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第百五十三話「めららちゃん」

 特大カレー鍋の前には怪人たちの大行列ができていた。

 その中には今回の出撃には参加せず、機材の整備や留守番を任されていた怪人も含まれる。

 野戦病院の一角で始まったカレー配給は、いつしか功労会と化していた。


「ソードミナスさん、俺たちもカレー食っていいんですかウィ!?」

「ああ、しっかり食べるんだぞ。おかわりもあるぞ」

「うめウィ、うめウィーッ!」

「しかし忙しいな……林太郎はいったいどこ行ったんだ……?」



 そのころ林太郎は、カレーの配膳を湊に任せて一人エレベータに乗っていた。

 行先はタガデンタワーの最上階、タガラックの私室こと会長室である。


 一人だけ姿を見せないタガラックに、林太郎は言い知れぬ不安感を覚えた。

 確信があるわけではない、強いていうならば元ヒーローとしての勘のようなものだ。


 (なんだか胸騒ぎがする……。また爆発してたりしないだろうな……?)


 林太郎の脳裏に、目の前でタガラックが爆破されたときの恐ろしい光景がフラッシュバックする。

 地下も含めて数百メートルをわずか数分で上昇する世界最速のエレベータも、今日はなんだか遅く感じる。



 電光掲示板が最上階を示し、重い扉が開いたその瞬間――。



「いやああああああああああーーーーーーーーーッッッ!!!!」



 絹を裂くような乙女の悲鳴が、タガデンタワー最上階のエレベータホールに響いた。


「タガラック将軍!? くそっ、嫌な予感的中かよ!!」


 ただごとではない事態に、林太郎は自身の怪我のことも忘れて駆け出していた。


 足音のしない絨毯を蹴り、大理石の壁に体を打ち付けながら走る。

 つい先日爆発事故があったばかりだというのに、すでに痕跡も残さず修繕されているのはさすがというべきか。


「あーーーーーーれぇーーーーーーーッ!!」

「タガラック将軍、ご無事ですか!!!」


 林太郎は勢いに任せて、半開きにされていた会長室の扉を勢いよく開け放った。


 そこで目に飛び込んできたのは――。



「やめてぇーーーッ!!」

「ぐひょひょ……よいではないか、その恥じらい顔もよく似合っておるぞ。さてこっちの具合も確かめておこうかのう……むふっ、むふぉふぉふぉふぉ……」

「ご無体なァーーーーーッ!!」



 大都市東京の夜景をバックに、衣服を着崩し目に涙を浮かべる褐色肌の見慣れぬ少女。

 そしてその身体をまさぐりながら、おっさんみたいな笑い声をあげる金髪幼女タガラックであった。


「でへへへ……やはりわしの造形は完璧じゃのう……わしそっちの方でも食っていけそうな気がするわい……ほひょっ?」

「何やってるんですかタガラック将軍! ついに一線を超えやがりましたね!」


 タガラックの両脇をガッチリとホールドすると、林太郎は顔を真っ赤にした褐色少女からセクハラ将軍を引き剥がした。


「ぬああああ! なにをするのじゃ林太郎! いいところじゃったのにぃ!!」

「いたいけな女の子を襲うだなんて見損ないましたよ!」

「おぬし人のこと言えんじゃろうが! それにわしは自分で作った絡繰(からくり)人形のチェックをしとっただけじゃもんね! わし悪くないもんね!」

「絡繰人形ぉ……?」


 林太郎は(いぶか)しげな目を、褐色の少女に向ける。

 少女は疲れた顔で着衣の乱れを整えているところであった。


「……おおきになあ……助かったわ……」


 年齢的にはタガラックの“ガワ”と同じ10歳ぐらいだろうか。

 ボーイッシュな短い黒髪と勝気な目、プリーツスカートの下から覗くスパッツから健康的な脚が伸びていた。


 よくよく見ると林太郎はその少女、もとい少女の形をしたものに見覚えがあった。

 それは以前林太郎が改造されそうになった際、タガラックからすすめられた身体(・・)のひとつである。


「ああ……プリチュアでしたっけ? どうりで見たことがあると思ったら」

