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第十五話「甘いためらい」

 翌朝、(みなと)の部屋の調度品は全て鉄やチタン製のものに交換されていた。

 絵画や観葉植物の類は全て撤去され、部屋を彩る装飾は西洋甲冑(かっちゅう)と五月人形だけである。


「それで“身体が勝手に”辻斬(つじぎ)っちゃったわけだ」


 おもむろに西洋甲冑が口を開いた。

 なにを隠そうこれはインテリアではなく栗山林太郎である。


「うっ……ううう、すれ違いざまに服を切っちゃったのは不可抗力なんだよぉ! 私だって不本意なんだよぉ!」

「不本意ならいっそ捕まってたほうがよかったんじゃないか」

「やだぁーっ! もうあんなところになんか戻りたくないーっ!」


 真っ青になって怯える湊から、ナイフがぽろぽろとこぼれ落ちた。


(なんとなく予想はしてたけど……やっぱりか)


 林太郎には“あんなところ”の心当たりがあった。


 上野公園、アメリカ横丁、神田明神、御茶ノ水。

 剣山怪人ソードミナスによる被害の経路を逆にたどると、その行きつく先は神保町(じんぼうちょう)である。

 そこにあるのは林太郎が最もよく知る組織、日本が誇るヒーロー本部庁舎だ。


 林太郎の頭をよぎったのはその地下に存在する、メカや装備品の設計製造を担う極秘施設、通称“研究開発室”である。

 そこには一部の人間だけが知る、怪人の生態研究を行う秘密の監獄があると(うわさ)されていた。


 なぜ林太郎が極秘施設の存在を知っているかというと、ビクトピンク・桃島るるがかつてその研究開発室に籍を置いていたからに他ならない。

 るるの口はヘリウムをパンパンに詰め込んだ風船よりも軽かった。


「地下怪人収容施設か、俺も話に聞いたぐらいで詳しくは知らないけど。それで、何年いたんだ?」

「……2年」


 怪人という千差万別(せんさばんべつ)の特異体を拘置収容するには、通常の留置所では設備が不十分だ。

 かといって、位置を知られては奪還を目的とした怪人たちによる襲撃を受ける可能性がある。


 収容施設はその存在自体が、林太郎たちヒーローにさえも秘匿されていた。

 林太郎が睨んだ通り、この女怪人ソードミナスはそこから逃げ出してきたのだ。


 ただ目の前で身を小さくしている臆病者が、どうやってその極秘施設から脱出できたのかは不明だが。


(ふむ、こいつはヒーロー本部との取引に使えるか……? このネタでゆすれば左遷の話も撤回できるかもな。少しでも情報を引き出しておきたいところだが……)


「……どうした林太郎?」

「いや、(つら)い思いをしたんだなってさ」


 林太郎が思い描くヒーロー本部への復帰計画は、順調に進んでいるといえた。


 たとえ怪人がどのような苛酷な仕打ちを受けていようが、所詮(しょせん)相手は怪人である。

 林太郎にとって重要なのは、いかにヒーロー本部のアキレス腱を握るかという点だ。

 復帰したとしても、網走にとばされては意味がないのだから。


 そのためには打てる手は打ち、切れるカードを一枚でも多く集めねばならないと、林太郎は改めて自分に言い聞かせた。

 同情ではなく、あくまでも林太郎自身の保身のためであり、他意はないと。


「ゆっくりでいい、そこでなにがあったか聞かせてくれないか?」

「ううう、あそこは酷いところなんだ。みんなして私をいじめるんだ……私だって刃物を出したくて出してるわけじゃないのに、出さないと電気を流すって……!」


 湊が顔を覆うと、手の隙間から涙のように手術用メスがあふれ出した。


「はむはむ、そりゃ災難だったッスねえ、はむむぅ」


 今度は五月人形がホットケーキを頬張(ほおば)りながら喋った。

 もとい、鎌倉風の甲冑に身を包んだサメっちである。


「こらっ、食べるか喋るかどっちかにしなさい」

「はむはむっ」

「そんなに美味しいか。今日のは上出来だな」

「はむはむっ」


 サメっちはよほどホットケーキが美味しいのか、脇目も振らずにかぶりついていた。

 ハムスターのようにほっぺたをモニュモニュさせるさまは、林太郎でさえも毒気(どくけ)を抜かれるほどである。


「私もひとつ貰っていいか? ……だ、ダメか? ダメだよね、すまない」

「いいよ、もっと焼いてやるから湊も食べな」

「本当か! ありがとう林太郎!」


 夢中になってかぶりつく怪人たちと一緒に、林太郎もホットケーキを食べることにした。

 自分で焼いたものではあるが、申し分のない会心の出来である。


「なかなか美味いな」

「はむはむ。アニキ、そう言う割にあんまり食べてないッス」

「……甘すぎるのは苦手なんだよ」


 サメっちに急かされるように、林太郎はホットケーキを口に運んだ。

 甘ったるいバニラの香りが、口いっぱいに広がった。



 この日、林太郎はそれ以上、湊から辛い体験談を聞き出すことはできなかった。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうそのころ。

