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【マリー=テレーズ処刑裁判・開廷】

 あなたは真っ暗なところにいました。何も見えないのです。

 あなたはどうしてこうなったのかわかりませんが、自分の名前と身の上だけはわかっていました。

 あなたはマリー=テレーズ。この国の女王です。

 しかし、あなたは女王らしからず、不安に押しつぶされそうになっていたのでした。なぜならばあなたにとって女王は他人がいなければ存在できなかったものなのです。他人がかぶせてくれた王冠を失ったあなたは、何の取り柄のないちっぽけな娘に過ぎないのでした。

 暗闇を彷徨うあなた。

 どれだけ経ったことか。突然、目が眩むような光があなたを襲いました。

 カンカンカンッ!

 木槌の音が響き渡ります。

 おそるおそる目を開けたあなた。驚きます。


「開廷、開廷!」


 ハリのある声。裁判官席から響き渡るそれは、法衣を器用に纏ったフクロウでした。メンフクロウです。なぜか、包帯で体中をぐるぐるに巻き付けていましたが。

 あなたは黒ビロードのドレスとマント、純白の髪飾りに、白いヴェールをかぶっていました。もちろん身に着けた覚えもありません。

 正面には国の紋章をつけた天蓋があり、その下にはあなたと向き合うように空の王座が設えてあります。さらにその手前右側にはベンチが置かれており、陪審員として招集された官吏の衣装をまとった大勢のカラスたちでひしめいています。フクロウが座る裁判官席は左側にありました。

 中央には大きなテーブルがあり、山のような書類が置かれています。

 あなたの真横には空の椅子がぽつんと置かれています。あなたの後方は、木製の間仕切りがあり、その向こうにカラスでいっぱいになった傍聴人席が広がっていました。

 そう、ここは法廷です。あなたは被告人なのです。


「これより王女マリー=テレーズの裁判を行う! 検事総長、告発文を読み上げよ!」

「はっ」


 法衣のカラスがベンチから飛び上がって、中央のテーブルの上に着地しました。書類の山から羊皮紙を取り出し、告発状を読み上げたのです。


「検事総長は主君たる国王のために次のことを告発する。すなわち、ルイ大帝の子である王子シャルル=モントレの子、王女マリー=テレーズは、神の恩寵により我らが大国の国王にして信仰の擁護者等々である我々の主君たるジェーン=アンナの治世の、我らが大国に関しては第一年に当たる年の六月二十九日に、暴力と謀略を用いて等々、王都の王宮内で、上述の主君たる国王の平和及び国王の位・威信に反して等々、その時その場で見出された我々の主君たるジェーン=アンナから命、財産、名誉等々、すべてのものを奪い取った、と。

 死刑に処すべし」


 ガアガア、と傍聴人席や前方ベンチのカラスたちが興奮したように啼きます。どれもが、死刑だ、死刑だ、と主張しているように聞こえました。

 検事総長のカラスが黒い頭を上げました。


「女王ジェーン=アンナに対する大罪が甚だしく、そのためにやむを得なく、女王ジェーン=アンナに代わり、告発したものであります! よって、その罪状を取り調べるため、この法廷を開くことといたしました。なお、被告人は自己の無罪を主張するあらゆる機会が与えられているものであります」

「検事総長、その告発が真実であると宣誓するか?」

「いたします、真実であると!」


 カラスはまた飛んで自分の席に戻りました。次に裁判官のフクロウがカン、と木槌を鳴らした。


「では、起訴の是非を決定する」


 フクロウは手元に会った書類を引き寄せ、うんうん、とうなります。


「ここには被告人の有罪たるあらゆる証拠が集められている。提出されたものを見る限り、被告人の有罪は明らかなものとなっている。被告人は、反論するための弁護人を立てることができるが、どうする」

「弁護人……」


 戸惑うあなたは、ふと右手の空席を見ました。もしかしたらあそこが弁護人の席であるのかもしれませんが、あなたには弁護人となる人が誰一人思いつかないのです。


「裁判官殿、どうかその証拠を見せていただけないでしょうか」

「被告人、弁護人はいないのだな」


 フクロウは深いため息をついた様子で首を振ります。

 カラスたちはガアガア、と騒いでいました。早く起訴しろと言っているようです。

 またカラスがフクロウの元へ書類を運びました。


「ごほん、えー、ごほんごほん。今、ここにほぼ告訴状と同内容の起訴状案が提出された。我らの法律によれば、これで起訴に必要なすべての手続きが終わったものである。よって、起訴は成立した!」


