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第百話「打ち上がれ花火」

「ふひょひょーっ! ここなら爆発させ放題じゃ! うけけけけ!!」


 まるでフランス人形のような金髪碧眼の幼女が、両手を振りかざして奇声をあげる。

 だがここはゴシック調のお屋敷でもなければ、豪華客船上のパーティー会場でもない。


 幼女とはあまりにもミスマッチな剥き出しの岩肌と、砂利に覆われた大地。

 ここは“タガデングループ”が保有する栃木(とちぎ)県某所の採石場である。


 金髪幼女こと絡繰将軍タガラックは、この場所を“実験場その99”と呼んでいた。


 彼女の視線の先ではまるっきり同じ顔の執事とメイドが、長身の乙女にせっせと謎の装置を取り付けている。


「ば、爆発するのか……?」


 不安そうな湊に、執事とメイドが正確に手を動かしながらこたえる。


「ご安心くださいませミナトさま、こちらはタガデン重工製最新モデルの試作機でございます」

「安全性も大幅に向上しており、理論上は79パーセント爆発することはございません」

「おおむね5回に1回は爆発するってことじゃないか!!」


 剥き出しの配線と謎の軽金属性のランドセルのようなものに包まれたその姿は、まるで2000年代に流行った予算潤沢(じゅんたく)なSF映画の主人公である。

 しかしながらその乙女・剣持(けんもち)(みなと)の顔は、映画冒頭で犠牲になるモブのように引きつっていた。


 自分が今からなにをされるのか、驚くべきことに彼女はなにも聞かされていない。

 ものものしい機械まみれの姿にサメっちが目を輝かせる。


「ミナトかっちょいいッスぅー!」

「よいかサメっち、こんなのはまだ序の口じゃぞ。飛んだらもーっとかっちょよいぞー」

「うひょーッス! はやく見たいッスぅー!」

「え、待って、飛ぶの? ねえいま飛ぶって言った?」


 湊の不安をよそに、執事怪人バトラムが謎の秒読みをはじめる。


「最終安全装置解除、発射10秒前、9、8、7、6……」

「待て待て待って待って! 誰かこれ外してぇーーーっ!!」


 じたばた暴れる湊をよそに、背中に担がれた軽金属ランドセルからガシャッと音を立てて大きな翼が展開される。

 まるで重機のような轟音と振動が、湊の背中を伝わってその身体を揺さぶる。


「3、2、1、イグニッション」

「いってらっしゃいませ、ミナトさま」


 執事とメイドがうやうやしく手を振るのと同時に、翼から青い炎が噴き出した。

 小型ジェットエンジンの激しい噴射で、周囲の砂利が舞い上がる。


「ひあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー………………」


 悲鳴と同時に湊の長躯(ちょうく)は地球の重力から解き放たれ、ロケット花火のように天空の彼方へと撃ち出された。

 その姿は白い煙の尾を引きながら、あっという間に見えなくなってしまう。


 地上では幼女と少女が、口をあけて青い空を眺めていた。


「うーむ、ちょっとばかし出力が強すぎたかのう」

「すごいッス! サメっちもやってみたいッス!」

「お子様にはちょーっと刺激が強すぎるかもしれんのう」

「サメっちは子供じゃないッス! あ、なんか落ちてきたッスよ」


 執事とメイドが、黙って特殊防弾ガラス製の傘を開いた。

 直後、地上には大小さまざまな刃物が雨の如く降り注いだ。




 ………………。


 …………。


 ……。




 いっぽうその頃。

 アークドミニオン地下秘密基地では、林太郎と桐華が地図を前にして顔を突き合わせていた。


「やっぱりどこにもいませんね」

「うーん、あのふたりいったいどこに行ったんだ?」

「三幹部の方々が連れて行ったというのは確かなんですが、彼らに問い合わせても知らぬ存ぜぬの一点張りなんですよね」


 林太郎たち突如として失踪した湊とサメっちの行方を追っていた。

 手掛かりは三幹部が連れ去ったという目撃証言のみである。


「あいつらがなにも言わずにこれだけ長い間姿を見せないってのは……ちょっと心配だな」


 林太郎には泣き叫びながら連行される湊の姿が容易に想像できた。

 ただいかんせん容疑者はあの三幹部である、林太郎としてもうかつに手は出せない。


 サメっちも一緒なら、さすがに死ぬほど危険な目にあっているということはないだろうが。


「しかし湊もサメっちも、なんだってなにも言わずに姿を消しちゃうかね」

「センパイ最近ずっと引きこもってたから、ついに愛想を尽かされちゃったんじゃないですか?」

「いやそんなまさか……ははは……まさかねえ? ついにってどういうこと、ねえ?」


 林太郎の問いかけに、桐華はスッと目を細める。


「だってセンパイ、たまにかっこいいですけど、基本的に性根(しょうね)は腐りきってるじゃないですか」

「言ってくれるじゃないの、否定はしないけどさ」


 たしかに林太郎自身、もともとそれほど熱狂的に慕われるようなタイプではない。

 人を取りまとめるのは昔から得意だが、それは『こいつに逆らうとヤバい』という得体のしれない恐怖からくるものであった。


 実際のところサメっちはともかく、湊に関しては何度か不可抗力で押し倒してしまったこともあり、嫌われる心当たりが無いわけではない。



