表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/231

第百四十二話「アークドミニオン非常呼集」

局人災(かいじん)警報発令! 区域担当チームはただちに現場へ急行せよ!』


 復興が進む神保町では、急ピッチで進められていたヒーロー本部庁舎の再建に目途が立ち、4月にも新庁舎の落成を迎えようとしていた。

 その男たちが緊急通信を受け取ったのは、新庁舎を下見に訪れた矢先の出来事であった。


「了解、場所はどこや?」

『現在霞ヶ関(かすみがせき)を灰にしながら銀座(ぎんざ)方面に移動中! 東京駅付近はまだ避難が済んでいない、絶対に近づけるな!』

「……やってさ。東京もんは落ち着きっちゅーもんを知らんのう」

「辛いつゆばっかりすすっとるから塩分過多なんとちゃうか?」


 国家公安委員会こっかこうあんいいんかい局地的人的災害きょくちてきじんてきさいがい特務事例(とくむじれい)対策本部(たいさくほんぶ)、その大阪支部に籍を置く彼らの名は、“道楽(どうらく)戦隊ドツイタレンジャー”である。

 普段は大阪心斎橋(しんさいばし)を中心に活動する彼らであったが、関東ヒーロー本部の度重なる壊滅的被害による人的空白を埋めるため、一時的に東京本部への出向を命じられていた。



 5人の戦士は常時であれば道頓堀川(どうとんぼりがわ)の底に格納されている特殊車両に乗り込み、一路銀座を目指す。


 現地に着くとこちらから怪人を探すまでもなく、前方に巨大な火柱が上がっていた。

 その中心にいる女らしき人影が、ドツイタレンジャーたちの存在に気づく。


「…………」

「おー、派手にやっとるなあ。こら点数の稼ぎ時や」

「東京もんとは格がちゃうってところを見せたらんとな」

「油断せんといくで! ツッコミチェンジャー!」


 リーダー格の男が右手を手刀のように構えると、他の四人もそれに倣う。

 そして五人で輪を作り、お互いに隣のメンバーの肩に向かって右手の甲を叩きつけた。


「「「「「ナンデヤネン!」」」」」


 五人の身体が五色に光り輝き、ヒーロースーツへとその姿を変える。

 関西怪人たちにとって畏怖の象徴、大阪の絶対的守護神たちが東京の大地に降臨した。


「たこピン一発! タコヤキレッド!」

「“うつしもゆ”」

「「「「「グワアアアアアアアアア!!!!」」」」」


 漆黒の炎と衝撃波によって、道楽戦隊ドツイタレンジャーはゴルフボールのように放物線を描いて弾き飛ばされた。

 そのまま銀座の空を翔け築地(つきじ)市場跡地を通り越し、1キロほど離れた隅田川(すみだがわ)にちゃぽぽぽぽぽんと落下した。




 …………。




 その様子を阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部でモニタリングしていた男は、天に向かって吠えた。


「うおおおおおおおおおッ!! なんという炎だ! 俺のアイデンティティがッ!! またキャラが薄くなってしまうじゃないかーーーーーッッ!!」


 男の名は暮内(くれない)烈人(れっと)、勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダーとして復職したばかりの熱血漢である。

