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第百八話「消えた怪人たち」

 林太郎一行が百獣軍団前橋支部に到着したのは、それからほんの少し遅れてのことである。

 すでに日は落ち、闇夜に浮かぶ廃工場の影はまるで朽ち果てた墓標のようであった。


 しかしここは恐ろしい怪人たちがひしめく、(まぎ)れもない悪の前哨基地である。

 内部では悪名高い武闘派怪人たちが、牙を剥き爪を研いで哀れな子羊を待ち構えている……。


 ……はずであった。



「いったいどうなってるッスか!? なんで誰もいないッスかーッ!?」



 林太郎たちが真っ暗な廃工場内に踏み込んだとき、そこに怪人たちの気配はなかった。

 サメっちが大きな声で呼びかけるも、暗闇の中からはなにも返ってこない。


 先を進むサメっちの後ろに続くように、木刀を構えた林太郎、そしてしんがりとして同じく木刀を手にした桐華が続く。

 懐中電灯の明かりを頼りに隊列を組みながら、慎重に廃工場の内部を探る。


「どう思います、センパイ?」

「どうもこうも……ここまでくるとちょっとしたオカルトだな」


 なにかの事情があって、みんな出払っているのだろうか。

 だとしても林太郎に救援要請を出しておいて、連絡ひとつ寄越さないはずがない。


 よもやムッチーランドのときのようなサプライズ目的ではないだろう。

 いくら怪人たちが常識にはまらない思考回路を持つとはいえ、それぐらいの分別(ふんべつ)はある。


 なんらかの異常事態が起こっていることは、誰の目にも明らかであった。


 懐中電灯に照らされた廃工場内には、ところどころに焦げ跡や刀傷といった真新しい戦闘の形跡が残されている。

 サメっちが懐中電灯を振ると、丸い光が床に散らばった色とりどりの布を照らし出した。


「アニキ! また服だけ落ちてるッス!」


 床には百獣軍団員のものと思われる服が、そこかしこに脱ぎ散らかされていた。


「またボタンが全部とまっていますね。これまでの襲撃事件とまるっきり同じ手口です」

「おいおい、ヒーロー本部はいつからマジシャン興行をやるようになったんだ?」

「手品というより、もはや神隠しですね。それも大掛かりな」


 そう、ここは百獣軍団の拠点であり、店員がひとりしかいないバーとはわけが違う。

 ベアリオン将軍を含めた30人近くの怪人、彼らが一斉に服だけを残して消え失せたのだ。


 状況を(かんが)みれば、考えられる可能性はそう多くない。

 林太郎の脳裏をよぎる最悪の事態が、いよいよもって現実味を帯びてくる。


「うぅ、みんなどこ行っちゃったッスかぁ~……んッス?」


 無造作に打ち捨てられたシャツを拾い上げると、サメっちはなにかに気づいたように顔を上げ林太郎のもとに駆け寄る。


「アニキ、アニキ!」

「サメっち、手掛かりでも見つけたかい?」

「この服、まだ温かいッス!」


 サメっちの報告に林太郎と桐華は引きつった顔を見合わせる。

 それはつまり、敵がまだこの近くにいるということだ。




 そのときである。

 突然廃工場にまばゆい光がともった。



 工事現場用ライトの強烈な光が、まるでスポットライトのように錆付いた鉄骨の山を照らし出す。

 どこからともなく流れてくるのは、骨身に沁みる時代劇のテーマソングである。



『デン、デデデデン、デデデデン♪』

『はぁ~江戸の月がぁ~~~、男のぉ背中にぃ~~~♪』



 呆気にとられる林太郎たちの前に、三つの影が姿を現した。



 高笑いを轟かせる、高飛車を絵に描いたような派手な女。

 そして彼女の両脇を固めるのは、見るからに筋骨隆々で日本人離れした肉体を誇る赤と緑のヒーローである。

 

