第百四十話「名も無き者を照らす蝋燭の火」
いつも賑やかな宴会場は、おごそかな空気に包まれていた。
壁にはくじら幕が掛けられ、線香と菊の香りが喪服に身を包んだ怪人たちを迎える。
「この度はまことにご愁傷さまでございますウィ……」
「お悔やみ申し上げますウィ……」
「まさかこんな事故が起こるなんてウィ……」
故人を悼む弔問客たちが、一人ずつ芳名帳に名前を書き記す。
“哀悼タガラック最期のお別れ会第1弾、お通夜編”はしめやかに行われ、会場内は深い哀しみに包まれていた。
その末席に、数珠を握りしめた林太郎の姿もあった。
異様に喪服が似合う林太郎は、懐のデスグリーン変身ギアに向かって話しかける。
「しかし表題はともかく、あの写真はなんとかならなかったんですか?」
白菊に包まれた壇上には小さな棺が安置され、その上には巨大な遺影が飾られている。
写真の中の幼女は両手でピースを作りながら、他人を馬鹿にするようにベロぉんと舌を出していた。
『なんじゃい林太郎! わしのチョイスとかわいい顔に注文を付けるとはいい度胸じゃな!』
デスグリーン変身ギアから幼女の声が響いた。
その声の主は本来棺に収まっているべき“本日の主役”である。
このタガラックの葬儀は林太郎とタガラック本人が画策した完全なる嘘の葬式であった。
その趣旨はもちろん弔いなどではなく、アークドミニオン内部の裏切り者を炙り出すための罠だ。
万が一にも参列者と鉢合わせると大パニックになってしまうため、タガラックは湊とともに別室でモニタリングを行っている。
「まったく、死んだという自覚をもう少し持っていただきたいですね」
「しかしこんなので本当に尻尾を出すかのう……わしは半信半疑であるぞ」
「総統はもう少し殺気を抑えてください」
林太郎の隣で刃が如き鋭い視線を周囲に配るのは、我らが総統ドラギウス三世である。
タガラックが引き込んだのだが、協力者としてこれ以上心強い人物もいないだろう。
ただこの老人、タキシードではなく礼服を身にまとっているものの、十字架とにんにくを握りしめるさまは何かを勘違いしていると言わざるを得ない。
“第1弾、お通夜編”などというイカれた表題をつけたのもこの御仁である。
「この葬儀で大事なのは情報を流すことです。もし犯人がこの中にいるのならば、早ければ今夜中にでもアクションを起こしてくるはずですから」
林太郎はそう言うと濁った眼を細め、会場内を見渡した。
会場では誰も彼もが、タガラックの不幸な事故を哀しんでいる。
怪人たちには、彼女の死因は開発中の新武装の誤爆であると伝えられていた。
もちろんそれは林太郎とドラギウスが流したデマである。
「犯人がもしタガラック将軍だけを始末しようと考えていたならば、バトラムやメイディと同じように夜のうちに始末しておくべきです。しかしわざわざ時限爆弾なんて回りくどい手を使った理由は……」
「極悪怪人デスグリーン、しかあるまいな……」
そう、狙われたのはタガラックだけではない。
極悪怪人デスグリーンもまた、犯人の標的なのである。
そこに思い至った林太郎は、すぐさまタガラックが爆発する直前の会長室の様子を思い出した。
会長机にまでつけられた大きな傷、しかしヒビひとつ入っていなかった大きな窓ガラス。
そして焼け跡はあれど血痕の一滴も落ちていない床、それらが意味するものは一つ。
「そもそも会長室に残された激しい戦闘の痕跡、あれが不自然なんですよ。あの傷は実際の戦闘でついたものじゃありません」
「事件性をアピールするべく、後からつけられた演出……であるな」
実際タガラックの爆発に伴って窓ガラスは粉々に砕け散り、その轟音と炎によって“タガデンの悲劇”は万人の知るところとなった。
10人中10人が『事件はそのときに起こった』と思うだろう。
――それこそが犯人の狙いだ。
