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待ち合わせ

 上司の話したフーガー家の話が気になって、自分でも調べることにした。案外、その作業は簡単だった。新聞もインターネットも、書物も全部職場に揃っている。仕事の合間に少しずつやっていたら、一週間で形にできた。

 フーガー家。その名は十五世紀の北ドイツに顕われた貴族の名だ。領主継承の問題が絡む中、一族の本流はアルデンヌへ流れる。それが十六世紀半ば。以後、アルデンヌの南西部を本拠地に置く。大戦前後からは一族は政治の世界にも手を伸ばす。先代の当主は防衛大臣にまで上り詰めた。そしてフーガー家の女たちは、知る人ぞ知る存在だったが、事実、奇行を繰り返す者や精神を病んだ者が多かった。その血を濃く引く現在の当主の妻も自殺している。議員自身は婿養子らしい。

 調べるうちに意外なこともわかった。このフーガー家の遠い縁戚には金糸雀館(カナリアハウス)を所有した一族もいたらしい。分家して土地を移り、ド・ワロキエ家と名前を変えた彼らは名前の通りフランス系の貴族となった。

 アルデンヌは王朝の血統によりフランス系かドイツ系に二分され、貴族の勢力図もこの二派で占められた時代が長かった。だからフランスに近いイーズ近郊に落ち着くのなら家名をフランスのものに変えるのはおかしなことではない。

 だがフーガー家と比べるとド・ワラキエ家の資料は集まりが悪い。ド・ワロキエ家は小さな地方領主の家系だからカールブルクではなく、イーズの方が資料は多いようだ。

 この時点で脳裏に青の頭髪とシルバーのピアスが浮かぶ。すぐに携帯端末(メルクリウス)を操作した。深夜近くにも関わらず、彼は通話に応じた。

『ド・ワロキエ家ですか。もちろん館のことを調査する時に、一通り調べてあるっすよ。イーズ大学は地方史の文献がたくさんありますからね! よかったら文献リストと俺がまとめた調査結果を渡しましょうか?』

『ええ、その方が助かります。では電子メールで添付を……』

『それには及びません』

『はい?』

『明後日、先生のお供で国立国民議会図書館(ポンパドーラ)まで行くんすよ。その時に直接お渡しします。……もしよかったら、その夜に一緒にディナーでも』

『わかりました。お待ちしています』

 通話を終了する。どさくさに紛れてディナーの約束をしてしまったが、頼みを聞いてもらう以上やむを得ないだろう。

 問題は別にある。それは例えば、いつの間にか紛れ込んでいた手記をいくら本棚の奥に隠していてもすぐまたテーブルの上に出てきていることだとか、覚えていないが夢見が非常に悪くなったことだとか、ふとした瞬間に背後から誰かの気配を感じるようになったことだとか。そして、いつまで経っても消えてくれない首の痣のことも。

 私の目には何も見えない。だが見えないからこそ不安が募る。押し殺す。そんな日常に私は徐々に疲弊していくのを感じていた。



――にくらしい。にくらしい人ね。けれど、あと少し。



 国立国民議会図書館(ポンパドーラ)には国内外の資料が多く集積されていることから研究者の利用も多い。

彼らが求めるのは管理が厳重かつ貴重な書物が多い。私のような比較的経験の浅い職員は彼らの対応を通して幅広い分野の調査手法を学ばせてもらっている。

この場合、閲覧室の予約が必要となるため、職員側も来館時間や滞在時間は前もって把握している。それを見越して雑務を早めに終わらせてから、指定の貴重書を持ち出し、キャスター付きの荷台に乗せた。その時ちょうど、来客の知らせが仕事用の端末に入る。

国立国民議会図書館(ポンパドーラ)の入り口ホールには先生と青髪の青年の二人組が待っていた。

「お待たせしました」

「リディさん、こんちは」

「こんにちは。先生、珍しいですね、学生をあまり連れてくることはありませんよね」

「うん、まあそんな時もあるよ。ものすごい熱量だったものでね」

 横にいるレオ青年は後頭部をがしがしと掻いている。

「最近の彼は以前よりも頑張るようになってね。よく私のところにも相談するようになった。彼も研究者を目指すようだから今後も足を運ぶことになるだろう」

「承知しました。レイマンさん、よろしくお願いします」

「い、いえ、こちらこそ!」

「ではご案内します」

 閲覧室は職員のオフィスのある棟とは別にある。図書館部分である宮殿と接続した新館と呼ばれる建物の内部にあるのだ。

 閲覧室に向かう道中には開放的なガラス張りの廊下があるのだが、ここで先生はレオ青年に見せるように外を指さした。

「レイマン。あの女性像が誰のものか知っているかね」

「わかりません!」

「即答するのかい。あとで近くに寄ってみればわかるが、あれは女王マリー=テレーズを女神アテネに模した石像だ。ほら、肩にフクロウが乗っているのが見えるだろう?」

「たしかにそうっすね」

「ギリシャの女神アテネは知恵の女神だから図書館に彫像が置かれるのはわからないでもない。だがアルデンヌにおいてフクロウは特別な意味を持つんだね。レイマン、これは常識問題なのだがすぐに答えられるかね」

「あー、建国の話に関わってくるんすよね。あの怪しげな女が出てくる話……?」

「君なら正解がわかるだろう?」

黙っていた私に先生が話を振ってきた。

 クリームヒルトですね、と答える。

「若き日の初代国王カールが湖で出会い、後のアルデンヌの建国を予言した謎の乙女です。彼女の傍らには『もっとも賢明なる動物で、偉大なる森の賢者』としてフクロウが付き従っていたとか。アルデンヌの昔の紋章にもフクロウのものがありますね」

「満点の回答だ」

「ありがとうございます」

 なるほど、とレオ青年は頷いている。

「ちなみに、このフクロウについてはどうやらメンフクロウらしいというのが研究者たちの中での認識だ。絵画や紋章、文学の痕跡を見る限りではね。大事な鳥なんだから知っておいて損はないよ」

 先生のミニ講義が終わると、先生たちは閲覧室へ歩き出した。私もついていこうとしたのだが、視線を感じて横を見る。

 女王の肩にいたフクロウの、黒く濡れたような目と合う。ぱちりぱちりとフクロウが瞬きをしてみせた。またか、と思う。

 このフクロウ、銅像の一部なのだが、時々、動く(・・)のだ。瞬きしたり、首を回し、ギィ、と啼く。はばたきの仕草すらする。特に害もないため、放っておいているのだが、私が見えているのをいいことに、存在を主張してくる。

「また今度ね」

 小さく呟いてから先生たちへ追いつくために足を早めた。

 先生の閲覧時間はスムーズに終わった。次は一般の閲覧室に行くという彼らと別れる。オフィスに戻ろうとしたところで個人用の電子端末(メルクリウス)がメールを受信した。

『仕事が終わるまで待ってます。何時ごろになりそうっすか』

 腕時計を見た。午後三時。あと二時間で仕事を終わらせよう。


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