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ゴッドフリート氏の交霊会

4.12改稿

 

 《大鴉の塔》は見た目には中世の堅固な城だが、元は見張りのための塔を順に増築していったものであり、塔という呼称は真実、その通りである。

 そして規模が拡大するにつれ、身分の高い囚人が世間から隔離される牢獄へと化す。名を残すほどの偉人たちもここで死の足音に震えながら処刑の時を待った。

 彼らの友は塔に棲みついたワタリカラスだ。小さな窓辺から夕方、彼らの黒い影が塔の頂上近くに帰ってくるのを見ることができた。ある者は「あのカラスを見ることで、自分がどこにいるのか思い出す」と書き残している。

 赤く染まった空を横切るカラスたちは、不吉の象徴だった。




 ンガア、ンガァ。

 ワタリガラスたちが黒光りするいかめしい門の上に一羽。目と体色の色を区別できる距離ではなくても、彼らの鋭い目が私を捉えているのではないかと思う。

 チケットカウンターに向かいながら、同伴者の彼が尋ねる。


「ここへは何度目?」

「さあ……? 昔、遠足で行ったのは覚えていますよ。それも門の前で号泣して、絶対に中には入りませんでした」

「どうして? 怖かったから?」


 そうですよ、と私は肯定した。


「よくわからないけれど、怖かった。行けば怖いことが待っている……。どうしてか、当時の私はそれを確信していたんです」


 私は四歳ほどの子どもだった。女王だったという前世の記憶をぽつりぽつりと思い出しかけはもてあまし、混乱していた。しきりに泣きわめくことが多ければ、ふいに大人たちが信用できなくなって反発もした。

 そんな頃に、当時通っていた幼稚園で同い年の子どもたちとともに保育士に連れられて《大鴉の塔》へ。私は入口前で泣きながら入るのを拒否した。私の手を繋いでいた保育士の男性が困ったように私の顔を覗き込んでいたのを覚えている。

『どうしたの、リディ。昼間だから怖い幽霊なんて出ないよ? 怖くても先生がいるから大丈夫だよ?』

 今から思えば、私が怖かったのは、私が怖い出来事に出会っても、誰も助けてくれないことをわかっていたからだという気がする。私を襲う幽霊は、保育士の思う幽霊とは別物だからだ。


「ならばここに入るのはほとんど初めてなんじゃないか? それもなかなか珍しいな。俺は初等学校までの間に五度は行った」

「首都育ちの子にとっては定番ですよね」


 今は外国からの観光客もずいぶんと増え、多言語が飛び交う人気観光地となった《大鴉の塔》。

 夕方になっても人が集まってくる。

 二人と同じく、ゴッドフリート氏の交霊会を観覧するためだろう。

 地上に横たわる《大鴉の塔》を一望できる広場には特設ステージが設けられていた。映像を映す機器まで設置されている。折り畳みの椅子はすでに八割以上が埋まっていた。

 何とか揃って席に座ると、彼がまだ温かい紙袋を差し出す。先ほど道中で買ったホットドッグだ。お礼とともに受け取り、一口かぶりつく。


「買っておいて正解だったな。結構な長丁場になりそうだ」

「……美味しいですね、これ」

 

