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第百四十三話「包囲網大作戦」

 “富士山爆発災害”


 関東圏における被災者数およそ10万人、経済被害総額はおよそ5兆4千億円。

 単独の局地的人的災害(怪人)による被害としては日本史上最大とされている。


 その主犯として世界でSSS級の指名手配を受けているのが、アークドミニオン総統・ドラギウス三世である。




「当時の煉獄怪人ヒノスメラはアークドミニオンの“幹部”であった」



 怪人たちを統べる王、ドラギウス三世は静かにそう語り始めた。


 10年前、炎を操るその特性から圧倒的な力を誇示していたヒノスメラは、『アークドミニオンが誇る炎の剣、鉄の盾』としてタガラックと並び称されていたという。


 だがヒノスメラは己の力を過信するあまり、身の丈を省みない大それた計画を実行に移す。

 それは“富士山を大噴火させて日本列島を真っぷたつに崩壊させる”という、荒唐無稽な作戦であった。


「無論、多くの被害をもたらすであろう計画に、我輩をはじめアークドミニオンの大半は反発した。しかしそれを押し通すほどに、ヒノスメラの力は肥大化していたのである」


 富士山噴火計画にかけるヒノスメラの執念はすさまじく、何人もの腕利きヒーローたちが立ち向かったが、ことごとく返り討ちに遭った。


 しかし計画の最終段階、富士のマグマ溜まりとの同化を試みたヒノスメラを“懲悪”したのは、同胞(怪人)であるドラギウス三世であった。


 ドラギウスはヒノスメラを封印し、彼女の富士山噴火計画はその道半ばで頓挫する。


 それでもなお被害は抑え切れず、ドラギウスとヒノスメラの戦闘によって生じた爆発は結果として多くの犠牲者を生んだ。

 ヒノスメラはドラギウスとタガラックの手によりアークドミニオン秘密基地の地下深くに幽閉され、ドラギウスは富士山爆発災害の主犯としての汚名を負うことになったのだ。



「……これが富士山爆発災害の真実である」



 その口から語られた真実は、林太郎の知る極悪な怪人像とはかけ離れたものであった。

 日本史に残るほどの、怪人による凶悪事件、その実態は悪の組織における内部抗争と粛清である。


「それが本当なら、ドラギウス総統は怪人じゃなくて、まるでヒーローじゃないですか」

「フハハハハ! 素質は十分(じゅうぶん)であろう? 怪人の本質は悪でもなければ善でもない。それはおぬしが最もよくわかっておろう」


 ドラギウスはニヤリと口の端を吊り上げると、林太郎の肩にしわがれた枯れ木のような手を置いた。

 悪でもなければ善でもない、林太郎はその言葉に、己を待つであろう一番舎弟の顔を思い浮かべる。


 煉獄怪人ヒノスメラの手によって奪われたサメっちを、必ず取り戻すと誓い、固く拳を握る。


「林太郎よ。これは我輩の勘であるが、此度の一件において鍵となるのはおぬしを置いて他にない。……サメっちを、ヒノスメラを救ってやってくれ」


 林太郎は黙って小さくうなずくと、ドラギウスの顔を見返した。

 その顔は悪の総統というより、まるで孫を思いやる老翁のようであった。




 …………。




 ところかわって、東京駅では早朝から蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 まだ夜明け前ということもあり、避難指示を伝えようにも人手が足りないのだ。

