第百三十七話「暗黒怪人ドラキリカVS牙鮫怪人サーメガロ」
黛桐華とサメっちによる模擬戦、その許可を与えたことを林太郎は早くも後悔した。
「暗黒破壊光線!!」
「サメサメ波ァーッ!!」
「待って俺がまだ間に、ギャーーーーーッ!!」
黒き波動砲同士がぶつかり合う衝撃波で、林太郎の身体は木の葉のように吹っ飛ばされる。
ふたりのパワーは林太郎の想像を遥かに超えていた。
否、予想外だったのは驚異的なまでの躍進を見せるサメっちのパワーだ。
地面にべしゃっと落下した林太郎は、拮抗するふたつのエネルギーを見て驚愕した。
「サメっち……いったいいつの間にそんな力を……?」
林太郎は正直なところ、此度の試合は桐華のワンサイドゲームになると踏んでいた。
桐華は昔からなにかと林太郎相手に手合わせをしたがる、妙に好戦的な後輩である。
林太郎自身は試合の申し出をことごとく卑怯卑劣な手段でのらりくらりとかわし、時に口に出すのもはばかられるような方法で桐華を完封してきた。
それはひとえに直接刃を交わせば勝負にならない、そう思わせるだけの飛び抜けた才能が桐華にあったからであり、怪人覚醒した今でもその認識は変わっていない。
ところがサメっちはどうか。
まだ幼いということを抜きにしてもその体で脅威となるのはせいぜい牙ぐらいのものだ。
『必殺メガロドンキック』でさえも、日ごろから鍛錬を積んでいるヒーローたちからすれば児戯に等しい。
サメ怪人であるサメっちが得意とするのはいわずもがな水中戦であり、それも牙鮫怪人サーメガロとしての怪人化があってのことだ。
そのサメっちが怪人化をすることもなく、アークドミニオン最強の暗黒怪人ドラキリカと競っていること自体、林太郎にとっては信じられない光景であった。
無論それは“ヒノちゃん”の助力によるものなのだが、対戦相手の桐華や林太郎をはじめとするギャラリーたちはそんなこと知る由もない。
「……なかなかやりますね。パワーは互角といったところでしょうか」
「むあああ押し切れないッス! ヒノちゃんもっと出力アップッスぅ!」
『見物人がぽんぽん死んでもええんやったら、うちの本気出したってもええよ』
「それはダメッス!」
サメっちはそのほんのわずかな動揺から、コンマ1秒だけ桐華に対する注意が散漫になる。
しかし相手の一瞬の気のゆるみを見逃す桐華ではない。
「無月一刀流、麝香」
突如、桐華の身体がまるで霞のように消え失せた。
だが実際に消えたのではない、桐華はサメっちの意識の隙間をすり抜けたのだ。
競り合う相手を失った“ふかひれ波”が宙を穿ち、サメっちは完全に桐華の姿を見失う。
「は、はれっ? キリカがいないっス!?」
「“正面からぶつかってくる相手は集中力を逆手に取られると脆い”」
音もなく降り積もる雪のように、芯から凍える冷たい声がサメっちの足元から聞こえた。
恐怖のあまり背筋が凍るとは、まさにこのことである。
サメっちは今まで正面衝突していた相手に奇襲をかけられるとは予想だにしていなかった。
「サっ、サメサメっ……」
「“相手に手札を切る隙を与えてはいけない”」
サメっちは慌てて必殺技を放とうとするも、次の瞬間には小さな身体がふわりと浮き上がり、天と地が入れ替わる。
桐華によって足首を掴まれたサメっちは、抵抗する間もなく逆さ吊りにされてしまった。
「ふぎゃーッ、放すッス! サメっちは最強なのに、こんなのおかしいッスゥ!!」
「“才能に驕る者は、その才能こそが最大の弱点となる”……サメっちさん、ちょっと力を得ただけで最強を名乗れるなら、努力なんていらないんですよ」
宙吊りの少女ににっこりと冷たく笑いかける桐華は、そのままサメっちのまるで似合っていないサングラスや金ぴかのガウンを剥ぎ取って無造作に放り投げた。
それを眺めていたギャラリーたちも、さすがに乾いた笑いを浮かべる。
「うわ……サメっち相手でも容赦ないなキリカは……」
「ああは言ってるけど、黛もたいがい慢心するクセは改めるべきだろうね」
あっという間にサメっちはTシャツとパンツ一枚の姿に剥かれてしまった。
驕り高ぶり増上慢も、すっぽんぽんにされてしまってはもはや形無しである。
「ひゃぁーんッス! キリカはケダモノッスぅ!!」
「これでも手加減しているほうなんですよ? 私はかつてセンパイに全裸まで剥かれたこともあるんですから」
林太郎の桐華に対する鬼畜の所業が、また一つ明るみに出た。
ビキニ姿の湊が自身の豊満な胸元を隠しながら、まるで変な虫を見るような目で林太郎に視線を送る。
「林太郎……女の子相手にお前……それはさすがに……」
「いや違うんだよ湊。確かに“服にこだわって負けたら意味がない”って教えたことはあるけど、俺が無理やり脱がしたってのはちょっと語弊があると思うんだよね……」
