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第百十一話「当たるのは不可抗力」

 火災現場から逃走したいかにも怪しげな黒いバンは、山道の中腹に差し掛かった。

 眼下には前橋の市街地が広がっており、夜空を明るく照らす炎もよく見える。


 運転席に座るのは妙に目つきの悪い眼鏡の男、極悪怪人デスグリーンこと栗山林太郎である。

 2週間以上も顔を合わせていなかった(みなと)は、唐突な再会に助手席で身体を固くしていた。


(なっ、なにか喋らないと……! 頑張って修行したから私も軍団に入れてくれ……いや、いきなりそれは変だな。やあ久しぶりだな、心配したんだぞ……うぅ、これもしっくりこないィィィ……!)


 彼女の頭の中では、様々な思いがぐるぐると巡っていた。

 林太郎に聞きたいことや、伝えたいことがたくさんある。


 しかしいざ顔を合わせてみると、これまでどうやって普通に会話していたのかがまるで思い出せないのだ。


 ちらりと隣を見やると、その男はいつもと変わらない仏頂面でハンドルを握りながら缶コーヒーを口に運んでいた。

 乙女の視線がその横顔やうなじに注がれていることには、気づいてもいないようだ。



「なあ湊。このところずっと留守にしてたみたいだけど……なにかあったのか?」

「はひゅっ!」



 不意に声を掛けられ、湊の小さな心臓は飛び上がった。

 それと同時に活け魚のように飛び出したナイフを、空中でキャッチし袖の下に隠す。


「あ、あの……そのぅ……もにゅもにゅ……」


 思わず顔を背けると、助手席の窓に自分自身の真っ赤に染まった泣きそうな顔が映っていた。


「サメっちとは会ってたみたいだけど……ひょっとして俺のこと()けてた?」


 違う! そんなことはない!

 そう否定しようと口を開いたのと同時に、狭い車内に慟哭(どうこく)が響き渡る。



「ベアリオン様ァアアアアア!!!! あああ、なんというお姿にィィ!!!!」



 話の腰を折られた湊が後部座席に目をやると、ウサニー大佐ちゃんが小さな結晶を握りしめながらオイオイと涙を流していた。


「ああ、私がお(そば)にいなかったがばかりに!! 必ずや……必ずや私がこの手で仇を討ち、奴らの首級(くびじるし)を墓前に供えてご覧にいれますベアリオン様ァッ!!」

「ウサニー大佐ちゃん、オジキまだ死んでないッスよ」

『そうだぜえウサニー! まあ、お前は無事なようでなによりだあ、ガハハハハ!!』

「ベアリオン様……ベア゛リ゛オ゛ン゛さま゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 後部座席ではこれまでのかっこよさが嘘のように取り乱しまくっているウサニー大佐ちゃんが、サメっちに鼻をかんでもらっていた。


 サメっちのかたわらにはダンボール箱が大事そうに置かれており、中にはたくさんの結晶が入っている。

 消された百獣軍団の面々は、その小さな結晶ひとつひとつの中に閉じ込められていた。


『アタシたち一生このままなのかニャーン!?』

『うう……もうここから出られないのかワン……悔しいワン……』

「そう悲観するなよ。人質にしようとしてたんだから、なにかしら戻す方法はあるはずだ」

「アニキの言う通りッスよ! いろいろ試してみたらそのうち上手くいくッス!」


 ガチッ! ガチッ! ガチッ!


