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第百十八話「燃える正義VS凍える悪」

 その日、東京都内は季節外れの記録的なゲリラ豪雨に見舞われた。


 太陽の光を覆い尽くした暗雲から一筋(ひとすじ)の閃光がきらめくやいなや、東京タワーの頂上で神の怒号がごとき雷鳴を轟かせた。


 それを合図とばかりに、降り注ぐ雨粒よりも速く繰り出された拳と剣がぶつかり合う。



「うおおおお!! みんな、俺に力を貸してくれ! ビクトレッド・フェニックスフォーーーム!!!!」



 正義の拳・暮内(くれない)烈人(れっと)の叫びとともに、赤いビクトリースーツの上に燃え盛る炎をかたどったアーマーが浮かび上がる。

 背中から噴き上がるふたすじの炎柱(ほのおばしら)は、まさに空を翔ける不死鳥の翼そのものであった。


 仲間の死を乗り越え、ビクトレッドが手に入れた新たなる力は、デスグリーンのパワーを圧倒する……かに思えた。



「昔っからてめえのそういうところが気に食わねえんだよ!!!!」



 力を手にしたのはビクトレッドだけではない。

 極悪怪人デスグリーンこと栗山(くりやま)林太郎(りんたろう)の全身にもまた、黒く浸食された呪いのような模様が浮き上がっていた。


 まるで仲間を傷つけられた彼自身の怒りが、全身にあまねいて渦を巻いているようにも見える。


 この模様自体は粉々に破られたスーツを修繕するため、ビクトブラックのスーツでつぎはぎを試みたことによるものなのだが。

 ふたつのスーツを繋ぎ合わせたことで、結果的にその出力性能は従来のデスグリーンスーツをはるかに上回るものとなっていた。


「「うおああああああああああああッ!!!!」」


 拮抗する力の衝撃が解き放たれ、ふたつの身体が同時に弾き飛ばされる。

 赤い身体はビルをなぎ倒し、緑の身体は東京タワーの展望台を貫いた。


 しかしもはやこの程度で止まるふたりではない。

 お互いにここで決着をつけなければならないという意思だけが、彼らを突き動かしていた。


「もう……もうやめるんだデスグリーン。仲間を奪われた哀しみは、俺にもわかる!」

「哀しみ? 違う、これは怒りだ。わかったつもりで共感してみたか? 悲劇のヒロインに自分を重ねて満足したなら、とっととメルヘンの国へ帰るんだな」

「憎しみは哀しみの連鎖を生むだけだと、なぜわからないんだーッ!」


 炎の翼で猛加速したビクトレッドの、赤く染まった拳が迫る。

 デスグリーンは拾った剣を十字に重ね、艦砲射撃に匹敵するほどの強烈な一撃を受け止めた。


 激しい火花が散り、空がイナズマのごとく輝くと同時に2本の剣は粉々に砕け散る。


 しかしそれと同時にデスグリーンは身をひるがえし、ビクトレッドの顔面に渾身の拳をうがった。


「ぐわぁーーーーーーッッ!!」

「だから断ち切れだなんて、簡単に言ってくれるじゃあないか」


 デスグリーンはビルの外壁を蹴り飛ばすと、その反動で吹き飛ばされたビクトレッドに追撃を加えるべく肉迫する。


「世の中みんなお前のようなヤツばかりだったら、さぞかし“平和”な世の中になることだろうよ。100人が100通りの苦しみを抱えて、上っ面だけニコニコ笑って暮らせる“平和”な世の中になァ!」