作り出された事実から導き出される答えは、ありもしない“アークドミニオンの内部抗争劇”である。
両方始末できれば幹部同士の諍いの末の同士討ちとして処理されるだろう。
万が一どちらかが生き残っても状況証拠から同僚殺害を企てたという疑念は拭えず、生き残った幹部の更迭は免れない。
いずれにせよ両軍団に大きな禍根を残す結果となり、遠からずアークドミニオンは内部崩壊を起こす。
「したたかで頭の回るヤツです。そいつを誘き出すには犯人の計算を狂わせた上で――」
「林太郎自身を餌にする他ない、であるか。しかしその線が正しければ他の幹部が狙われる可能性もあるのではないか……?」
「その可能性も捨てきれませんが、恐らくは十中八九俺を狙ってくるはずです」
「ほう……おぬし、何か狙われる心当たりがあるのか?」
「……確信、ってほどじゃないですけどね……」
目論見を露見させないよいう、ふたりは顔を合わせずに言葉を交わした。
…………。
その日の深夜。
“哀悼タガラック最期のお別れ会第1弾、お通夜編”はつつがなく執り行われ、会場は棺前のわずかな灯りを残すのみとなった。
薄暗い会場内では、頼りない蝋燭の火に照らされ一人の男が座って寝ずの番をしていた。
みんなの前で寝ずの番を申し出た男の名は、栗山林太郎。
故人である絡繰将軍タガラックと最期に言葉を交わした男だ。
「…………ぐぅ……」
丑の刻を回り、林太郎もうつらうつらと船を漕ぎ始めていたそのときである。
会場の扉が音もなく開かれた。
「………………」
扉の隙間から林太郎の背中を見つめる目が、闇の中で怪しく光る。
その影はまるで風のような身のこなしで会場内に滑り込むと、無防備にうたたねする林太郎に忍び寄った。
上着から取り出された抜き身のナイフが、蝋燭の火に照らされオレンジ色の殺意をまとう。
侵入者は静かに寝息を立てる林太郎の背後に立ち、剥き出しのうなじを見下ろした。
“怪人殺し”の毒薬がたっぷりと塗られたナイフが、草木が首をもたげるようにゆっくりと振り上げられる。
「ほんま、堪忍なあ……」
影が呟くのと同時に、その足元が銀色にきらめいた。
「千剣の監獄!!」
「…………ッ!?」
地面から無数の剣が生えたかと思うと、侵入者を取り巻くように小さなドームを形成した。
重なり合った何十本、何百本もの剣は、侵入者を捕らえたまま直径3メートルほどの巨大な球体となってゴロリと転がる。
侵入者の捕獲を確認すると、寝たふりをしていた林太郎は闇に潜んでいた仲間に声をかけた。
「でかしたぞ湊、できればもう少し早く捕まえて欲しかったけどな」
「すまない林太郎、ききき、緊張で手が震えて……」
「クックック、林太郎の部下はなかなか優秀であるな」
「ふひょひょ! くららちゃんボディの恨み、今こそ晴らしてくれようぞーッ!」
会場内に照明が灯され、剣の檻を林太郎、湊、ドラギウス三世、ついでにル●バと化したタガラックが取り囲む。
「さて……通夜の晩に夜這いをかけるなんざ、洒落たことしてくれるじゃないか。故人もさぞお嘆きのことだろうよ、ねえ?」
「林太郎かまわんぞ、やれ! やってしまうのじゃッ! 裸に剥いてはちゃめちゃに辱めるのはおぬしの得意技じゃろッ!」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
そう言うと林太郎は侵入者を捕らえた檻球をガンと蹴りつけた。
「酷い目にあわせるかどうかは、こいつ次第ですよ。ほら、なんとか言ったらどうなんだ?」
囚われた侵入者は観念したように、しばらく口をつぐんでいた。
しかしみんなが足で球をゴロゴロ転がすと、やがて涙交じりの声が球の中から聞こえてくる。
「ふぇぇぇぇん、出してッスぅぅぅ……」
「…………その声は……さ、サメっち……?」
その場にいた4人は耳を疑う。
それはまぎれもなく、極悪軍団のナンバー2を自称する、サメ型怪人少女の声であった。