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【マリー=テレーズ処刑裁判・審理開始~第一の証人】


【マリー=テレーズ処刑裁判・審理開始】

 カンカンカンカンッ。木槌の音が響き渡ります。

 ここは法廷。あなたの罪が裁かれる場です。


「審理に移行せよ!」


 裁判官席にいるフクロウが堂々たる宣言をします。

 フクロウ、ちょっぴり元気になりました。包帯で覆う面積が減りました。


「被告人の有罪を証し立てる証人をここへ」

「はっ」


 法廷のベンチにいたカラスたちが一斉に飛び立ちます。前方右側の扉から出てくる証人たちの背中をつついて押し出しました。

 証人は三人。

 一人目は老獪な雰囲気を持つ男。あなたを見ていません。

 二人目は若くハンサムな男。憎しみの目であなたを射抜きます。

 三人目は細身の婦人。泣いていました。

 隣の椅子に腰かけたテディベアが不審そうに声をあげます。

 

「誰かしら、あの人たち。知ってる?」

「……弁護士だよね」

「そうだよ。そっちがあまりにも頼りないからやってあげているの。感謝してちょうだい」

「……そう」


 弁護士の手腕に不安しかありません。突然現れたテディベアが弁護士を申し出たのもそもそも変な話でしたが。

 と、いうよりこのテディベアは何なのでしょう。()()()()()()()()()()()。そんな思いが頭をもたげます。


 証人たちは証言台近くのベンチに座らされました。手元の書類を確認した裁判官は、最初の証人を呼び寄せました。


「第一の証人、ウズルー。前へ」


 白髪交じりで隈の濃い、猫背の男が、証言の真実性を神に宣誓し、証言台に立ちます。

 男は杖をついており、陰気で疲れ切ったような雰囲気を持っていますが、堅く引き結ばれた薄い唇は、一筋縄でいかない彼の性格を表しているようです。

 あなたは彼のことをよく知っています。とても恐ろしい人でした。

 彼との初対面はベッドの上でした。真夜中にあなたを叩き起こし、首にナイフを突きつけながら、あなたに選択を迫った男です。


『私とともに都へ行って王になるか、それとも暗い穴倉で孤独に朽ち果てるか。今すぐ選べ』


 その夜が、あなたの人生を決定づけることになりました。

 ウズルー卿。彼はあなたの治世下で宰相として強権を振るった人でした。地位こそあなたの方が上でしたが、実際のところは逆だったと思っています。

 彼は隠れた帝王でした。誰も彼に逆らえません。時に恐怖で周囲を威圧した男は、きっと大勢の人に恨まれたことでしょう。

 けれど最期まで意に介さなかった。それこそ彼を怖く思った理由なのです。

 あなたは彼の目を見られません。


「このウズルーは大罪人であります。我等が国王に反逆し、王女マリー=テレーズと組み、王位簒奪を狙いました。その他余罪を含めまして、別法廷で死刑になることが確定しております」


 検事総長のカラスの言葉に他のカラスたちも鳴き声で歓喜の音楽を奏でました。

 ウズルー卿は世界のすべてが煩わしいとでも言いたげな視線を裁判官や、カラスたち、そしてあなたへと広く投げかけました。


「やかましいカラスどもがくだらない戯言で時間を浪費しているが、何が楽しいのかね。おまえたちの自己満足に基づく復讐劇は、おまえたちの法律で成り立っているのだろう?

 ならばこの裁判は一言で済む。『被告人を処刑せよ』。これでおまえたちの気が晴れるのではないか?」


 その言い草は何だ、我々を馬鹿にしている、とベンチのカラスたちが騒ぎ出したところで、フクロウは木槌を叩いて、静粛を促しました。

 気を取り直して、第一の証人に対する尋問が行われます。








【第一の証人 ウズルー】(抜粋)


「証人、ウズルー。事件当時の身分と役職を述べよ」

「ウズルー。身分は公爵。役職は宰相」

「おまえはこの裁判において、被告人マリー=テレーズの罪を証し立てるため、検察側の証人として呼ばれた。何か言いたいことはあるか」

「特には」


 ウズルーは深く考えた様子もなく言いました。やはりあなたの方を見ることはありません。

 フクロウが疲れたような吐息を漏らして次に進めます。

 検事総長のカラスが証言台の上に降り立ちました。証人はカラスをつまらなそうに見下ろしています。


「ウズルー。おまえは女王に対する大逆事件を起こした際、被告人と共謀したことを認めるか」

「黙秘する。そなたたちの解釈に委ねよう」

「マリー=テレーズとの関係は?」

「黙秘する。好きに解釈するように」

「で、では、我らが女王の死に荷担した責任を認めるか!」


 男はカン、と杖を床で叩いた。


「椅子はないのかね。そろそろ立っているのも疲れる」

「尋問に答えよ!」


 カラスが興奮するほど、男の冷徹な態度が際立っていくようだった。どちらが上手なのか明らかである。


「では、証人。答えなさい」


 カラスの後方にいた裁判官のフクロウが問いかけます。


「なぜあなたはここに証人として召喚されることを承知したのか」

「黙秘する。法廷で答える義務はない。真実を述べることは誓ったが、真実を述べなければならないことを強制するものでもない」


 カラスたちが「これでは裁判の意味がない」と騒ぎ立てました。それさえも心地よいそよ風に当たったように目を細めているのですから、あなたは人間の出来が違うと思うのです。


「逆に問いたい。この裁判が開かれることで、ジェーン=アンナに何の益がある? 本人が出廷しない法廷に、何の意味がある。誰がこの裁判を開かせたのか、それさえ開示されないのならば、ただの茶番だ。何の効力がある?

 我らの女王を引きずりだして、当時生きていたすべての者たちを断罪したいのか?」

「証人、口を慎むように」


 仮面にも似た顔をくるくると回転させながらフクロウが彼の話を遮ります。

 テディベア、あなたに向かって「あの人、頭がよさそうだわ」と間抜けなことを言っています。もっと頼りになる弁護士はいないものでしょうか。

 一見、男はあなたをかばっています。しかし、男は自分の矜持が傷つけられたと感じたからあなたを引き合いに出しただけ。すなわち、あなたのことなどどうでもいいのです。

 政治家としては素晴らしかったのかもしれない。けれど、人間としての情味を感じられない。

 近寄れなさは昔と何も変わっていません。


 地獄に落ちろ、とどこかのカラスが言えば、追随するように法廷中に響き渡る大合唱。

 裁判の収集がつかなくなってきました。憎悪の念が男へ集まっていくような気がして、あなたはまた男を見られなくなります。

 彼の末路は彼自身の選択の果てで行きつくべき終着点だったのかもしれないと思わずにはいられませんでした。

 大宰相ウズル―。二代の国王に仕えた稀有な政治家は、最期、何者かに首を絞められ殺害されたのです。その謎はいまだに解明されていません。

 男はついに椅子に座れないまま、尋問を終えました。検察側の思惑通りにいかなかったのは、彼らの騒ぎ方からもわかるでしょう。

 法廷から出る扉に宰相の小柄な体が押し込まれ、ぱたん、と閉じられます。

 彼はついぞあなたを気に掛けることはありませんでしたが、反対にあなたはもう二度と見ることのない背中を惜しむように見送るのでした。

 第一の証人、ウズル―。裁判の行方は次の証人に持ち越されます。



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