「うむ、これぞ我がくららちゃんボディと対をなすわしの自信作、その名も“元気系スポーツ美少女・めららちゃん”なのじゃ」

「なんですかもう紛らわしい……」


 林太郎は自分が婦女暴行事件の目撃者にならずに済んだことに、ホッと胸を撫でおろした。

 そして同時に、ふと浮かんだ疑問が頭をよぎる。


「待ってくださいタガラック将軍。めららちゃんの“中身”はいったい誰なんですか?」


 目の前にいる褐色少女は、確かにタガラックが作り出した絡繰人形である。

 しかし今のめららちゃんは自分の足で立ち上がり、苦々しい顔をこちらに向けているではないか。


「おおーーーっと、いかんぞぉ? それはいくら林太郎でも秘密なのじゃー」

「ヒノスメラか」

「ようわかったねえ、お兄ちゃん」

「のおおおおおおおおおん! おぬしぃぃぃぃッ!!」


 金髪幼女が叫びながら、褐色少女の胸倉に掴みかかる。

 めららちゃんはその細い手をぺしんと払いのけると、改めて林太郎と向かい合った。


 林太郎は身構えながら、めららちゃんことヒノスメラに話しかける。


「なんだ、まだお仕置きされ足りないってのか……?」

「この新しい体を動かすんで精一杯や。そんな身構えんでも、今のうちにはでなーんもでけへんよ」


 そう言うと、ヒノスメラはシャツのボタンを外して胸元をさらけ出した。


「なんの因果か綺麗にさっぱり散ったつもりが、海の底で潜水艦に拉致られてこのザマや」


 褐色の胸の中心には黒い結晶が埋め込まれ、無数のコードでめららちゃんの身体と繋がれていた。

 結晶の中では白く輝く炎がメラメラと燃えている。


 それを見てようやく林太郎は、怪人を封印するヒーロー本部の秘密兵器“ハーメルンハンド”をタガラックに譲渡したことを思い出した。


 こっそりと逃げ出そうとしていたサラサラ金髪の頭を、林太郎の両手がガッシリと掴む。


「あんた作戦の後半から消えたと思ってたら、何やってるんですか!」

「わし悪くないもぉん! わしの好奇心が悪いんだもぉん!」

「なおさらたちが悪いわ! それよりどうするんですかコレ! 今さらアークドミニオンのみんなに、なんて説明するんですか!?」

「……それやったら心配には及ばへんよ」


 タガラックの頭を掴んだままぶんぶんとシェイクする林太郎を、ヒノスメラの透き通った声が制止する。

 そしてその小さなめららちゃんボディには不釣り合いなほど、大きなリュックサックを引きずり出してきた。


「ドラギウス総統のツテでなあ、関西の怪人組織に面倒見てもらうことになっとるんよ。京都四天王組っちゅうんやけど」


 林太郎は呆気に取られながら、黙って首を横に振った。


 ドラギウス三世、やはり食えない爺さんである。

 そしらぬ顔でカレーをむっしゃむっしゃと頬張っていた老翁の顔が、林太郎の頭に浮かんだ。


 いったいいつの間にそんな手筈を整えていたのだろうか。

 しかし京都四天王組とは、なるほど四幹部の呼称案で“四天王”が大ひんしゅくを買ったわけである。


「……アークドミニオンからは、追放されるってことか」


 やはりこれだけの大事件と怪我人を出した者を、組織内に留め置くわけにはいかないということなのだろうか。

 言いにくそうに尋ねる林太郎に、ヒノスメラはふふっと笑って答えた。


「勘違いせんといてね、うちが決めたことやさかいに。せやけどモメるんはわかっとったから、他のもんには気づかれんうちに出ていくつもりやったんやけどねぇ」

「なあ、サメっちにも黙って出ていくのか……?」


 林太郎の言葉に、ヒノスメラは少し寂しそうに目を伏せる。

 そして沈黙が答えだと言わんばかりに林太郎の目を見た。


「やっぱりあんた、肝の据わったええ目しとるわ。あんた嘘は得意やろ? 生まれながらの嘘つきの目やで」

「それ褒めてるの? それとも喧嘩売ってるの?」

「さあ? お兄ちゃんが感じた通りやと思うよ?」