 そう言いながらサメっちは結晶同士をゴツゴツぶつけ合わせた。


『ぐふっ! やめっ、やめるニャン! 助かる前に死んじゃうニャンぞ!』

『……い、痛いワン……たんこぶできたワン……口惜しいワン……』


 しかし件の黒い結晶には、ヒビひとつ入らない。

 それどころか中にいる怪人が理不尽にダメージを負うばかりであった。


「なんという硬度だ……こうなったら私のフルパワードロップ蹴兎(シュート)で……」

「なるほど、その手があったッス! さすがウサニー大佐ちゃん頭いい~~ッス!」

『お前ら絶対にやめろよお。そいつはオレサマでも耐えきれねえぞお』


 走行中に試されたらたまったものではないと、林太郎はアクセルを強めに踏み込んだ。


 前橋支部が壊滅的被害を受けたものの、近隣の拠点と連絡が取れたのは不幸中の幸いであった。

 なるべく早めに落ち着いて今後の対策を練らねばならない。


「黛のこともあるからな……ったく。あいつなら自力で脱出できそうなもんだけど」

「この硬さはさすがに無理なんじゃないか?」


 湊は結晶のひとつを借りてナイフで削ってみたものの、あまりの硬さに刃が欠けてしまうほどだ。

 しかしながら、湊にはその結晶の黒い輝きにひとつだけ心当たりがあった。



「いや待て、これは……ひょっとして……」




 それは思い出したくもない、かつてヒーロー本部の地下収容施設に囚われていた頃の記憶である。



 極秘の地下怪人収容施設、またの名をヒーロー本部研究開発室。

 怪人の肉体のメカニズムについて、日夜研究を続ける日本における科学の中枢だ。


 そこに囚われていた怪人の中でも、極めて特異な体質を持つ湊がかっこうの研究対象となったのは言うまでもない。


 白衣ではなくスーツを着た一見冷たそうな眼鏡の女性だけは、湊の身体を気遣ってくれた。

 しかしほとんどの研究員たちは、怪人である湊を実験動物程度にしか考えていなかったようだ。


 毎日何十本という剣の生産を強いられる日々。

 拒否すると電気を流されたり、よくわからない薬品を注射されたこともあった。



 (くだん)の眼鏡の女性に脱出を手引きしてもらうまでの2年という期間で、彼女が生み出した刀剣はなんと1万本にも及ぶ。

 そのほとんどはヒーローたちの武装として配備されたが、中でも最高の出来だと評されたひと振りの刀があった。



 ――その黒き刀の銘は“クロアゲハ”――。



 怪人から生み出され、怪人細胞を無力化する、怪人にとっては天敵とも言える刀。


 かつては“闇を斬り裂く黒き光”ビクトブラックの固有兵装として。

 現在は阿佐ヶ谷(あさがや)仮設本部に厳重に保管されている、怪人殺しの魔剣である。



 そのクロアゲハが放つ清流に墨を流したような黒い輝きが、小さな怪人を閉じ込めている結晶とよく似ているのだ。



「そうか、あの刀だ……」



 クロアゲハと結晶の共通点は、いずれも怪人の身体から生み出されたものであるということだった。


「ミナト、どうしたッスか? お腹痛いッスか?」

「この結晶から怪人を助け出す……糸口が見えたかもしれない」

「それは本当なのかミナト衛生兵長ぅぉぅ!!!?」


 後部座席からウサニー大佐ちゃんとサメっちが、運転席と助手席の間をぬって身を乗り出す。

 とくにワラにもすがる思いのウサニー大佐ちゃんの目は、赤く血走っていた。


「貴官! はやく教えてくれ! はやく!」

「あ、ああ……その、まだ確信ってわけじゃないんだけど……」


 それは多くの怪人を診察してきた、医者としての勘のようなものだった。


 もし見当が外れていれば、無駄に時間を浪費することになるかもしれない。

 自分のあてずっぽうな推理が、致命的な結果を招くかもしれない。


 不安が一瞬脳裏をよぎるが、湊はフーッと息を吐くと勇気を振り絞って言葉をつむいだ。


「どういう経緯かはわからないけど、身体が小さくなったことも含めて怪人細胞の不活性化が原因である可能性が高い……と思う」