 容赦のない刺突が、ビクトレッドの眉間に向かって真っすぐに突き立てられる。


 しかし剣の先端がマスクを触れようとするその刹那、ビクトレッドは己のてのひら(・・・・)を差し出した。

 デスグリーンの一撃は、元来あらゆる刃を通さないビクトスーツに突き刺さる。


 貫かれたバーニングヒートグローブから、真っ赤な血がしたたり落ちた。

 赤いマスクの下で、暮内烈人の童顔が痛みにひきつる。


 だがデスグリーンが放った致命の一撃は、ビクトレッドの決死の覚悟によりわずかながらその切っ先をずらされた。


「なにッ……!?」

「俺たちの未来には、きっと憎しみ合う以外の道もあるはずだ!!」


 拳という己の武器を投げ打つがごとき所業を前に、さすがのデスグリーンにも一瞬のひるみが生じる。

 ビクトレッドは、わずかに生まれたその隙を見逃しはしなかった。


「バーニングヒートグロォォォブ!!」

「ぐぬううああああああああああッ!!!!」


 赤い正義の拳が、ついにデスグリーンの顔面を捉えた。


 拳から放たれた紅蓮の炎が爆風となり、宿命の相手デスグリーンを吹き飛ばす。

 竜をかたどった緑のマスクにヒビが入り、栗山林太郎の苦痛に歪んだ顔があらわになる。


 緑と黒に彩られた身体が、瓦礫と散らばる刀剣の上をボロ雑巾(ぞうきん)のように転がった。


「……が、はッ……とっさの一発でこの威力か、相変わらずのクソチートだ……」


 デスグリーン……林太郎は、全身の痛みをこらえながらかろうじて立ち上がった。

 満身創痍なのはビクトレッド……烈人も同じである。


「はぁ……はぁ……まだやるか、デスグリーン」

「悪いがこの憎しみってやつは……俺から離れてくれないみたいでね」

「デスグリーン、お前は……いったい誰と戦っているんだ……?」


 頭から血を流しながらも、林太郎は再び剣を拾って構える。

 目は(よど)み、それでいながらまっすぐに烈人という男の、()にいる影を見据えていた。


「誰だって……? はは……」


 烈人の目に宿る正義の中に、影は陽炎のようにゆらめいている。

 それは誰かに与えられた正義を信じて疑わない、かつての林太郎自身であった。


 敵を(ほふ)り勝利を得ることに(とら)われ、敵そのものには一度たりとも目を向けてこなかった、愚かな男の影である。


「俺が奪われたものは、かつて俺自身が誰よりも奪ってきたものだ」


 剣持(けんもち)(みなと)の胸を穿(うが)った一撃は、かつて林太郎が掲げた正義そのものに他ならなかった。

 このさき大切な仲間を失うことがあるとすれば、それはきっと報い(・・)なのだ。


 だからこそ林太郎は、これ以上奪わせるわけにはいかない。

 いまさら剣を置くことなど許されるはずがないのだ。

 なにより過去の林太郎自身がそれを許さない。


「俺は、俺自身に始末(・・)をつけなきゃならねえ」


 これは、贖罪(しょくざい)だ。


 過去の自分が、積み重ねてきた所業が、泥沼のようにまとわりついて離れないのならば。



「泥にまみれてでも剣を取り、せめて醜くあがき続けねえと……あいつらに顔向けできねえだろうがよ!」



 鬼気迫る林太郎の叫びに、烈人は震える唇を噛みしめた。



 烈人は気づく。

 この男の憎しみは自分たちヒーローだけではなく、彼自身にも向けられているのだと。


 デスグリーンの魂を黒く染め上げるのは、悪が掲げる正義などではない。

 平和のためならば平和さえも殺す、正義が掲げる悪(・・・・・・・)だ。


 その激しい怒りが、深い哀しみが、鋭い刃の矛先が、烈人ではなくデスグリーン自身を引き裂くために存在しているならば。

 憎しみの連鎖など絶ちようがないではないか。


 いったいいかなる激烈な運命をたどれば、それほどまでに己を憎めるのか。

 もはや彼を、デスグリーンを止める方法はこれしかないのかと烈人は静かに拳を握る。


「お前自身が憎悪と苦悩の檻に囚われているのならば。それでも俺は、お前を止めなきゃならない。お前がこれ以上、周囲に哀しみの種をばらまかないよう、ここですべてを終わらせるのが俺の正義だ!」

「とんだエゴイズムが顔を出したものだな。お前も俺と同じ利己的な極悪人だ」


 お互いにもはや限界が近い、どのような結果になったとしても、最後に立っているのはどちらかひとりであろう。


「来いよ、デスグリーン。俺がお前の罪に引導を渡し、きっと“平和”な世界を築いてみせる」

「線香と一緒に墓前に供えてくれるってかい? 悪いが墓穴に入るのはお前のほうだ」

「どうあっても、お前とはわかりあえないようだな」

「気が合うじゃないか、ヒーロー」


 軽口とは裏腹に、濃密な殺気をまとった剣を八相に構え、林太郎は大地を蹴り上げた。

 それと同時に、烈人も全力で迎え討つべく最後の力を振り絞って拳を突き出す。



 燃える正義と凍える悪が、お互いの存亡と信念をかけて真正面から衝突し、いままさに決着がつこうとしていた――。




 ――まさにそのとき。






 ザアアアアアアアアアアアッッ!!!!



 ビルを乗り越え、巨大な壁と化した何十万、何百万本もの“剣”が。

 まるで津波のようにふたりの身体を飲み込んだ。


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