 桐華は口元を押さえながら、いかにもわざとらしい涙声で言葉を続ける。


「うう、可哀想なセンパイ……このままじゃ極悪軍団のメンバーはセンパイひとりですよ……」

「ひとり? おいちょっと待て黛。お前は俺の軍団に入りたいって言ってたじゃないか」

「私は“超”優秀なので、じつはもう他の三軍団からそれはそれは熱烈なオファーを頂戴しているんですよ。それもVIP待遇で」


 林太郎の心に、じわりと焦りの色がひろがる。

 サメっちや湊に続いて、桐華まで離反しようというのか。


 だが林太郎は冷静に自分の置かれた状況を判断する。


 他の軍団への所属をにおわせているのは、恐らく桐華のブラフだ。

 桐華はふたりの不在をいいことに、林太郎に対して揺さぶりをかけていると見て間違いない。


(黛のやつ……この期に及んで俺と契約交渉でもするつもりか……?)

(ふふふ……いまのセンパイは心細さから疑心暗鬼になっています。この好機をみすみす逃すような私ではありませんよ……)


 林太郎の予想は、実際その通りであった。

 桐華の言葉は嘘だと思うのだが、なかなか確信には至らない。


 なにせ“あの”三幹部のことである。

 優秀な人材で自分の軍団を強化することにかけて手段を選ぶような連中ではない。


 既成事実を作って、なかば強引に引き入れようとする百獣将軍ベアリオン。

 人間の欲求を揺さぶり、悪魔の取引ばりに人を誘惑する絡繰将軍タガラック。

 弱味を握り、貸しを作って脅迫まがいの入団を強要する奇蟲将軍ザゾーマ。


 なによりも林太郎自身の経験がそう語っている。


(ここは無難にやり過ごすのが賢明か……?)


 林太郎は慎重に言葉を選んだ。


「いやいやいや、冗談だよね? 誰かに言い寄られたところで、黛が他の軍団を選ぶわけないもの。お互いに勝手知ったる仲なんだからさ、ねえ?」

「さあ、どうでしょう? “交渉を優位に進めたいなら決断は相手にさせろ”……ですよねセンパイ?」

「んぐっ……そんなペテン師の言葉、いったいどこで覚えたんだ」


 言うまでもなく、在りし日の林太郎自身が放った言葉である。


 まかりなりにも黛桐華は古今まれに見る天才と呼ばれた女である。

 のらりくらりかわそうとしたところで、鋭い切り返しが飛んでくるのは明白だ。


 極悪軍団内で少しでも高い地位を確立するため、桐華は是が非でも林太郎を交渉のテーブルにつかせるつもりであった。

 狙うポストはずばり林太郎の腹心、極悪軍団のナンバー(ツー)である。


「ご安心ください。私は自分を安く売る気はありませんから。それにきっとセンパイなら私を高く買ってくれると信じていますよ。ふふふ」


 この手の政治的駆け引きの巧妙さは、おそらく師匠(りんたろう)に似たのであろう。

 林太郎はついに観念し、両手をあげた。


「降参だ……それで、いったいなにが望みなわけ?」


 言葉の真贋も含めて相手に委ねる他ない、というのが林太郎の判断であった。

 その反応に、桐華は待ってましたとばかりに顔を輝かせる。


「んんー、いいですねこの手玉に取る感じ。クセになりそうです」

「心臓に悪いから早くしてくれ。いつまでも冗談に付き合っていられるほど、俺もお人好しじゃない」

「そうですねえ……じゃあ……」


 桐華は天井を見上げ悩むようなふりをしながら、林太郎をじらす。

 そして白く細い指先で下唇を(もてあそ)ぶと、いたずらな笑みを浮かべて口を開いた。


「では『お願いだから極悪軍団に入ってくれ! ついでに俺と結婚しよう!』と仰ってください。ふふふ……センパイたっての頼みとあらば私は……っ!」


 言葉の途中で、桐華はその腕を強引に引かれた。


 林太郎の真剣な顔が、桐華の眼前に迫る。

 ハイライトを灯さない暗い瞳が、十数センチの距離でスカイブルーの瞳を見つめる。


「あのな、俺はもとより他の連中にお前をくれてやるつもりはない。いいからさっさと俺の籍に入れ。返事は?」

「はひゅ……あ……、……はい……」


 予想外のアクションに不意を突かれた桐華は、思わずうなずいてしまった。

 先輩を罠にはめて悪戯してやろうなどという(はかりごと)も、一瞬ですべて吹っ飛んでしまう。


「あう……あうあうあ……」

「よーし、言質(げんち)は取ったからな。後から“やっぱりやーめた”なんてのはナシだぞ」


 林太郎が手を放すのと同時に、桐華はすかさず距離を取って頬を覆った。

 顔を真っ赤にしてプルプル震える桐華に対し、林太郎はニッと笑って見せた。


「いいか黛。“トランプ遊び”はお互いに手の届かないところでやるのが鉄則だ。さもないと今みたいに致命的な反撃を受けることになる。よく覚えておけ」

「うっ……はい、センパイ……はう……」


 桐華はそのまましばらく部屋の隅っこで固まっていた。


(“俺の籍に入れ”……? それはつまり私たちの関係を“形のあるもの”にしたいと、そういうことなんですねセンパイ……!)

(ふぅ……危なかった……。俺の秘密を知ってるヤツを、みすみす他の軍団に取られるわけにはいかないからな……)


 林太郎は自分が桐華に与えた“致命傷”には気づかぬまま、ほっと胸をなでおろした。


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