 グギャアグギャア。カラスの声援がさらに増します。

 法廷を揺らすほどのそれを、フクロウが威嚇するように翼を広げて啼くことで納めます。


「やめよ! あっ、痛い痛い……」


 フクロウは包帯で巻かれたお腹辺りを痛そうにさすっていました。しかし、すぐにしゃっきりと背筋を伸ばします。


「本件は起訴相当であると判断されたものである。となれば、次に罪状認否手続きに移る。罪状認否は被告人に問うものであり、無罪を主張するのであれば、審議が続き、有罪を主張するのであれば確認の上、ただちに判決手続きに移行する。故意の沈黙、すなわち不答弁は、この大逆罪のような極めて重大な罪の場合、有罪と同じ扱いとなる。以上を踏まえた上で、答えよ」


 オニキスのような瞳が、ひたとあなたを見つめます。それに見覚えがあるような気がしても、どこで見たものかわかりません。


「被告人、マリー=テレーズは、女王ジェーン=アンナに対して暴力と謀略をもって、その至高の地位や玉体を傷つけ、滅ぼそうとした罪を認めるか?」


 法廷中の目が一身に注がれます。

 あなたはどう答えたものか迷いました。カラスとフクロウだけの法廷が、いかにも現実であると思われないのです。

 ですが、あなたがここで有罪となればすぐに求刑と同じく死刑になるのは間違いありません。無罪を主張すればどうなるのでしょう?

 残念ながら、あなたは適正な裁きがあるとは到底信じられないのです。法廷を見ていればわかります、ここにいる者は皆、あなたの死刑を心待ちにしています。

 それは裁判官にしても同じことでしょう。せめてあのフクロウが中立を保っていてほしい、それどころか、自分の味方であってほしいと思うのです。

 一旦は、口をついて出てきそうだった「無罪」という言葉を、あなたはよくよく考えなおしました。

 すると、あなたは有罪だという簡単な結論が自然と浮かんできたのです。

 ジェーン=アンナ。美しいあなたの従姉妹。

 あなたは彼女に嫉妬していたのです。


「ええ、被告人は自分の罪を――」


 ガタンッ、と後方で扉が開く大きな音が響き、視線が一気にそちらに集まりました。あなたも振り返ります。

 そこには、見覚えのある小さな影が。とたとた、と傍聴席の通路を進み、木製の間仕切りまで来ました。背丈が足りず、ジャンプしても届きません。


『そこのあなた、マリーを持ち上げてちょうだい』


 甲高い声があなたを指名してきました。よくわからないまま、よいしょ、と間仕切りを越えるように持ち上げました。


『そこの席まで連れて行って』


 あなたは言われた通りに弁護人の椅子の上にそれを置きました。

 椅子の上でふんぞり返っているもの、それは枯草色のテディベアです。


『遅れてしまったわね。さあ、頑張って不起訴へ持ち込むわ!』

「弁護人、残念ながらもう起訴はなされてしまいました」

『あれ、そうなの? 悪かったわね。もう一度やり直してもらえる?』


 テディベアがフクロウにそう言うも、一羽のカラスが飛び上がって抗議します。


「検事総長から申し上げます。やり直しなど許されません! それに何だ、そのちんまりした物体は! 何たる口の利き方を。我らが女王の威光に逆らう気か」

『ちんまりしているのはお互い様でしょ。ふん!』

「この裁判にはやり直しは認められていない。だが、弁護人の参加を裁判官として認める」

『あら、ありがとう。では続けてらして。マリーは適当に弁護しておくから』


 何とも頼りにならなさそうな弁護人の登場に、あなたはただ不思議そうにテディベアの挙動を見つめていました。

 するとテディベアが言います。


『さ、何を弱気になっているのよ。マリーが来たんだから負けるなんて許されないわ。相手をけちょんけちょんにして、()()のよ!』


 わかった、とあなたは頷きました。


「では被告人、再度問う。被告人、マリー=テレーズは罪状を認めるか」


 裁判官のフクロウの問いかけに、あなたは一掴みの勇気を握りしめて答えます。


「いいえ、認めません。被告人は、慎重なる審理を求めます。そのために、被告人は無罪を主張します」

「いかなる方法で審理されたいか?」

「神と国民とによって」


 フクロウは一つ瞬きをし、大きく宣言をしました。


「ならば、起訴状に『自らを審理に委ねる』と記入しよう。これより審理に移る!」


 マリー=テレーズ処刑裁判は審理に進むこととなりました。

 これからどのように展開していくのでしょうか。続きは休廷を挟んでのちに行われます。再開時刻をお忘れなきように。

 休廷!


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