 2月も末にさしかかりようやく寒さも和らごうかというこの時期に、あろうことか半袖であった。

 それどころか全身に巻かれた包帯の隙間から覗く褐色の肌は、うっすらと汗ばんでいる。


「朝霞さん、お願いします! 俺に出動させてください!」

「承認しかねます。現状ビクトレンジャーは暮内さんひとりなので」


 そう、復帰したはいいものの、ビクトレンジャーは現在烈人の一人所帯であった。


 人知れず殉職したグリーン。

 怪人と化して行方知れずとなったブラック。

 スクラップ置き場から回収されたものの未だ修理中のブルー。

 筋肉がつきすぎてベッドから起き上がれなくなったイエロー。

 そして大事な法要があると言って先週から有給をとっているピンク。

 ちなみに追加要員であったウィルとラマーは職を辞して関西のお笑い養成学校に入った。


 残っているのは数十万トンにも及ぶ剣の津波に飲まれ、先週ようやく救助されたばかりのレッド、烈人のみであった。


「1週間以上絶食を強いられていた暮内さんも、前線に出せる状態ではありません」

「俺なら大丈夫です。もうピンピンしてますよ!」

「何故ピンピンしていられるのかが謎ですが……」


 ここ1週間、関東圏のヒーローチームが次々と襲撃を受け、壊滅させられる事件が相次いでいる。

 後手後手に回され続け拡大するばかりの被害に、烈人のフラストレーションは頂点に達していた。

 朝霞司令官とて打つ手がなくヤキモキしていることに変わりはないのだが、未だヒーロー本部は神出鬼没の怪人を映像に収めることすらできていない。


「敵は相当な手練れです。暮内さんの手に負える相手である保証はありません」

「朝霞さん、俺にはわかるんです。ヤツの動きは今までと明らかに違う……何か焦ってるように見えませんか?」

「それは勘ですか?」

「勘です!!」


 そのとき銀座の様子を映していたモニターの映像が乱れた。

 併設された無線機から、オペレーターの声が響く。


『ドローンが怪人の接写に成功! 現場の映像、きます!』


 連続ヒーロー襲撃犯、そして関西からの出向チームを一瞬で屠った黒炎の怪人、その映像がモニターに映し出される。


 烈人と朝霞はそれを目にするや否や、思わずお互いに顔を見合わせた。

 長い亜麻色の髪に、健康的な体躯、はちきれそうな小さめのパジャマを身にまとう、その女の姿は――。


「これって……? なんかどこかで見た誰かに似ているような……」

「……冴夜(さや)……?」


 朝霞が思わず口にしたのは、3年前に怪人として覚醒し彼女のもとを去った妹の名であった。




 …………。




「それじゃあ説明してもらいましょうか」


 焼け跡と化した会場の片づけと、地上までぽっかりと空いた穴を塞ぐようザコ戦闘員たちに指示を出した後、林太郎たちは暗黒議事堂に場所を移していた。


 林太郎は副官として桐華と湊を帯同させていた。


 他には傷の手当を済ませた総統ドラギウス三世を筆頭に、倉庫からくららちゃん・9歳バージョンを引っ張り出してきて、ちょっと幼くなった絡繰将軍タガラック。

 そして各々副官を連れた幹部、百獣将軍ベアリオンと、奇蟲将軍ザゾーマも同席していた。


 それだけではない。

 議事堂の外には、すでにアークドミニオンの全軍団(・・・)が完全武装で集結している。



「ガハハハハ! やっぱり生きていやがったかあタガラック! オレサマはどうせそんなことだろうと思ってたぜえ!!」

霧中(むちゅう)の道を()き、星々の声を聞く者よ。傍観せし神々が指し示したるは栄光か。はたまた破滅か。()の足が踏み()でるは神の御心(みこころ)にあらず。()の心は羅針盤の(おもむ)くまま、真理のヴェールに手をかけよ。さすれば道は示されん」

「ザゾーマ様は『おやおや、お通夜で号泣していたのはいったいどこの誰だったでしょうか? 次はクマの葬儀かな?』と仰っています」

「オレサマは泣いてねえ! ちょっと飲みすぎただけだあ!!」


 怒りで牙を剥くベアリオンといつも通りマイペースなザゾーマであったが、ドラギウスが一つ咳ばらいをするとすぐに口をつぐみ真剣な面持ちになった。

 ドラギウスは地の底から響くような声で、ゆっくりと語り始める。


「これは非常事態である、みな心して聞いてほしい」


 ドラギウスは議事堂内の者たちの顔をその鋭い眼光で一通りなめると、一呼吸おいて言葉を続けた。


煉獄(れんごく)怪人ヒノスメラが復活したのである。それもあろうことか、サメっちの肉体を媒介として」


 ドラギウスの言葉にタガラックは目を閉じ、険しい顔で腕を組む。

 だが他の者はいまいち状況が飲み込めていないようであった。


「ヒノスメラあ? なんだそりゃあ?」

「おぬしらが知らぬのも無理はないのである。ヤツを封じたのはかれこれ10年も前のことであるからして、アークドミニオンでも知る者は極めて少なかろう」


 10年前、その言葉に最も反応を示したのは意外なことに最も新参の林太郎だった。


 怪人組織は常にヒーローから狙われる特性上、およそ1年以内に壊滅するものがほとんどであり、そのサイクルは極めてはやい。

 しかし林太郎にはヒーローとして培った、過去の怪人事件に関する知識があった。


 林太郎は同じくヒーロー学校出身の桐華と短く言葉を交わす。


「……10年前と言ったら……黛、あれ(・・)だ」

「黒い炎……まさか。もっと早くに気づくべきでした」

「……うむ、さすがは林太郎である、もう察したか」


 ドラギウスの問いかけに、林太郎は黙ってうなずいた。


 ちょうど10年前、関東一円に甚大な被害をもたらした、怪人による大事件。

 林太郎たちのやり取りから思い至ったのか、他の幹部や副官たちも先ほどまで(けな)しあっていたことなど忘れて真剣な顔になる。


「そうか、10年前っていやあ……くそっ、そういうことかよ……!」

「月下に愛を語るなかれ、女神の嫉妬は矢となりて比翼連理(ひよくれんり)の絆をも射抜かん。我は深層にあって深淵を()く者なり。分かたれた翼を拾い集め、生糸(きいと)を紡ぐ隠者なり」

「ザゾーマ様は『忘れ難き、富士の災厄ですね』と仰っています」


 ベアリオンは硬い机に爪を立て、ザゾーマですら紅茶を飲む手を止めていた。


 日本人ならば誰しもが知る富士の災厄、それは怪人でなくとも記憶に深く刻まれていることであろう。


 富士五湖が富士一湖となるほどの、局地的人的激甚災害(・・・・)

 原因とされた怪人は、林太郎の目の前にいるこのドラギウス三世である。


 それが通説であった、少なくとも記録上は。



 言葉を待つ者たちに応えるように、ドラギウスは顔の前で手を組み、神妙に言葉を発した。



「煉獄怪人ヒノスメラは、10年前に起こった“富士山爆発災害”の実行犯である」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