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第十二話「怪人としての初仕事」

 翌朝、林太郎はヒーロー本部復帰に向けた行動を本格的に開始した。


 すでにビクトレンジャーのメンバーふたりを手にかけてしまっている以上、手ぶらでは戻れない。

 もはや左遷は覚悟の上とはいえ、林太郎がヒーローとして復職するには払った犠牲に釣り合うだけの功績が必要だ。


 そこで目をつけたのが、サメっちがいつもやっているという“仕事”である。



 天気予報は今日も快晴をうたっていた。

 しかし地下数百メートルの秘密基地に、冬の太陽の光が降り注ぐことはない。


 プロジェクターの光だけが、無駄に広い部屋をぼんやりと照らしていた。

 映し出されているのは、目元が涼しげな黒髪の女性だ。

 怯えたような自信なさげな表情が、なんとも見る者の嗜虐心(しぎゃくしん)をかき立てる。


「今回のターゲットはこいつ、“剣山(けんざん)怪人ソードミナス”ッス」

「その名前聞いただけでもう会いたくないんだけど。絶対切れたナイフみたいなやつでしょ」

「実際やってることもなかなかにキレてるッス」


 つい昨日のことである。

 都内ですれ違いざまに衣服を切り裂くという通り魔事件が相次いだ。

 ネットニュースもSNSも、すっかりこの話題で持ちきりである。


 特筆すべき点としては、現場には犯行に用いたと思しき刃物が必ず複数残されているということであった。

 それも出どころもメーカーも一切不明の代物(しろもの)なのだとか。


「今のところ怪我人は出ていないッス」

「このやり口じゃ、それも時間の問題だな」


 アークドミニオンはこの一連の事件が“野良(のら)怪人”の仕業(しわざ)であると結論づけた。

 そして過去のデータベースから浮上したのがこの“剣山怪人ソードミナス”である。


 資料には2年前、ヒーロー本部の活躍によって札幌市内で拘束されたとあった。

 それがどういうわけかいま、東京で騒ぎを起こしているらしい。


 なぜ林太郎たちがこんなデータを調べているかというと。

 これからこの怪人を迎えに行く(・・・・・)のが、サメっちの仕事であるというのだ。


 世間を騒がせる野良怪人の“保護”は、アークドミニオンの活動のひとつだという。

 林太郎が手違いでアークドミニオンに連れてこられたのには、こういった経緯があったのだ。


「アニキの初仕事ッス。サメっちも気合い入れるッスよ」

「お手柔らかに頼むよ」


 いつもひとりで仕事をこなしていたというサメっちは、ずいぶんと舞い上がっていた。


 これまでアークドミニオンの客分(きゃくぶん)でしかなかったデスグリーンからの、助力の申し出である。

 アニキが自分の仕事に興味を示してくれたことが、よほど嬉しかったのであろう。


 だが表面上アークドミニオンに従属してはいるものの、当然のことながらこれは林太郎の本意ではない。

 これも地下組織脱出ならびに、ヒーロー本部復帰に向けた作戦の一環である。


 林太郎は腹の内でドス黒くほくそ笑んだ。


(クックック、こいつはまたとないチャンスだ……)


 かつて林太郎がビクトレンジャーとして任務をこなしていたころ、たまに標的の怪人が忽然(こつぜん)と姿をくらませることがあった。

 なんとその裏には、秘密結社アークドミニオンの怪人保護という暗躍があったというわけだ。


 もしこのカラクリの全容を掴むことができれば、これ以上の手柄はない。

 怪人組織の動きをつぶさに知るチャンスなど、めったにあることではないのだから。


 とくに秘密結社アークドミニオンはその存在はもちろん、活動面においても秘匿(ひとく)性の高い謎多き組織だ。

 ヒーロー本部への手土産として、これほど適した情報もないだろう。


(俺は敵の動きを知るため、スパイとしてアークドミニオンに潜り込んだということにすれば……自然な流れで復帰もできるってわけだ……ククク、完璧だな……)


 これぞまさに、災い転じて福となす。

 手違いから始まったこととはいえ、実に()の通った作戦あった。


 林太郎がそんなことを考えているなどつゆ知らず、サメっちは説明を続ける。


「ヒーロー本部が駆けつけてくる前に終わらせるのが、この仕事のキモッス!」

「なるほどね、駅や空港で網を張ってもかからないわけだ」


 アークドミニオン秘密基地にうごめく怪人たちの多くは、そうやって集められていた。

 それならば壊滅させた組織の残党が多く在籍している理由にも納得がいく。


 かくいう林太郎も、野良怪人と間違われてここへ連れてこられたわけだが。


「これもアークドミニオンのお仕事ッス! サメっちこの仕事得意ッスから、アニキも頼ってくれていいッスよ」

(俺はサメっちが失敗(チョンボ)したから拉致されたんだけどな)


 林太郎は喉から出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 それよりも脅威なのは、怪人組織がヒーロー本部よりも優れた情報網を持っていることである。

