記憶
「ん……? ここは……」
血なまぐさい、煙臭い、蒸し暑い、居るだけで不快になる場所に俺は倒れていた。
「転送に成功したみたいですね」
後ろから男の声が聞こえた。
「あなたは誰ですか? ……」
俺はズボンについた砂を叩きながら起き上がり、男の方に顔を向けた。
「はじめまして、私はこのクエスト及びチュートリアルの案内人、雪斎と申します」
男はそう言うと頭を下げた。
「雪斎? 雪斎というと今川軍の軍師ですか? ……」
「そうです、私は義元様の軍師をしています、あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「俺は……」
あれ、名前がわからない、自分の名前がわからない、それどころか俺がどうしてここに居るのかわからない……。
「雪斎さん!」
「なんですか?」
「俺はどうしてここに居るんですか?」
俺は訳も分からずにおもむろに聞く。
「えっ……とあなたがこのゲームを始めたからですよ?」
困った顔になりながらそう答えた。
「げーむ? それは一体……」
「もしかして転送の衝撃で記憶を失いましたか……」
雪斎はそう言うとポケットから何かを取り出してポチポチし始めた。
「記憶を失った? ……」
何を言っているのかさっぱりわからない……。
少しするとポチポチしていた物をポケットにしまい、雪斎はそれまでとは違う真剣な顔になり口を開いた。
「あなたは私共が作ったゲーム【history of country】を始めたんです、そしてこの仮想空間に来た、そして仮想空間に来る最中に記憶を落としてしまったんです」
「すみません……何を言っているか分かりません……」
「わかり易く言うと……ゲームをしている最中にあなたは記憶を失ったんです」
「記憶を失った? ……」
俺は記憶を失ったのか……。
「はい……あなたは記憶を失ったんです、記憶喪失状態なんです」
「記憶喪失状態……」
「えっ……と何なら覚えてますか?」
「覚えてること……日本史?」
日本史ならわかる、逆に言えば日本史しかわからない、自分の名前も忘れた、今俺がどうしてここに居るのかも忘れた、でも日本史なら何故だかは分からないが、わかる。
「日本史ですか……」
こめかみを右手で押さえ、何かを考え始めた。
「……」
「とりあえず……将軍様に聞いてみるか」
雪斎は再びポケットから何かを取り出して、ポチポチしてから、それを右耳に当てた。
「あの……雪斎さん」
「なんですか?」
「その耳に当ててるものはなんですか?」
さっきから気になって、気になって仕方なかった。
「記憶を失ったから分からないんですね……これは携帯電話っていうものですよ」
「けいたいでんわ」
初めて聞いた、でも凄く便利そうなことは分かる。
「もしもし、こんにちは、チュートリアル担当の社員番号、零三番、雪斎ですけど……将軍様に変わってもらえますか?」
「誰と話してるんですか?」
俺には右耳に"けいたいでんわ"を当てて独り言を言ってるようにしか見えない……。
「この"携帯電話"はうーん……言うならば場所を超えてその……話したい人と声を繋ぐことが出来るんですよ」
「すごい……」
そんな物がこの世界にはあるなんて……。
「はい! 将軍様、大変です……どうやらこの仮想空間に来る最中に記憶を失ってしまった方がいるみたいなんです」
「はいはい! え? スピーカーにしろって……わかりました!」
雪斎は"けいたいでんわ"を右耳から離し、俺の方に向けてきた。
「君が記憶を失った少年だね?」
"けいたいでんわ"からは雪斎とは違う男の声が聞こえてきた。
「はい……! 俺が記憶を失った少年です」
「そうか……では単刀直入に言おう、君の記憶を消した……いやこの場合は奪ったのが正しいか……のは私だ」
「え?」
俺の記憶を奪ったって……。
「え?」
雪斎も俺と同じぐらい驚いている、どうやらそのことを知らなかったようだ。
「うむ、説明は……する必要が無いからしないよ、ただ私からひとつだけ、君が記憶を取り戻せる方法を教えてやろう」
「はい……!」
半分、いや、それ以上に混乱状態だったが、とりあえず記憶を取り戻す方法があるなら聞いておこう。
「記憶を返して欲しいなら歴史改変をして金を稼げ」
ブチッ。
「あの……それは一体どうゆう意味で」
「無駄ですよ、電話は切られました、質問しても回答はいくら待っても返ってきません」