 ヒノスメラは林太郎を軽くいなすと、今度はふかふかの大きな椅子に座ってムスッとしているタガラックに声をかける。


「もう身体のチェックはええのん?」

「わしの整備しためららちゃんボディに、不備などあるわけなかろう」

「あらおおきに、ほなこの身体はもろてくよ」

「はーっ、さっさと行かんかこの負け犬ぅ! おぬしの顔などもう見飽きたわい!」

「おおこわぁ。ほなそろそろお(いとま)させてもらおかしら」


 ヒノスメラは褐色元気系スポーツ少女らしからぬ妖艶な笑みで、舌をぺろりと出す。

 そして(きびす)を返すと、重そうな荷物を背負って会長室の扉を開いた。


「ほなまたね、お兄ちゃん。サメっちのこと、よろしゅう」


 林太郎はその背中に何かを言いかけたが、その言葉が紡がれるよりもはやくヒノスメラは会長室を後にした。

 まるでそれが自身とアークドミニオンへの、ケジメだと言わんばかりに。


 重い扉が音もなく閉じると、会長室は静寂に包まれた。

 腕を組んで眉毛を吊り上げたタガラックが、沈黙に耐えかねて林太郎に話しかける。


「だははははーっ! ようやくめららちゃんボディを処分できてせいせいしたわーい!」

「タガラック将軍、あなた最初からこのつもりでヒノスメラを回収したんですね」

「なななっ、なにを言っておるんじゃ林太郎! わしはただ手ごろな実験動物(モルモット)がほしかっただけじゃもんねーっ!」


 会長椅子の上で、金髪幼女がびょいんびょいんと飛び跳ねた。

 その姿は一見すると、友だちと喧嘩をして意固地になっている子供そのものである。


 しかしこの幼女は、かつてヒノスメラと並び称されたアークドミニオンの古参幹部なのだ。


 “炎の剣、鉄の盾”と呼ばれたアークドミニオンの二枚看板。

 そこにどのような絆や物語があったのか、林太郎は知る由もない。


 ヒノスメラとタガラックの関係性について、林太郎が知っていることはただひとつ。

 10年前の富士山爆発災害を期に決別した、かつての仲間であるということだけだ。


「めららちゃんボディの製造年月日、10年前の日付でしたよ」

「ほっ……ふぬっ……それはおぬしの見間違いじゃっ! わしゃ知らん、知らんもんね!」

「あなたといい、ドラギウス総統といい、ヒノスメラといい。まったくどいつもこいつも怪人ってやつは、素直じゃないんだから」



 タガラックは椅子に腰かけたまま、バツが悪そうに東京で一番高い場所から街を見下ろす。

 光り輝く夜景の中で、焼け野原と化した銀座の街だけがまるで穴が空いたように真っ暗だった。


 金髪碧眼の幼女は林太郎の方を振り向きもせず、呟くように抗議する。



「おぬしにだけは言われとうないわい」



 口を尖らせ頬を朱に染めたその顔は、ばっちりと窓ガラスに映っていた。



「そりゃどうも、お褒めにあずかり光栄です」



 林太郎はわざと窓ガラスに顔が映るよう、ニヤリと笑ってみせた。


挿絵(By みてみん)


第五章、これにて完結です!


そしてちょうど本日、ついに400万PVの大台に乗りました! いえい!


ご感想、評価pt、ブクマ、ファンアートなどなど、ありがとうございます!

読者のみなさまの熱いご声援を糧に今後も更新を続けて参ります!


引き続き極悪怪人デスグリーンをよろしくお願いします!!

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表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] 大団円でエガッタ [一言] つぎは奏ぷるぷry肉弾戦訓練所編でお願いします いろいろぷるぷる期待DESUNA 絵的にスンバラシーと思います❗
[一言] 400万おめでとうございます\(^o^)/
[一言] 5章完結お疲れ様でした 楽しく読んでいます 祝勝会での手品とビンゴゲームの商品のとこの文面がかなりお気に入りです
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