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王子フェルナンド


 クリスタルのシャンデリア。琥珀色のシャンパン。ドレスアップした女性たちはそれぞれの花を咲かせて、思い思いに相手との歓談を楽しんでいた。

 ただ、大広間の中にいつしか大きな集団ができていた。だんだんと、私とマクレガン氏のところに近づいてくる。

 中心にいた、くすんだ金髪の紳士は目尻の皺を優しく和ませ、集団の切れ目から私に笑いかけた。

 この国で彼の名を知らない者はいないだろう。

 もしも、大戦後にこの国が君主制を捨てなかったのならば、彼は国の統治者あるいは象徴、代表者として振る舞っていただろう。

 だが今の旧王家は名ばかりの貴族の家の一つとなり、そこの人々は実業家として身を立てている。

現在、一族を束ねているのが旧王家の直系子孫のフェルナンド王子。彼こそシモン騎士団の団長だ。


「やあ、セドリックくん。女性連れなんてなかなか隅におけないね。今日は楽しんでいってください」

「歓迎していただきありがとうございます」

「なに。あと一時間もしたら私の身体も空くからね、話はそれからゆっくりしよう。ひとまず、そこのお嬢さんを紹介してもらえるかい?」

「もちろんですよ」


 二人の男の目がこちらに向いた。

 フェルナンド王子をはじめて間近にしたが、女王在世当時でもなかなかお目にかかれないほどの気品があった。とうに中年の域になっていても、女性が放っておかないつややかさが残ったまま。

 老いた薔薇のような人だ。萎れてもなお、香りは漂っている。

 私の名を告げたマクレガン氏に合わせて、私は「はじめまして」と言う。


「私からしたら、少しだけ『はじめまして』ではありませんよ。あなたの上司は、大学時代からの友人だからね。あなた自身も昔、新聞にも載っていたでしょう? 国立国民議会図書館ポンパドーラの最年少合格者として、顔写真付きのインタビュー記事をね」


 まさかその話題が出てくるとは思わず、「あの記事ですか?」と上ずった声で聞き返してしまった。

 採用直後に突然行われた新聞社のインタビュー。緊張しすぎて何をしゃべったのかをまったく覚えておらず、出来上がった記事を見て悶絶したのだ。以来、私の中で封印されるべき過去となっている。


「お恥ずかしい限りです。あの時は舞い上がってしまっていたもので、物事を大げさに言いすぎてしまいました」

「そんなことはありません。さすが若くして国立国民議会図書館(ポンパドーラ)に合格するだけあって、しっかりしているものだと思いましたよ」

「ありがとうございます」

「セドリックくんとは仕事上での付き合いで出会ったのかな。実に若々しくて、お似合いですね」


 私は何も言えずに苦笑い。隣のマクレガン氏はいつにもましてにこやか十割増しだ。胡散臭い。


「自慢の恋人です。かわいいのに頭もいいし、しっかりしている。私の方がべた惚れですよ」

「それはいいね」

「殿下、今回は私の頼み事をこころよく受けてくださり、ありがとうございました」


 私も彼の言葉に準ずるように大きく頷いてみせる。

 王子は鷹揚に応じた。


「構わないよ。言うのもなんだが、こういうことはよくある。……それに、今回はあなたにも小さな借りがあるものでね」


 含んだ物言いをした王子は『あなた』のところで私に視線を写した。


「なに。わからないぐらいでちょうどいい物事も存在するものだ。今は二人の恋人を邪魔するような真似はしないようにしよう」


 ではまたあとで。王子は取り巻きを大勢引きつれて戻っていった。

 その場に残った私とマクレガン氏。私が恨めしげに彼を見上げたのも当然のことだ。

 彼は肩をすくめた。


「嘘は言っていない。ちょっと情報が足らないだけだ。『一日だけの』という枕詞を抜いただけ」

「また確信犯ですか」

「リディはこういうふうに扱われるのは嫌だった? 無理強いはしないよ」

「私は『かわいいのに頭もいいし、しっかりしている』んですね」

「もう一つ後の文にも注目して。『べた惚れ』だと言っただろ?」

「そこは聞き流すことにしました」

「都合のいい耳だなあ」

「お互い様です」

「違いない」

「でも、これでも感謝しているんですよ。事情は聴かずに、ここまで連れてきていただけて。ありがとうございます」


 人が素直にお礼を述べているのに、彼はすっと私から視線を外して、「そうか」と一言。


「ちょっと暑くない? そこのバルコニーで夜風にでも当たってくるよ。君はどうする?」


 周囲を見ても、知人などいるわけもない。彼についていこうかと思ったその時、横から失礼、と声がかかった。

 会場のスタッフらしき壮年の男性が私に耳打ちする。


「フェルナンド王子殿下からおおせつかりました。マクレガン氏を通じてされた依頼の件です。こちらへどうぞ」

「わかりました」


 マクレガン氏を見る。


「マクレガンさん。用ができたので、しばらく行ってきます」

「そうだね。いってらっしゃい」


 彼は手に持つグラスを小さく掲げた。


「私はここで待っているから。用が済んだら戻っておいで」


 迎えの男にも「私の恋人をよろしく頼みます」と声をかけていた。

 肝心のフェルナンド王子は大広間から姿を消している。

 世間に知られていない王女の肖像画を思い、今日、ドレスからずっと下げていたペンダントを握りしめる。

 少しでも、何かがわかるといいのだけれど。


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