 新幹線は始発から全面運休となり、東京駅構内では人々が戸惑いながらも警察の指示に従っていた。


 警察が避難誘導を行う一方で、対怪人唯一の抑止力たりえるヒーローたちは防衛線の内側でやきもきしていた。


「くそっ! このままじゃ銀座がまるごと廃墟になっちまう! どうしてこっちから討って出ちゃいけないんだよ!」

(はや)るな新入り、国民の生命を守ることが最優先だ。それに、守りに徹すれば連携に劣る俺たちにだって勝機はある」


 東京駅前の防衛陣地には、傷を負いながらも正義のために立ち上がる無数の戦士たち、そして全国から集めた複数体の巨大ロボットがずらりと並んでいた。

 このところ頻発していた怪人による闇討ち事件であったが、彼らはその“補填”として全国から集められた()りすぐりのヒーローたちなのである。


「それに敵はたったの一体なんだろう? これだけのヒーロー相手に突っ込んで来られるもんか」

「ああ、死にに来るようなもんだ。正常な判断ができるなら手前で引き返すだろうよ」


 その言葉をあざ笑うかのように、防衛線の一部で巨大な黒い火柱が上がる。

 直後に衝撃と轟音が響き、熱波がヒーローたちを包む。


「ぎゃーーーッ! 突っ込んできたーーーッ!?」

「話が違うじゃないか! 守りを固めろ! 防衛の穴があいたところを埋めるんだ!」


 パニックに陥る防衛線に、煉獄怪人ヒノスメラは堂々と、そしてゆっくりと歩み寄る。


「みなさんごきげんよう、ちょいと通らしてもらいます」

「総員守れ! 俺たちの背後にはまだ一般市民がいるんだ、一歩たりとも通すな!」

「構え! 構えーーーっ!!」


 ヒーローたちは腰から引き抜いた銃を、巨大なバズーカを、ロボットの砲門を一斉に襲撃者へと向ける。

 だがヒノスメラは特に焦る様子もなく、手のひらを天に向かって伸ばした。


「“むすめふさほせ”」


 手のひらの先で黒い炎が渦となり、今までに見たことがないほど大きな球体と化す。

 それはまるで闇に染まった太陽であった。


「やばいぞアレは……退避、退避ーーーッ!」

「バカ野郎退くな! 市民を守れ!」

「いや無理ですってあんなの! 受け止めきれるわけないでしょ!」


 ヒノスメラが手を軽く振ると、黒き太陽はゆっくりと、ジョギングでもするかのようなスピードでヒーローたちに向かって移動を始める。

 明らかに今までの報告とは比べ物にならない破壊が、戦士たちの目前に迫っていた。


「たすけてーッ! おかあさァーーーん!!」




「“バァァァーニングヒィィィートグロォォォーブ”!!!!」


 直後、横薙ぎに撃ち出された真っ赤な火炎光線が、黒い太陽の中心を穿(うが)ち抜く。

 ヒノスメラが放った黒い太陽は灼熱の熱波となって霧散し、周辺の街路樹を焼き尽くした。


 泣き叫ぶヒーローたちの目には、赤いスーツを身にまとったひとりの男の背中が映る。


「心がたぎる赤き光――ビクトレッド!! よかった、なんとか間に合ったみたいだな!!」


 赤いマスク、そして胸に光り輝くVサイン。

 東京本部所属、ヒーローの中のヒーロー、暮内烈人ことビクトレッドは煉獄怪人ヒノスメラに向かい合った。




 …………。




 まだ薄暗い明け方の品川に、複数のエンジン音が鳴り響く。


 タガデンタワーのダンジョンと称される巨大地下駐車場から、バンやトレーラーなど計30台が次々と発進していく。

 各車両に取り付けられた無線機から、ドラギウス総統の檄が飛ぶ。


『総員、対象はサメっち、もとい煉獄怪人ヒノスメラである! 必ずやヒーロー本部よりも先に対象の身柄を確保するのである!』

『1号車タガラック、了解じゃ!』

『2号車ベアリオン、了解だあ! 腕が鳴るぜえ!』

『人智を用いて狂乱の宴を催せし同胞(はらから)よ、北極星(ポラリス)友誼(ゆうぎ)に遭いて彼の地を指し示さんと……』

『4号車デスグリーン、了解しました』


 各軍団長からの応答を以て、四幹部体制となってからは初となる、アークドミニオン四軍団総出撃“煉獄怪人ヒノスメラwithサメっち包囲網大作戦”は実行に移された。

 相変わらずのネーミングセンスは、我らが総統ドラギウス三世によるものである。


『こちらスカウト(斥候)ワンだワン。一定距離を保ちつつ追跡中だワン。対象は東京駅手前でヒーローたちと交戦中だワン』

『こちらスカウト(斥候)ツーだニャンなぁ。ヒーロー側の戦力はビクトレッドほか、いっぱいニャンな。たぶん30人ぐらいニャン、ロボもいるニャンぞ』

「ワンワンニャンニャンやかましいですね。人選ミスなんじゃないですか?」

「それは否めないけど、鮮度の高い情報は重要な武器だ。黛、マッピングを怠るなよ」


 バンの後部座席でぼやく桐華に、林太郎がフォローを入れる。

 助手席に座る湊はカーナビをテレビモードに切り替え、中継映像からサメっちの位置を探っていた。


「林太郎、ヒーローたちは皇居と東京駅の防衛に戦力の大半を割いてるみたいだな」

「……防衛線を張って南に押し返すつもりだな。ヒーロー本部のくせに、なかなか優秀じゃないか」


 本作戦の(かなめ)は2点、ひとつはヒーローたちがヒノスメラ……サメっちを“処分”してしまう前にその身柄を確保すること。

 そしてもうひとつが、サメっちに取り憑いたヒノスメラの無力化である。


 前者を阻止すべくヒノスメラの逃走直後から斥候兼護衛を放ってはいるが、今のところヒーローたちはヒノスメラの炎にまるで歯が立たないようであった。

 しかしビクトレッドが出ているという情報もあるので油断は禁物だ。


「センパイ、このままお互いにやりあってもらって、消耗したところを狙えばいいんじゃないですか?」

「いや、サメっちの身体である以上、万が一にもヒーロー側が勝つという状況は避けなきゃいけない」


 それに後者の問題、ヒノスメラをサメっちの身体から引き剥がさねばならないという難問もある。


「ヒーロー本部の動きに同調して、上手く東京湾までおびき寄せることができれば……」


 林太郎は頭に東京の地図を描きながら、高速で思考を巡らせる。

 少なくとも煉獄怪人ヒノスメラの弱点は“水”であると、林太郎は確信していた。


 火は水に弱いというのは安直な考えかもしれないが、サメっちが力を得た時期とカナヅチになってしまった時期は一致する。

 また実際に対峙した際にも、ヒノスメラはスプリンクラーの水を恐れて逃げだした。


 死にはしないにせよ、ヒノスメラにとって水は十分(じゅうぶん)に弱点たりえるのだ。



 そのとき、バンのフロントガラスにぽつりと当たるものがあった。


「しめた! 湊、天気予報に切り替えられるか?」

「ああ、少し待ってくれ。……林太郎! そうか、これなら……」


 本日の天気を伝える画面上には、関東一円を覆い尽くす白く巨大な雲が表示される。

 林太郎がフロントガラスから空を見上げると、どんよりとした暗い雲が早朝の空を覆っていた。


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