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レファレンス

 選挙期間中は、国民議会も当然休会する。解散した下院議員は自分の選挙活動に精を出すし、解散していない上院議員も自分の党の選挙活動の応援に回る。そうなると、議員から国立国民議会図書館ポンパドーラへの調査依頼は減るのだ。

 だが私たち館員の仕事がそのまま激減するわけではない。代わりに、一般国民から選挙がらみのレファレンス対応が増える。

 レファレンスとは、利用者から図書館に対する問い合わせだ。

 たとえば「宝石」について調べたいとする。しかし、一口で「宝石」といっても、人によって関心は異なるものだ。鉱石としての「宝石」。ジュエリーのカタログに現れる「宝石」、もしかしたら「宝石」のデザインや加工方法を知りたいのかもしれない。しかし、すべての利用者がすぐに目当ての資料に辿り着けるとは限らない。そういった「知りたい」という問い合わせに対し、利用者の求める資料や情報を提供するのが図書館における重要な職務だ。

 それに備えて、国立国民議会図書館ポンパドーラでは国内のレファレンスを集積したデータベースを整備し、携帯端末メルクリウスで誰でも閲覧できるようにしている。

 さらに今回の選挙に役立ち、想定しうる典型的なレファレンスはあらかじめ予備調査の形で冊子媒体にまとめることが決定された。私も一部原稿を担当し、提出している。

 完成した冊子をチェックしていた私は、ある表題に目が吸い寄せられた。


『真理の党からの下院議員候補者ブラックロペス・ゴッドフリート氏について』


 「真理の党」と言えば、さきほども聞いた名前だ。そのまま報告に目を通しておくと、個人写真まで掲載されている。

 写真には見覚えがあった。

 さきほど出会ったのはブラックロペス・ゴッドフリート氏だったらしい。

 今回の下院議員選挙、首都五区のダークホース、ブラックロペス・ゴッドフリート氏。職業は、預言者及び霊能力者。真理の党の党首。過激発言が多く、メディア出演が徐々に増えている。今回の選挙で一議席の確保を狙っている。


「ブラックロペス・ゴッドフリート氏って、ゴッドフリートがファミリーネームなんだよね? 本名ではなさそうだ。面白いよね、彼は」


 コーヒーの香りが立ち昇るマグカップ片手に、上司が通りざまに声をかけてきた。


「『ブラックロペスは間違わない』ってね。この調子であらゆる問題も解決する。『なぜこの国が発展しないのかって? この国が間違っているからだよ。でもね、ブラックロペスは間違わないからさ』。何の具体策も言わないくせに、出てくるだけで番組の視聴率が上がるらしいよ。すごいね、この国」

「へえ」

「フロベール君、知らないの? 普段、どうやって生活しているの」

「名前だけは知っていましたが、そこまで有名人だったとは思いませんでした」

「注目してみるといいよ。彼はたぶん、この選挙の台風の目になるから。そういえば、彼、来週に《大鴉の塔》に行って、あのジェーン・アンナの霊と交信するらしいよ」

「……そうですか」

「どうしたんだい、そんな怖い顔をしてさ。ああいう怪しげな人は嫌いそうだね」

「室長、それはブーメランになりますよ」

「どうして?」


 きょとんとする上司に自覚はないらしい。


「そのジークフリート氏は支持を受けているんですか?」

「面白がられているんじゃない? これからだよ、これから」

「これから、って……」

「これから増えていくんだよ。彼の支持者がさ」


 にやにやと上司が笑う。


「そんなまさか。普通、あそこまで怪しいと警戒しませんか? 民主主義の時代に、ああいう人が多数の支持を受けるとは思えませんよ」

「君ね、まさか多数決原理は間違わないという神話を崇拝しているの? 民主主義が正常に機能するのは、大衆が一定以上の知能を有し、正しい判断ができる状態であり、なおかつ柔軟かつ堅牢な国家の仕組みが成立していることが前提条件にある。現に、どこかの国ではあくまで合法的な手段で国民が選んだ世界最悪の独裁者が誕生したじゃないか。国民がそれを選んだなら、独裁されたって自業自得だよね」


 人間って、まったく歴史から学ぼうとしないよねえ、と上司はあっけらかんとした様子で戻っていった。

 上司の毒に当てられた私はその背中を見送るほかない。

 やっぱり厄介な人だ。



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