リディ・フロベール
お疲れ様でした、陛下。
最期の息を吐きだした時、私を労わる優しい声がした。
……たくさんの後悔がある。あの時、あの選択をしていたら。あの時、あの人の思いに気づいてあげられていたなら。いつだって最善と最良の手段をとれたわけでもなく、押し寄せてきた荒波をいなして、時に流され、ここまで辿りついてしまった。
もっと器用に生きられればよかったのにね、セディ。
だからね、私がだれかに殺されてしまったところで仕方がないと思うのよ。
アルデンヌ人は、迷信深い。輪廻転生を信じている。長い間、深い森にあった国土では、幻想的な民話やおとぎ話がひそやかに語り伝えられてきた。その物語には、多くの『生まれ変わり』をした人びとが登場する。
小さな子どもが前世の記憶で昔の仇を訴え、流れて来た旅人がその土地の人びとしか知らぬ秘密を暴き、ある村の少女が数百年前に死んだ前世の己の遺体を見つけた。
このような話を聞かされるアルデンヌの子どもたちは、ごく自然に『生まれ変わり』の存在を信じて育つ。そういう土壌もあってか、この国では自らを『生まれ変わり』と称する人びとも現れ、国民全体が一種のオカルトとしてこの手の話を楽しんでいる。
今から二十三年前のこと。父が建設業者、母が小学校教師の家庭に女の赤ん坊が生まれた。彼女はリディと名付けられた。ファミリーネームはフロベール。リディ・フロベール。……私のことだ。
私もまた、『生まれ変わり』のひとりだ。物心と同時に自らの前世を思い出してしまい、三、四歳の身体に、三十四年間分の記憶が詰め込まれることとなった。
身体と心の歪さが知らず知らずにさまざまなところへ不調をきたした。病弱な身体と付き合い、定期的にメンタルケアに通う子ども時代を過ごしながら、大人になった。
十年近く通った精神科医との面談で、こんなことがあった。
『君と会うのもこれが最後かもしれないから、教えてほしいな』
彼は私に根気強く付き合ってくれた奇特な人物であったが、最後に人間的な興味をのぞかせながら私に訊ねた。
『最近は変なモノは視たり、聞いたりしていない? 無くなった自分の足を探し回る軍人さんや空飛ぶおじいさんは?』
いいえ、と私は言った。
『そうかい。なら、これだ。君はなかなか言ってくれなかったから、僕から言うよ』
医師はメモ紙にボールペンの先をとんとん、と軽く押し付けて。
『リディ・フロベールさん。君は、だれの『生まれ変わり』だい?』
私はそれに何と答えたのだったか。そう、わざとらしく笑んでみせて、「秘密です」と言ったのだったっけ。
『この国の女王だったらどうします?』
医師はきょとんとした顔になって、ついで大口を開けて爆笑したのだった。
『フロベールさん、すばらしいジョークをありがとう! さあ行って! 君はもう大丈夫だ!』
あれから二年経つ。私は今でも視えているし、聞こえている。
前世の記憶をなぜ持っているのか。答えをまだ知らない。