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第十一話「今さら引き返せない道」

 “強敵ビクトピンク精神崩壊おめでとう大祝賀会”は盛大に行われた。

 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴでスチームアイロンをもらった。


「いやー、もう大変だったッス。三幹部のみんながアニキをどの軍団に所属させるかで大喧嘩しちゃって、会場大パニックッス」

「へー、そりゃすごいねー」


 それはもうすごいなんてものではなかった。


「デスグリーンはオレサマたちの百獣(ひゃくじゅう)軍団に入ってもっと筋肉を鍛えるべきだぜえ!」

「かの演者を羽化へと導くは我が天蓋(てんがい)道標(みちしるべ)たる奇蟲(きちゅう)軍団を置いて他になく。黒き鱗粉(りんぷん)濁々(だくだく)たる死の(ささや)きをもって永劫(えいごう)の繁栄を我らの頭上にもたらさん」

「いやじゃーっ! なにがなんでもワシの絡繰(からくり)軍団に入れてサイボーグ化するんじゃーっ!」


 クマとライオンを足したような毛むくじゃらの大男、百獣(ひゃくじゅう)将軍べアリオン。

 パピヨンマスクと派手な衣装を身にまとった痩身(そうしん)の男、奇蟲(きちゅう)将軍ザゾーマ。

 歯車だらけの車椅子(くるまいす)に座った白衣の金髪幼女、絡繰(からくり)将軍タガラック。


 いずれも劣らぬSSS級指名手配怪人たち、通称“アークドミニオン三幹部”である。

 期待の新入り・デスグリーンの処遇をめぐり、三者は一歩も退かぬ構えであった。


「怪人はパワーだあ! デスグリーンみたいにタフな野郎はそうそういねえ! オレサマたちと一緒に最強百獣プロレスを旗揚(はたあ)げして全国まわるんだよお!」

「美こそ怪人の神髄(しんずい)にして、深淵(しんえん)に鈍く光る黒檀(こくたん)の指輪なれば。彼の絢爛(けんらん)たる奇術の(すい)をご覧じ(そうら)へ。蟲籠(むしかご)のサーカスは世界を巡り、無垢なる白き魂に黒き美の炎を宿してまわることこそ彼の者が背負いし宿命(さだめ)

「これじゃから最近の若い怪人どもは……。よいか、怪人は性能がすべてじゃ。あやつの邪悪な頭脳にはそれに見合った肉体が必要なのじゃ。まず右手はドリルじゃな。左手はパイルバンカーにして、足の裏にはジェットを付けるとするかの。あいや待った、膝にミサイルも捨てがたいのう……」


 三幹部は三者三様に、期待のホープことデスグリーンに対して重めの夢を抱いていた。




 …………。




 極悪怪人デスグリーンの留まるところを知らない名声と反比例して、林太郎の気分はアークドミニオン秘密基地より深い地の底に沈んでいた。

 なにせ唯一の頼みの綱であった仲間たち、ビクトレンジャーから取りつく島もないほど明確に敵認定されたのだ。


「ちくしょう……俺がいったいなにをしたっていうんだァ……!」


 いろいろと誤解はあったが、苦楽をともにした仲間たちならばきっと話せばわかってくれる。

 林太郎にはそういう確信……否、甘い期待があった。


 かつて肩を並べ戦場を駆け抜けた、仲間たちとの記憶が鮮明に(よみがえ)る。


 繁忙期(はんぼうき)に早朝自主トレーニングを強要するレッド。

 毎回合コンに誘ってきてはひとりでお持ち帰りしていたブルー。

 面倒な事務仕事を(かた)(ぱし)から押し付けてくるイエロー。

 年長者を敬えと口うるさく言う割に歳の話をすると機嫌が悪くなるピンク。


 彼らとの絆は、ティッシュペーパーなみに薄っぺらかった。

 お互いに背を預け合うだとか、河原で喧嘩するといったありがちな友情エピソードなど記憶のどこを掘っても見当たらない。

 同じ釜の飯を食った仲だと思っていたが、よくよく思い返してみればランチはいつもひとりだった。


「だいたいなんで、俺が死んだことになんの疑問も持たないんだアイツらァ!」


 歴代ヒーローをして、ぶっちぎりで低いカルマ値を誇る栗山林太郎である。

 ある意味信頼されていたのだろう、あの男はいつか必ず殺されると。


 ビクトレンジャーでの扱いに比べると、アークドミニオンの怪人たちによる賞賛の嵐はまるで天国だ。

 いっそこのまま怪人になってやろうかという気持ちが、林太郎の心の中で頭をもたげてくる。


「ばかばかしい、そんなことになってたまるかってんだ……」


 ヒーローとしての林太郎はまさに勧善懲悪の体現者、人呼んで“緑の断罪人(だんざいにん)”である。

 正義の剣を振りかざし、誰よりも怪人を退治してきた男が、いまさら敵である怪人にすり寄ることなどできようはずもない。


 これまで歩んできた道も、これから進むべき道もただひとつ。

 怪人という“悪”から市民の平和と安全を守り、ヒーロー本部の掲げる“正義”に(じゅん)じる。


 自らその道を外れることは、まさに外道、この期に及んで許されることではない。

 孤独なヒーローは暗いセンチメンタルを抱えたまま、闇の中に伸びるたった一本の真っ白な道を、たどり続けるしかないのだ。


(なんとしてもヒーロー本部に戻るんだ。だがどうやって身の潔白を証明する……? 大貫(おおぬき)司令官……は論外だな。守國(もりくに)長官ならあるいは……考えろ考えろ考えろ……)


