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ペンダント

 誰もいない王宮に入り込んだカラスは光沢のある美しい羽根を持っていた。

 ワタリガラス。世界で一番大きなカラスだ。

 小さく黒い目がひたと私を見つめている。その目には知性の光さえ宿っているようだ。それは以前に出会ったあのフクロウをも思い出させた。私を導きもし、結果的に救いもしたあのフクロウ。

 つくづく、私は鳥に縁があるのかもしれない。

 絨毯の上のカラスは、「ぐえっ、グロロ……」と喉の奥が焼けただれたような鳴き声を発した。

 大きな翼が広がる。飛んだ。私にめがけて。

 反射的に背中がのけぞり、目を瞑る。後ろに向かって尻餅をつく。

 次に目蓋を上げた時、マリーが「ぎゃあああああ」と騒いでいた。


「やめてっ、頭を掴まないでえええぇ!」


 こともあろうに、カラスは私のお腹の上に乗る彼女の頭を二本の足でがっしりと捉えていたのだ。ぬいぐるみに痛覚があればさぞや痛いだろう。

 カラスとの距離が縮まる。その気になれば嘴で私の目をつぶしてしまえるほどに。ぐえ、ぐえ、ぐえ、とカラスが啼く。嘴の中は、黒い羽根と比べればぞっとするほど赤かった。

 喉が動く。


「グロロ……グロロ……」


 カラスの頭が前後に揺れる。

 開いた嘴の奥がきらっと光った。金属の色が見える。

 最後の一息、とばかりに「グエエエエッ」とすさまじい嘔吐きをしたカラスは、喉の奥に見えたそれを吐き出した。

 ころん、と私の胸のあたりに落ちたそれ。思わず拾い上げると、金色のペンダントだった。意外に軽い。金メッキを施されているのだろう。丸いメダイヨン部分は簡素に植物のモチーフが彫り込まれている。

 上下に金具らしき突起物がある。慎重に開けて触ってみると、下の部分から開閉できた。中には一房の金髪が小さく結われたまま入っている。蓋の裏には「わたくしの最愛」と彫ってある。


「これ……」


 ふたたびカラスに視線を移すが、カラスはまさに翼を広げたところだった。

 扉を通じて外に飛び去る。その先にある、玉座の間へと消えた。

 どういうこと?

 昔、この国には故人の身体の一部をアクセサリーに用い、遺族が個人を偲ぶよすがとする習慣があった。喪のアクセサリーとも言われるジャンルだ。

 故人の身体の一部、というのは遺髪であることがかなり多い。軽くて持ち運びしやすいのだ。

 このペンダントも、おそらくその類のものだ。「わたくしの最愛」の下にはその名前もある。

「ジェーン=アンナ」と。


 あの、と声をかけられたのはその時だった。見上げると、見学者らしき夫婦が私を不思議そうに見下ろしていた。


「大丈夫ですか?」

「え? はい、大丈夫です」


 私はテディベアを抱えて慌てて立ち上がった。そうですか、よかった、とその夫婦は先へ歩いて行った。

 気が付けば、私たちは観光客にあふれた王宮の一室に戻っている。今までの異常がなかったかのようだ。


『リディ……?』


 テディベアの彼女は不安そうな声だ。


『こわい、こわいわ……。すごく、こわいの』


 私はおそるおそる右手を開いた。

 遺髪入りのペンダントが依然としてそこにある。

 もしかしたら、ジェーン=アンナが呼んでいる?

 そんな予感に身震いする。

 たとえ姿形が変わろうとも、私が過去を覚えている限り、過去は切り離せないのか。これもまたあの恋日記のように、私を過去に誘うものなのかもしれない。

 でも。ジェーン=アンナが呼ぶのだとしたら、私は行かなくてはならないのだと思う。

 彼女の死の責任は私にもあるのだから。







 旧王宮から外に出る頃。カバンに入れていた携帯端末メルクリウスにメッセージが入っていたことに気付いた。


『今夜七時。《ムーラン・グロッタ》で。もしも暇だったなら』


 それだけの簡素なテキスト。

 彼は私が行かなくともいつものようにその場所でウイスキーやビールを黙々と飲み干し、頃合いになったら帰るのだろう。しかし、私が行けば、多少なりとも彼の時間を割いてくれるのだろう。

 別の感情で心がさざ波立つ。ずっと困惑しているのだ。彼との微妙な関係性を。


『やっぱり運命だったんだわ』


 彼女は確信するように断言するのだが、そう考えるのはいかにも短絡的だと思う。偶然は二度重なったところでただの偶然のままだ。


『リディ、黙っていないで今すぐ張り切って返事を返すべきよ』


 何も言わない私にマリーは業を煮やした。


『こういう時こそ楽しいことをたくさんしなくちゃいけないわ。でしょ? 結局、行くの? 行くよね。デートだもん』

「……行かない、かも」


 携帯端末メルクリウスをカバンにしまう。


『リディのパパの顔がまる潰れだね?』


 耳に痛いことを言うテディベアの額にデコピンした。


「他人事だと思って」

『そんなことないもん。マリーはリディと一心同体、離れられない身の上なのよ? リディの恋愛に口を差し挟むしかやることがないの!』

「別にそうと決まったわけでもないのに、張り切る必要はないと思うよ?」


 とはいえ。携帯端末メルクリウスをもう一度取り出し、メッセージを再読する。


 《今夜七時。《ムーラン・グロッタ》にて》


「……何回か会っておかないと、角が立ちそうではあるのかも」


 言い訳めいた言葉に気が重くなる。自分で発したはずなのに。

 相手は悪人というわけではない。むしろ善良の化身のような人である。単に自分自身の心の問題で、それこそが最も厄介なこともわかっている。

 気を引き締めなければ。今の私は正常な判断力を欠いている。

 一度家に戻り、指定時刻近くに再度外出をした。

 目的地はパブ《ムーラン・グロッタ》。酒類と肉料理がメインのカジュアルなパブだ。


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