 参謀本部長・小諸戸(こもろど)歌子(うたこ)とその家来、ヒーロースーツに身を包んだウィルとラマーであった。


「ンフフフフ……ンフーーッフッフッフ! (わたくし)の計算通り、のこのこと現れましたわね」

「控えおろう! このおかたをどなたと心得る!」

「国家公安員会局地的人的災害特務事例対策本部作戦参謀本部長、ジェネラル・ウタコ・コモロド IS HERE!」

「さあ悪の怪人さんたち、(ひざまず)いて命乞いをしなさいな!」


 ドーーーンという擬音が聞こえてきそうな芝居じみた口上に、怪人一同はギュムッと眉をひそめた。

 もし林太郎や桐華がまだヒーロー本部に在籍していたならば、きっと頭を抱えたことだろう。


「……まさか、百獣軍団はこんな連中にやられたのか……?」

「ほぁー、かっこいいッスぅ」

「サメっちいけないよ。自分に酔っている正義かぶれと知らないおじさんには関わっちゃいけないんだよ」


 林太郎の言う通り、それはヒーローの口上というよりも三文芝居に近い。

 彼女たちは自分たちを2時間ドラマの主人公だと思い込んでいるようだ。


「ンフフフフ、(わたくし)たちの威容に声も出ないようですわね」

「たしかにその陶酔っぷりは異様だよ。拍手喝采してオヒネリでも投げりゃよかったかい」

「んまっ生意気ですこと。ウィルさんラマーさん、懲らしめておやりなさいな」

「「アイアイマム!!」」


 歌子の号令のもと、ふたりのマッチョなヒーローが嬉々として正義を執行する。


 彼らが扱う得物は時代劇じみた刀などではない。

 大量の鉛弾で有無を言わさず悪を圧倒するシカゴ・タイプライターである。


「米国式の洗礼を受けやがれ!」

「HAHAHA! ひと思いに蜂の巣にしてやるぜ!」


 ふたりそれぞれ両手に構えた計4丁のマシンガンが、一斉に火を吹いた。


 林太郎はサメっちと桐華を抱えて、打ち捨てられたフォークリフトの陰へと飛び込む。


「禁酒法時代のアメリカンマフィアかよ! サメっち、怪我はないか?」

「だいじょぶッス! それよりキリカがいないッス」

「なんだって?」



 慌てて林太郎が見回すとはるか頭上、闇に溶け込むようにして天井の(はり)に立つ人影があった。



 影は音もなく飛び降りると、狂ったようにマシンガンを撃ち続けるヒーローたちの間に着地する。


「ワッザ!? どこから出てきやがった!?」


 至近距離からとつぜん現れた少女に、ウィルとラマーの対応が一瞬遅れる。

 彼女にとっては、その一瞬の隙ですら十分(じゅうぶん)すぎるほどであった。



「無月一刀流“墨流(すみながし)”……」



 桐華が流れるような動作で手にした木刀を振るうたび、4丁のマシンガンは次々と暴発しその銃身を花開かせた。


「なにぃーーーっ!?」

「ゴリ押ししか能の無いザコは引っ込んでいてください」


 ウィルとラマーの横腹に、目に見えないほどの速度で木刀が叩きつけられる。

 いったいどれほどの力で振り抜いたのか、ウィルとラマーは廃工場の端まで吹っ飛ばされ、木刀は粉々に砕け散った。


「うーん、やはりクロアゲハじゃないと強度が足りませんね」

「あなあなあなたは……まゆまゆまゆ、(まゆずみ)桐華(きりか)ッ!?」


 あっさり護衛を失った歌子は、あからさまに狼狽しているように見えた。


 それもそのはず、眼前に立ちはだかるのは元最強のヒーロー。

 怪人としても最大級の警戒を要する“高尾山を吹っ飛ばした女”である。


「それでは拷問をはじめましょうか」


 桐華は腰を抜かしている歌子の頭をむんずと掴み上げた。

 そのままグググッと持ち上げると、歌子の足が宙に浮く。


「ひぎゃあああ!! やめっ、やめてくださいましーーっ!」

「百獣軍団のみなさんをどこにやったんですか? 早く答えないとその鬱陶しい顔面がヘチマみたいになりますよ」

「あだだだだだっ! 頭が割れる! 割れちゃいますわっ!」


 歌子は自身の頭をガッチリとホールドする桐華の腕を掴んだ。

 しかし足をジタバタさせようが、桐華の細い腕は重機のようにビクともしない。


「言っておきますが、今日の私はあまり気が長いほうではないんですよ。さっさとこの茶番を終わらせて、センパイとの結納(ゆいのう)の準備をしなきゃいけないんですから」



 桐華はいらだち半分で指先に力を込めようとした、しかしそのとき。

 手のひらの隙間から覗く歌子の口元が、ニヤリと笑みを浮かべていることに気づいた。


「ンフ……フヒッ」

「あなた、なにを笑って……?」

「マズい! いますぐそいつから離れろ、黛ーーーッ!」


 林太郎が叫んだ瞬間、歌子に掴まれた腕を中心に真っ白な蒸気が立ち込める。

 それが歌子による攻撃だと、桐華が判断するよりも早くその全身は蒸気に包まれた。


「黛ぃぃぃーーーーーーッッ!!」

「はわ、はわわわ……ななな、なんッスかアレ!?」



 林太郎とサメっちは、目の前で起こったことが信じられずにいた。


 蒸気が晴れたとき、歌子を掴み上げていたはずの桐華は服だけを残して忽然と姿を消していたのだ。



 主を失った黒い上着が、糸を切られた操り人形のようにバサリと床に落ちた。



 その向こう側で、小諸戸歌子がニタリと凶悪な笑みを浮かべて両手を広げる。



「ンフッ……ンフフフフ……いっちょあがり(・・・・・・・)ですわ」


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