ちなみにその教えはしっかり根付いており、時としてスーツを囮に用いるといった形で桐華の戦術に大きく反映されている。
実際にウサニー大佐ちゃんなんかは、かつてその戦術の前に敗れ去ったりしている。
だがヒーロー学校時代のことゆえ、詳しく説明できない林太郎は涙をこらえながら唇を噛んだ。
「サメっちをハズカシめてどうする気ッスか!」
「こうするんですよ」
林太郎の無駄な傷心など意にも介さず、桐華はサメっちの両足を小脇に挟むとその場でぐるぐると回転を始める。
いわばジャイアントスイングであり、足首を固定されたサメっちは振り回されるがまま遠心力に引っ張られてバンザイをしていた。
「はわわわわわわッス! ヒノちゃん助けてッスぅぅぅ!!」
『いやー、こうなるともうお手上げやね。まいったまいった』
「そんなぁーーーッスぅぅぅぅぅぅぅ!!」
怪人の中でもトップクラスのフィジカルを誇る桐華の回転数は、プロレスラーの比ではない。
あまりの高速回転にグラウンドの土はえぐれ、土煙が周囲に立ち込める。
ギャラリーたちは振り回されるサメっちを目で追うのがやっとであった。
「おい黛! 安全なところに飛ばしてやれよ!」
「了解しましたセンパイ! そぉーーーれ、飛んでけーーーッ!!」
「あァーーーーーーれェーーーーーーッスぅーーーーーー!!」
スポーーーンとハンマー投げよろしく放り投げられたサメっちは、放物線を描きながらグラウンドの端へと飛んでいく。
その先は水練用に設けられた巨大なプールであった。
ぐるぐる目を回しながらも、サメっちは並々と注がれた大量の水を前に勝機を見出す。
「……し、しめたッス! 水を得たサメっちは無敵ッス! ここから逆転満塁ホームランッスゥ!!」
『……あ、やば……あかんあかんあかん、あかァーーーーーん!!』
「ほへッス? ひ、ヒノちゃん……?」
ドッポォーーーンと水柱が上がり、サメっちの身体が見事プールにホールインワンする。
桐華はもちろん、林太郎たちギャラリーも慌ててプールサイドに駆け寄った。
「すごい音だったな……おーいサメっち大丈夫かー? まあむしろ元気になってそうだけど」
サメっちは水棲生物怪人である、水の中はむしろホームグラウンドであった。
しかし林太郎の呼びかけに返事はない。
あれた水面が落ち着きを取り戻すと、プールの中央付近の水面がぶくぶく小さく泡立っているのが見えた。
「さ、サメっちィィィィィーーーーーッ!!」
「…………ぶくぶくぶくぶくッス…………」
迷わず飛び込んだ林太郎によってプールから引き揚げられたサメっちは、漫画のように口からぴゅーっと水を噴いて気を失っていた。
…………。
「ということがありまして……」
「なるほどのう、サメっちがパワーアップと引き換えにカナヅチにのう……」
林太郎はその夜、絡繰将軍タガラックの個室であるタガデンタワーの最上階、会長室を訪れていた。
最近のサメっちの異常について、報告も兼ねた相談のためである。
「このところ調子が良かったみたいで、どうやらヒーローチームを潰して回っていたらしくって」
「ふーむそれも妙な話じゃな。わしが知る限り、サメっちの実力では返り討ちに遭うのが関の山じゃぞ」
「本人は『成長期ッス』って言い張っているんですが、どうにも腑に落ちないんですよねえ」
急激な成長というには、その黒い炎を操る能力はサメっちのこれまでの特性と比べて明らかに異質であった。
なお当のサメっちは溺れたことがよほどショックだったらしく、今朝までの増長っぷりもどこへやら、今は林太郎の部屋で大人しくしている。
「しかし黒い炎か……ううむ、まさかな……」
「その様子だと、やはりなにかご存知なんですか?」
「いや、それはありえん話じゃ。林太郎よ、今のは忘れてくれ」
林太郎とて、なにもあてずっぽうにタガラックのもとへ相談に来たのではない。
アークドミニオン再古参のタガラックならば、原因がわかるのではないかと踏んでのことだ。
しかしタガラックはどうにも歯切れが悪そうに答えを渋っているようであった。
「林太郎、すまぬが今すぐに調べたいことができた。明日の昼にまた来てくれんか」
「その調べものってのはサメっちに関わることですか?」
「そうさな、そうかもしれん。しかしあまり外に漏らせる話でもないのじゃ……」
今日のところはタガラックからこれ以上の情報を引き出すことはできない、ということなのだろう。
いつになく深刻そうなタガラックに圧され、林太郎は言われた通り席を立った。
広い会長室に残されたタガラックは、その身体に似合わぬ大きな会長の椅子に腰かけて爪を噛んだ。
「わしの杞憂であればよいが、よりにもよって黒い炎とはのう……まさか“ヒノスメラ”か……? いや……まさかな……」