 やはり(じゃ)の道は(へび)ということなのだろう。


 野良怪人の情報はサメっちが持つ“怪人大辞典”と題された分厚いファイルに集約されていた。


「そのデータベース便利だね。あとで見せてよ」

「ダメッスぅ! これはサメっちのアイデンティティーッスぅ!」


 林太郎はサメっちに悟られないよう、心の中で舌打ちをした。


「そりゃ残念だ、色々使えると思ったんだけどな」


 もちろん、ヒーローとして復帰したあとの話である。

 これがあれば捕まえた怪人をいちいち拷問にかけて周囲から(さげす)みの目で見られるようなこともあるまい。


「そんなにガッカリしなくても、アニキならすぐに同じものがもらえるッスよ。んじゃ次はこいつを見てほしいッス」


 サメっちはリモコンを操作してプロジェクターの画像を切り替えた。

 映し出されたのは赤い点がいくつか記された東京の拡大地図である。


「最初の被害は御茶ノ水(おちゃのみず)ッス。それから神田明神(かんだみょうじん)、その次がアメ(よこ)ッスね」

「……少しずつ北上してるわけだ。じゃあ次は上野かな」

「むふふ、さすがアニキッスね。じつはさっき怪人の目撃情報があったッス」

「お膳立てまでしてくれるとはありがたい限りだ」


 ひと通りサメっちから話を聞いた林太郎は、(にご)った目に仕事人の鋭さを宿す。

 林太郎にとってみれば、やることはいつもと変わらない。

 狩るか、保護するか、ただそれだけの違いだ。


「やる気まんまんッスねアニキ!」

「ああ、手早く済ませよう」




 ………………。


 …………。


 ……。




 それから間もなく、サメっちを助手席に乗せた林太郎は、怪人が目撃されたという目的地に車を停めた。


 “上野公園”

 春には桜の名所として大勢の花見客で賑わい、多くの文化施設を(よう)する日本芸術の中心地である。

 そう思うと、枯れた木々や北風に吹かれて波立つ水面(みなも)でさえ、なにやら高尚な作品のように見えてくる。


「サメっちスワンボート乗りたいッス!」

「よおし、じゃあひとりで乗っておいで、アニキはここで見てるから」

「うわあん、アニキ冷たいッス! あっ、たいやきッス! アニキたいやきッスよ!」

「そうだねえ、たいやきだねえ。それはそれとして、じゃあ行こうかサメっち」

「うわあん、置いてかないでほしいッス!」


 右へ左へ誘惑に入れ食い状態で釣られまくるサメっちの手綱(たづな)を握り、林太郎たちは広い上野公園をくまなく歩きまわった。



「アニキは尻尾から食べる派ッスか? むふふ、サメっちたいやきはおなかから食べる派ッス」


 たいやきを買ってもらったサメっちはゴキゲンであった。


「走っちゃあいけないよ。ハシャいでると転んで池に落ちてピラニアに食べられちゃうかもしれないからね」

「だいじょぶッス! サメっちこう見えて泳ぐのは得意ッス!」

「だろうね。いやそういう問題じゃないんだよ、ほら前見て歩かないと――」


 だが林太郎の警告は、ほんの一瞬遅かった。


「うわぷッス!」

「ぐふっ……!」


 サメっちは通行人の女性とぶつかって、あろうことか両者ともにすっころんでしまったではないか。

 単独事故ならばまだしも、接触事故となれば穏やかではない。

 林太郎はあわてて両者に駆け寄った。


「あーもう、だから言わんこっちゃない! すみませんウチのバカなサメが……」

「いっ、いえいえいえいえいえ! いいんです! こちらこそっ、前が見づらかったもので……」


 相手の女性は林太郎が差し伸べた手を断り、いそいそと立ち上がった。


「ほら、サメっちもあやま……って……?」

「ごめんなさい……ッス……?」


 林太郎とサメっちはその女の姿に、しばし呆然とした。


 ボロボロのロングコートに、金田一耕助のようなチューリップハット、それはいい。

 絵に描いた不審者のような濃いサングラスに、口元を覆い隠す大きなマスク、百歩(ゆず)ってそれもいい。


 驚いたのはその女の身長である。

 けして低くはない林太郎の背丈を、さらに頭ひとつ上回っていた。

 かといってガタイが良いというわけでもなく、しいていうなら海外のモデルのようなすらりとした長身である。


 その怪しい格好と相まって、どう見ても堅気(かたぎ)の人間ではない。


(あ、これあかんやつだ)


 林太郎はそんなことを考えていたが、女も女で相当焦っているようであった。


「こここここ、こちらこそ、すみません……! 本当に、ごめんなさい!」


 ペコペコ頭を下げるやいなや、女は走り去ってしまった。


「……迫力あったッス……」

「うん、サメっち今度からはちゃんと気をつけるんだよ……ん?」

「どうしたッスかアニキ?」

「それ、サメっちがやったの?」


 林太郎が指さしたのは、つい先ほどサメっちに買い与えた“たいやき”である。

 たいやきは頭を落とされ、その断面は食品サンプルばりにまっ(たいら)にされていた。


「ああーーっ! サメっちのたいやきくんのオカシラがぁーっ!」


 肝心の頭はというと、これまた無惨にも地べたに転がっていた。

 ひと振りのナイフと一緒に。


 そのナイフを拾った瞬間、林太郎は今朝サメっちから受けた説明を思い出した。

 無差別で唐突な犯行、現場に凶器を残す不可解な手口、それはまさに――。


「サメっちのたいやきくん……」

「たいやきはまた買ってあげるから。それより追うぞサメっち」

「追うって、さっきの女の人ッスか?」

「そうだ、あいつが“剣山怪人ソードミナス”だ!」


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