 ヒーロー本部地下収容施設では長官の守國(もりくに)が渋い顔でモニターを見つめていた。

 映像はノイズがひどく、とてもなにが映っているか判別できる状態ではない。


「剣山怪人ソードミナス脱走時の映像です。ノイズの除去も試みましたが、そもそも映像自体が数ヶ月前のものでした。何者かによって録画データが改竄(かいざん)されたものと思われます」


 朝霞(あさか)補佐官の報告を聞いて、守國は更に顔をしかめる。


「警備はなぜ気づかなかった」

「当夜事件のあった時間帯に限り、守衛室ではダミーの映像が流されていたとの調査報告を受けています」

「巡回はどうなっていたんだ」

「当該区域の巡回については30分に1回行われておりましたが、局地的人的災害はその隙を突いて脱出を試みたものと思われます」


 監視映像の改変に加えて、短時間での脱出劇となると導き出される結論はそう多くない。

 どれもこれもヒーロー本部職員でなければ成し得ないことばかりだ。

 怪人に人権を求める声は多く、公務員であるヒーロー本部職員にはそれらに影響を受ける者もけして少なくはない。


「内部の誰かが手引きしたという可能性はないか」

「逃走経路に敷設(ふせつ)された警報設備は、すべて正常稼働していたとの報告を受けています。よって推論の域を出ませんが、内通者がいる可能性は高いかと」


 そう言うと朝霞は眼鏡をクイッと上げる。

 表情ひとつ変えない彼女とは対照的に、守國はことの重大さに奥歯を噛みしめていた。


「この極秘収容施設の存在を知るのは研究開発室の連中か、チームリーダー以上の幹部職員だけだ。怪人の脱走に加担した者がいるのであれば、早急にあぶり出さねばならん」

「はい。すでに条件に該当する人物をリストアップし、身辺の調査を開始しています」

「あわせて目的の調査も進めろ。たしかにソードミナスの特性は異色だが、それにしてもやつは目立ちすぎる。俺にはどうも別の目論見(もくろみ)があるように思えてならん」

「かしこまりました」


 今年で68歳の守國長官は、いったいいつになったら引退できるのかと大きなため息をついた。




 …………。




 ビクトレンジャー秘密基地は数日前とうってかわって閑散としていた。

 本来六人掛けのテーブルも、今は半分しか埋まっていない。


「あそこで取り逃がしちゃったのはマズいよねえレッドちゃん」


 司令官の大貫(おおぬき)は、そう言ってレッドとイエローの顔を交互に見渡した。

 怪人と一般市民がチャンバラを繰り広げる光景が、大きなモニターに映し出されている。

 SNSで絶賛拡散中の、上野公園で撮影された映像だ。


 一部界隈では、この剣だらけの怪人と互角以上に戦う一般市民を英雄視する声もある。

 しかしヒーロー本部、とくにビクトレンジャーにとってはよく知った顔であった。


 緑の断罪人と呼ばれたヒーロー学校第49期首席、ビクトグリーンこと栗山林太郎。

 いや、モニターに映るのは彼の姿を借りたまったくの別物である。

 突如として現れビクトレンジャーのメンバー3人を次々と(ほふ)った正体不明の怪人、その名もデスグリーン。


「ソードミナスを連れ去った相手は、あのデスグリーンで確定だねえ。これ絶対悪用されるよ、無限に出てくる武器庫だもん。それが僕らと敵対する怪人組織の手中にあるってのは、ちょっとまずいよねえ」

「承知しています、これまで以上に苦戦を強いられるでしょう。だけど俺たちならば、剣もデスグリーンも敵じゃありません! なあイエロー!」


 イエロー、黄王丸(きおうまる)は押し黙ってモニターに映る男を見つめていた。


「どうしたイエロー、腹が減ったか?」

「いや、なんでもないでごわす。デスグリーンを倒す方法を考えていただけでごわす」

「そうか、ならいいんだ。しかし無茶はするなよ! お前まで失うことになったら、ビクトレンジャーは俺ひとりになってしまうからな!」

「うむ、心得(こころえ)てごわす。それに万が一のことがあったとしても、わしの“ストロングマワシールド”を破れる怪人など、この世にはおらぬでごわす」


 そう言うと、イエローは自信満々にニッと笑ってみせた。


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