雪斎は"けいたいでんわ"を再びポケットにしまった。
「さっきのは一体?」
記憶を返して欲しいなら歴史改変をして金を稼げ? どうゆう意味だろう……。
「さっきの将軍様の言葉で状況は把握しましたので私から説明させていただきます」
「お願いします」
確かにさっきまで俺と同じぐらい混乱していた雪斎は今では最初に話しかけてきた時のように落ち着いていた。
「つまり、あなたは将軍様に記憶を奪われて、その記憶はこのゲームで買える"アイテム"として売られているということです」
「あいてむ?」
「そうです、"アイテム"です、このゲームは歴史改変を成功させることによって賞金を得ることが出来ます、その額は数十円から数百万、そして数億円まで幅広くあります。その賞金は一時的に"ゲーム内通貨"としてチャージされ、それを現金振込みとして現実世界に持って帰るか、そのままゲーム内通貨として使うか選ぶことが出来ます」
「なるほど! つまり歴史改変を成功させればお金が貰えるということですね」
やっと話が分かってきた。
「そうです、そうゆうことです、そしてその"ゲーム内通過"を使って、このゲーム内で使用できる、"アイテム"を買うことなどが出来ます」
「なんか楽しそうですね……!」
雪斎の話を聞いて、俺自身が凄いわくわくしていることを感じた。
「ありがとうございます。"ゲーム内通貨"の使い方についてですが、歴史改変をする際に重要になる他の大名や武将、忍、海賊、商人と友好な関係になる為の貢物を買うことや自らを強く、死なないようにする為の甲冑や刀を買う、好きな異性に貢ぐ、何か物を買ってそれを転売するなど使い方は様々です」
「なるほど! つまりその"げーむ内通貨"で買えるものの中に俺の記憶があるということですか?」
この話の流れを聞けばいくら記憶を失った俺でもわかる。
「そうゆうことになります、おそらく値段はかなり高いと思いますが……」
「そうと分かれば、早速歴史改変? しましょう!」
「その前に、私からこのゲームについて重要なことを一つ説明させていただきます」
「はい!」
早く歴史改変したい。
「このゲームは歴史改変中に死んだり、歴史改変に失敗したら現実世界でも死にます」
雪斎の顔が先程までとは違い、真剣な顔になっていた。
「わかりました! どうせ、記憶が無いんだし、死んだところで? 感があるからそれは大丈夫です!」
俺が笑いながらそう言うと、雪斎の顔も徐々に緩んでいった。
「このゲームで死んだら現実世界でも死ぬことを理解していただければもう他に言うことはありません」
「で、俺はどうしたらいいですか?」
「あ、はい、最初はチュートリアルをしていただきます」
「チュート、リアル?」
チュート、リアルってなんだ……。
「はい、チュートリアル、つまり最初のクエストってことです。チュートリアルクエストはかの有名な織田信長が天下に名を知らしめることになった戦……」
「桶狭間の戦い! ですね!」
話の途中につい、反応してしまった。
「そうです、桶狭間の戦いです。史実の桶狭間の戦いでは織田信長が奇襲作戦を成功させて今川義元を討ちます、が、チュートリアルでは足軽として今川義元を守って、信長の奇襲作戦を失敗させます」
「でも、それって不可能じゃないですか? 確か、あの時今川軍は休憩中だったから、兵士達がまともに戦えなかったと言われてますよね」
一説には酒を飲んでいたとも言われていたような……。
「それについては心配しなくて大丈夫です。ここで一緒に織田軍と戦う今川軍の足軽は、このゲームのプレイヤーです」
「なるほど! なら安心ですね!」
え? それってみんな初心者ってことじゃ。
「はい、と、ゆうわけでチュートリアル、クエスト『海道一の弓取り桶狭間に散る』を開始します!」
そう言うと、雪斎の右手は異常なぐらい光だし、光が収まると大きな巻貝を持っていた、そして巻貝を口に当てて吹いた。
うぅーうー。
こうして俺の記憶を取り戻す歴史改変の物語は始まった。
大変、大変お待たせいたしました。
ヒストリーオブカントリーをお読みいただき誠にありがとうございます。以前投稿しましたヒストリーオブカントリーのリメイク版です。読みやすくすることを意識し、リメイクしました。
いかがだったでしょうか?
ブックマーク、評価、コメント、レビューはとても励みになります。