていった。




 …………。




 秘密基地に帰ると、林太郎の自室にはすでに他の3人が集合していた。

 今回の美味しいところを全部持って行ってしまった桐華が、待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってくる。


「おかえりなさいセンパイ、どうでした稼ぎのほうは?」

「ああ、おかげさまでそれなりに稼げはしたよ。140万だ、まだまだ足りないとはいえ当面は凌げる。まあそのうち120万ぐらいは黛の稼ぎだけど」

「なるほど120万ですか。じゃあ1週間ぐらいはセンパイを自由にできますね」

「よし、この金は勘定に入れないようにしよう」


 すっとぼける林太郎は、不意にじっとりとした視線を感じる。

 しかし部屋の中には桐華の他に、サメっちと湊しかいない。


「……?」

「どうしたんですかセンパイ。さっそくですか、せっかちさんですね」

「いや、なんでもない。いいからお前は上着を着ろ。そして何も期待するな」


 部屋の中に誰か別の怪人が潜んでいる気配はない。

 むしろそれならば、勘の鋭い桐華が黙ってはいないだろう。



「なんにせよこれは降って湧いたような後がない金だ。もっと他に稼ぐ方法を考えないとな」

「それなら金ぴかの手紙が届いてるッスよ!」


 そう言ってサメっちがパーカーのポケットから取り出したのは、金箔のようなもので彩られたやけに豪奢(ごうしゃ)な封筒であった。


 便箋(びんせん)を入れるタイプのもので、ツタのような意匠といい時代錯誤な封蝋(ふうろう)といい、いかにも気品がにじみ出している。

 ベアリオンから受け取った紙幣を入れるタイプの茶色いやつと比べると確かに“金ぴか”だ。


「差出人は書いてないな、誰からだ?」

「部屋に戻ったらテーブルの上に置いてあったッス」

「怖っ! 穏やかじゃないな!」


 それは誰かが留守中、部屋に忍び込んで置いて行ったということではないか。


 いつの間にか密室に届けられた、差出人不明の手紙。

 林太郎がおそるおそる封を切ると、中には便箋と入館パスらしきカードが4枚入っていた。


 早速便箋に目を通す林太郎であったが、徐々にその眉間にしわが寄り、口角が吊り上がっていく。


「なあ林太郎、何が書いてあったんだ……?」

「今すぐ出るぞ、支度をしろ! 可能な限り身なりを整えるんだ!!」


 突如立ち上がるや否や、林太郎は叫ぶようにして指示を飛ばした。

 その剣幕たるや、明らかにただごとではない。


「きんきゅーじたいッスか、アニキ!?」

「緊急も緊急だ、すぐに歯を磨け! くそっ! 俺のスーツとネクタイはどこだーッ!」


 姿見の前で急いで髪型を整える林太郎には、鬼気迫るものがあった。

 これほどまでに取り乱した林太郎の姿を、団員たちは未だかつて見たことがない。


「黛、すぐに車を手配するんだ!」

「了解です。いつものワゴンでいいですか?」

「いいや、セダンにしてくれ! 一番高いやつだ!」

「かしこまりました。すぐに借りてきます」


 慌てふためきながらも、林太郎からは的確な指示が飛ぶ。


「湊はクローゼットから新品のコートを、いつものぼろぼろのやつはダメだぞ!」

「あ、ああ、わかった! けどどうしたんだ林太郎、まるで大統領にでも会いに行くみたいじゃないか」

その人(・・・)に呼び出されたら、俺は迷わず大統領との予定をキャンセルするね!」


 林太郎の気迫に押され、戸惑いながらも指示に従う湊はテーブルの上の便箋を拾い上げた。

 大統領さえも差し置くほどに、林太郎が入れ込む人物とはいったい何者なのか。


「私は有名人には疎くて……この人ってそんなにすごいのか?」

「すごいなんてもんじゃないぞ! その道じゃ神々さえも騙す男って言われてるんだからな!!」


 林太郎の濁った目は少年のように輝いたりはしない、しかし瞳孔は興奮のあまりバッチリと開いていた。


 湊は手に取っただけで紙質の良さがわかるその便箋に視線を落とす。



 そこには紫色の文字でこう書かれていた。




『貴方様の腕を見込み、我が魔術のアシスタントを務めていただけないでしょうか。日当あり』




 差出人の名は――マジシャン、紫羽(しば)誘火(ゆうか)――。


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[一言] 林太郎のマジックってまさかこの人から来たのか……!?
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