 普段は卑怯な手段ならば湯水のごとく湧き出る林太郎の頭脳も、今日に限ってはなぜか(きり)が立ち込めているかのようにまとまらない。

 顔をしかめる林太郎に、サメパーカーの少女が心配そうに話しかける。


「アニキなんだか疲れてるッス。悩みごとッスか? サメっちでよければ聞くッスよ。サメっちこれでも聞き上手(ジョーズ)ッス。あっ、いまのはジョーズとサメをかけたジョークッスよ。サメっちはユーモアのセンスもあるッス、むふーん」

「ありがとうサメっち。だけど気にしないでくれ。大人の男は定期的にたそがれるものなんだよ」

「おお、ハードボイルドッス!」


 林太郎の目下(もっか)一番の悩みの種は、この一見すると無邪気な子供、サメっちである。

 幼いナリだが、その正体は泣く子も黙る凶悪な怪人であることに間違いはない。


(やはり脱出するためには、まずコイツ……サメっちを始末しないとな……)


 林太郎がヒーローとして復帰するにあたり、監視の目の存在は早急に対処すべき問題だ。

 トイレやシャワーにまでついてくるこのコバンザメをどうにかしないことには、林太郎は自由に動き回ることすらままならない。


 だが敵陣のど真ん中でサメっちの機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。

 いずれ排除するにしても、今はまだその時ではない。


 林太郎はなるべく本心を悟られないよう、ぎこちない笑顔を作ってサメっちに語りかけた。


「ごめんよサメっち。今日はせっかくのデートだったのに」

「いいッスよ、ちょっとやそっとのハプニングは慣れっこッス! それに嬉しいこともあったッスよ」

「ピンクの顔面がバイオハザードしたことかな?」


 サメっちはキングサイズのベッドで、枕を抱えながら首を横に振った。


「今日はアニキに褒められたッス。それにアニキ、サメっちをかばってくれたッス」


 そう言ってサメっちは頬を染めながら、ベッドの上でぽんぽんと飛び跳ねる。

 まるで本当に兄貴を慕う舎弟のような反応に、林太郎の眉がぴくりと動く。


「サメっちの目に狂いはなかったッスよ! やっぱりサメっちはアニキとずっと一緒にいるッスぅ!」


 サメっちは嬉しそうに枕を放り投げると、今度は林太郎の腰周りにギュッと抱きついた。

 なんとしても怪人の呪縛から逃れたい林太郎からしてみれば、まるでカンダタに群がる亡者のようにも思える。


 林太郎はサメっちを優しく引き剥がすと、少しでも好感度を下げねばと言葉を(つむ)いだ。


「いいかいサメっち、そんなのは偶然だよ。俺はそんなに優しい男じゃない」

「ひゅーっ! やっぱりアニキはカッコいいッス! ハードボイルドッス!」


 なぜか逆に、好感度が跳ね上がっているような気がする。


 林太郎を見つめるサメっちの大きな目は、キラキラと純粋な憧れに満ちていた。

 サメっちには言いたいことが山ほどあるはずなのに、林太郎はこの目で見つめられるとなにも言えなくなる。


(やっぱり水族館に置いてくるべきだったか)


 見捨てることだってできた、いやむしろ林太郎はそうするべきだった。

 少なくともレッドやイエローは見逃すことなくサメっちを“処理”していただろう。


 だが林太郎はあの時、サメっちの手を取って逃げ出したのだ。

 とっさのことだったので、なぜそうしたのかはわからない。

 林太郎の大きな手には、小さな手のひらの感触だけが残っていた。


(ほだされるな林太郎、この娘は怪人だぞ。いずれは倒さなきゃいけない敵だ)




 …………。




 その夜。

 林太郎は、眼前に伸びる真っ白な正義の道が、黒く塗りつぶされていく夢を見た。


 自分はこのまま、怪人へと“成り下がって”しまうのだろうか。

 そんな不安と焦燥(しょうそう)が、林太郎の心を少しずつ浸食しはじめていた。


 (いな)、こんなときだからこそ、気を強く持たなければならない。

 怪人を一体でも多く倒し、世に平和をもたらすことこそ林太郎の使命である。


 しかし林太郎には、サメっちを手にかけるビクトグリーンの姿が、どうしても想像できないのであった。


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