 公園の屋台で買ったジャンクフードなのに、ここまでジューシーな味わいと歯ごたえがあるとは予想外で、思わず声に出してしまった。


「だろ? あちこち外を見回るから美味しいものにも詳しくなるんだ」

「へえ……」


 素朴な感動を覚えながら完食すると、ヘクセンがこちらをじっと見ている。


「ちょっと待て。ケチャップがついてる」


 そのままナプキンで頬に軽く当てる。


「よし。取れた」

「ありがとうございます……」

「どういたしまして」


 びっくりした。こんなことをされるとは思ってもみなかったから。さらに言えば、動揺している自分にもびっくりだ。

 片手を頬に当てながら熱を持っていないか確かめる。

 これは、まずい。


『ふふふ……』


 だが、カバンのテディベアが小さく笑っていたことに気付く。彼女は今のやり取りをしっかりじっとり目撃していたに違いない。

 無言で、テディベアの頭を掴んでぐいぐいと少々乱暴に揺らす。

 あー、リディが虐待してるぅ、とやっぱりまだ嬉しそうにしているぬいぐるみ。


「見れば見るほど不思議だ」

「中身はただの綿なんですけどね」

『違うわよ。中には乙女の秘密が詰まっているの。ふふん』

「はいはい。おしゃべりはそろそろやめましょうねマリーさん」


 む、とテディベアは押し黙った。

 ちょうどイベント開始時刻になり、一斉に照明が灯り、荘厳な調べのオルガン曲が流れてきた。

 黒いステージ上にドライアイスの白い霧が充満する。

 燕尾服の司会が、白い霧から現われた人物を紹介した。


『おまたせいたしました。ブラックロペス・ゴッドフリート氏でございます』


 黒いローブに、首から下げた金色の十字架。黒い髭がもじゃもじゃと生えた年齢不詳の男だ。

 椅子に並んだ観客に向かって頷くと、司会にも進行を促した。

 司会は今回の交霊会の趣旨を説明していく間にも、真っ黒なうろのような目を観客一人一人に注ぐようだった。

 私も一瞬、視線が交錯した気がして、背筋がひやっとする。


「これより、かの恐ろしき《大鴉の塔》を探索に参りましょう……。我らが出合いますのは、ジェーン=アンナ。深い嘆きの中に生涯を閉じ、いまだにこの塔で目撃されし霊が、みなさまの目に現れることでしょう……。ゴッドフリート氏とともに、今宵ジェーン=アンナに出会う者は、開場の際にみなさまにお渡ししたくじの抽選結果により選ばれます。その数、十人。これより発表する番号の方は前に出ていただきます」


 残りの人はステージ上の映像機器からその様子を見られるらしい。

 司会者はポケットからメモを取り出し、番号を朗々と読み上げた。

 私の番号は九十九番で、隣の彼は九十八番である。


「もしも九十八番が呼ばれたら、フロベールさんが行くといいよ。気になっていただろう? 俺はフロベールさんについてきただけだからさ」

「いいのですか?」

「うん」


 そうなれば申し訳ないが、このイベントが気にかかるのも事実だ。好意をありがたく受け取ることにする。


「五十番、八十六番。……最後の一人ですね」


 司会者はたっぷりと息を吸いながら「九十九番」と告げる。


「やった……」

「おめでとう」

「ありがとう」

「俺はここで見ているよ」


 ヘクセンと握手を交わす。立ち上がって、ステージの前へ歩み寄る。くじの番号を確認した陰気な係員が頷くと、壇上のゴッドフリート氏が下りてくる。

 他の探索者は、ほとんどがゴッドフリート氏の交霊を娯楽として考えているような人々だった。クスクスと笑う者までいたが、ゴッドフリート氏の眼光が彼らを照らせば、ことごとく押し黙る。

 参加者には銀のガスランタンとマップ、ゴッドフリート氏と同じような闇色のローブが支給された。

 ゴッドフリート氏は他の探索者の前に出ると、押し殺したような低い声音で注意事項を読み上げる。


「一つ、わたしから遠くに離れないこと。一つ、わたしのいうことを聞く事。一つ、死者を冒涜しないこと。以上を守れない者は地獄に落ちるであろう」


 通常の観覧時間を過ぎている《大鴉の塔》。照明も最低限しかつけられていなかった。

 入口の鉄の扉は堅く締め切られている。昼間であれば砂色であるはずの石材は、ランタンの光を鈍く反射している。

 ゴッドフリート氏は、扉を両手で押し広げた。扉の軋みがまるで鳴き声のよう。

 共に内部に入る見学者たちに、唇をねじまげながら呟く。


「さあ、これから死者の世界へ旅立とう」


 その時、私の腕にきゅっと掴まるものがあった。

 マリーが震えている。

 次々と前を歩く人々がさらに暗がりに入っていこうとする中、私も覚悟を決めて、一歩を踏み出した。

 

 行くのだ、死者の世界へ。


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