 ふたりの怪人は、湊の推察に食い入るように耳を傾けていた。

 林太郎も運転に集中しつつ、彼女の言葉を待っている。


 注目されることに慣れていないせいか、早まる心臓の鼓動を感じながら湊は言葉を続けた。


「かつてクロアゲハに斬られた傷をたちどころに治した薬があっただろう。林太郎がザゾーマ将軍から貰ってきたやつだ、あれが効く……かも」


「「「…………」」」


 しばしの静寂のあと、最初に口を開いたのは林太郎であった。


「なるほど、やってみる価値はありそうだな。問題は薬のストックを秘密基地まで取りに戻らなきゃいけないってことだけど……」

「こんなこともあろうかとッス!」


 言うが早いか、サメっちの手元から放たれた液状の薬品が湊の手元を濡らした。

 ハンドルを握る林太郎がそれを見てギョッとする。


「サメっち、それはもしかしてだけど」

「ふふふッス、またビクトブラックみたいな敵が現れないとも限らないッスからね。ケイコとダイサクは基本ッス」

「誰だよそいつら。傾向と対策ね。いやそうじゃなくて、いまやっちゃったら……」

「林太郎……なんか、これ……熱くなってきたぞ」



 次の瞬間、黒い結晶が白く輝き、あれほど硬かった表面にヒビが入ると――。



「ニャーーーーーン!!!!」



 中から飛び出したのは全裸の少女であった。

 少女の身体はみるみるうちに、手のひらサイズから元のサイズへと戻っていく。


 助手席に座る湊の手のひらの上で解放されたネコ少女は、元に戻った反動で運転席の林太郎に向かってダイブした。


 あろうことか、その顔に似合わない豊満な胸元が林太郎(ドライバー)の視界を覆い尽くす。


「プハァ! 死ぬかと思ったニャンなァ!」

「いや待て待て待て死ぬ死ぬ死ぬぅ!!!!」


 絶賛走行中のバンは崖際のガードレールと接触し火花を散らす。

 はじけ飛んだサイドミラーが、高さにして数十メートルはあろうかという崖下へと転がり落ちていった。


 林太郎は完全にシャットアウトされた視界の中、巧みにアクセルとブレーキを踏み分け群馬の山道に黒いタイヤ痕を残す。

 眼下に広がる断崖絶壁をギリギリのところで回避したバンは、ふらつきながらも走行車線へと戻った。


「運転中にぶつかってくるなよぉ! あやうく崖下でスクラップになるところだったぞ!」

「当たったのは不可抗力ニャンな!! それセクハラニャンぞ! 鼻の下伸ばしてだらしなく喜ぶといいニャン!!」

「こんな状況で喜べるかア!!」


 そんなことを言いながらもちょっと嬉しそうな林太郎の横顔を、湊とサメっちは見逃さなかった。



 しかし本当に見逃してはいけないものは他にあったのだ。



「今お助けしますベアリオン様! 他のみんなもすぐに出してやるぞ!!」



 定員7名のバン、その後部座席で30個あまりの結晶がいっせいに白く輝いた。

 中に閉じ込められていた怪人たちが、一斉に解放される。


「ヌウウオオオ!! ウサニーの馬鹿野郎ォォォォォ!!」

「申し訳ありませんベアリオン様ァァァ!!」

「むぎゅぎゅうううッスゥゥゥ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことである。


 車内のあらゆるものは、あっという間に過剰な人口密度によって押し潰された。

 もちろん、運転席とて例外ではない。


「うわあああああ! なんだこれェ!? 両肩になんかジョリジョリした丸太みたいなものがア!!」

「おお、すまねえ兄弟。そいつはオレサマのふとももだあ」

「じゃ、じゃあ……この首筋に当たっているグニョッとした棒状のものは……」

「そいつは不可抗力だなあ! セクハラってやつだぜえ、ガハハハハ!!」



 あまりに深い絶望から青緑色に染まった林太郎の横顔を、湊とサメっちは見逃さなかった。


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